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蒸気~魔術師たちの塔~
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「町のどこでみたんですか!?」
立ち上がって、思わずケニスさんに詰め寄る。
周りのみんなもそれを止めることなく、むしろ次のケニスさんの言葉を待つように固唾を飲んでいた。
「とりあえず落ち着くんだ、その前に一つだけ聞きたいんだけど……エナ君とは仲たがいをしたわけじゃないんだね?」
「してませんし、する意味がありませんよ」
「そうだよね……すまない、変なことを聞いた」
今までずっと仲良くやっていたし、そりゃあ俺が馬鹿なことをして呆れた目で見られることも多々あったけど……ってそれが原因でいなくなったとかじゃないよな?
「恐らくなんだけど、町を探しても多分エナ君は見つからないと思うよ」
「……どうして?」
フリルの疑問を受けて、ケニスさんがエナと会った状況を話し始めた。
いつもと完全に様子が違っていたこと、恐らく俺たちのところへ戻るつもりがないこと、そして前に見た時よりも瞳が真っ赤に染まっていたことを俺たちに教えてくれた。
「エナさんがあの力を使った後は、瞳の色が赤くなっていた気がしたのは、気のせいではありませんでしたのね……」
「人工神獣を倒した後はさらに赤くなってたよ」
「なんやようわからんけど、エナが居なくなったのってそのあたりに理由がありそうな気がするな」
そこは俺も思っているが、そもそもなぜあの力を使うとエナの瞳が赤く染まっていくのだろう?
……ってそこを考えてもさすがにわかるわけがないよな。
「そういえばケニス様はもうエナさんがこの国にはいないと確信しておりますが、それはなぜ?」
「彼女が転移魔法でいなくなる瞬間を見てたからね」
ケニスさんがあっけらかんとした表情で爆弾発言をぶちこんできた。
「止めてくださいよ!!」
「いや、あの様子じゃ多分止めても無駄だったと思うよ? 彼女の決意は固いみたいだったし」
そうまで言い切るってことは、恐らくエナの心もある程度読めるようになったんだろうな。
「その時に彼女が呟いた言葉がチラッと聞こえたんだが……クルテグラに行こうとか言っていたよ」
「クルテグラ……ああっ、あのスチームパンクの国か!!」
「スチカ知ってんの?」
「もう何千年も蒸気文明を維持し続けとる国で、蒸気機関の他に魔法の発展も他国よりも進んどる国やな」
蒸気機関……非常に胸躍るワードだが、今はそこにうつつを抜かしてる場合ではない。
「一度行ってみたいと思っとる国の一つやけど、アーデンハイツからだと一か月はかかる距離でなぁ……」
「凄く遠いんだね……」
「でもそこにいる可能性が高いですわね」
「でも一か月はかかる距離なんだろ? 今すぐ行くわけには行かないよなぁ」
もう今すぐにでもエナを探しに出発したいけど、俺たちはまだこの国でやることが残ってるのだ。
しかもここから一か月はかかる長距離だというし……ぼやぼやしてたら完全にエナを見失ってしまうだけに、気ばかりが焦ってしまう。
そこでふと、割とどうでもいいことに気が付いてしまった。
―――ケニスさん、エナが呟いたの聞いたって嘘ですよね?―――
―――勿論嘘だよ。彼女が僕が「絶対に言わない」って言ったら少し信用してくれたみたいでね……それで以前よりも心を読む精度が上がったからわかったんだ―――
―――思いっきり約束破ってるじゃないですか!―――
―――僕は「言わない」と言ったが「伝えない」とは言ってないからね?―――
なんか子供の屁理屈みたいなことを言い出したが、今回はそのおかげでエナの行く先が分かったので、突っ込むのはやめておこう。
「どうしようお兄ちゃん……」
テレアが心配そうな顔で俺を見上げてくる。
「俺だって今すぐに何とかしたいけど、一か月はかかる距離だし、まだこの国でやることも残ってるんだよなぁ……」
なんでこんな時にいなくなるかなぁ? ……いやこんな時だからこそいなくなったんだよな多分。
俺の知ってる場所にいるなら転移でひとっ飛びして探しに行けるんだが……。
「スチカ、クルテグラってどの辺にあるかわかる?」
「えっと……たしかマグリドからまっすぐ海を越えて北……だったかな?」
