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III◆23歳・穀雨 ー反対色ー
1.校長と教頭と夕人 -2-
しおりを挟む「あのぉーー…校長先生、そろそろいいですか?夕人先生に、私のお話させてもらっても…」
斜め横に座ってひたすら愛想笑いで校長の釣り自慢を聞いていた教頭先生が、痺れを切らして話に割って入る。
「ああ~~ごめんごめん。どうぞ?僕のことはお気になさらず、話してくれたらいいよ」
(ーーー校長先生、同席するんですか……)
そう言いたげな瞳で教頭は校長を見たが、その顔には“僕がいると何か問題でも?”と書いてあり……教頭は根負けした様子で、夕人の前に二つ折りの六切り写真を差し出した。
いわゆる、お見合いの話を持ってきた仲人が相手方に見せてくる…アレだ。
「夕人先生、前にも話したけどーー…うちの姪が、とにかく君に会いたがっていてねぇ。
きみ、なんたって有名人じゃない?格好良くて、経歴も申し分ないエリートで……どこから噂を聞いたかわからないんだけど、同じ学校に勤める私に、口をきいて欲しいってきかなくてねぇ」
校長先生はその話を聞きながら、黙ったまま、うん、うん。と頷き、
「そんな夕人先生がうちに来てくれたのは、僕の瀬戸くんへの口利きのおかげだけどね?」
「あ、はい、校長先生。それはもう~~感謝してますよ。
夕人先生、本当に可愛くてとってもいい子なんだよ?ここはひとつ……少しでもいいから会って、それから考えてもらえないかな?」
ーーー会って、それから何を考えろと?
夕人は黙ったまま、恐る恐る、その六切り写真の表紙を開く。
ーーパラ…
写真の中の、振袖を纏ったその女性は満面の笑顔で自信に満ち溢れているようで……。
一目見た瞬間に、夕人はまるで「私、綺麗でしょぉ?」と写真に語りかけられているような気分になった。
確かに綺麗な女性だ。結婚相談所にでも登録していればいろんな男性たちから求婚されることは間違いない。
教頭先生からしても可愛い姪でありーー…上司からのこういった話は本来なら、受けるのが筋というものだろう。
一般常識で言うならだ。
夕人はすぐにでもその場から逃げ出したい気持ちをどうにか堪えた。
同時に湧き上がってくるのは……嫌悪感。
ーーー俺の一体何を知って、会いたいなんて思うんだ。
ましてや、見合い?
少し良い噂を耳にして気になっただけの異性の相手にーー…まるでおしゃれなスイーツをつまむような感覚で、よく、“結婚前提”だなんて抜かして会いたいなんて、言えるよな。
考えただけで、吐き気がする。
まったく興味の無い相手から、まるでアクセサリーのように扱われるのはごめんだ。
「すみません。本当にーー…ありがたいお話なんですが。
ーーこんなに綺麗で聡明そうな姪御さん、僕には勿体ない……僕なんて、とてもじゃないですがつり合いません」
歯の浮くようなお世辞をすらすらと並べられるようになった自分に心底驚く。
いろいろな人たちに囲まれて生活してきたこの数年間のおかげで、処世術を身につけられたのだと心から感じる。
「えええ~~~?だめかなぁ~~?
頼むよ、夕人先生~~。姪っ子に怒られちゃうからさぁーー…せめて、一目会うだけでも…」
「教頭先生!いい加減にしなさい!」
縋り付くような目で夕人を見る教頭を、校長先生がビシッ!と窘めた。
「夕人先生ーーー、僕には、分かるよ。
ーーーいるんだろう………?きみには」
「ーーーーーへっ??」
校長先生は目をキラッと輝かせたあと、うん、うん、とひとり頷く。
「いいんだよーーー…みなまで言わなくて。
きっと、それはーー…恋、叶わぬ、許されぬ、禁断の関係ーーー。
きみのその心を射止める相手を…探るような真似は野暮ってものだよね。
ふふふ…素敵だねぇ、イケメン画家教師の禁断なる恋愛模様……」
校長先生はうっとりと、別世界へ入り込んでしまったように、手を合わせて目を瞑る。
(やばい。
始まったよーー…校長先生の妄想癖………)
夕人と教頭は青ざめてその様子をただ眺める。
「ーー教頭先生、夕人先生のことは諦めなさい!
代わりといっちゃあ何だが、君の姪っ子ちゃんには僕の知り合いをいくらでも紹介するから。
さ、夕人先生……もう行きなさい。
これ以上君の邪魔をすることはもう、僕が許さないから…」
「え?あっ……は、はいーー……どうも…?
では、失礼します……」
よくわからない話になってるが、結果なんとか解放されてよかった……。と安心しながら、夕人は会議室から退室した。
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