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花飾~今までありがとうございました~
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「テレアちゃん、さっきは不用意なこと言ってすみませんでした」
「全然大丈夫だよ! テレア、全然気にしてないから!」
泣きやんだテレアを連れてダイニングへと戻ってくると、申し訳なさげな表情でシエルが俺たちの元へ駆け寄ってきて、先程の失言の謝罪をしてきた。
それに対し満面の笑顔で答えるテレアを見て、シエルが脳内に疑問符を浮かべる。
「……テレアちゃん、何かいいことでもありました?」
「え? なんにもないよ?」
「そうですか……」
その言葉を受けたシエルが、なんだか意味ありげな目で俺を見てきた。
なんだその「大丈夫です私はわかってますから」って目は?
『大丈夫です私はわかってますから』
本当に言ってきた。
『うるせーよ、さっさと昼飯食うぞ! あんまり時間ないんだから!』
『今度詳しい話を聞かせてくださいね?』
こういう時脳内で会話できると言うのは非常に厄介だな。
そんなことを思いながらテレアと共にテーブルにつき、昼食を再開させた。
「もぐもぐ……サンドイッチ美味しいねお兄ちゃん」
「そうだな」
テレアがかつてないほどご機嫌なのに対し、俺は先ほどの出来事をどうしても思い出してしまい恥ずかしくて消えたくなっている。つーかテレアの顔をまっすぐに見られない。
なんだ……テレアってこんなに可愛かったっけ? いや元々美少女ではあるけど、なんかこう……変なフィルターが掛かってるというか。
こんな可愛い子が俺のことを好きになってくれて、しかもお嫁さんになりたいとまで言ってくれた。
ここが日本だったらロリコンのそしりを受けても否定できない案件だが、ここは異世界なので無問題だ。
日本での常識なんてポーイだ!
「……ごちそうさま」
「テレアお腹一杯だよ」
「―――これで午後の仕事も頑張れます」
「はい、お粗末様でした」
「……あれ?」
脳内でアホなこと考えてたらサンドイッチは全て食べ尽くされてしまっていた。
「あの~……俺まだ一切れしか食べてなかったんだけど……」
「知りませんよ? この世は弱肉強食ですからね? ぼやぼやしてた宗一さんが悪いんです」
「追加分などは……」
「ありませんよ? それより時間ないんじゃないんですか?」
サンドイッチ一切れくらいじゃ足りねーぞ!と、俺の腹の虫が抗議する音が空しく響いた。
「それじゃあテレアたちは、また炊き出しのお手伝いに行ってくるね!」
「……シューイチも食べに来ていいのよ?」
「うるせー! 二人とも早くいってこい!」
心の中で涙を流しながら、二人を見送った俺は軽くため息をついた。腹減ったなぁ……。
結局シエルは追加のサンドイッチを作ってくれることもなく、コランズと共に買いものに出かけてしまったので、俺は渋々テレアとフリルを連れて転移でアーデンハイツへと戻って来た。
中途半端に腹に何か入れると、余計に空腹感が増すんだよなぁ……どうしよう。
「エナの様子でも見に行ってみるか……」
もしかしたら起きてるかもしれないからな。
目的地を定めた俺は、医務室へと向けて歩き出すなか、今後のことを考えていく。
まず一つは、いつまでこの国に滞在するかという問題。
転移が使えるようになったおかげでなんだかアーデンハイツに滞在してるという感覚が薄れてしまっているが、形式上俺たちは現在この城でお世話になっている身だ。
多分王様も何時までもいてくれていいとか言い出しそうな気もするが、さすがにそういうわけにもいかないので、俺たちは折を見てエルサイムに帰らないといけない。
とりあえず明日の式典とやらが終わってからだよなぁ……これについてはまたあとでみんなに相談しよう。
二つ目はケニスさんの問題だ。
今回の事件の全ての責任を取るために爵位を返上するとまで言い出したケニスさん。
あの人がそこまでする必要なんてないはずだが、恐らく世間は許さないだろう。
ティニアさんとの結婚も白紙にすると言ってしまったし、これではあまりにも浮かばれない。
