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音楽~世界に一つだけのオルゴール~
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レリスの告白に対する返事が出来ないまま、二日が経った。
その間のレリスと俺との関係はというと、表面上は普段通りではあった。表面上はね。
俺はというと気を抜くと未だに返事が出来ないことへの申し訳なさが表に出そうになるものの、どうにかみんなに悟られないように振舞えてはいた。
対するレリスは俺に告白したこと自体嘘だったんじゃないかってくらいいつも通りだったし、みんなとも普通に馴染んでいた。
そんなレリスを見て、俺は女の子ってスゲーなと思ったりしたわけだ。
しかしながら俺がそのことに悩んでいるからと言っていつもの日課をサボっていい理由にはならないので、今日もフリルと共にギルドに仕事を探しに来たのだが……。
「今日は碌な仕事がなかったな」
「……そういう日もある」
二人してギルドを後にし、街中をトボトボと歩いて行く。
しかしエルサイムの城下町は今日も人で賑わっているなあ。
フリルはこの街に来たばかりのころ人の多さに辟易としていたが、今はどうなんだろうか?
「フリル、最初に比べて人混みには慣れたのか?」
「……人混みは未だに苦手だけど、そこそこ慣れた」
「まあここに来てもう三週間になるもんな」
人間は環境適応能力に優れてるからなあぁ……。
どんなところも住めば都ともいうし。
まあ実際ここは都みたいなもんだけどさ!あははは!
「……今日はどうするの?」
「そうだなぁ……このまま家に帰るのもなんだかなぁって気もするし、このまま二人で街をぶらぶらするか?」
「……こんないたいけな少女を連れまわすとか……」
自分で自分のことをいたいけとかいうなや。
「それじゃ帰るか?」
「……別に嫌とは言ってない」
「じゃあ決まりだな!どこ行く?」
最近は頭を使うことが多かったので、ここらで少し遊んでリフレッシュしたい。
それは結果的に逃げてるんじゃないかって意見は聞かないからな?
「……シューイチにちょっと付き合ってもらいたいことがある」
「付き合う!?」
「……?」
今悩んでる話題が話題なので、思わず「付き合う」という単語に過剰反応してしまった。
いかんいかん……こんなことではボロが出るぞ。
「ごめんなんでもない!……それで何に付き合えばいいんだ?」
「……プレゼント選びを一緒にしてほしい」
「プレゼント?誰に?」
俺が聞き返すと、フリルはさっと目を逸らす。
何だその反応……まさかフリル、俺の知らないところでどこの馬の骨ともわからん男に一目惚れとかしたんじゃないだろうな!?
「おっおっおっお兄ちゃんはそんなこと許しませんよ!!??」
「……お兄ちゃんテレアはアイス食べたいー」
フリルがいつもの抑揚のない声で超絶似てないテレアの物まねを披露してくれた。
あまりにも似てなくてびっくりだ。
「そんで?誰にプレゼントするんだ?それを教えてくれないことには協力できないぞ?」
「……いつも頑張ってる自分へのご褒美に」
一昔前の女子みたいなことを言い出した。
「だったら自分の欲しい物を買えばいいんだから、俺が選ぶ必要ないじゃん」
「……メイドに」
「メイド?」
一瞬誰のことだろうと思ったけど、即座にあの能天気な給仕係の顔が頭をよぎった。
シエルに贈り物をするのか?いったいどういう風の吹き回しだろう?
「お前さん、シエルのこと嫌いなんじゃなかったの?」
「……今も好きじゃありませんが?」
「お前それ絶対シエルに言うなよ?あいつ意外とメンタル弱いんだからな?」
「……シューイチじゃあるまいし、そんな酷いこと言わない」
俺だってせんわい失礼な。
「……いつも頑張ってるメイドへのご褒美」
「まあ最初はあいつに給仕係なんて務まるのかと思ったけど、予想以上に馴染んできてるよな」
根が真面目なのか、レリスから料理の仕方を教わったり、掃除や洗濯などの知識も本から積極的に取り入れてうまく活用しているようだ。
おかげで拠点内は今のところ清潔さが保たれている。
だが先日シエルが「さすがにこの家の広さを私一人でカバーするのは限界が出てきました」とロビーの机に突っ伏しながら息も絶え絶えにぼやいていたので、余裕が出来たら給仕係の人員をどこかで確保することも考えなければいけないかもな。
しかしあのフリルがそのシエルに頑張ってるご褒美を上げたいとは……。
「ついにフリルもシエルのことを許す気になったんだな」
「……一生許しませんが?」
君も大概強情だねぇ……まあ単に引っ込みがつかなくなってるだけかもしれないけど。
「まあそういうことなら手伝うよ。なにがいいかな?」
「……生活に役立つもの……とか?」
新しい掃除道具一式とか料理道具とかか?
