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I◆15歳・小寒 ー出会いー

3.母たち -1-

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その時だった。

ーーガチャッ!

「夕人、どうしたの!?突然外に出て…」

血相を変えて家を飛び出した夕人に驚いて、母が玄関から出てきた。


「…あっ、あなた、さっきの……」

速生の顔を見て、母は不安な表情を浮かべた。さっき“帰る”と言って走っていった知らない人間が、また自宅前にいるのだ。

速生は鼻をズズッ、と啜って苦笑いした。


「い、いやぁーー…あの、その節は、どうも…」
「母さん」


夕人が真剣な顔で、母を見る。


「この人さ…本当は、さっき俺を助けてくれたんだ。歩いてたら、その、ちょっと…気持ち悪くなっちゃってーーー。
そこに、たまたま通りかかって、そのジャケットも貸してくれてたんだ。こんなに寒いのに……」


母は、夕人の言葉に驚いた。速生が本当はただ道を尋ねてきただけの赤の他人ではなく、息子を助けてくれた恩人だということ……夕人の態度から、何か不自然なものを感じていた母は、その事実にはすぐに納得ができた。

(私の顔を、目をしっかり見て話してるわーー。
ーーーー夕人……)

だけどそれよりも驚いたのは、こんなにも人間不信になってしまった夕人が、家族以外の誰かを信用し、ほんの少しでも、心を開いているのではないかと、そんな風に見えたからだった。

「そうだったのーー、あなた、さっきはごめんなさいね……失礼な態度を取ってしまって。
夕人のこと、助けてくれてありがとう」

夕人の母の言葉に、速生は、「いえっ!そんな、人として当然のことをしたまで……です」とむず痒そうな顔で答えた。


「あなた、お宅はどちらなの?薄着だし、もし良ければもうすぐこの子の父親が車で戻るから、それからお家まで送らせてくださらない?」

「え⁉︎あ、いやぁ…その、俺の家は……」
速生が気まずそうに、隣家をちら、と見たその時。


「コラ!ちょっとぉ!そんなとこで何してんの、ハヤーーー!」

『キキィーッ』
電動サイクルに乗った中年女性が、歩道をすごい速さで駆け降りて夕人たちの前で止まった。
ニット帽にマフラー、厚手のコートに手袋…と完全防寒のその人物は、自転車のスタンドを隣家の前にガチャン!と立てて、速生にジリジリと詰め寄った。

「げ…っ母さん…!」

「あんた、今日お隣さんが越してくるって聞いていてもたってもいられずに、自分一人だけ挨拶しに来てたんでしょ!私が仕事でいない間に……ほんっと失礼なことして!」

「えっ………あの、もしかして、お隣の…?」
夕人の母は完全に、狐に摘まれたような表情だった。

速生を睨み付けていたかと思うと、すぐさまくるっと夕人の母の方を振り向いて、速生の母はニッコリ笑った。


「そうです~!今日越して来られるって聞いて、楽しみにしてましたよ、相模さん!
玖賀です、これから、よろしくね~!」

速生の母という人物は、屈託のない笑顔で夕人の母に近づき、腕を掴んでぶんぶん振った。

「えっ、あ…よ、よろしくお願いします…!
あのっ、わ、私…息子さんにとんだ失礼を……」


全てを理解した夕人の母は、慌てて速生の顔と、夕人の顔を交互に見て状況を説明しようとしたが、速生の母はそんな暇も与えない様子で喋り続ける。

「な~に言ってんですか!うちの息子、ほんっとバカなんで…ごめんなさいね。これからご迷惑おかけすると思うけど、仲良くしてやってね~!
あっ…そうそう!あなた、お名前は?」

早口で捲し立てたと思いきや、突然振り返り笑いかけられた夕人は、その迫力に少し圧倒されつつ、ぺこっと頭を下げた。

夕人ゆうとです………、よろしくお願いします」
夕人はまだ少し頬を赤らめたまま、答えた。

速生の母は少し黙り夕人の顔をまじまじと見て、「ちょっと、やだぁー!」と両手で顔を押さえて声を上げる。

「….ものすっっごいイケメン‼︎まるでアイドルじゃないー!夕人くん、あなた、うちのハヤと同級生でしょ⁉︎
同じ中3でもこうも違うかしら~!うちの子なんてただでかいだけの平凡なフツメンで……」