海越えるのかよ……仮に俺がマグリドまで転移で飛んだとしてそれで短縮できるのはせいぜい二週間ほどだろ? そこから馬車で向かったとしても海を越えるために船の手配もしないといけないから……どんなに早く行けても三週間はかかりそうだ。
エナの元に直接転移できれば早いんだけど、転移を妨害する魔法でも使ってるのか無理だったしなぁ。
一か月や三週間もかかってたら、エナを見失ってそれこそもう二度と会えないかもしれないんだ……すぐに判断を下さないと手遅れになる。
一つだけ方法がないわけじゃないが、これだって行き当たりばったりな方法なんだよな。うまくスムーズに事が運べば一週間と掛からずクルテグラへとたどり着けるだろうが。
……いやここは迷ってる場合じゃないな。
「ちょっとマグリドまで行ってくる」
俺の突然の発言に、皆が一斉に振り返る。
「マグリドまでって……まさか転移で?」
「……その先はどうするの?」
フリルが当然の疑問をぶつけてきた。
「そこを解決するためにちょっと聞きたいことがあるから、ちょっと朱雀を呼んでもらっていいかな?」
「朱雀ですか? もちろんよろしいですが……」
俺に言われたレリスが、少し慌てた様子で朱雀を顕現させてくれた。
『ハロー! 中々大変なことになってるみたいね』
「ああ、それを解決するために朱雀の力を借りたいんだけど」
『それは勿論いいんだけど、私にできることってなに?』
「ちょっと、クルテグラへ行くまでの間、俺についてきてほしいんだ」
エナが居なくなってから大体二時間くらい経った頃、俺たちは炊き出しの終わった城の中庭に集まって、スチカが来るのを待っていた。
「悪い悪い! 待たせたな!」
中庭で文字通り全裸待機する俺の元に、やや慌てた様子のスチカが駆け寄って来た。
「どうだった?」
「おっちゃんが言うには、式典を伸ばせるのは一週間が限度やって」
「一週間か……それだけあればなんとかなりそうだな」
その一週間の間になんとしてでもエナを見つけないといけないな。
「お兄ちゃん、本当に大丈夫かな?」
「まあ、無理をするつもりもないし、ちゃんと夜にはここに帰ってきて皆に報告はするからさ」
「……お土産よろしく」
「いや、遊びに行くわけじゃないからな?」
俺の考えた手段は非常にシンプルだ。
とりあえずマグリドまで転移で飛んで、そこからは馬車を使わずに身体強化を限界まで使って走っていくことにした。全裸で。
そして海を越える必要が出てきた際には朱雀の力を借りて海を飛んでいくことにした。全裸で。
要するに全裸パワーによるごり押しである。
そして無事に海を越えた後は魔力探知に長けた朱雀の力でエナを探すという作戦だ。
最悪探知できない場合は自力でなんとかするしかないから、王様に与えられた一週間は有効に活用しなければならない。
そしてこれは俺だけの単独行動だ。みんなを連れて行きたいのは山々だが俺一人の方が身動きも取りやすいからな。ただそれはクルテグラに着くまでの間だけで、クルテグラに辿り着いたら全員でエナを探すと約束させられた。
『その状態のあなたなら、多分三日もあればクルテグラに着けると思うけどね』
「三日じゃ遅い、せめて二日まで短縮するぞ」
『うへぇ……』
ちなみに朱雀は現在レリスを離れて俺についている。
適正もなければ加護も受けてない人間につくのは、本来なら命の危険すらあるとのことだが全裸状態の俺なら問題ないとのこと。
以前テレアが青龍の力を仮に宿した時も、5分くらいでバテバテになってしまっていたから、朱雀の話が嘘じゃないことはわかる。
「そういうわけなんで、朱雀のこと借りていくな? 夜にはちゃんと返すからさ」
「シューイチ様のお役に立つのでしたら、何度でも朱雀をお貸ししますわ」
『なんか私、物扱いされてない?』
マグリドに飛ぶということで、出来ればヤクトさんに挨拶をしていきたいが、生憎今回は時間がない。
それにクルテグラへは朱雀がナビゲートしてくるとのことだし、俺も人に会おうと思ったら服を着て全裸状態を解除しなければならず、そうなると朱雀の維持のために魔力を消費し続けてしまい最悪死んでしまう可能性もある。適正と加護がなければ、神獣という存在を身に宿すだけでもそれだけのリスクがあるのだ。
「そんじゃ行ってくる! 一応夜には帰ってくるけど、もし何かあったら通信機で連絡をくれればとんぼ返りしてくるから」
「分かったよお兄ちゃん! 気を付けて行ってきてね!」
「……ぐっどらっく」
