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王族~天使の血族~
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物陰に隠れながら、じっと息を潜めて気配を殺す。
そうしないと見つかってしまう……もし見つかったら私は……!
鼓動の音が飛び出てしまうのではないかと思った私は、思わず口を両手で塞ぐ。
いつまでそうしていただろうか? 体感では5分くらい経った気がしけど、実際はもっと短く30秒も満たなかったと思う。
「やっと見つけた」
頭上から何者かの声が聞こえて、私は全身をビクッとこわばらせた。
こんなに早く見つかってしまうなんて!
もうだめだ……見つかってしまった以上、私は連れていかれて……!
「どうしてこう毎度毎度アタシの手を煩わせるんだ!」
服の首のすその部分を掴まれて、強引に引っ張り上げられた。
相変わらず凄い力だ……。
「はっ離してよ!」
「いいや、離さない! 毎度毎度町まで探しに来るアタシの身にもなってもらおう!」
私を掴んだまま、その人が自分の目の高さまで私を引っ張り上げて、じっと睨みつける。
その目からは本気の怒りや憎しみではなく、単純に私の身を案じている気遣いがあふれていて、反省しなければいけないのに私はつい笑顔を浮かべてしまう。
「何を笑っている?」
「マイヤは優しい人だなぁって」
「人じゃない。アタシはダークエルフだ」
「どうでもいいじゃないそんなこと?」
「どうでもよくない」
そう言ってマイヤが私をそっと地面に立たせた。
引き上げるときは強引で力任せだったくせに、下ろすときの繊細な様子が、再び私を笑顔にさせた。
「しかし、探しに来るたびに隠れるのが上手くなって……さすがのアタシも今日は本気を出さざるを得なかったぞ?」
「なら次はもっとわかりにくい場所に隠れなくちゃね!」
笑顔でそう言い放った私を見て、マイヤが深いため息を吐いた。
この人はマイヤ=シュトーレンといって、私の近辺を警護する王宮騎士の団長だ。
確かな剣の腕と、強力な魔法の使い手でもあり、その実力を見込まれ私専属の守護騎士となった。
元々この国に住んでいたのではなく、何らかの理由で故郷を追放された後、この国に流れ着き空腹で倒れているところを私が発見して……というのが出会いだった。
マイヤと出会ってからもう二年ほどになるが、その二年の間にマイヤは王である父に認められて王宮騎士になったばかりか、私の守護騎士として成り上がった実力者でもある。
初めはよそ者として扱われ邪険にされていた彼女だったが、その厳格な性格と確かな実力で周囲を認めさせたところは、素直に尊敬している。
「それで? 今日は何が嫌で城から逃げてきたのだ、姫?」
「礼儀作法の授業よ! 礼節なんて私には無用だわ! 私はマイヤのように自由に生きていきたいのよ!」
「一国の姫がそういうわけにはいかないだろ……それを間違っても王と女王の前で言うなよ? ただでさえ危ういアタシの立場がさらに危うくなる」
「言ったけど?」
「言ったのか!?」
マイヤが驚愕の表情で私を見降ろしたので、とりあえず笑って見せると、マイヤは眉間にしわを寄せながら額に手を当てた。
「頼むからもう少しおしとやかにしていてくれ、姫様」
「姫様って呼ばないで! ちゃんと名前で呼びなさい!」
「……わかったよ、エナ姫」
「姫はつけなくてもいいの!」
そんなことを言い合いながら、城下町をマイヤと二人で連れ立って歩いて行く。
この光景はもうすっかりおなじみとなっており、すれ違う人たちから「今日もやってるのかい?」とか「姫様、あまりマイヤさんを困らせちゃダメだよ」などと言われるので、それに応えるように私は笑顔で手を振って返していくのが、すっかり日常となっている。
「一国の姫がここまで民衆に周知されているなんて、この国はどうなっているんだ?」
「王族と民衆の距離が近いのはいいことじゃない」
「アタシの元居た国では考えられない環境だな」
「そうよね! マイヤみたいな優秀な人材を永久追放するなんて、私だって考えれないわ!」
「いつか何か民衆とのトラブルがあった際に、真っ先に先頭に立つのはアタシなんだぞ? そこをもう少し考えてくれ」
そう言ったマイヤが今日何度目かのため息を吐いた。
確かにマイヤにばかり気苦労を押し付けるのは私の本意ではないし、今度からもう少し考えて行動しないいけないのかもしれない。
次はマイヤにもすぐにばれないようにうまく工作をして、簡単には見つからないような隠れ場所を探さないとね。
私の名前はエナ=アーディス。
この小さな島国を領土とする小国「アーディス」の王族にして第一王女だ。
