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甘味~財布の中身にさようなら~

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「折角じゃからエルサイムの街を見て回りたいのじゃ」

 ティアがそう言いだしたのは、朝食を終えた後でみんなと今日の予定を話し合っている時だった。
 その言葉に反応し、全員が一斉に口を閉じて顔を寄せ合う。

(大丈夫なんでしょうか!?ティアちゃん一応一国の王女様ですよね!?)
(さすがにこのエルサイムでアーデンハイツの王女様の姿を知るものはいないと思いますが……)
(でも万が一ってこともあるかもしれないよね?)
(……家で大人しくしてもらった方がいいと思う)

 みながそれぞれの意見を超至近距離にて小声で話し合う。
 俺も混ざろうかと思ったが、あれだけ顔を近づけるのはなんだか恥ずかしいので、みんなの声が聞こえる範囲で少しだけ距離を置いている。

(でもそれだと何のためにこの国に留まったのかって話になってしまいますわ)
(家の中に閉じ込めておくのもかわいそうだし……)
(かといっておいそれと外に連れ出すわけにもいきませんよ)

 スチカとティアを除いた女性陣がうーんと悩み始めた。
 その様子を不思議そうな顔で見ていたティアが、スチカに向き直り質問するために口を開く。

「こやつらは一体どうしたというのじゃ?」
「お前さんの発言のせいでこうなっとるんやで?」

 スチカの言葉の意味がわからないとばかりに、ティアが首を傾げる。
 この子の年齢で自分の存在と発言がどれだけ周りに影響を及ぼすのかを理解しろというのが土台無理な話だよなぁ……。
 そんなみんなの様子を見ていたフリルが見ていられないとばかりに口を開いた。

「……変装すればいい」
「「「それだ!!!」」」

 まさに鶴の一声。
 みんなが一斉にフリルに向き直り指さした。
 なんて言うかみんな息が合って来たよなぁ。



「なぜ、わらわがこんな庶民の服を着てわざわざ髪型まで変えなければいけないのじゃ!?」

 その長い髪と高級なドレスで街中を闊歩してたら間違いなく浮くということで、急遽テレアのもう着れなくなったお古の服を身に纏い、長い髪を後ろで一つに縛りポニーテールにされたティアが不満を全く隠さない様子で叫んだ。

「ええやん?似合っとるでティア?」
「やはり素がよいので、何を着ても似合いますわね!」
「庶民の服を身に纏っていても、高貴なオーラが滲み手出てますよね!」

 みんながここぞとばかりに一斉にティアを褒めたたえる。
 すると段々とティアの表情が怒りから嬉しさを隠しきれない喜びの表情へと変わっていく。

「そうじゃろうそうじゃろう!なぜならわらわはアーデンハイツの王女じゃからな!」

 気を良くしたティアが腰に手を当ててのけぞりながら高笑いを上げた。
 ちょれー……この王女様ちょれーわー。
 ていうかみんなよくこの短い期間でティアの上手なあしらい方を学べたもんだな……。

「ティアが外に出たいって言うなら、俺たちは今日ギルドには行けないな」
「そうですね、とてもギルドの仕事していられる心境じゃありませんしね」

 なにせこの王女様、目を離すと何をするかわからないからな。
 ただでさえ俗世に疎いみたいだし、一人にさせて何か問題でも起こしたらアーデンハイツの王様に打ち首獄もんにされる恐れもある。
 俺たち全員で目を光らせてティアをかん……もとい見守らなければいけない。
 とは言ったものの、ティアの扱いに慣れているスチカが常時目を光らせているだろうし、過剰な心配は必要ないのかもしれないけど。

「えっと……ティアちゃんはこれから街のどこに行きたいのかな?」
「美味しいお菓子が食べたいのじゃ!知っておるかテレアよ?美味しいお菓子は人の心を豊かにするのじゃぞ?」

 ティアのその言葉に女性陣がなぜか強く頷いた。
 何なんだこの一体感は?

「なら今日はみんなで甘い物めぐりするか?」
「いいですわね!シューイチ様、素晴らしい提案ですわ!」
「さっすがシューイチさん!私は信じてました!!」
「お兄ちゃん!アイス食べてもいいのかな!?」
「ええな!うちもエルサイムにどんな甘いものがあるのか興味あるわ!」

 女性陣が面白いくらい食いついてきた。
 皆いつもなにかしら甘いものを食べているというのに、この期に及んでまだ食べたいというのか?
 いつも思うんだけど女の子の胃袋って不思議だよな……。
 とここで盛り上がるみんなを少し離れた位置から眺めているフリルが目に留まった。
 普段からあまり口数の多い方じゃないフリルだけど、少しばかり今日はいつもと様子が違っていた。

「どうしたんだフリル?」

 その様子が気になった俺は、フリルに声を掛けた。

「……別にどうもしない」

 そう答えるフリルは表面上はいつも通りに見える。
 だが、ここ数日フリルと接してきた俺の直感が、いつものフリルではないと告げてくる。

「何か気になることがあるなら言うんだぞ?ちゃんと聞くからな?」
「……うい」

 今すぐ聞くべきかどうか迷ったが、多分今この空気で聞いたとしても答えてもらえない気がしたので、俺はそこで会話を打ち切った。

 後になって思うことだが、ここでフリルの胸の内をちゃんと聞いておかなかったのは俺にとって大失敗だった。




「おおー!昨日空の上から見た時も思ったが、やはりエルサイムの町は凄いのじゃ!」

 ティアが大はしゃぎで駆け回る。
 シエルに留守を任せた俺たちは、早速エルサイムの城下町へと繰り出した。
 相変わらずこの城下町は人で溢れかえっていて、大いににぎわっている。
 アーデンハイツを見たことがないから何とも言えないが、やはりエルサイムの城下町の町並みは一国の王女様からみても相当な物なのだろう。