「留守の間はおまかせくださいませ」
「早くクルテグラに行ってみたいからな! 手早く頼むで!」
一人だけなんか私欲にまみれてる気がするが、エナを心配する気持ちはみんな一緒だ。
脳内で以前ヤクトさんに見送られた、マグリドの国境の出口を浮かべる。
……あれから随分と月日がながれたなぁ……と、懐かしさに浸っている場合ではない。
「そんじゃ行ってきます!」
そうして俺は、転移によってマグリドへと飛んだのだった。
蒸気により独特の匂いに包まれたクルテグラの町並みを、懐かしい思いに浸りながら歩いて行く。
昔は鼻についたこの独特の蒸気の匂いも、今ではそんなに気にはならなった。
「変わりませんね、この町は……」
蒸気文明により独特の発展をしてきた国、クルテグラ。
先生が言うにはもう二千年もの間、蒸気文明を維持し続けているらしい。
クルテグラのあるこの大陸は北国である関係で、今までいた大陸に比べて随分と気温が低い。
にもかかわらずこの国は噴き出す蒸気のおかげで、こうして歩いているだけでも暑いと感じてしまう。
比較的人通りの多い大通りを歩く私の横を、蒸気を動力とした乗り物が通り過ぎていく。
「スチカちゃんに見せたら喜びそうな景色ですよね」
厳密には違うのだろうが、機械と似たところがあるから、スチカちゃんなら凄く食いつきそうだ。
でもこの独特の匂いと人の多さはフリルちゃんは嫌がるかも……それにこの国にはたしかアイスがないはずだからテレアちゃんが残念がりそうだ。
レリスさんだったら、この未知の光景に興奮してテンションをあげるだろうな……そしてシューイチさんも。
新しい国に来るたびに楽しそうにキョロキョロしていたので、それを少しばかり恥ずかしく思っていたけど、それと同時になんだかその様子が子供みたいで可愛いとも思ってしまっていたのも事実だ。
「……なんだかみんなのことばかり思い出してしまいますね」
恐らくもう会うことはない、私の仲間たち。
今後どうするかは決めてないけど、シューイチさんたちの元へ戻るという選択肢だけはない。今更どんな顔で戻ればいいと言うのだろうか?
思わず落ち込みかけた気分を頭を左右に振ることで強引に振り払う。
「先生元気かなぁ……突然帰ってきたら驚きますよね」
そんなことを呟きながら、目的地である「魔術師たちの塔」へと向かっていく。
元々この国は多くの魔術師たちによる魔法の開発や研究が盛んだったが、そこへ別の大陸から多くの技術者が流出してきてこの地に根付き、寒さをしのぐために魔術師と技術者が協力をして蒸気機関の開発を進めていき、今の形になったのだと先生から教えられた。
そして私が向かっている魔術師たちの塔は、クルテグラが出来る前から存在してる建造物であり、誰が何のために建てた物なのかも未だに判明しておらず、塔自体も現代では加工すらできない硬い鉱石をもとに作られているとのこと。
そうした側面から魔術師たちの塔は神が作った物なのではないかと言われている。
「着いた……」
歩くこと30分、ようやく目的地である塔へとたどり着いた。
塔の入り口は開け放たれており、基本的に出入りは自由だがそれは受付のある一階までの話で、そこから上の階は関係者でなければ入ることが出来ない。
「変わりませんねここは」
感傷に浸りながら入り口を潜り、受付へと歩いて行く。
「魔術師たちの塔へようこそ。本日はどのようなご用件で?」
受付さんがにこやかに対応してくれる最中、懐からペンダントを取り出す。
このペンダントはこの塔の関係者であることの証明のようなものだ。
「塔の最高責任者である、シオン=ラーハルトへとお目通りを願えませんでしょうか?」
「それは……レッド・ベリルの!? すぐにお取次ぎしますので少々お待ちを!」
慌たてふためく受付さんを見ながら、天井を見上げてそっと呟く。
「シオン先生、元気かなぁ」
立ち上がって、思わずケニスさんに詰め寄る。
周りのみんなもそれを止めることなく、むしろ次のケニスさんの言葉を待つように固唾を飲んでいた。
「とりあえず落ち着くんだ、その前に一つだけ聞きたいんだけど……エナ君とは仲たがいをしたわけじゃないんだね?」
「してませんし、する意味がありませんよ」
「そうだよね……すまない、変なことを聞いた」
今までずっと仲良くやっていたし、そりゃあ俺が馬鹿なことをして呆れた目で見られることも多々あったけど……ってそれが原因でいなくなったとかじゃないよな?