なんでも長くから伝わる風習として、父も母もこれ以上の跡取りは作ることがないとのことで、将来的には私がこの国の王位を継ぐのが、すでに決定している。
いずれ私は王位を継ぎ婿を取り、この国の平和を守っていくために新たな子を産むのだろう。
それ自体に何も不安もないし、尊敬する偉大なる父と母の跡を継げるのだから、それは何物にも代えられない私の誇りだ。
……だが欲を言えば兄弟の一人くらいは欲しかった。さらに欲を言えばお姉さんが。
なのであの日空腹で行き倒れているマイヤを見つけた時は、失礼ながらもチャンスだと思った。
私の思惑通り……と言ったら語弊があるけど、マイヤはあれよあれよと父と母に気に入られて、私専属の守護騎士となってくれた。
それが私にはお姉ちゃんが出来たようでうれしかった。
だからこうして我儘をしてはマイヤを困らせてしまうのを止められないのだろう。
そんなことを考えている間に、私たちは王宮へと戻って来た。
「これはこれは姫様とマイヤ殿! 此度はご機嫌いかがかな?」
「フルトン殿か……本日はどのようなご用件で?」
この人はフルトン=ガスクードと言って、この国に唯一存在する貴族の当主だ。
叩いたらいい音がでそうなお腹が特徴の、中年のおじさんだ。
ガスクード家は昔からこの国の貴族として、国王と共にこの国を、ひいては民衆を指導し引っ張っていく役割を持っている。
父曰くフルトンさんはガスクード家始まって以来の優秀な頭脳を持っており、民衆からも父と母からの評価も高いのだという。
「ここのところ海が荒れているようでしてな……これが続くと海産物や港の方にも悪い影響が出ますので、早めに手を打った方がいいと思い、王に相談しに来た次第ですよ」
「王はなんと?」
「至急、対策会議をするとのことで、明日召集をかけると仰られましたよ」
「そうか……恐らくアタシにも声が掛かるだろうな」
「そうなると思いますぞ? それでは私は急ぎ帰って今日の結果を家の者たちに知らせなければならないので、これで失礼する」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様、フルトンさん」
私たちに向けて一礼した後、フルトンさんはやや慌てた様子で外へと出て行った。
「あの人も随分と慌ただしいな……まあそれというのもこの国を思ってのことだがな」
「フルトンさんのガスクード家はいつもこの国の為に頑張ってくれているものね」
「エナも負けてはいられないな」
「お腹が空いたわ! おやつにしましょう!」
そんな私の様子を見たマイヤが、また大きくため息を吐いた。
「おやつの時間はまだ後だ……王と女王が大事な話があると言っていたぞ?」
「どうせ礼儀作法の授業をサボったお小言をもらうんでしょ? そんなのはお菓子を食べた後でいいじゃない」
「そういうわけにはいかん。行くぞ」
気乗りしない物の、結局私はマイヤに連れられて父と母のいる王室へとやって来た。
「マイヤです。エナ王女をお連れしました」
「入りなさい」
マイヤが「失礼します」と一言置いてからドアノブの手をかけて、静かに扉を開き部屋へと足を踏み入れていく。
私が傍にいるんだし、そんなにかしこまらなくてもいいと思うんだけどなぁ。
「今日もエナを見つけて連れ帰って来てくれたんだな……君にはいつも迷惑を掛けるな」
「これも守護騎士としての務めですので」
「守護騎士というよりは、仲のいい姉妹みたいね」
そう言って父と母が笑う。
父の名はバウル=アーディスで母はサリア=アーディス。
この世で私が最も尊敬する、偉大なるアーディス国の王と女王だ。
「ただいま! お父様、お母様!」
マイヤの元を離れて、二人の元へと駆け出していく。
そんな私を母が優しく抱きしめてくれた。
「エナ、また礼節の授業をサボったのね?」
「ごめんなさい」
「礼節は大事よ? いずれあなたはこの国を継ぐことになるのだから、王族として民衆の上に立つものとして、しっかりとした礼節は学んでおくべきだわ」
「わかりました! 次の礼節の授業はサボりません!」
「この前もそれ言っただろう」
後ろから呆れたような口調でマイヤが呟いた。
「さて……エナよ、お前は昨日七歳の誕生日を迎えたな?」
「はい! 国を挙げての誕生日パーティーは、楽しかったわ!」
「七歳になったお前に伝えておかなければならない大事な話がある」
父がいつになく真剣な口調で私の顔をじっと見つめる。
その視線から逃げるように母に向き直ったが、母の真紅に染まったその瞳も父と同じように真っすぐに私を見ていた。
なんだろう? いつもと様子が違うような気がする。
「アタシは席を外しますか?」
「いいや、エナ専属の守護騎士として役割に就かせている以上、マイヤも知っておくべきだ」
「……わかりました」
そう言って、マイヤが佇まいを正し背筋を伸ばした。
なんだろう……何の話をするんだろう?
