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本命~人妻の魅力~

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「寒い……」

 晴れているから大丈夫だろうと思っていたけど、私が思っている以上に雪山は寒かった。

「クルテグラがなまじ暖かいから、ちょっと油断してましたね……」

 今すぐ戻って防寒対策をしてこようか? でもなるたけ早くこの雪山の生態系を狂わせるほどの強力な魔物の存在を確認しないといけない。
 もしも雪山に住み着いた魔物が神獣ではないのなら、先生に頼んで討伐隊を組織してもらえば何とかなるはずだ。
 ではもしも神獣だったら? その時は何とかしてフリルちゃんだけをこの雪山に連れてくるしかない。

「結局今私がしてることって、問題の先延ばしなんですよねぇ……」

 しかしあのままでは今日にでも先生の手によって強引にフリルちゃんの元に行かされていただろう。
 それにするにしても、せめてもう少し時間がほしい……だってシューイチさんたちと別れてからまだ一日しか経ってないのだ。
 だが先生は恐らく私の言い分など聞いてはくれないだろう……あの人は柔和で静かな印象を受けるがその実、できる・やれる・と思ったことは即実行に移すある意味では容赦のない部分がある。それこそ私の気持ちなどお構いなしに。

「もしもこの山に住みついた何者かが神獣ではないのなら、フリルちゃんに頼る必要もなくなりますしね」

 我ながら随分と軽率なことをしているという自覚はある。
 この雪山事態この大陸では一・二を争う規模なのだ。実際ならもっと時間をかけて準備をしなければならない。
 簡単な防寒装備はしてきたが、この程度の装備で雪山を登ろうなどと自殺行為もいいところだ。
 だが私にも事情と言う物がある。

「とりあえず……ファイア・エンチャント」

 体内の魔力を活性化させて、自分に炎の加護を付加した。それだけでさっきまで感じていた寒さがグッと和らぐ。
 今の私の魔力量なら五時間くらいは維持し続けれるはずだ。
 ただしそれはこの魔法だけを維持し続けた場合の話であり、途中で何かしら魔力を消費する事態に遭遇した場合はその限りではない。
 塔から見た時は上層のほうには雪も積もっているみたいだったし、そちらの対策もそのうち魔法でしなければならなくなる。
 そして転移で撤退するための魔力も計算にいれないといけないので、実質五時間もここにはいられないだろう。

「多く見積もって三時間ですね……それで見つからない場合は大人しく帰ろう」

 恐らくもう先生はあのメモを見ているだろうし、ボヤボヤしてはいられない。
 両頬を手で軽く叩いて気合を入れた私は、雪山を登るために一歩を踏み出した。





「すると何か? お前さんらの探してるその子は一人で雪山に行ったのか!?」
「いくらなんでもそれはあまりにも無謀だわ」

 ひとまずシオンさんと別れた俺たちは、再びクルテグラの冒険者ギルドへとやってきた。
 喫茶スペースへ行くと、お茶を飲んでくつろいでいたラトルさんとルカさんとすぐに合流することが出来たので、一連の出来事を軽く説明した。

「本当ですよまったく……」
「……ねえ? 彼何か怒ってるの?」
「ええ、その様ですわね……」

 レリスとルカさんがお互いに囁きあうのが聞こえてきた。
 そりゃ怒ってますとも、ええ!
 だってシオンさんは今回の雪山の異変についての解決の助力を俺たちに頼むようにエナに頼んだのに、エナは一人で雪山に行ってしまったのだ。
 それって要するに俺たちと顔を合わせるのが嫌だからだろ? これが怒らずにいられるかってんだ!
 たしかに今までエナの事情に深く踏み込もうとしなかった俺にも責任の一端はあるだろうが、それにしたってこれはない。

「とりあえず、シューイチはどうするつもりなんだ?」
「どうするもなにも、勿論俺たちも雪山に行きますよ」

 このままここで手をこまねいているという選択肢だけは絶対にない。
 雪山にいるのが神獣だろうがなんであろうが、それがエナを探しに行かないという理由にはならないのだ。

「ちなみに、まだ雪山捜索の依頼は出てないわね」
「ギルド依頼なんて関係なく探しに行きますよ」
「それがそういうわけにはいかねーんだよ、この時期はギルドの……引いては国からの許可がないと雪山には入れないんだ」