なんとかしてあげたいが……現状では何もいい案が浮かんでこない。
いっそのこと国民全体を洗脳でもしてケニスさんへの批判を持たなくさせるか? ……これは多分ケニスさんが許さないだろうし、根本的な解決にならないだろうし、なにより俺にそんな力はない。
全裸になってしまえば可能かもしれないが、それではロイとやってることが同じになってしまうので勿論却下だ。
三つ目は俺に好意を持ってくれている仲間たちのこと。
まさか昨日から今日までのこの短期間で、ここまでの恋愛関係のごたごたが発生するとは思わなかった。
いや実際には起きていたんだろうが、俺も気が付かない振りをしていたからなぁ……これは俺の責任でもある。
俺のお願い通り一年待つ気であるレリスだって、昨日の様子から心中穏やかではないであろうこともわかってしまった。返す返す俺はレリスに対し残酷なお願いをしてしまったんだと、今になって後悔している。
スチカに至っては、本人が俺への好意を全く隠さないからもうそういうものだと思って接していたが、これだって無視することはできない。
なにやら企んでいるらしく、今は王様となにか相談してるみたいだが……できればこれ以上面倒ごとを増やさないでほしい物である。
そしてテレア……リリアさんからもテレアの気持ち自体は仄めかされていたからなんとなくは察していたが、まさか俺のお嫁さんになりたいとまで思っていたのは正直意外だった。
そんなに好かれることした覚えがないんだけどなぁ……割とからかって遊んでたりしたこともあったし。
日本では全くモテなかったというのにこれは一体どうしたことだろうか?
とはいえここまで真摯に複数の想いを向けられたのでは、俺も色々と覚悟が決まるというものだ。ここまで来た以上俺は俺なりの誠意で彼女たちに接すると決めた。
そして最後はやはりエナのこと。
元々謎が多いエナであるが、実は色々と俺なりに推測を立てている部分もある。
ヒントもあったからなぁ……とはいえ所詮は推測だから本人から詳しい話を聞かないことにはどうしようもない。
前回はエナの事情に踏み込むのを躊躇われたせいで、あえて詳しいことは聞かなかったけどさすがに今回ばかりはそうもいかない。
エナから話してくれるのを待つ方針だったんだけど、多分このままだとエナは何も話してくれないだろうし、エナの目が覚めたらちゃんとした話を聞く場を設けないといけないな。
(シューイチ様は……エナさんをどのように思っていらっしゃるのですか?)
頭の中で昨日の夜のレリスの言葉がリフレインする。
どのように思っているのか……ね。
俺がこの世界に来て初めて出会ったのがエナであり、右も左もわからない俺の為に今日この時まで俺についてきてくれて、この世界の様々な常識を教えてくれたり俺の手助けをしてくれていた。
俺にとってすっかり参謀の様なポジションに収まっていたような気がするが、決してエナのことを意識してなかったかと言われるとそうではない。
抜群に可愛いしなんだかんだと世話を焼いてくれるし、これで意識しない奴がいたとしたら脳の欠陥を疑うレベルだ。
ふとマグリドでエナに花の髪飾りを上げた時のことを思いだした。
あの時のエナの嬉しそうな笑顔は今だって鮮明に思い出せる。あの時感じた胸の高鳴りは……まあそういうことなんだろうな。
だがこの想いに真っすぐに向き合うには、俺の事情が色々と複雑になってしまった。
もっと早くに俺がこの想いを自覚して何か行動を起こしていたら、今とは違う状況になっていたのだろうか? とは言っても今の状況自体は俺なりに楽しんではいるので今更あの時に戻りたいとは思わないが。
なんにせよ、全てはエナが目を覚ましてからだな。
「エナは寝てるかな……?」
医務室に着いたので、エナの寝ているであろうベッドを覗き込む。
「あれ? いない……ってことは目が覚めたのか?」
朝に様子を見に来た時は寝てたから、俺がスチカの手伝いをしたり昼食をとってる間に目覚めたのか?
ふとベッドに手を触れると、まだほんのりと暖かい。ということはまだ起きてそんなに経ってないってことだ。ここで待ってれば戻ってくるかな?