でもそれらはシエルが給仕係に就任した次の日に一式そろえたし、全然壊れてもいないから無駄になるな。
「別に無理に形あるものじゃなくてもいいんじゃないか?例えば……「いつも頑張ってくれてありがとう」とかの一言でも喜ばれると思うぞ?」
「……それは私がいや」
「お前さん、変なところで頑固だよな?」
俺なんて小学生のころに気まぐれで母さんに「いつもありがとう!」って言ったら号泣されたこともあるんだぞ?
それだけ言葉という物には言い方次第で人を喜ばす効果があるものなのだ。
「じゃあそうだなぁ……ならいつも家事で疲れているシエルの疲れを取るマッサージ道具とか?」
「……それはエナっちが一日の終わりにメイドに回復魔法を掛けることで解消してる」
エナのやつそんなことをしてやっていたのか。
じゃあ何がいいんだろうな……花とかは?ああでも枯れたらそれまでだしなぁ……。
それならフリルの得意分野で考えてみるのはどうだろう?
となると……歌か?
「さあ皆さん寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!」
待ちの噴水広場を通りかかった時、なにやら客引きの元気な声が耳に届いた。
視線を声のした方角に向けると、大きな人だかりができていたので、フリルの了承を得て俺たちはその人ごみに近づいて行った。
そこでは街頭販売が繰り広げられており、今まさに一人の男が何やら銀色の小さな箱を手に客の注目を集めているところだった。
「ここに取り出したるは、魔法のオルゴール!普通のオルゴールとは違い、なんとこれには人間の声を吹き込むことが出来る代物だ!」
声を録音できるオルゴールとな?さすがは異世界だ、面白い物があるなぁ。
……これって渡りに船じゃないのか?
この魔法のオルゴールにフリルに言葉を入れて渡せばシエルも喜ぶと思う。
「なあフリル?」
「……あれはいや」
否定が早すぎる。
どうやらフリルも俺と同じことを考えてたみたいだな……でなければ今みたいな否定の言葉なんてすぐには出てこないだろうし。
まあでもこれを逃したら、もうこれだ!って物は出てこない気がするので、ここは強引に話を進めてしまおう。
「おっちゃん、ちょっといいかな?それって声だけじゃなくて、歌でもいいのかな?」
「勿論だ!ただしあんまり長い時間かかるような歌はダメだぜ?せいぜい2分が限界ってところだ」
二分か……まあそれくらいなら丁度いい長さと言えるかもしれない。
「それもらえないかな?」
「毎度ぉ!ちなみに、今ここで声を吹き込んでいくなら、特別価格でご提供しますぜ?」
いい商売してるなこの人。
別に特別価格とやらじゃなくても買えるだけの金銭は持っているが、せっかく安くしてくれるんだ、フリルにちょっとばかし協力してもらおうか。
「フリル?最近歌ってないよな?」
「……鳥との戦いの時に歌ったけど?」
「そうじゃなくて、趣味の範囲でさ」
「……歌ってない」
元々フリルはルーデンス旅芸人一座において、新緑の歌姫と呼ばれるほど有名な歌姫だった。
だがこのエルサイムにおいてはフリルの名を知らない人が多い。
それというのも以前フリルが言っていた通り、一座がこの国に巡業に来たことがないことに起因する。
フリル自身も一座を離れたことで大勢の前で歌う機会がめっきりなくなってしまったので、そろそろ鬱憤が溜まってるんじゃないかと思うんだよね。
ここには程よく人だかりも出来ているし、ある意味ではあつらえ向きとも言える。
「この魔法のオルゴールに今ここで声を吹き込めば安くしてくれるらしいんだよ?実は俺特別価格にしてもらえないとあのオルゴール買えないんだよね」
「……ふーん」
興味なさげなフリルの瞳が俺をまっすぐ捕らえる。
まあフリルがこの魔法のオルゴールとやらを嫌だというなら無理強いするつもりはないが……。
「……嘘つき」
「なんのことかなー?」
そう言って、フリルがオルゴールを手にしたおっちゃんの元に歩いて行く。
「……私がこのオルゴールに歌を込めるから安くして」
「おっ?そいつはいいねぇ!それじゃあ景気よく頼むぜ嬢ちゃん!」
おっちゃんからオルゴールを受け取ったフリルが、なにやら説明を受けているらしく何度も頷いたあとオルゴールについてるぜんまいを回すとメロディーが流れ始めた。
聞こえてきたおっちゃんの説明から、元々このオルゴールにはメロディーが刻まれているとのこと。
そしてそのメロディーを一度聞いて、それに合わせて即興でフリルが歌を歌うらしい。
