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III◆23歳・穀雨 ー反対色ー
2.カシスオレンジに暴かれる傷跡
しおりを挟む1時間後ーーー…
テーブルの上の皿の料理はほぼ無くなり、飲み物を頼むペースもかなり落ちてくる。
「お待たせしましたーっ!お時間かかってしまってすみません、カシスオレンジです」
綾乃が注文したドリンクが、時間差で運ばれてくる。混み合った店内、厨房の準備が追いつかなくなるのも仕方ない。
「あ、ありがとうございます」
後ろを振り返ってそれを受け取ろうとした瞬間。店員から渡されたそのグラスは綾乃の指から滑り落ち、テーブルの上にガシャンッ!と音を立てて赤い液体が勢い良く溢れ散った。
「や、やだっ!夕人先生ーーー‼︎」
夕人の左腕にパシャッ!と零れ散ったカシスオレンジがかかり、ワイシャツの袖部分に赤い液体の染みが出来ていくーーー。
「ご、ごめんなさい私っ…!どうしよう、シミになっちゃう…」顔を真っ青にしてあたふたとする綾乃。
夕人は落ち着いた様子で、布巾を使いテーブル一面に零れた液体を拭き取る。
「大丈夫ですよ。そろそろクリーニング出そうと思ってたんで、ちょうど良かったです、気にしないで」
そう言って袖口の赤く拡がっていくシミを布巾でぬぐい取ろうとする。
思いの外服の中まで浸透してしまっているようでーー…地肌に冷たさを感じ、夕人は袖のボタンをはずし腕を捲った。
店員が「大丈夫ですか!?」と慌てて持ってきた使い捨ての布巾を受け取り、肘下についてしまった液体を拭き取っていると………
「ーーー夕人先生、それ、どうしたんですか?
その傷………」
「えーーーー…?」
夕人の左腕、肘から手首にかけて。鋭い創傷の跡に気づいた綾乃はつい問いかけてしまった。
白い夕人の肌にそぐわないその痛々しい傷跡は、肘の上の二の腕あたりから手首にかけてまっすぐ直線を描いていて……。
一瞬見ただけでも、何針も縫われたことがわかるその古傷は、ちょっとやそっとの事故でついてしまったような傷には見えなかった。
まるで、鋭利な刃物で何者かに、躊躇いもなく切り付けられたようなーーー…
「ーーーーー………っ……」
夕人は黙ったまま、汚れた袖を戻しすぐにその傷跡を隠した。
そのときの、一瞬だけ見せた、夕人の表情。
過去の傷を抉られ、痛くて堪らなくてーーーー、
つらそうに、戸惑い、助けを乞うようなーー…瞳。
綾乃は初めて見たその、
いつも静かに、ただ小さく息を潜めて存在し続けているかのような夕人の、
初めて見せた強い感情の篭る顔を見てーーーー、言葉を失い、一瞬、身震いをした。
「ーーーこれは、その…。昔ちょっと…怪我、してしまって。
………あの、すみません。
僕、ちょっと酔ってしまったかも。外の風当たってきます…」
夕人はそう言って、座敷から降りて靴を履き店の外へ出た。
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