「おや、君はハヤマ君だったね?」
「あっこんにちわ」
医務室へと入って来たこの城の専属医師のおじいさんが、俺を見つけて声を掛けてきたので、咄嗟にあいさつした。
「ん? エナ君がいなくなっておるが、目を覚ましたのかね?」
「え? 医師さんもエナのこと見てないんですか?」
「儂は昼食を取るために席を外していたんだが、その間に目を覚ましたということだろうねぇ」
「それはどのくらいでした?」
「ほんの30分くらいだねぇ」
なんだろう……うまく言葉にできないんだけどなんだかとても嫌な予感がする。
「ありがとうございました、ちょっと探しに行ってきます」
「見つけたら検診するから戻ってくるように伝えておいておくれ」
医師さんへの返事もそこそこに、俺は医務室を飛び出した。
さっきから胸の動悸が止まらない。落ち着けって、きっと用を足しに行ってるとかそういうオチだって!
自然とエナを探す足が速くなり、それに呼応して嫌な予感がどんどん加速していく。
「そうだ! 転移で……!」
そんなに距離が離れていないなら全裸にならなくても転移が出来ることは、先程判明してるからな!
アーデンハイツに転移する時に全裸になったから、今は魔力もフル回復してるし出来るはずだ!
立ち止まった俺は、魔力を活性化させてエナの顔を鮮明に思い浮かべて転移を試みるが……。
「……あれ? 転移できない?」
テレアの時は上手くいったのに、なぜだ?
しばらく頑張ってみたが、結果は変わらずエナの元に転移することは出来なかった。
こう……あと一歩というところまで行けるんだが、何かに邪魔されてるようなそんな感覚。
「しょうがない、転移できないなら自力で探すだけだ!」
俺は再び走り出し、お城のエナの客室へと走っていく。
「あら、シューイチ様?」
曲がり角を曲がろうとしたら、そこから出てきたレリスと衝突しそうになって思わず足を止める。
食事の為の休憩に出たのだろうか?
「どうしたのですか、そんなに慌てて?」
「はあはあ……エナが……いなくなった!」
「えっ?」
絞り出すような俺のその言葉を聞いたレリスの顔が驚きに染まる。
「どういうことですのシューイチ様?」
「どうやら誰もいないときに目を覚ましたらしくて、どこ行ったのかもわからないんだ! 転移でエナの元に飛ぼうとしたけどそれもできないし……」
「エナさんの客室は?」
「今から行くところだ」
自分も行くと言い出したレリスと一緒にエナの部屋へと走っていく。
そんな俺たちの鬼気迫る様子を、通り過ぎるメイドさんが何事かという顔してみてくるが、今はそれを気にしてる暇はない。
程なくしてエナの自室へと到着すると、レリスが俺を制止して扉の前に立ちノックした。
「エナさん、レリスですわ? いたら返事をくださいな!」
レリスが呼びかけるも、返事は返ってこない。
「入りますわね」
ドアノブに手を掛けたレリスが扉を開けて部屋へと入っていく。
扉の隙間から俺も部屋の中を覗くが、どうやらいないようだ。
「おりませんわね……でも一度この部屋に戻って来たのだと思います、その証拠にエナさんの荷物がなくなっていますわ」
「まじか……?」
部屋に入り見回してみるも、レリスの言う通りエナの荷物がなくなっていた。
まさか本当にいなくなって……ん?
「どうなさいました、シューイチ様?」
「ベッドの上になにかある……」
近づいて確認すると、それはいつか見た透明なケース……そしてその中に入っているのは……。
思わず力が抜けて、膝をつく。
「シューイチ様!?」
「なんだよそれ……なんでこれがここに……」
俺の様子が尋常ではないと察したレリスが、ベッドの上に置かれていたその透明なケースを手に取ると、何かに気が付いたように小さく声を上げた。
「シューイチ様……これを」
レリスがしゃがみ込んで、膝をついている俺に向けてそのケースを見せてくると、中に入っている花の髪飾りのほかに小さく折りたたまれた紙切れが目に入って来た。
震える手でケースからその紙きれを取り出して開くと、そこには文字が書かれていた。
―――今までありがとうございました、さようなら―――
目の前が真っ暗になったような、途方もない絶望感が俺を支配した。
「全然大丈夫だよ! テレア、全然気にしてないから!」
泣きやんだテレアを連れてダイニングへと戻ってくると、申し訳なさげな表情でシエルが俺たちの元へ駆け寄ってきて、先程の失言の謝罪をしてきた。
それに対し満面の笑顔で答えるテレアを見て、シエルが脳内に疑問符を浮かべる。
「……テレアちゃん、何かいいことでもありました?」
「え? なんにもないよ?」
「そうですか……」
その言葉を受けたシエルが、なんだか意味ありげな目で俺を見てきた。
なんだその「大丈夫です私はわかってますから」って目は?