即興でそんなことが出来るのかとおっちゃんが驚きながら訪ねたが、当のフリルは問題ないとばかりにおっちゃんを制してメロディーを覚えようとしっかりと耳を傾けている。
オルゴールからメロディーが止まり、目を閉じて何かを考えてるそぶりをフリルが見せたものの、それも5秒ほどで終わり、フリルが顔を上げておっちゃんに何かを言った。
「今からお嬢ちゃんがこのオルゴールのメロディに合わせて歌うそうだ!二分ほど静かにしちゃくれないか!?」
おっちゃんが大声で客にそう促すと、一斉に客が口を閉じて静かになった。
周りが静かになったのを見計らい、小さく深呼吸したフリルがオルゴールの蓋を開けてネジを回した。
そこからイントロのような静かなメロディが流れ始める。
5秒くらいのイントロが終わると、いよいよフリルの歌が始まった。
結果なんて言うまでもないよな?
だってフリルが一度歌を紡ぎ出せば、そこはもう完全にフリルの世界になるんだからさ?
「凄いもんを聞かせてもらった!ほんとならこっちが金を渡したいくらいだが、こっちも商売だ!すまねえな!」
「いえいえとんでもない」
俺はおっちゃんにお金を払いオルゴールを受け取った。
肝心のフリルはというと、先程の歌で一気にここの客を虜にしたらしく、大勢の老若男女に囲まれていた。
フリルの表情がだんだんと険しいものになっていく。そりゃそうだ、元々人混みが嫌いな子だからな。
「はいはいちょーっとすいませんね~!……そんじゃ帰ろうぜフリル」
フリルに群がる人混みを器用にかき分けながら、フリルの元に辿り着き手を引いて人混みから助け出した。
このままさっさと帰るべきだが、ここで俺は一つ思いついたことがある。
「どうかこの新緑の歌姫……フリル=フルリルをよろしくお願いいたします!!」
大声で言いながら頭を下げる。
頭を上げてフリルを見ると「余計なことを」と言った顔で俺を見上げていた。
それに対し俺はわざとらしい爽やかな笑みを浮かべて返し、オルゴールを片手にフリルの手を引いて、沢山の拍手を浴びながら噴水広場を後にしたのだった。
「こっこっこれを私に!?」
「……いらないなら別に人にあげるから返して」
「とんでもない!!ありがとうございます!!家宝にしますね!!!」
それはさすがにやりすぎだ。
だがこのオルゴールはフリルの歌が吹き込まれた世界に一個しかない代物なのは確かだ。
……後々になって価値が出るんじゃなかろうか?
「はぁ~……フリルちゃんの歌はいつ聞いてもいいですねぇ……」
「シエルお姉ちゃん!気が向いた時でもいいからテレアにもまた聴かせてもらっていいかな?」
「勿論ですよ!これを私だけが独占するのはもったいないです!!」
「……それなら返して」
「嘘です嘘!これは私の物です!誰にも渡しませんからー!」
どないやねん。
「これがフリルちゃんの歌なのですね。朱雀との戦いのときとは違った優しい音色で、思わず聞き惚れてしまいますわ……」
みんなが口々に魔法のオルゴールから流れてくるフリルの歌を褒めたたえるので、フリルの若干居心地が悪そうに頭を掻いていた。
そんなフリルに、オルゴールを手にしたシエルが近づいていく。
「フリルちゃん、ありがとうございます!大切にしますからね!」
「……うん」
そう言って少し顔を赤らめたフリルが、シエルからさっと顔を逸らした。
そんなフリルとシエルのやり取りを見ていた俺たちの間に、優しい空気が流れたのだった。
ちなみに、噴水広場でフリルが歌ったことを切っ掛けに、とある事件が発生するが……それはまた別の話だ。
その間のレリスと俺との関係はというと、表面上は普段通りではあった。表面上はね。
俺はというと気を抜くと未だに返事が出来ないことへの申し訳なさが表に出そうになるものの、どうにかみんなに悟られないように振舞えてはいた。
対するレリスは俺に告白したこと自体嘘だったんじゃないかってくらいいつも通りだったし、みんなとも普通に馴染んでいた。
そんなレリスを見て、俺は女の子ってスゲーなと思ったりしたわけだ。
しかしながら俺がそのことに悩んでいるからと言っていつもの日課をサボっていい理由にはならないので、今日もフリルと共にギルドに仕事を探しに来たのだが……。
「今日は碌な仕事がなかったな」
「……そういう日もある」
二人してギルドを後にし、街中をトボトボと歩いて行く。
しかしエルサイムの城下町は今日も人で賑わっているなあ。
フリルはこの街に来たばかりのころ人の多さに辟易としていたが、今はどうなんだろうか?