「エナ、昔あなたに読んで聞かせた大昔にこの世界を救ったという二人の大天使の昔話を覚えているかしら?」
「覚えているけど……」
「このアーディス王国は、その大天使のうちの一人「アレンディア」が人間との間に子をもうけ作り上げてきた国なの」
初めて聞く話だった。
二人の大天使の話自体は母から昔話として寝る前などに聞かせてもらっていたから知ってたけど、まさかそのうちの一人がこの国を作り上げたご先祖様だなんて……。
「この国のアーディスという名も、始祖であるアレンディアの名をもじって付けられたものよ」
「そしてこの国の王族は天使の血を絶やさぬよう、代々受け継いでいる……それはお前も例外じゃないのだよ、エナ」
「私……にも?」
私の身体に天使の血が流れている?
あまりにも突拍子もないその話は、とてもじゃないけど信じられるものではない。
「この国の王族は代々天使の盟約により、女しか生まれない……私が婿養子であることはエナも知っているだろ?」
「はい……」
「私もあなたと同じ年齢の時に、天使の血のことを聞かされたわ……そしてその頃から自分の中の天使の血と向き合う日々が始まった……」
母がそう言うと、突然その身体が光に包まれ、背中から真っ白な天使の羽が出現し大きく開かれ、無数の羽が部屋の中に散らばった。
頭の上には神々しい光を放つ天使の輪が浮いていて、目の前の母が突然別の何かに変貌したことにショックと恐れを受けて、つい母から離れて後ずさりしてしまう。
「おかあ……さま……?」
「突然のことだから受け入れらないのはわかるわ……でもこれはこの国の王族として生まれたものの宿命なの」
あまりのことに混乱しながらジリジリと後ずさる私の肩に、マイヤがそっと手を置いた。
驚きと共に顔を上げてマイヤの顔を見ると、真剣な表情で私を見て小さく頷いた。
もしかしてマイヤはあらかじめこの話を聞いていたのだろうか?
「大丈夫よ? 私にだってこうして天使の力を扱うことが出来るようになったのだもの……私の娘であるエナに出来ないわけがないわ」
椅子から立ち上がった母が、神々しい光を発しながら私の元へとゆっくりと近づいてくる。
その母の表情は、私の知っている慈愛に満ちたそれと全く変わっておらず、一瞬でも母が怖いと思って離れてしまった自分が少しだけ恥ずかしかった。
「いっぺんに色々と話しても急には受け入れられないし、今日は自分の体に天使の血が流れているのだと……それだけでもわかっておいてほしいの」
そう言って母が私の身体を優しく……けれど力強く抱きしめた。
父もマイヤも誰にも真似できない、母だけが持つこの暖かい抱擁。
それは私に全てを信じさせるには充分すぎるほどだった。
「……信じる! お母様とお父様の言うこと信じる!」
「そう……強い子ねエナは」
そう言ってほほ笑む母の表情は、嬉しそうでもあり悲しそうでもあった。
こうしてこの日を境に、私の身体に流れる天使の血と向き合う日々が始まりを告げることとなる。
そして、荒れ狂う海は後にこの国に災厄を呼び込む火種となる少年を、浜辺に打ち上げたのだった。
そうしないと見つかってしまう……もし見つかったら私は……!