「恐らくなんだけど、町を探しても多分エナ君は見つからないと思うよ」
「……どうして?」
フリルの疑問を受けて、ケニスさんがエナと会った状況を話し始めた。
いつもと完全に様子が違っていたこと、恐らく俺たちのところへ戻るつもりがないこと、そして前に見た時よりも瞳が真っ赤に染まっていたことを俺たちに教えてくれた。
「エナさんがあの力を使った後は、瞳の色が赤くなっていた気がしたのは、気のせいではありませんでしたのね……」
「人工神獣を倒した後はさらに赤くなってたよ」
「なんやようわからんけど、エナが居なくなったのってそのあたりに理由がありそうな気がするな」
そこは俺も思っているが、そもそもなぜあの力を使うとエナの瞳が赤く染まっていくのだろう?
……ってそこを考えてもさすがにわかるわけがないよな。
「そういえばケニス様はもうエナさんがこの国にはいないと確信しておりますが、それはなぜ?」
「彼女が転移魔法でいなくなる瞬間を見てたからね」
ケニスさんがあっけらかんとした表情で爆弾発言をぶちこんできた。
「止めてくださいよ!!」
「いや、あの様子じゃ多分止めても無駄だったと思うよ? 彼女の決意は固いみたいだったし」
そうまで言い切るってことは、恐らくエナの心もある程度読めるようになったんだろうな。
「その時に彼女が呟いた言葉がチラッと聞こえたんだが……クルテグラに行こうとか言っていたよ」
「クルテグラ……ああっ、あのスチームパンクの国か!!」
「スチカ知ってんの?」
「もう何千年も蒸気文明を維持し続けとる国で、蒸気機関の他に魔法の発展も他国よりも進んどる国やな」
蒸気機関……非常に胸躍るワードだが、今はそこにうつつを抜かしてる場合ではない。
「一度行ってみたいと思っとる国の一つやけど、アーデンハイツからだと一か月はかかる距離でなぁ……」
「凄く遠いんだね……」
「でもそこにいる可能性が高いですわね」
「でも一か月はかかる距離なんだろ? 今すぐ行くわけには行かないよなぁ」
もう今すぐにでもエナを探しに出発したいけど、俺たちはまだこの国でやることが残ってるのだ。
しかもここから一か月はかかる長距離だというし……ぼやぼやしてたら完全にエナを見失ってしまうだけに、気ばかりが焦ってしまう。
そこでふと、割とどうでもいいことに気が付いてしまった。
―――ケニスさん、エナが呟いたの聞いたって嘘ですよね?―――
―――勿論嘘だよ。彼女が僕が「絶対に言わない」って言ったら少し信用してくれたみたいでね……それで以前よりも心を読む精度が上がったからわかったんだ―――
―――思いっきり約束破ってるじゃないですか!―――
―――僕は「言わない」と言ったが「伝えない」とは言ってないからね?―――
なんか子供の屁理屈みたいなことを言い出したが、今回はそのおかげでエナの行く先が分かったので、突っ込むのはやめておこう。
「どうしようお兄ちゃん……」
テレアが心配そうな顔で俺を見上げてくる。
「俺だって今すぐに何とかしたいけど、一か月はかかる距離だし、まだこの国でやることも残ってるんだよなぁ……」
なんでこんな時にいなくなるかなぁ? ……いやこんな時だからこそいなくなったんだよな多分。
俺の知ってる場所にいるなら転移でひとっ飛びして探しに行けるんだが……。
「スチカ、クルテグラってどの辺にあるかわかる?」
「えっと……たしかマグリドからまっすぐ海を越えて北……だったかな?」
海越えるのかよ……仮に俺がマグリドまで転移で飛んだとしてそれで短縮できるのはせいぜい二週間ほどだろ? そこから馬車で向かったとしても海を越えるために船の手配もしないといけないから……どんなに早く行けても三週間はかかりそうだ。
エナの元に直接転移できれば早いんだけど、転移を妨害する魔法でも使ってるのか無理だったしなぁ。
一か月や三週間もかかってたら、エナを見失ってそれこそもう二度と会えないかもしれないんだ……すぐに判断を下さないと手遅れになる。