『大丈夫です私はわかってますから』
本当に言ってきた。
『うるせーよ、さっさと昼飯食うぞ! あんまり時間ないんだから!』
『今度詳しい話を聞かせてくださいね?』
こういう時脳内で会話できると言うのは非常に厄介だな。
そんなことを思いながらテレアと共にテーブルにつき、昼食を再開させた。
「もぐもぐ……サンドイッチ美味しいねお兄ちゃん」
「そうだな」
テレアがかつてないほどご機嫌なのに対し、俺は先ほどの出来事をどうしても思い出してしまい恥ずかしくて消えたくなっている。つーかテレアの顔をまっすぐに見られない。
なんだ……テレアってこんなに可愛かったっけ? いや元々美少女ではあるけど、なんかこう……変なフィルターが掛かってるというか。
こんな可愛い子が俺のことを好きになってくれて、しかもお嫁さんになりたいとまで言ってくれた。
ここが日本だったらロリコンのそしりを受けても否定できない案件だが、ここは異世界なので無問題だ。
日本での常識なんてポーイだ!
「……ごちそうさま」
「テレアお腹一杯だよ」
「―――これで午後の仕事も頑張れます」
「はい、お粗末様でした」
「……あれ?」
脳内でアホなこと考えてたらサンドイッチは全て食べ尽くされてしまっていた。
「あの~……俺まだ一切れしか食べてなかったんだけど……」
「知りませんよ? この世は弱肉強食ですからね? ぼやぼやしてた宗一さんが悪いんです」
「追加分などは……」
「ありませんよ? それより時間ないんじゃないんですか?」
サンドイッチ一切れくらいじゃ足りねーぞ!と、俺の腹の虫が抗議する音が空しく響いた。
「それじゃあテレアたちは、また炊き出しのお手伝いに行ってくるね!」
「……シューイチも食べに来ていいのよ?」
「うるせー! 二人とも早くいってこい!」
心の中で涙を流しながら、二人を見送った俺は軽くため息をついた。腹減ったなぁ……。
結局シエルは追加のサンドイッチを作ってくれることもなく、コランズと共に買いものに出かけてしまったので、俺は渋々テレアとフリルを連れて転移でアーデンハイツへと戻って来た。
中途半端に腹に何か入れると、余計に空腹感が増すんだよなぁ……どうしよう。
「エナの様子でも見に行ってみるか……」
もしかしたら起きてるかもしれないからな。
目的地を定めた俺は、医務室へと向けて歩き出すなか、今後のことを考えていく。
まず一つは、いつまでこの国に滞在するかという問題。
転移が使えるようになったおかげでなんだかアーデンハイツに滞在してるという感覚が薄れてしまっているが、形式上俺たちは現在この城でお世話になっている身だ。
多分王様も何時までもいてくれていいとか言い出しそうな気もするが、さすがにそういうわけにもいかないので、俺たちは折を見てエルサイムに帰らないといけない。
とりあえず明日の式典とやらが終わってからだよなぁ……これについてはまたあとでみんなに相談しよう。
二つ目はケニスさんの問題だ。
今回の事件の全ての責任を取るために爵位を返上するとまで言い出したケニスさん。
あの人がそこまでする必要なんてないはずだが、恐らく世間は許さないだろう。
ティニアさんとの結婚も白紙にすると言ってしまったし、これではあまりにも浮かばれない。
なんとかしてあげたいが……現状では何もいい案が浮かんでこない。
いっそのこと国民全体を洗脳でもしてケニスさんへの批判を持たなくさせるか? ……これは多分ケニスさんが許さないだろうし、根本的な解決にならないだろうし、なにより俺にそんな力はない。
全裸になってしまえば可能かもしれないが、それではロイとやってることが同じになってしまうので勿論却下だ。
