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III◆23歳・穀雨 ー反対色ー

1.ダブル相模さん

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「ーーーあらぁ~?綾乃あやの先生。
そんなこと言いつつ…夕人先生のお見合い相手、気になってるんじゃないのぉ?」

「なっ……!わ、私は別にっ…」

ニヤニヤ顔の大村の言葉に、綾乃先生と呼ばれるその女性教師は顔を赤くして、慌てた様子で席に着く。


夕人と同期でこの高校に赴任した国語科教師の彼女は、セミロングの黒髪にブラウスとロングスカートを身に纏う清楚な雰囲気に、誰とでも気さくに話す様子から生徒たちから人気があった。


「いっそ、二人が結婚でもしちゃえば面白いのにね?苗字変わらなくて便利じゃない。
ーーーね、ダブル相模さん」

その茶化すような言葉に、綾乃はまた顔を赤らめて「いい加減にしてくださいっ!」と大村を睨んだ。


二人が周りから「夕人先生」「綾乃先生」と名前で呼ばれているのは、二人の苗字が同じであったことから呼び分けのための対応であったが、このようにからかわれる度に、綾乃はつい過剰に反応してしまう。



(ーーーはぁ。夕人先生……今日も素敵。)


綾乃は、隣に座る夕人の横顔をちら、と見ていつものようにうっとりする。


教育学部を卒業後新卒としてこの高校に赴任した一年前、同じ苗字の新任職員がいることーー…そして、それが夕人であったこと。

そこまでよく見かけるわけではないこの、自分の名前と同じ人物に毎日顔を合わせることになる職場で出会えたことには、多少なりとも運命を感じずにはいられなかった。


(ーー私と結婚……だなんて言われても、全く何とも思ってなさそう。切ない………)

冷やかされ赤い顔で動揺していた綾乃とは違い、涼しい顔をしたまま生徒に配布するレジュメの続きをPCで作成する夕人の横顔を、盗み見てなんだか悲しくなるが、それはいつものことだ。

夕人が他人にほとんど興味を示さないことは、いまに始まったことではない。

(自分のこと、全然話してくれないし……。
普段、どんな風に過ごしてるんだろう)



「ーーーあの、綾乃先生」

「えっ!?は、はい!」

ぼうっとそんなことを考えていると、突然名前を呼ばれ、綾乃は慌てて夕人の方を見る。


「……すみません、生徒に配布予定のレジュメのこのPCの中の共有ファイル、一旦閉じてもらってもいいですか?同時に開けないんでーー…」

「えっ!?あっ、ごっごめんなさい!私ったら…開きっぱなしにして……」

夕人に言われて綾乃は慌てて、職員用のPCを起動する。

慌ててフォルダの中を探すが、たくさん開きっぱなしにしたExcelシートのどれのことを言われてるのか分からずあたふたしていると、



「あ、それじゃなくてーー…」


ーーースッ、カチ、カチ…


椅子から立ち上がりすぐ横へきた夕人は、PCの液晶画面を覗き込み、綾乃の手の上からマウスでカーソルを移動させる。


「ーーー…これ。このファイルです。……閉じますよ?」

「~~~~~~~!!」

(ーーー手っ!手触られたんだけど!てか近い!夕人先生、距離感おかしい!!)



肩が触れそうな距離。
綾乃は動揺して慌てふためくが、夕人は全く気にしない様子でさらに問いかける。



「………どうかしました?」

「いっいえ!ど、どうもしませんっ!」


「?………そうですか……」



(夕人先生って、天然の人たらしなんだわ…無自覚って恐ろしい………)


自分の席に戻って黙々と作業を続ける夕人は、相変わらず周りからのそういった視線に気付くことはなくーーー。





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