一つだけ方法がないわけじゃないが、これだって行き当たりばったりな方法なんだよな。うまくスムーズに事が運べば一週間と掛からずクルテグラへとたどり着けるだろうが。
……いやここは迷ってる場合じゃないな。
「ちょっとマグリドまで行ってくる」
俺の突然の発言に、皆が一斉に振り返る。
「マグリドまでって……まさか転移で?」
「……その先はどうするの?」
フリルが当然の疑問をぶつけてきた。
「そこを解決するためにちょっと聞きたいことがあるから、ちょっと朱雀を呼んでもらっていいかな?」
「朱雀ですか? もちろんよろしいですが……」
俺に言われたレリスが、少し慌てた様子で朱雀を顕現させてくれた。
『ハロー! 中々大変なことになってるみたいね』
「ああ、それを解決するために朱雀の力を借りたいんだけど」
『それは勿論いいんだけど、私にできることってなに?』
「ちょっと、クルテグラへ行くまでの間、俺についてきてほしいんだ」
エナが居なくなってから大体二時間くらい経った頃、俺たちは炊き出しの終わった城の中庭に集まって、スチカが来るのを待っていた。
「悪い悪い! 待たせたな!」
中庭で文字通り全裸待機する俺の元に、やや慌てた様子のスチカが駆け寄って来た。
「どうだった?」
「おっちゃんが言うには、式典を伸ばせるのは一週間が限度やって」
「一週間か……それだけあればなんとかなりそうだな」
その一週間の間になんとしてでもエナを見つけないといけないな。
「お兄ちゃん、本当に大丈夫かな?」
「まあ、無理をするつもりもないし、ちゃんと夜にはここに帰ってきて皆に報告はするからさ」
「……お土産よろしく」
「いや、遊びに行くわけじゃないからな?」
俺の考えた手段は非常にシンプルだ。
とりあえずマグリドまで転移で飛んで、そこからは馬車を使わずに身体強化を限界まで使って走っていくことにした。全裸で。
そして海を越える必要が出てきた際には朱雀の力を借りて海を飛んでいくことにした。全裸で。
要するに全裸パワーによるごり押しである。
そして無事に海を越えた後は魔力探知に長けた朱雀の力でエナを探すという作戦だ。
最悪探知できない場合は自力でなんとかするしかないから、王様に与えられた一週間は有効に活用しなければならない。
そしてこれは俺だけの単独行動だ。みんなを連れて行きたいのは山々だが俺一人の方が身動きも取りやすいからな。ただそれはクルテグラに着くまでの間だけで、クルテグラに辿り着いたら全員でエナを探すと約束させられた。
『その状態のあなたなら、多分三日もあればクルテグラに着けると思うけどね』
「三日じゃ遅い、せめて二日まで短縮するぞ」
『うへぇ……』
ちなみに朱雀は現在レリスを離れて俺についている。
適正もなければ加護も受けてない人間につくのは、本来なら命の危険すらあるとのことだが全裸状態の俺なら問題ないとのこと。
以前テレアが青龍の力を仮に宿した時も、5分くらいでバテバテになってしまっていたから、朱雀の話が嘘じゃないことはわかる。
「そういうわけなんで、朱雀のこと借りていくな? 夜にはちゃんと返すからさ」
「シューイチ様のお役に立つのでしたら、何度でも朱雀をお貸ししますわ」
『なんか私、物扱いされてない?』
マグリドに飛ぶということで、出来ればヤクトさんに挨拶をしていきたいが、生憎今回は時間がない。
それにクルテグラへは朱雀がナビゲートしてくるとのことだし、俺も人に会おうと思ったら服を着て全裸状態を解除しなければならず、そうなると朱雀の維持のために魔力を消費し続けてしまい最悪死んでしまう可能性もある。適正と加護がなければ、神獣という存在を身に宿すだけでもそれだけのリスクがあるのだ。
「そんじゃ行ってくる! 一応夜には帰ってくるけど、もし何かあったら通信機で連絡をくれればとんぼ返りしてくるから」
「分かったよお兄ちゃん! 気を付けて行ってきてね!」
「……ぐっどらっく」