三つ目は俺に好意を持ってくれている仲間たちのこと。
まさか昨日から今日までのこの短期間で、ここまでの恋愛関係のごたごたが発生するとは思わなかった。
いや実際には起きていたんだろうが、俺も気が付かない振りをしていたからなぁ……これは俺の責任でもある。
俺のお願い通り一年待つ気であるレリスだって、昨日の様子から心中穏やかではないであろうこともわかってしまった。返す返す俺はレリスに対し残酷なお願いをしてしまったんだと、今になって後悔している。
スチカに至っては、本人が俺への好意を全く隠さないからもうそういうものだと思って接していたが、これだって無視することはできない。
なにやら企んでいるらしく、今は王様となにか相談してるみたいだが……できればこれ以上面倒ごとを増やさないでほしい物である。
そしてテレア……リリアさんからもテレアの気持ち自体は仄めかされていたからなんとなくは察していたが、まさか俺のお嫁さんになりたいとまで思っていたのは正直意外だった。
そんなに好かれることした覚えがないんだけどなぁ……割とからかって遊んでたりしたこともあったし。
日本では全くモテなかったというのにこれは一体どうしたことだろうか?
とはいえここまで真摯に複数の想いを向けられたのでは、俺も色々と覚悟が決まるというものだ。ここまで来た以上俺は俺なりの誠意で彼女たちに接すると決めた。
そして最後はやはりエナのこと。
元々謎が多いエナであるが、実は色々と俺なりに推測を立てている部分もある。
ヒントもあったからなぁ……とはいえ所詮は推測だから本人から詳しい話を聞かないことにはどうしようもない。
前回はエナの事情に踏み込むのを躊躇われたせいで、あえて詳しいことは聞かなかったけどさすがに今回ばかりはそうもいかない。
エナから話してくれるのを待つ方針だったんだけど、多分このままだとエナは何も話してくれないだろうし、エナの目が覚めたらちゃんとした話を聞く場を設けないといけないな。
(シューイチ様は……エナさんをどのように思っていらっしゃるのですか?)
頭の中で昨日の夜のレリスの言葉がリフレインする。
どのように思っているのか……ね。
俺がこの世界に来て初めて出会ったのがエナであり、右も左もわからない俺の為に今日この時まで俺についてきてくれて、この世界の様々な常識を教えてくれたり俺の手助けをしてくれていた。
俺にとってすっかり参謀の様なポジションに収まっていたような気がするが、決してエナのことを意識してなかったかと言われるとそうではない。
抜群に可愛いしなんだかんだと世話を焼いてくれるし、これで意識しない奴がいたとしたら脳の欠陥を疑うレベルだ。
ふとマグリドでエナに花の髪飾りを上げた時のことを思いだした。
あの時のエナの嬉しそうな笑顔は今だって鮮明に思い出せる。あの時感じた胸の高鳴りは……まあそういうことなんだろうな。
だがこの想いに真っすぐに向き合うには、俺の事情が色々と複雑になってしまった。
もっと早くに俺がこの想いを自覚して何か行動を起こしていたら、今とは違う状況になっていたのだろうか? とは言っても今の状況自体は俺なりに楽しんではいるので今更あの時に戻りたいとは思わないが。
なんにせよ、全てはエナが目を覚ましてからだな。
「エナは寝てるかな……?」
医務室に着いたので、エナの寝ているであろうベッドを覗き込む。
「あれ? いない……ってことは目が覚めたのか?」
朝に様子を見に来た時は寝てたから、俺がスチカの手伝いをしたり昼食をとってる間に目覚めたのか?
ふとベッドに手を触れると、まだほんのりと暖かい。ということはまだ起きてそんなに経ってないってことだ。ここで待ってれば戻ってくるかな?
