アイオライト・カンヴァス 上【完結済み・後編有】

18歳・雨水 ーごめんー

嘘だよ…

「ーーーー………夕人っ！！」




後ろから名前を呼ばれた夕人は、ビクンと体を震わせて一瞬、立ち止まる。

　






ーーー速生………


ーーーなんで、見つけるんだよ……？




ーーーこれだけ、メッセージも無視して、会わなくて済むように……



顔を見なくて済むようにしてるのに……






ーーーバカ速生…………。








速生の方を振り向きもせず、歩き続けながら、一言だけ答える。


「………………何？」


「夕人っ……体調、もう大丈夫なのかよ⁉︎
ずっと、心配してたんだ……なんで返信くれないの？なぁ………っ」


たとえ見なくても。声を聞くだけで…速生が今，一体どんな表情かおをしているのか、痛いくらいにわかる。

わかりすぎて、つらくて、胸が締め付けられて、壊れそうで。



「…………………」

「……………夕人………？」


黙ったまま背中を向けて早足で歩き続ける夕人を、速生はただひたすら追いかけながら，必死に，一生懸命問いかける。



「夕人っ………待って…っ……！
美大、東京の……M美大受けたって話、本当なのか……？
なぁ、夕人……っ」


「本当だよ。なに？」



「なーー…っ！
なんで、そんな大事なこと教えてくれないんだよ⁉︎
夕人！なんとか言えよ…っ‼︎」





ーーーもうやめてくれよ、ついてこないで…。

いっそ俺のことなんて、嫌いになってくれればいいのに。

ーーーどうして、そんなにもーーー…





「夕人！待てよ、頼むからっ……！」

ーーーガッ

速生が、夕人の腕を後ろから掴んだ。




ーーーーバッ！

その拍子に思い切り、夕人はその手を振り払った。

そして、速生のことを睨みつける。



「うるさいんだよっ！！なんで、そんなこといちいち速生に言わないといけないんだよ？俺の勝手だろ！ほっといてくれよ！」



「えーーーー？夕人……、な、何言って……」





ーーーああ……速生、違う。
違うんだよ、ごめん……




「お前に関係ねぇだろ⁉︎
第一なぁ……男同士で好きとか、そんなの…気持ち悪いんだよ‼︎
俺がお前のこと一度でも”好き”だなんて言ったかよ⁉︎勘違いすんなよ‼︎」




ーーー嘘だ。



ああ、
違う、嘘だよ……そんなこと、思うわけない………

ごめん、速生………





「ゆうーー……と………？」


「ーーーお前のことなんて、嫌いだ」






違う、違う、違う。


胸が張り裂けそうで痛い……… 


違うんだーー……





「…………………………」


「もう、話しかけないでくれる？
悪いけどもう………顔も見たくないから。」





違うんだ。嘘だよ。


ーーーごめん。


ごめん………速生………






夕人は背中を向けて、歩き出した。

後ろを振り返ることもせず、ただ足を進める。


後ろにいる速生の姿がどんどん遠くなっていくのがわかる。
その場に立ち尽くした、速生の表情を想像してしまいそうで、胸が張り裂けそうになる。






ーーーだめだ，見ちゃダメだ。

このまま、振り返らずに家まで帰るんだ。



ーーー俺は間違ってない。



だから、まだ、泣いちゃ、ダメだーー………





夕人は早足で、ひたすら歩き続ける。

速生は、追いかけては来なかった。







雪が降り始めた。

かじかむ手。

白い吐息に混じり、ただ、変わらない一つの想いだけが宙へ舞い、空へ消えていく。





ひたすら歩き続けて、
二人が出会った、あのバス停が見えてくる。


「はぁ……はぁ………はぁ………」





そして振り返った。

そこには誰もいない。






ただ……………

あの、3年前のあの日のーー…


笑った速生の顔だけが、頭に浮かぶ。



『夕人』


優しい笑顔で名前を呼ぶ、いとしい姿が。








「………っ…………うっ……………っ」


胸から熱いものが込み上げて、溢れて、夕人は堰を切ったように、泣きじゃくった。


「うあああぁぁっ……うっ…ひっく…速生…ぃっ！うっ……ううぅうっ……っく……」





ーーーこれで、良かったんだーー……


「わああああっ………うっ、うっ、……ごめん…っ、はや…み………ごめっ、うっ、
……うああああぁぁぁーっ！」








速生……




本当に、ごめん………………