「留守の間はおまかせくださいませ」
「早くクルテグラに行ってみたいからな! 手早く頼むで!」
一人だけなんか私欲にまみれてる気がするが、エナを心配する気持ちはみんな一緒だ。
脳内で以前ヤクトさんに見送られた、マグリドの国境の出口を浮かべる。
……あれから随分と月日がながれたなぁ……と、懐かしさに浸っている場合ではない。
「そんじゃ行ってきます!」
そうして俺は、転移によってマグリドへと飛んだのだった。
蒸気により独特の匂いに包まれたクルテグラの町並みを、懐かしい思いに浸りながら歩いて行く。
昔は鼻についたこの独特の蒸気の匂いも、今ではそんなに気にはならなった。
「変わりませんね、この町は……」
蒸気文明により独特の発展をしてきた国、クルテグラ。
先生が言うにはもう二千年もの間、蒸気文明を維持し続けているらしい。
クルテグラのあるこの大陸は北国である関係で、今までいた大陸に比べて随分と気温が低い。
にもかかわらずこの国は噴き出す蒸気のおかげで、こうして歩いているだけでも暑いと感じてしまう。
比較的人通りの多い大通りを歩く私の横を、蒸気を動力とした乗り物が通り過ぎていく。
「スチカちゃんに見せたら喜びそうな景色ですよね」
厳密には違うのだろうが、機械と似たところがあるから、スチカちゃんなら凄く食いつきそうだ。
でもこの独特の匂いと人の多さはフリルちゃんは嫌がるかも……それにこの国にはたしかアイスがないはずだからテレアちゃんが残念がりそうだ。
レリスさんだったら、この未知の光景に興奮してテンションをあげるだろうな……そしてシューイチさんも。
新しい国に来るたびに楽しそうにキョロキョロしていたので、それを少しばかり恥ずかしく思っていたけど、それと同時になんだかその様子が子供みたいで可愛いとも思ってしまっていたのも事実だ。
「……なんだかみんなのことばかり思い出してしまいますね」
恐らくもう会うことはない、私の仲間たち。
今後どうするかは決めてないけど、シューイチさんたちの元へ戻るという選択肢だけはない。今更どんな顔で戻ればいいと言うのだろうか?
思わず落ち込みかけた気分を頭を左右に振ることで強引に振り払う。
「先生元気かなぁ……突然帰ってきたら驚きますよね」
そんなことを呟きながら、目的地である「魔術師たちの塔」へと向かっていく。
元々この国は多くの魔術師たちによる魔法の開発や研究が盛んだったが、そこへ別の大陸から多くの技術者が流出してきてこの地に根付き、寒さをしのぐために魔術師と技術者が協力をして蒸気機関の開発を進めていき、今の形になったのだと先生から教えられた。
そして私が向かっている魔術師たちの塔は、クルテグラが出来る前から存在してる建造物であり、誰が何のために建てた物なのかも未だに判明しておらず、塔自体も現代では加工すらできない硬い鉱石をもとに作られているとのこと。
そうした側面から魔術師たちの塔は神が作った物なのではないかと言われている。
「着いた……」
歩くこと30分、ようやく目的地である塔へとたどり着いた。
塔の入り口は開け放たれており、基本的に出入りは自由だがそれは受付のある一階までの話で、そこから上の階は関係者でなければ入ることが出来ない。
「変わりませんねここは」
感傷に浸りながら入り口を潜り、受付へと歩いて行く。
「魔術師たちの塔へようこそ。本日はどのようなご用件で?」
受付さんがにこやかに対応してくれる最中、懐からペンダントを取り出す。
このペンダントはこの塔の関係者であることの証明のようなものだ。
「塔の最高責任者である、シオン=ラーハルトへとお目通りを願えませんでしょうか?」
「それは……レッド・ベリルの!? すぐにお取次ぎしますので少々お待ちを!」
慌たてふためく受付さんを見ながら、天井を見上げてそっと呟く。
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