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III◆23歳・穀雨 ー反対色ー
2.懇親会 -2-
しおりを挟む「僕の家、このお店の近くなんですよ。ちょっと用事で一旦帰ってたら遅れてしまって…すみません」
「大丈夫大丈夫、まだみんな、一杯目が来たところだし……ほら、夕人先生、座って座って!」
そう言って大村は綾乃に目配せをして
”ほら、隣に座らせるから横にずれるのよ!早く!“
と、訴える。
(大村先生ーーー…感謝です!)
黙ってその合図に従い綾乃が隣にずれた瞬間夕人の後ろから、ある人影が。
「いやぁ~~~皆さんお揃いで!ご苦労さんだね。すまないねぇ私も遅れてしまって……」
そう言って現れたのは“行けたら行く”と言っていたはずの教頭先生だった。
4月の後半という季節にもかかわらず1人ハンカチで汗をぬぐいながらーー…。
その姿を見た全員が、(韓国料理食べたらどうなるんだろう…)と不安におののく。
「あ、綾乃先生、お隣いいですかね?私トイレが近くてねぇ~できるだけ出口に近いところがいいんで」
「えっ⁉︎あ、あーーー…は、はい…どうぞ……」
(嘘でしょおーーー⁉︎教頭先生!もぉーーーなんでよぉ~⁉︎)
内心涙目の綾乃。
「ーーーじゃあ………僕、ここいいですか?」
そう言って夕人は靴を脱ぎ座敷に上がると、綾乃のすぐ目の前の空いた席に腰を下ろした。
テーブルを挟んですぐ真正面、向かい合って座る夕人の顔。
(あっ……こ、これはこれで……結果オーライ…かも?)
綾乃は机の下でガッツポーズをした。
注文した飲み物が全員に行き渡り、乾杯のあとーー…各々で食事を摂りながら、談話を楽しむ。
コース料理が半分ほど届いた頃には、すでに数杯酒も進み、酔いが回って大きな声でテンション高く話し始める者が出始める。
夕人は生ビールのジョッキを手に、隣に座る浅田の愚痴に耳を傾けていた。
「だぁ~かぁ~らぁ~~~。女の人っていうのはなんであんな、いちいちいちいち細かいんですかぁ?
この前なんてねぇ……僕が、靴下を裏返しに脱いでただけで!それだけですよ!?嫁さん、僕に何て言ったと思います~?
ーーーはいっ、綾乃先生!」
顔を真っ赤に染めて大声で話す、相当酔っ払った様子の浅田に突然クイズのように話を振られ……綾乃は苦笑しつつ、
「“自分で洗濯してね”……とかですか?」
「ん~~~~惜しいっ!
正解は、“気持ち悪いからそれ捨てといて”でした!ちょっと…ひどいと思いません~~?
ね!夕人先生!?」
「だいぶ、キツイですね……。
ーーーけど、女の人みんなが皆そうみたいに一括りにするのはよくないんじゃ……」
その言葉を聞いて、これまた酔っ払った様子の教頭はパチパチパチパチと拍手をする。
「いや!ごもっとも!さすがっ夕人先生ーー!よっ、イケメン!!
ーー浅田先生~~、奧さんにたまには花でも買って帰ってあげなさいよ?きっと喜ぶよ、たまには、ね!」
「いや、そこは花よりスイーツでしょ?突然花もらったってよっぽど好きな人じゃなけりゃ置く場所困っちゃいますってぇ。
もう、これだから男はーーー……」
大村はそう言って生ビールの残りをぐいっ!と飲み干して、生中おかわりぃー!と手を上げる。
(案の定ーーー…このメンバーの卓はぐだぐだだわ……)
綾乃はため息をついて、目の前に座る夕人の顔にこっそりと目をやる。
まだ一杯目のジョッキの中の生ビールは半分ほどしか減ってないにもかかわらず、すでに、頬を少し赤らめてただ静かに、周りの話に相槌を打つ、夕人の姿。
取り分けられた料理の皿に目をやるが、夕人の目の前の小皿はほとんど汚れておらず……あまり箸が進んでいない様子だった。
(夕人先生ーーー、ほとんど食べてないじゃない。食欲ないのかな……)
「あの、夕人先生?何か食べたいものとかあります……?私、取り分けますよ」
綾乃がそう問いかけると、夕人はああ、とテーブルの上に並ぶ料理を見渡す。
「じゃあ、えーっとそこのサラダ、少し入れてもらっても…」
「夕人先生っ!!」
斜め前に座る教頭が突然テーブルをドン!と手のひらで叩き、夕人と綾乃はビクッと身体を震わせる。
「そんな野菜ばっか食べてちゃあ~~~だめですよ!男たるもの、肉をしっかり食べないと!
ほらほら、このプルコギとか、あとヤンニョムチキンも…激辛で美味しかったですよ~ほらほら、どんどん食べて!」
そう言って教頭は見るからに香辛料たっぷりの赤い肉料理たちを、トングを使ってひょいひょいと夕人の目の前の取り皿へと移す。
「ちょ、っと教頭先生ーーー…」
無理強いしない方が、と綾乃が止めようとするが、夕人は苦笑いしながら、
「ああ、お気遣いありがとうございます……。
少しずつ、いただきますね」
そう言って一口、一口と箸でつまんで口へと運ぶ。
ーーーー辛い。というか………痛い。
ごく、と飲み込んだ瞬間、少しの時間差で胃部にツキツキ…キリキリ…と小さい痛みが走る。
正直全く食べたいとも思わなかったが、さすがに一口も口にせず断るのも気が引けたのと、酔いの回った教頭に余計に絡まれるのを恐れて、夕人は無理をしながら、目の前の肉料理を少しずつ口へ運んだ。
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