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15歳・啓蟄 ー傷跡ー
3.深傷
しおりを挟む病室のベッドの上。
夕人は、目を覚ました。
静かな部屋の中。
自分の呼吸と、点滴の雫が落ちるポタッという音だけが夕人の耳の中へ響いている。
ーーーもう、あの時から、どれくらい経ったのかも、わからない……
痛みに耐えながら枯れそうなほど涙を流し疲れ眠っては目を覚まし、また浅い眠りにつく。その繰り返しに身体も心もどんどんと疲弊し痩せ衰えていく。
窓から見える景色は薄暗く、今が夕暮れなのか、明け方なのか…時間の感覚が全くない。
そんな静寂の中。
個室のドアの外、病棟の廊下から父と母の話す声が聞こえた。
そこには、夕人の通っていたxxゼミナールの、塾長を名乗る年配男性、横には秘書の若い男性が立っていた。
「この度は,息子さんに大変なことをーー…なんと、お詫びしていいか……」
頭を深々と下げる塾長と秘書。秘書は紙袋に入った菓子折りを、夕人の父に手渡そうとした。
夕人の父は、表情一つ変えず、菓子折りを受け取ろうとはしない。
怒りに震えながら口を開いた。
「謝罪は結構です。
妻が電話で相談した後、そちらがもっと然るべき対応をしてくださってたら、こんなことは起きなかったんではないですか。
せっかく通学の曜日も変えて、できるだけ、事を大きくしないようにとお願いしていたはずですよね?どうして、息子が……担当の講師を変えて欲しいと願い出たことを風間に話したりしたんですか。
それになぜ、風間は、うちの住所を知っていたんですか?勝手に個人情報の名簿を見たりしたんじゃないですか?
もう少しプライバシーを配慮した対応がされていれば…未成年の生徒を預かる身として、そちらにも責任がおありとは思いませんか」
「………」
父が話し続ける。冷静に、淡々と。その様子から、言い表せない怒りが伝わってくる。
「謝罪は結構です、息子にも会っていただかなくて結構ですから、お帰りください。」
「ーー…わかりました……」
秘書の男性は紙袋を下げて、うつむいた。
その時。
終始不服そうな顔をして黙っていた塾長が、口を開いた。
「一言、いいですか。
確かにね、こちらとしても申し訳ないことをしたと思いますよ。ですが、一番悪いのは風間ですよ?そこは勘違いしないでいただきたい。
それにですよ?
……もし仮に、私たちが、息子さんのクラス替えをひた隠しにしていたとして、今回の事件が起きなかったとは限らないでしょう。」
「ーーー何だって………?」
「………言わせてもらいますけどね。
綺麗な顔した、おたくの息子さん。息子さんが誑かしたんじゃないの、風間のこと。
風間の車に乗って、家まで送ってもらってたって話じゃない。警戒心が足りなさ過ぎでしょう。
………実は、満更でもなかったんじゃ?」
ベッドの上で話を聞いていた夕人は、震え始めた。
まるで、身体中が、氷のように冷たくなっていくような感覚。
ーーーーえ………?
これ……俺のこと、言ってるの?
誑かした……?俺が、風間さんのことを?
なんだよ、それ…………
「こっちもね、今回のことでははっきり言って迷惑しかかけられてませんからね。
塾の評判は落ちるし、この件のせいで生徒さん一気に辞めちゃって、大損害なんですよ。
ほんと責任とってもらいたいのはこっちの方です」
「ーーー貴様……っ‼︎なんて事をっ!!」
「あ、あなた!やめてくださいっ‼︎」
父の、聞いたことのない怒りの声。
母の泣きそうな声で父を制止する姿。
病院の廊下に響き渡る喧騒に、夕人は、両手で耳を押さえたーーー。
もう嫌だ。
何も聞きたくない。
もう、何もしなくていい。
もう、誰も、信じないーーーー…
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