「聞いたことなかったけど、アーデンハイツってどのくらいの規模の国なんだ?」
「そうですわね……エルサイムほどの大きさはありませんが、少なくともマグリドとほぼ変わらない大きさなのは記憶しておりますわね」
「ただやはり機械文明が盛んですから、街並みの印象はがらりと変わりますね」

 そうなのか……もしかして日本の都会みたいにビルでも建ってたりするのだろうか?一度お目にかかりたいもんだ。
 つーてもどうせ近いうちにアーデンハイツには行く羽目になるんだけども。

「おーいティアー!あんまり走んなや!こけても知らんでー?」
「スチカこそ何をしておる!わらわと共に来るのじゃ!!」

 さっきからテンション上がりっぱなしである。
 あのはしゃぎっぷりから想像するに、普段はよほど抑圧された生活を送っているのだろうか?

「なあスチカ?ティアってアーデンハイツのお城だと普段はどんな感じなんだ?」
「んー?今と大して変わらんで?普段からあんな感じやな」

 変わんねえのかよ!!
 ていうことはティアはあれがデフォルトの状態なのか!?
 城の中でも全く自分を抑えずに好き勝手してるってことなのか……きっと周りの人たちは手を焼いてるんだろうなぁ。
 誰もがスチカみたいに相手の立場関係なく物事をズバッと言えるわけではないだろうし。

「スチカよ!あれはなんじゃ!?」

 俺がそんなことを思っていると、ティアが猛ダッシュでスチカの元まで戻ってきて、とあるお店を指さした。

「あーアレはアイスやな。ティアも食べたことあるやろ?冷たくてキーンってする奴や」
「おお……それなら食べたことあるぞ!あれは大変美味じゃった!よし、まずはアイスを食べることにするのじゃ!!」
「アイス!?テレア、アイスなら大歓迎だよ!!」

 アイスと聞いて黙ってないのがうちのテレアだ。
 テレアの反応に気を良くしたティアが、テレアと一緒に駆け足でアイス屋さんに向かって行った。
 基本的に大人しいテレアだがアイスが絡むと人が変わったような行動力を見せる。
 放っておくとお腹壊すまでアイスを食べようとするから注意しておかないといけないのだ。

「いらっしゃいませ!こちらは期間限定のブルベリーアイスになります!よろしければどうぞ!」

 アイス屋の店員さんがカウンターにやって来たテレアとティアに向けて、アイスの乗ったスプーンを差し出した。
 それを受け取った二人が、同じ動作でアイスを口に運んでいく。

「「おっ美味しい……!」」

 そして綺麗に口を揃えてそう言ったかと思うと二人して恍惚の表情を浮かべる。
 ……これが日本だったら、某31のアイス屋さんのTVのCMにそのまま使えそうな画だな。

「お兄ちゃん!テレアこのアイス食べたい!」
「スチカよ!わらわはこのアイスをぜひとも食してみたいぞ!!」

 そして二人して俺たちの元に走って来たかと思うと、これまた二人してアイスを所望しだした。
 ていうか息ぴったりだなこの二人。

「はいはい、ちゃんと買ってあげるから、慌てなさんな二人とも」

 そんな様子を微笑ましく思いながら、俺は財布をとりだし二人にアイスの代金分のお金を渡してあげた。

「おー!シューイチよ!恩に着るのじゃ!!行くぞテレア!」
「うん!」

 俺からのお金を手にした二人が、アイス屋のカウンターへとんぼ返りしていく。
 てっきりティアは俗世について何も知らないと思っていたが、どうやらお金を払って物を買うという常識は持ち合わせているようだった。

「ええんかシュウ?」
「まあ今日くらいはね」

 それで二人が喜んでくれるならアイス代くらい安いもんだ。
 カウンターでお金を払いアイスを手にし喜んでいるテレアとティアを見て、思わず微笑ましい気分になる。

「なるほど……今の聞きましたかレリスさん?」
「ええ、しかと耳にしましたわエナさん」

 そんな俺の耳になにやら不吉な声が聞こえてきた。

「どうやら今日はシューイチさんがお金を出してくれるみたいなので、私たちも好きな物を食べましょうか」
「さすがシューイチ様ですわ……その懐の大きさにただただ感服するばかりですわね」
「あの……二人とも?」

 何やらとんでもないことを言い始めた二人を止めようとした俺の肩に、スチカがポンと手を置いた。

「だから『ええんか』って聞いたやん?」
「おま!こうなるってわかってたんなら言えよ!!」
「そこは甘い物に弱い乙女心を読み損なったシュウのせいやで?まさかあの二人にだけお金出して、うちらにはお金出さんなんてことはないよな?」

 そう言ってスチカがにやりと笑う。
 くっ……俺にとって良くない展開になってしまった……。
 たしかにパーティー共同資産は潤沢にあるが、俺たち個人のポケットマネーに関してはまた別なのだ。

「心配すんなや!うちはちゃーんと手加減してやるから!」
「手加減なんていらないから、自分の分は自分でお金払ってくれませんかね!?」

 もちろん俺の訴えなんて、甘い物食べ放題という魔力に取りつかれた女性陣の前では意味をなさないわけで……お金足りるかなぁ?

 そんな感じで俺の財布にとても良くないことが起こりつつも、特に心配していたような問題も起こることなく、甘味食べ歩きツアーは続いていく。
 甘いお菓子のおかげで絶えず笑顔でみんなの輪の中心にいるティアと正反対に、輪の中にいるもののパッと見は自分のペースを貫いてるように見える少女のことが俺はどうしても気になってしまっていた。

 誰かって?そんなのはフリルに決まってる。
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