鼓動の音が飛び出てしまうのではないかと思った私は、思わず口を両手で塞ぐ。
いつまでそうしていただろうか? 体感では5分くらい経った気がしけど、実際はもっと短く30秒も満たなかったと思う。
「やっと見つけた」
頭上から何者かの声が聞こえて、私は全身をビクッとこわばらせた。
こんなに早く見つかってしまうなんて!
もうだめだ……見つかってしまった以上、私は連れていかれて……!
「どうしてこう毎度毎度アタシの手を煩わせるんだ!」
服の首のすその部分を掴まれて、強引に引っ張り上げられた。
相変わらず凄い力だ……。
「はっ離してよ!」
「いいや、離さない! 毎度毎度町まで探しに来るアタシの身にもなってもらおう!」
私を掴んだまま、その人が自分の目の高さまで私を引っ張り上げて、じっと睨みつける。
その目からは本気の怒りや憎しみではなく、単純に私の身を案じている気遣いがあふれていて、反省しなければいけないのに私はつい笑顔を浮かべてしまう。
「何を笑っている?」
「マイヤは優しい人だなぁって」
「人じゃない。アタシはダークエルフだ」
「どうでもいいじゃないそんなこと?」
「どうでもよくない」
そう言ってマイヤが私をそっと地面に立たせた。
引き上げるときは強引で力任せだったくせに、下ろすときの繊細な様子が、再び私を笑顔にさせた。
「しかし、探しに来るたびに隠れるのが上手くなって……さすがのアタシも今日は本気を出さざるを得なかったぞ?」
「なら次はもっとわかりにくい場所に隠れなくちゃね!」
笑顔でそう言い放った私を見て、マイヤが深いため息を吐いた。
この人はマイヤ=シュトーレンといって、私の近辺を警護する王宮騎士の団長だ。
確かな剣の腕と、強力な魔法の使い手でもあり、その実力を見込まれ私専属の守護騎士となった。
元々この国に住んでいたのではなく、何らかの理由で故郷を追放された後、この国に流れ着き空腹で倒れているところを私が発見して……というのが出会いだった。
マイヤと出会ってからもう二年ほどになるが、その二年の間にマイヤは王である父に認められて王宮騎士になったばかりか、私の守護騎士として成り上がった実力者でもある。
初めはよそ者として扱われ邪険にされていた彼女だったが、その厳格な性格と確かな実力で周囲を認めさせたところは、素直に尊敬している。
「それで? 今日は何が嫌で城から逃げてきたのだ、姫?」
「礼儀作法の授業よ! 礼節なんて私には無用だわ! 私はマイヤのように自由に生きていきたいのよ!」
「一国の姫がそういうわけにはいかないだろ……それを間違っても王と女王の前で言うなよ? ただでさえ危ういアタシの立場がさらに危うくなる」
「言ったけど?」
「言ったのか!?」
マイヤが驚愕の表情で私を見降ろしたので、とりあえず笑って見せると、マイヤは眉間にしわを寄せながら額に手を当てた。
「頼むからもう少しおしとやかにしていてくれ、姫様」
「姫様って呼ばないで! ちゃんと名前で呼びなさい!」
「……わかったよ、エナ姫」
「姫はつけなくてもいいの!」
そんなことを言い合いながら、城下町をマイヤと二人で連れ立って歩いて行く。
この光景はもうすっかりおなじみとなっており、すれ違う人たちから「今日もやってるのかい?」とか「姫様、あまりマイヤさんを困らせちゃダメだよ」などと言われるので、それに応えるように私は笑顔で手を振って返していくのが、すっかり日常となっている。
「一国の姫がここまで民衆に周知されているなんて、この国はどうなっているんだ?」
「王族と民衆の距離が近いのはいいことじゃない」
「アタシの元居た国では考えられない環境だな」
「そうよね! マイヤみたいな優秀な人材を永久追放するなんて、私だって考えれないわ!」
「いつか何か民衆とのトラブルがあった際に、真っ先に先頭に立つのはアタシなんだぞ? そこをもう少し考えてくれ」
そう言ったマイヤが今日何度目かのため息を吐いた。
確かにマイヤにばかり気苦労を押し付けるのは私の本意ではないし、今度からもう少し考えて行動しないいけないのかもしれない。
次はマイヤにもすぐにばれないようにうまく工作をして、簡単には見つからないような隠れ場所を探さないとね。
私の名前はエナ=アーディス。
この小さな島国を領土とする小国「アーディス」の王族にして第一王女だ。
なんでも長くから伝わる風習として、父も母もこれ以上の跡取りは作ることがないとのことで、将来的には私がこの国の王位を継ぐのが、すでに決定している。
いずれ私は王位を継ぎ婿を取り、この国の平和を守っていくために新たな子を産むのだろう。