 聞けばこの時期は特に山の天気が変わりやすいらしく、何かがあってからでは遅いということで山への出入りを制限しているらしい。
 山の入り口には国が併設した関所のようなものが建てられており、普通ならまずそこで足止めを食らうとのこと。
 だが残念ながらエナはその「普通」には該当しない。

「多分転移で強引にその関所抜けてるでしょうね」
「まじか……それならボヤボヤしてられないな」
「でもテレアたちだけだとその関所を超えられないんじゃ……?」
「まさか強引に関所を超えていくわけにもいきませんし」

 そんなことをしようものなら、俺たちはこの国においてお尋ね者になる可能性もあるだろう。

「それに雪山を登るならそれ相応の準備が必要になるし、どの道すぐに探しに行くことは無理ね」
「……お手上げ?」

 最悪俺が全裸になって朱雀の力を借りて再び空を飛んで行けば、雪山に侵入するのは簡単にできると思うが、それはこの国に到着するまででありエナを探すときは全員で!……と約束させられてしまっている。
 まさか俺がその約束を率先して破るわけにはいかない。

「焦る気持ちもわからんでもないけど、今は大人しく待つしかないんちゃう?」
「幸い雪山までは徒歩で30分くらいだし、依頼が出るまでの時間で準備を整えた方がいいんじゃないかしら?」

 クルテグラが蒸気のおかげで比較的暖かいせいですっかり失念していたが、ここは曲がりなりにも雪国なのだ。
 俺たちも着の身着のままこの国に来たからなあ……この装備のまま雪山に行くなど自殺行為もいいところだろう。ルカさんの言う通りちゃんとした防寒装備を整える方がいいだろう。

「じゃあ俺がここで依頼が出るまで待ってるから、ルカはシューイチたちが準備を整えるのを手伝ってあげたらいいんじゃないのか?」
「そうね……皆はそれでもいいかしら?」
「そうですわね……時間は有効に使いませんと」
「……山を舐めてはいけない」
「フリルお姉ちゃんって、たまにすごくカッコいいことを言うよね」

 カッコいいか……? まあそれは置いておいて、フリルの言う通り山を舐めて掛かったら痛い目に遭いそうだし準備はしっかりしておかないとな。

「それじゃあ早速、冒険者用の登山装備が一通り揃う店を知ってるからそこに行きましょうか」

 そうして俺たちはルカさんに連れられて、雪山に行くための装備を買いに行くこととなった。
 思えばこうしてみんなと買い物に出かけるのって、スチカとティアがエルサイムに来た時以来だな。
 あの時はたしか甘い物食べ歩きツアーしたんだよな……俺の金で。俺の金で!!

「どうしたのシューイチ君?」
「いやちょっと嫌なことを思いだしまして……」

 ルカさんにいらぬ心配を掛けてしまったので、曖昧に笑ってごまかした。
 まあ今回は装備を買いに行くだけだし、あの時の様なことにはならないだろう。
 そんなことを考えていると、ルカさんがじっと俺を見ているのに気が付いた。

「どうしたんですか?」
「シューイチ君の仲間の中にテレアがいたのも驚いたんだけど、女の子ばかりなのか……って」
「俺自身の名誉のために言いますけど、決して女の子だけ仲間にしようと思ってわけじゃないんですけどね」

 そこはもう謎の力が働いたとしか言いようがない。
 見る人が見ればすごく羨ましい状況に見えるかもしれないだろうが、これだけの数の女の子に囲まれると唯一の男である俺は色々と気を使わないといけないのだ。
 どこぞのハーレムアニメみたいなラッキースケベなど早々起きるわけがないし、仮に起きた場合は気まずくなることこの上ない。
 ちょっとしたことですぐに機嫌を損ねたりするし、日々ニトログリセリンを扱っているかのような繊細な気配りが必要になるので、一概に羨ましい環境というわけでもないのだ。
 冗談で冷たくあしらわれたり、ぞんざいな扱いを受けたりすることはある物の、本気で嫌われてるわけではないので、まあ俺なりにみんなとうまくやれていると思うけどね。