「おや、君はハヤマ君だったね?」
「あっこんにちわ」
医務室へと入って来たこの城の専属医師のおじいさんが、俺を見つけて声を掛けてきたので、咄嗟にあいさつした。
「ん? エナ君がいなくなっておるが、目を覚ましたのかね?」
「え? 医師さんもエナのこと見てないんですか?」
「儂は昼食を取るために席を外していたんだが、その間に目を覚ましたということだろうねぇ」
「それはどのくらいでした?」
「ほんの30分くらいだねぇ」
なんだろう……うまく言葉にできないんだけどなんだかとても嫌な予感がする。
「ありがとうございました、ちょっと探しに行ってきます」
「見つけたら検診するから戻ってくるように伝えておいておくれ」
医師さんへの返事もそこそこに、俺は医務室を飛び出した。
さっきから胸の動悸が止まらない。落ち着けって、きっと用を足しに行ってるとかそういうオチだって!
自然とエナを探す足が速くなり、それに呼応して嫌な予感がどんどん加速していく。
「そうだ! 転移で……!」
そんなに距離が離れていないなら全裸にならなくても転移が出来ることは、先程判明してるからな!
アーデンハイツに転移する時に全裸になったから、今は魔力もフル回復してるし出来るはずだ!
立ち止まった俺は、魔力を活性化させてエナの顔を鮮明に思い浮かべて転移を試みるが……。
「……あれ? 転移できない?」
テレアの時は上手くいったのに、なぜだ?
しばらく頑張ってみたが、結果は変わらずエナの元に転移することは出来なかった。
こう……あと一歩というところまで行けるんだが、何かに邪魔されてるようなそんな感覚。
「しょうがない、転移できないなら自力で探すだけだ!」
俺は再び走り出し、お城のエナの客室へと走っていく。
「あら、シューイチ様?」
曲がり角を曲がろうとしたら、そこから出てきたレリスと衝突しそうになって思わず足を止める。
食事の為の休憩に出たのだろうか?
「どうしたのですか、そんなに慌てて?」
「はあはあ……エナが……いなくなった!」
「えっ?」
絞り出すような俺のその言葉を聞いたレリスの顔が驚きに染まる。
「どういうことですのシューイチ様?」
「どうやら誰もいないときに目を覚ましたらしくて、どこ行ったのかもわからないんだ! 転移でエナの元に飛ぼうとしたけどそれもできないし……」
「エナさんの客室は?」
「今から行くところだ」
自分も行くと言い出したレリスと一緒にエナの部屋へと走っていく。
そんな俺たちの鬼気迫る様子を、通り過ぎるメイドさんが何事かという顔してみてくるが、今はそれを気にしてる暇はない。
程なくしてエナの自室へと到着すると、レリスが俺を制止して扉の前に立ちノックした。
「エナさん、レリスですわ? いたら返事をくださいな!」
レリスが呼びかけるも、返事は返ってこない。
「入りますわね」
ドアノブに手を掛けたレリスが扉を開けて部屋へと入っていく。
扉の隙間から俺も部屋の中を覗くが、どうやらいないようだ。
「おりませんわね……でも一度この部屋に戻って来たのだと思います、その証拠にエナさんの荷物がなくなっていますわ」
「まじか……?」
部屋に入り見回してみるも、レリスの言う通りエナの荷物がなくなっていた。
まさか本当にいなくなって……ん?
「どうなさいました、シューイチ様?」
「ベッドの上になにかある……」
近づいて確認すると、それはいつか見た透明なケース……そしてその中に入っているのは……。
思わず力が抜けて、膝をつく。
「シューイチ様!?」
「なんだよそれ……なんでこれがここに……」
俺の様子が尋常ではないと察したレリスが、ベッドの上に置かれていたその透明なケースを手に取ると、何かに気が付いたように小さく声を上げた。
「シューイチ様……これを」
レリスがしゃがみ込んで、膝をついている俺に向けてそのケースを見せてくると、中に入っている花の髪飾りのほかに小さく折りたたまれた紙切れが目に入って来た。
震える手でケースからその紙きれを取り出して開くと、そこには文字が書かれていた。
―――今までありがとうございました、さようなら―――
目の前が真っ暗になったような、途方もない絶望感が俺を支配した。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
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