「フリル、最初に比べて人混みには慣れたのか?」
「……人混みは未だに苦手だけど、そこそこ慣れた」
「まあここに来てもう三週間になるもんな」
人間は環境適応能力に優れてるからなあぁ……。
どんなところも住めば都ともいうし。
まあ実際ここは都みたいなもんだけどさ!あははは!
「……今日はどうするの?」
「そうだなぁ……このまま家に帰るのもなんだかなぁって気もするし、このまま二人で街をぶらぶらするか?」
「……こんないたいけな少女を連れまわすとか……」
自分で自分のことをいたいけとかいうなや。
「それじゃ帰るか?」
「……別に嫌とは言ってない」
「じゃあ決まりだな!どこ行く?」
最近は頭を使うことが多かったので、ここらで少し遊んでリフレッシュしたい。
それは結果的に逃げてるんじゃないかって意見は聞かないからな?
「……シューイチにちょっと付き合ってもらいたいことがある」
「付き合う!?」
「……?」
今悩んでる話題が話題なので、思わず「付き合う」という単語に過剰反応してしまった。
いかんいかん……こんなことではボロが出るぞ。
「ごめんなんでもない!……それで何に付き合えばいいんだ?」
「……プレゼント選びを一緒にしてほしい」
「プレゼント?誰に?」
俺が聞き返すと、フリルはさっと目を逸らす。
何だその反応……まさかフリル、俺の知らないところでどこの馬の骨ともわからん男に一目惚れとかしたんじゃないだろうな!?
「おっおっおっお兄ちゃんはそんなこと許しませんよ!!??」
「……お兄ちゃんテレアはアイス食べたいー」
フリルがいつもの抑揚のない声で超絶似てないテレアの物まねを披露してくれた。
あまりにも似てなくてびっくりだ。
「そんで?誰にプレゼントするんだ?それを教えてくれないことには協力できないぞ?」
「……いつも頑張ってる自分へのご褒美に」
一昔前の女子みたいなことを言い出した。
「だったら自分の欲しい物を買えばいいんだから、俺が選ぶ必要ないじゃん」
「……メイドに」
「メイド?」
一瞬誰のことだろうと思ったけど、即座にあの能天気な給仕係の顔が頭をよぎった。
シエルに贈り物をするのか?いったいどういう風の吹き回しだろう?
「お前さん、シエルのこと嫌いなんじゃなかったの?」
「……今も好きじゃありませんが?」
「お前それ絶対シエルに言うなよ?あいつ意外とメンタル弱いんだからな?」
「……シューイチじゃあるまいし、そんな酷いこと言わない」
俺だってせんわい失礼な。
「……いつも頑張ってるメイドへのご褒美」
「まあ最初はあいつに給仕係なんて務まるのかと思ったけど、予想以上に馴染んできてるよな」
根が真面目なのか、レリスから料理の仕方を教わったり、掃除や洗濯などの知識も本から積極的に取り入れてうまく活用しているようだ。
おかげで拠点内は今のところ清潔さが保たれている。
だが先日シエルが「さすがにこの家の広さを私一人でカバーするのは限界が出てきました」とロビーの机に突っ伏しながら息も絶え絶えにぼやいていたので、余裕が出来たら給仕係の人員をどこかで確保することも考えなければいけないかもな。
しかしあのフリルがそのシエルに頑張ってるご褒美を上げたいとは……。
「ついにフリルもシエルのことを許す気になったんだな」
「……一生許しませんが?」
君も大概強情だねぇ……まあ単に引っ込みがつかなくなってるだけかもしれないけど。
「まあそういうことなら手伝うよ。なにがいいかな?」
「……生活に役立つもの……とか?」
新しい掃除道具一式とか料理道具とかか?