「うるっせぇよ!誰に似たと思ってんだ。
あのさ、母さん、そのくらいにして中入ったら?夕人も夕人のおばさんも困ってんじゃん。
雪降ってるし…ここマジで寒いんだけど!」

そう言われてはっとした速生の母は、

「本当だわ!ごめんね~気付かなくて…」そう言って門の前の自転車を庭の中へと移動させた。


「ごめんな、うちの親。終始この調子…。ウザいかもだけど」

速生がこそっと夕人に話しかけると、



「………大丈夫だよ。面白いお母さんだな」

そう言って夕人は、「ふふっ」と微笑んだ。



(わ、笑ったーーーー…)

夕人の笑顔を初めて見た速生。どこか影がある、もの寂しげな雰囲気のその笑顔。ずっと暗い表情の夕人を見ることしかできていなかった速生は、思わず心が躍った。

(母さん……グッジョブ!)

速生が心の中でガッツポーズをしていた時、速生の母が思いついたように声を上げた。


「そうだ、相模さん!お昼まだでしょ?よかったら、今からご一緒しない⁉︎香川のおばあちゃんが送ってきてくれたうどんが大量にあるのよ~うちで一緒に食べましょ!
ね、いいでしょ!」

「えっ…そんな…!あの、いいんですか?まだお仕事から帰られたばかりなのに…そんな悪いですよ」

夕人の母が申し訳なさそうに答える。

「何言ってんの~!どうせ作んないといけないんだし、2人も4人も変わんないから!せっかくだし、この子達もほら…もっと仲良くなって嬉しいじゃない!」



速生母の最後のひと推しに、夕人母は折れたようで、

「えっとじゃあ…お言葉に甘えて…。
あっ、じゃ私手伝います!お邪魔させてもらっても…?」

「もちろんよ~!話したいこともたくさんあるし、一緒に作りましょ!」


速生の母の迫力に圧されながら、どんどんと話が進んでいく。
その姿を夕人と速生は、呆気に取られてただ見ていた。



「ちょっとハヤ!じゃあ、あんたお昼ご飯の支度できるまで、夕人くんの家の片付け手伝ってあげてきたら?
せっかくデカいんだから、ほら、そこの大きな段ボールとか持って上がってあげなさいよ」

「えっ………⁉︎」

いかにも人見知りそうに見えた夕人のことを察したのか、速生の母が提案した。他所よその家に呼ばれる前に、先に同級生2人だけで少しでも仲良くなれる時間が必要かもしれない、と。

「俺は全然構わないけど……夕人、いいの?」

いきなり家に上がらせてもらっていいのか?と思った。まだ知り合って間もないということもあるが、”夕人の部屋に入る”ということは、普通のクラスの友人の家に遊びに行くこととは訳が違う、と思った。

夕人は少し迷い、ちらっと速生の顔を見る。


ーーこの人なら……“速生”なら、きっと大丈夫だ……。

そして小さく頷いた。
 

「よし、じゃあ決まり!
準備ができたらまた呼びに行くわね、同級生でお隣って、なんかいいわね~!
ーーほら、相模さん、上がって上がって!」

「あっ、はい!じゃあ…お邪魔します。」

終始パワーのある速生の母に手招きされると、夕人の母は慌てて玖賀家の玄関の中へと入って行った。



「…………」  

「うちの母さん、コミュ力おばけだからさ。誰とでもすぐ仲良くなるんだけど、ちょっと見てて痛々しいよな……」

その言葉に夕人はまたふふ、と小さく笑うと、



「それさ、自分も変わったもんじゃないだろ……。
ーーー速生はやみ。」


「えーーー
………あっ、お、おう………。」

初めてきちんと名前を呼ばれて、一瞬ドキッとしてしまった。不思議な感覚。

(なんだか……照れ臭いというか、変な気分だ。
なんでだろう)

家族やクラスの友人から呼ばれるのとは全く違う響きーー、まるで自分の名前が自分のものではないような気がしてしまう。

なぜだかはわからない、だけど夕人には何か…どこか不思議な、人を魅了する力があるんだろうと速生は思った。



「じゃ……とりあえず、上がるーーー?」


夕人は少し気まずそうにしつつ、新居の玄関ドアを開けた。



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