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18歳・冬至 ー君と、僕の未来ー
1.速生の父 -2-
しおりを挟む「ははっ、好きなだけ頼んでいいなんて言われたら逆に迷っちゃうよな、夕人?
じゃあ、ここからここまで全部持ってきてくださいとかやっちゃう?」
「いや、食べられるわけないじゃん……。ちゃんと選ばないと、お店の人に失礼だろ」
「夕人ってば真面目ぇ~~。そんなとこも素敵よ?」
えらく黙っていたと思いきや、今度は妙なテンションで茶化してくる速生の顔を見る。
なんだろう。
少し、頬を赤らめて……笑ってはいるが、その表情は、どこか困ったようで。
ーーー速生、やっぱり緊張してんだな……。
テーブルを挟んで目の前に座り、長らく会えていなかった一人息子へ向ける父からのまっすぐな視線に、どう反応すればいいのかわからない様子で、そわそわと落ち着かない速生。
いつも人と接することに関しては余裕ぶっている速生の、まさかこんな姿を見られるとは思わずーー……
ーー来て良かった、と心の中で呟く夕人。
同時にとても、速生のことを愛らしく感じた。
「ーーーお決まりですか?」
迷った結果、二人は“マスターのおすすめランチプレート”を注文した。
速生の父は既に口にしていたコーヒーのカップをテーブル端に置き、「ブレンドもう1杯と、何か軽く……サンドイッチでも頼めるか?」と店主へ伝えた。
「……ここのマスターとは、昔からの馴染みでね。
それこそ、中学からの仲だから……速生と、夕人くん。二人みたいに、昔から本当に仲良くしていたよ」
そう言って父は遠い目をする。
大方30年以上の付き合いということになる速生の父と、店主のマスター。
目配せだけですべてを分かち合えているようなその距離感には厚い信頼性が感じられ、二人はこれまでの長い間、きっと強い絆で結ばれてきたのだろうと思えた。
そしてすぐに父は、目の前へと視線を戻す。
静かに、黙ったまま。
「……………………」
夕人は、速生の父に、速生の普段の生活や、日常であった出来事、いつもどんな風に過ごしているのかーー…そういったことを話すべきかと迷った。
一緒に住んでいる父に対してでも、自分はいつもそんな風に会話をしてきたからだ。
いつだって夕人のことが気になって仕方ない、という様子の父と母から、家族の団欒の際は質問攻めにあっていた。
夕人自身それに当たり前のように応えて、その日学校であった出来事や、どんな些細なことだって話した。
それは親から与えられる無償の愛から滲み出るものであって。
ずっと、きっとそれが、当たり前の家族の形なのだろうと思っていた。
だけど、速生の父はとても満足そうにしていた。
何も言わなくても、ただ、一人息子の速生が今こうして。
元気そうに、楽しそうに。目の前に座り友人と仲睦まじくする姿が見られたこと。
それだけで、速生の普段の様子を感じ取るように。
穏やかな視線で、微笑ましく、見つめるその姿に夕人は敢えて何も言わなかった。
ーーーおそらくこの親子の間には、言葉はそんなに必要がないのだろうと。
そして、静かな時間が過ぎて行く。
「お待たせしました」
ほどなくして、マスターが出来上がった料理を運んできてくれた。
二人の頼んだプレートランチの皿の上には大きなハンバーグ、エビフライ、チキンカツ、ナポリタンにサラダとかなり盛り沢山なおかずが乗っていた。
マスターはにこやかに「高校生男子には足りないかもしれないから」とプラスで大盛りのご飯を、「あと、こっちはサービス」と別の小皿に切り分けたロールケーキを持ってきてくれた。
「ごめん、俺…正直食べ切れる気がしない………」
夕人が困り顔で呟く。
「任せろ、俺は余裕。ただこれを二人分だと…明日胸焼け必須かも」
そんな二人の様子を、速生の父は、黙ったまま微笑ましく見ている。
「あ、夕人。にんじん、食べてやろうか?」
速生のその言葉に、夕人はぎくりとしてプレートの上に乗せられた付け合わせのにんじんソテーを見つめる。
ーーーなんで俺がにんじん苦手って知ってんだ……?
速生……恐ろしいやつ……。
「いや?大丈夫。食べられるし。」
素知らぬ顔でにんじんを口に運ぶ夕人に、「強がんなって」とつつく速生。
「はは……っ、本当に、仲が良いなぁ。
見ていて飽きないよ」
安心した、という風に速生の父は穏やかな笑顔で、ホットサンドを口に運んだ。
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