でもそれらはシエルが給仕係に就任した次の日に一式そろえたし、全然壊れてもいないから無駄になるな。
「別に無理に形あるものじゃなくてもいいんじゃないか?例えば……「いつも頑張ってくれてありがとう」とかの一言でも喜ばれると思うぞ?」
「……それは私がいや」
「お前さん、変なところで頑固だよな?」
俺なんて小学生のころに気まぐれで母さんに「いつもありがとう!」って言ったら号泣されたこともあるんだぞ?
それだけ言葉という物には言い方次第で人を喜ばす効果があるものなのだ。
「じゃあそうだなぁ……ならいつも家事で疲れているシエルの疲れを取るマッサージ道具とか?」
「……それはエナっちが一日の終わりにメイドに回復魔法を掛けることで解消してる」
エナのやつそんなことをしてやっていたのか。
じゃあ何がいいんだろうな……花とかは?ああでも枯れたらそれまでだしなぁ……。
それならフリルの得意分野で考えてみるのはどうだろう?
となると……歌か?
「さあ皆さん寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!」
待ちの噴水広場を通りかかった時、なにやら客引きの元気な声が耳に届いた。
視線を声のした方角に向けると、大きな人だかりができていたので、フリルの了承を得て俺たちはその人ごみに近づいて行った。
そこでは街頭販売が繰り広げられており、今まさに一人の男が何やら銀色の小さな箱を手に客の注目を集めているところだった。
「ここに取り出したるは、魔法のオルゴール!普通のオルゴールとは違い、なんとこれには人間の声を吹き込むことが出来る代物だ!」
声を録音できるオルゴールとな?さすがは異世界だ、面白い物があるなぁ。
……これって渡りに船じゃないのか?
この魔法のオルゴールにフリルに言葉を入れて渡せばシエルも喜ぶと思う。
「なあフリル?」
「……あれはいや」
否定が早すぎる。
どうやらフリルも俺と同じことを考えてたみたいだな……でなければ今みたいな否定の言葉なんてすぐには出てこないだろうし。
まあでもこれを逃したら、もうこれだ!って物は出てこない気がするので、ここは強引に話を進めてしまおう。
「おっちゃん、ちょっといいかな?それって声だけじゃなくて、歌でもいいのかな?」
「勿論だ!ただしあんまり長い時間かかるような歌はダメだぜ?せいぜい2分が限界ってところだ」
二分か……まあそれくらいなら丁度いい長さと言えるかもしれない。
「それもらえないかな?」
「毎度ぉ!ちなみに、今ここで声を吹き込んでいくなら、特別価格でご提供しますぜ?」
いい商売してるなこの人。
別に特別価格とやらじゃなくても買えるだけの金銭は持っているが、せっかく安くしてくれるんだ、フリルにちょっとばかし協力してもらおうか。
「フリル?最近歌ってないよな?」
「……鳥との戦いの時に歌ったけど?」
「そうじゃなくて、趣味の範囲でさ」
「……歌ってない」
元々フリルはルーデンス旅芸人一座において、新緑の歌姫と呼ばれるほど有名な歌姫だった。
だがこのエルサイムにおいてはフリルの名を知らない人が多い。
それというのも以前フリルが言っていた通り、一座がこの国に巡業に来たことがないことに起因する。
フリル自身も一座を離れたことで大勢の前で歌う機会がめっきりなくなってしまったので、そろそろ鬱憤が溜まってるんじゃないかと思うんだよね。
ここには程よく人だかりも出来ているし、ある意味ではあつらえ向きとも言える。
「この魔法のオルゴールに今ここで声を吹き込めば安くしてくれるらしいんだよ?実は俺特別価格にしてもらえないとあのオルゴール買えないんだよね」
「……ふーん」
興味なさげなフリルの瞳が俺をまっすぐ捕らえる。
まあフリルがこの魔法のオルゴールとやらを嫌だというなら無理強いするつもりはないが……。
「……嘘つき」
「なんのことかなー?」
そう言って、フリルがオルゴールを手にしたおっちゃんの元に歩いて行く。
「……私がこのオルゴールに歌を込めるから安くして」
「おっ?そいつはいいねぇ!それじゃあ景気よく頼むぜ嬢ちゃん!」