「シューイチ君は誰が本命なの?」
「……もしかしてルカさんもリリアさんみたいにそういう話が好きな人ですか?」

 隣を歩くルカさんから、思わず一歩引いてしまった。

「そういうわけじゃないけども……でもこれだけ可愛い女の子に囲まれてるんだから、そういう人がいるのかな……って」
「本命ねぇ……」

 なんか気のせいか、後ろを歩くみんなの目線が鋭くなった気がする。
 まあ小声で話してるわけでもないし、この会話は普通に後ろにいるみんなにも聞こえてると思うけどね。

「こういうのは誰を選んでも角が立つので、ひとまずオフレコってことで」
「そうよね……ごめんね変なこと聞いて?」
「いえいえ、お気になさらず」

 なんか後ろから落胆する複数のため息が聞こえてきたけど、今は聞こえないふりをしておこう。
 それにしてもこれで引き下がってくれてよかった……これがリリアさんだったら、ぐいぐい来る上に問答無用でテレアをお勧めされていたことだろう。

「……ちなみに将来性という意味なら、私はテレアをお勧めするわ」
「諦めたふりしてさらっと進めてこないでくださいよ」
「冗談よ。まあ最終的に誰を選ぶかはシューイチ君の決めることだものね」

 誰を選ぶか……ねえ。
 ちなみこの件については俺の中ですでに答えは出ている。
 そしてその為にも必ずエナは見つけて連れ戻さないといけない。
 恐らくこの件に関して俺が出した結論は、日本にいた頃なら絶賛大批判を受けること請け合いだが、ここは日本ではないのでそんな批判をいちいち聞いてやる義理なのどないのだ。
 郷に入れば郷に従えっ……てな。

「さあ着いたわ」

 そんなことを考えていると、どうやらお店に着いたようだ。

「雪山って何が必要なんですかね?」
「そうねぇ……ひとまず防寒具は必須だし、暖を取るためのアイテムも必要だけど……別に長期間山にいるわけでもないだろうし、最低限必要な物だけでもいいと思うわ」

 最悪ヤバい状況になったら俺が全裸になって全員をつれて転移で逃げれば大丈夫だろうしな。
 ……っていかんな、最近転移があるからってそれに頼りがちになってしまってる気がする。
 それというのも転移が便利すぎるのがいけないのだ。

「とりあえず防寒具に関してはみんながそれぞれ好きな物を見繕うってことにして、それ以外の装備についてはルカさんのアドバイスに従います」
「そう? 責任重大ね」

 そういってルカさんが薄く微笑んだのを見て、少しだけ見惚れそうになった。
 これが人妻の魅力と言う物だろうか? さっきから俺のことを厳しい目で見てくる皆も人妻になったら、今のルカさんが一瞬だけ見せたような魅了を纏うことになるのだろうか?
 つーかなんで俺がみんなから非難の目で見られなければならんのだろうか?

「なんや? シュウの好みは人妻やったんか?」
「待ってくれ、その発言は誤解を招く!」
「どうしよう……テレアはまだ子供だからお兄ちゃんの好みからは外れちゃうかも……」
「……今すぐ誰かと結婚すれば無問題」
「シューイチ様の好みになるために他の方と結婚したのでは、本末転倒ですわね」
「レリスもテレアも何言ってんの!? つーかフリルも余計なこと言わない!」
「皆面白いわねぇ」

 お店の入り口で喧々囂々とする俺たちを見ながら、ルカさんが朗らかに笑うのだった。




 山を登り始めてどれだけ経っただろうか? 体感では二時間くらいは経ったような気がしている。
 天気自体は段々と曇り空になってはいるものの、まだ雪が降ってくるまでには至っていない。
 だが上に行けば行くほど雪が行く手を阻むようになってきて、思うように進めなくなってきているのは少し考え物だ。

「仕方ないですね……」

 体内の魔力を活性化させて、炎をイメージしていく。

「セルフ・バーニング」

 本来なら自身に対して攻撃してくる相手に対して自動で反撃する魔法であるが、威力を控えめにしつつ対象を雪に限定することで、自動で足元の雪を溶かしながら進むことが出来るようにした。
 これでたとえ吹雪になったとしても雪によって進行を妨げられることもなくなるだろう。

「魔力消費が増えるから出来るなら控えたかったんですけどね」

 そんな風に独り言を呟きながら、さらに山を登っていく。
 今のところ魔物が襲ってくる気配はないものの、上に行くほど異質な魔力が周囲に漂っていくのを感じていた。
 やはり何か強力な力を持った何者かがこの山にいる。
 気を引き締めないと……。

『そこで止まれ』

 風で木々が揺れる音と共に、何者かの声が私の耳に届いた。
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