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15歳・啓蟄 ー傷跡ー

3.塾   ※これより暴力描写あり※

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時間は、8ヶ月前に遡るーーーー。






ーーミーンミーンミーンミーン…


初夏を知らせるアブラゼミの鳴き声が響き渡る。
アスファルトを照りつける日差しの中、都心の街中を歩く人々の額には汗が滲む。


あるタワーマンションの一角、相模家は休日を過ごしていた。



「個別指導塾、ねぇ………。」

私立中学に通う夕人は、三年生に進級したこともあり、父の薦めで有名進学塾へ通う事になった。

「なんだ、まだ反対してるのかい?……大丈夫だって、夕人なら」

渋い顔をして塾のパンフレットを眺めている母に向かって、夕人の父は諭すよう声をかけた。


中学に上がってからの夕人は、季節の変わり目には喘息発作による通院で学校の欠席もたびたびあったが、それは勉強に遅れが出るほどではなかったため、

心配性な母は
『わざわざ塾へ通う必要はないんじゃない?』と、当初から反対していた。


「もう、夕人が決めたことだから、これ以上は言わないわよーーー…。
けど、やっぱり放課後1人でっていうのはーーー」

冷たい麦茶を三人分グラスに注いだあと、母は俯く。


「ねぇ、夕人。ほんとに行くの?塾。
お母さんは、まだそんなに急がなくても大丈夫かなって……。
別に無理して受験しなくたっていいのよ?他のところ受けなくたって、そのまま高校に上がれるんだから…」

「ほら、まだ言ってるじゃないか……」


中高一貫エスカレーター式の学校へ通う夕人には、無謀とは言わないまでも……他校をあえて受験するということは試練以外の何物でもなかったし、母もまさか、夕人がそんなことを考えているとは思いもしなかった。

「だって、心配なんだものーー…。そんな駅の周りに夜遅く、1人で……
不良とか、変な人に絡まれたり、何かあってからじゃ遅いのよ」

母の過保護ぶりは、夕人の幼少期の病弱さで拍車を掛けており、中学3年になってもまだそれは抜けきれていなかった。


ダイニングテーブルで学校の課題を済ませていた夕人は、母の方を見る。

「うん、高校受験は……まだわからないけど。
ーーーでも、塾は行きたいんだ。
今からどれくらい自分の成績が伸ばせるか、試してみたい」

夕人本人の気持ちは、受験勉強に精を出す周りの友人たちと同じように、これまでして来なかった”自分の将来のための努力”に少しでも挑戦したいという思いがあった。

そして父からの勧めに、「行きたい」と答えて、『自分1人で通学するから』と願い出たのだった。

「そうーー。わかったわ」

夕人のまっすぐな眼差しに真剣さを感じた母は、手に持っていたパンフレットをすっ、と畳んで置いた。



塾は電車で数分の場所の駅近くにあり、学校が終わるとそのまま1人で電車に乗り通学することになっていた。

「夕人、その代わり…寄り道して帰っちゃダメよ。授業が終わったらまっすぐ電車に乗って帰ってね、夜遅くなっちゃうんだからー……」


ことごとく心配症の母に、夕人は苦笑いをする。


「わかってるよ、大丈夫。」

「まあまあ…夕人だってもう中3だから。
塾の友達とどこか店とか寄って帰るくらい、いいんじゃないか?な?夕人!
ーーそうだ、お父さんな、あそこの駅地下のデパートに売ってるやつで好きなツマミがあってなぁ…」

「ーーーあなた!」

ついでに買ってきてくれよ、という言葉を、母が睨んだことで父は引っ込めた。

「ちゃんと、勉強して帰ってくるよ。
もし慣れてきたら、駅周りの画材店とか探したりするかもだけど…。大丈夫」



夕人のその言葉に、母はふぅ、と軽いため息をついた。




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