おっちゃんからオルゴールを受け取ったフリルが、なにやら説明を受けているらしく何度も頷いたあとオルゴールについてるぜんまいを回すとメロディーが流れ始めた。
聞こえてきたおっちゃんの説明から、元々このオルゴールにはメロディーが刻まれているとのこと。
そしてそのメロディーを一度聞いて、それに合わせて即興でフリルが歌を歌うらしい。
即興でそんなことが出来るのかとおっちゃんが驚きながら訪ねたが、当のフリルは問題ないとばかりにおっちゃんを制してメロディーを覚えようとしっかりと耳を傾けている。
オルゴールからメロディーが止まり、目を閉じて何かを考えてるそぶりをフリルが見せたものの、それも5秒ほどで終わり、フリルが顔を上げておっちゃんに何かを言った。
「今からお嬢ちゃんがこのオルゴールのメロディに合わせて歌うそうだ!二分ほど静かにしちゃくれないか!?」
おっちゃんが大声で客にそう促すと、一斉に客が口を閉じて静かになった。
周りが静かになったのを見計らい、小さく深呼吸したフリルがオルゴールの蓋を開けてネジを回した。
そこからイントロのような静かなメロディが流れ始める。
5秒くらいのイントロが終わると、いよいよフリルの歌が始まった。
結果なんて言うまでもないよな?
だってフリルが一度歌を紡ぎ出せば、そこはもう完全にフリルの世界になるんだからさ?
「凄いもんを聞かせてもらった!ほんとならこっちが金を渡したいくらいだが、こっちも商売だ!すまねえな!」
「いえいえとんでもない」
俺はおっちゃんにお金を払いオルゴールを受け取った。
肝心のフリルはというと、先程の歌で一気にここの客を虜にしたらしく、大勢の老若男女に囲まれていた。
フリルの表情がだんだんと険しいものになっていく。そりゃそうだ、元々人混みが嫌いな子だからな。
「はいはいちょーっとすいませんね~!……そんじゃ帰ろうぜフリル」
フリルに群がる人混みを器用にかき分けながら、フリルの元に辿り着き手を引いて人混みから助け出した。
このままさっさと帰るべきだが、ここで俺は一つ思いついたことがある。
「どうかこの新緑の歌姫……フリル=フルリルをよろしくお願いいたします!!」
大声で言いながら頭を下げる。
頭を上げてフリルを見ると「余計なことを」と言った顔で俺を見上げていた。
それに対し俺はわざとらしい爽やかな笑みを浮かべて返し、オルゴールを片手にフリルの手を引いて、沢山の拍手を浴びながら噴水広場を後にしたのだった。
「こっこっこれを私に!?」
「……いらないなら別に人にあげるから返して」
「とんでもない!!ありがとうございます!!家宝にしますね!!!」
それはさすがにやりすぎだ。
だがこのオルゴールはフリルの歌が吹き込まれた世界に一個しかない代物なのは確かだ。
……後々になって価値が出るんじゃなかろうか?
「はぁ~……フリルちゃんの歌はいつ聞いてもいいですねぇ……」
「シエルお姉ちゃん!気が向いた時でもいいからテレアにもまた聴かせてもらっていいかな?」
「勿論ですよ!これを私だけが独占するのはもったいないです!!」
「……それなら返して」
「嘘です嘘!これは私の物です!誰にも渡しませんからー!」
どないやねん。
「これがフリルちゃんの歌なのですね。朱雀との戦いのときとは違った優しい音色で、思わず聞き惚れてしまいますわ……」
みんなが口々に魔法のオルゴールから流れてくるフリルの歌を褒めたたえるので、フリルの若干居心地が悪そうに頭を掻いていた。
そんなフリルに、オルゴールを手にしたシエルが近づいていく。
「フリルちゃん、ありがとうございます!大切にしますからね!」
「……うん」
そう言って少し顔を赤らめたフリルが、シエルからさっと顔を逸らした。
そんなフリルとシエルのやり取りを見ていた俺たちの間に、優しい空気が流れたのだった。
ちなみに、噴水広場でフリルが歌ったことを切っ掛けに、とある事件が発生するが……それはまた別の話だ。
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