それ自体に何も不安もないし、尊敬する偉大なる父と母の跡を継げるのだから、それは何物にも代えられない私の誇りだ。
……だが欲を言えば兄弟の一人くらいは欲しかった。さらに欲を言えばお姉さんが。
なのであの日空腹で行き倒れているマイヤを見つけた時は、失礼ながらもチャンスだと思った。
私の思惑通り……と言ったら語弊があるけど、マイヤはあれよあれよと父と母に気に入られて、私専属の守護騎士となってくれた。
それが私にはお姉ちゃんが出来たようでうれしかった。
だからこうして我儘をしてはマイヤを困らせてしまうのを止められないのだろう。
そんなことを考えている間に、私たちは王宮へと戻って来た。
「これはこれは姫様とマイヤ殿! 此度はご機嫌いかがかな?」
「フルトン殿か……本日はどのようなご用件で?」
この人はフルトン=ガスクードと言って、この国に唯一存在する貴族の当主だ。
叩いたらいい音がでそうなお腹が特徴の、中年のおじさんだ。
ガスクード家は昔からこの国の貴族として、国王と共にこの国を、ひいては民衆を指導し引っ張っていく役割を持っている。
父曰くフルトンさんはガスクード家始まって以来の優秀な頭脳を持っており、民衆からも父と母からの評価も高いのだという。
「ここのところ海が荒れているようでしてな……これが続くと海産物や港の方にも悪い影響が出ますので、早めに手を打った方がいいと思い、王に相談しに来た次第ですよ」
「王はなんと?」
「至急、対策会議をするとのことで、明日召集をかけると仰られましたよ」
「そうか……恐らくアタシにも声が掛かるだろうな」
「そうなると思いますぞ? それでは私は急ぎ帰って今日の結果を家の者たちに知らせなければならないので、これで失礼する」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様、フルトンさん」
私たちに向けて一礼した後、フルトンさんはやや慌てた様子で外へと出て行った。
「あの人も随分と慌ただしいな……まあそれというのもこの国を思ってのことだがな」
「フルトンさんのガスクード家はいつもこの国の為に頑張ってくれているものね」
「エナも負けてはいられないな」
「お腹が空いたわ! おやつにしましょう!」
そんな私の様子を見たマイヤが、また大きくため息を吐いた。
「おやつの時間はまだ後だ……王と女王が大事な話があると言っていたぞ?」
「どうせ礼儀作法の授業をサボったお小言をもらうんでしょ? そんなのはお菓子を食べた後でいいじゃない」
「そういうわけにはいかん。行くぞ」
気乗りしない物の、結局私はマイヤに連れられて父と母のいる王室へとやって来た。
「マイヤです。エナ王女をお連れしました」
「入りなさい」
マイヤが「失礼します」と一言置いてからドアノブの手をかけて、静かに扉を開き部屋へと足を踏み入れていく。
私が傍にいるんだし、そんなにかしこまらなくてもいいと思うんだけどなぁ。
「今日もエナを見つけて連れ帰って来てくれたんだな……君にはいつも迷惑を掛けるな」
「これも守護騎士としての務めですので」
「守護騎士というよりは、仲のいい姉妹みたいね」
そう言って父と母が笑う。
父の名はバウル=アーディスで母はサリア=アーディス。
この世で私が最も尊敬する、偉大なるアーディス国の王と女王だ。
「ただいま! お父様、お母様!」
マイヤの元を離れて、二人の元へと駆け出していく。
そんな私を母が優しく抱きしめてくれた。
「エナ、また礼節の授業をサボったのね?」
「ごめんなさい」
「礼節は大事よ? いずれあなたはこの国を継ぐことになるのだから、王族として民衆の上に立つものとして、しっかりとした礼節は学んでおくべきだわ」
「わかりました! 次の礼節の授業はサボりません!」
「この前もそれ言っただろう」
後ろから呆れたような口調でマイヤが呟いた。
「さて……エナよ、お前は昨日七歳の誕生日を迎えたな?」
「はい! 国を挙げての誕生日パーティーは、楽しかったわ!」
「七歳になったお前に伝えておかなければならない大事な話がある」
父がいつになく真剣な口調で私の顔をじっと見つめる。
その視線から逃げるように母に向き直ったが、母の真紅に染まったその瞳も父と同じように真っすぐに私を見ていた。
なんだろう? いつもと様子が違うような気がする。
「アタシは席を外しますか?」
「いいや、エナ専属の守護騎士として役割に就かせている以上、マイヤも知っておくべきだ」
「……わかりました」
そう言って、マイヤが佇まいを正し背筋を伸ばした。
なんだろう……何の話をするんだろう?
「エナ、昔あなたに読んで聞かせた大昔にこの世界を救ったという二人の大天使の昔話を覚えているかしら?」
「覚えているけど……」
「このアーディス王国は、その大天使のうちの一人「アレンディア」が人間との間に子をもうけ作り上げてきた国なの」
初めて聞く話だった。
二人の大天使の話自体は母から昔話として寝る前などに聞かせてもらっていたから知ってたけど、まさかそのうちの一人がこの国を作り上げたご先祖様だなんて……。
「この国のアーディスという名も、始祖であるアレンディアの名をもじって付けられたものよ」
「そしてこの国の王族は天使の血を絶やさぬよう、代々受け継いでいる……それはお前も例外じゃないのだよ、エナ」
「私……にも?」
私の身体に天使の血が流れている?
あまりにも突拍子もないその話は、とてもじゃないけど信じられるものではない。
「この国の王族は代々天使の盟約により、女しか生まれない……私が婿養子であることはエナも知っているだろ?」
「はい……」
「私もあなたと同じ年齢の時に、天使の血のことを聞かされたわ……そしてその頃から自分の中の天使の血と向き合う日々が始まった……」
母がそう言うと、突然その身体が光に包まれ、背中から真っ白な天使の羽が出現し大きく開かれ、無数の羽が部屋の中に散らばった。
頭の上には神々しい光を放つ天使の輪が浮いていて、目の前の母が突然別の何かに変貌したことにショックと恐れを受けて、つい母から離れて後ずさりしてしまう。
「おかあ……さま……?」
「突然のことだから受け入れらないのはわかるわ……でもこれはこの国の王族として生まれたものの宿命なの」
あまりのことに混乱しながらジリジリと後ずさる私の肩に、マイヤがそっと手を置いた。
驚きと共に顔を上げてマイヤの顔を見ると、真剣な表情で私を見て小さく頷いた。
もしかしてマイヤはあらかじめこの話を聞いていたのだろうか?
「大丈夫よ? 私にだってこうして天使の力を扱うことが出来るようになったのだもの……私の娘であるエナに出来ないわけがないわ」
椅子から立ち上がった母が、神々しい光を発しながら私の元へとゆっくりと近づいてくる。
その母の表情は、私の知っている慈愛に満ちたそれと全く変わっておらず、一瞬でも母が怖いと思って離れてしまった自分が少しだけ恥ずかしかった。
「いっぺんに色々と話しても急には受け入れられないし、今日は自分の体に天使の血が流れているのだと……それだけでもわかっておいてほしいの」
そう言って母が私の身体を優しく……けれど力強く抱きしめた。
父もマイヤも誰にも真似できない、母だけが持つこの暖かい抱擁。
それは私に全てを信じさせるには充分すぎるほどだった。
「……信じる! お母様とお父様の言うこと信じる!」
「そう……強い子ねエナは」
そう言ってほほ笑む母の表情は、嬉しそうでもあり悲しそうでもあった。
こうしてこの日を境に、私の身体に流れる天使の血と向き合う日々が始まりを告げることとなる。
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