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模範~自身の力~

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 俺が勝負開始の宣言をしてから10秒ほど経ったが、どちらも動く様子がない。
 朱雀はなんだか不敵そうな笑みを浮かべるだけで、構えも何もなしにただ剣を手にして立ってるだけに見えるし、レリスはその朱雀を警戒しているのか様子を伺っているみたいだな。
 でも俺は知っている……こういうときいつもしびれを切らして飛び出すのは……。

「……!」

 レリスなのだ。
 ああ見えてレリスは結構堪え性がない。
 三日間ともに休むことなく戦ってきたからなぁ……レリスの長所や短所はある程度わかってきた。
 実際にこういった膠着状態になることが何度かあったが、そういう時は大抵レリスが飛び出してしまうのだ。
 後ろでフォローする俺としてはもうちょっと堪えてほしいと思わなくもないが……それで戦況が開けたりすることもあるので一概に悪いことばかりではないのがなんとも。
 だが今回の場合神獣である朱雀が相手だ……レリスのこの悪い癖が良くない方向に向かうことだって……。

「うわああ!!ちょっと速い!速すぎる!!!」

 なんか朱雀がレリスの剣を捌ききることが出来ずに防戦一方になっていた。
 あんなに自信満々でレリスと同じ条件で戦う!なんて言って剣を出してきたのに、使い方が素人のそれである。
 あのくらいの攻撃なら俺でももうちょっとうまく捌けるぞ?

「とりゃー!!」

 朱雀が空中に跳び上がり、剣の届かないところで制止したかと思うと、何やら死にそうな顔でレリスを見降ろした。

「なっなかなかやるじゃなぁい!?この私をここまで……追い詰めるなんてぇ!!」

 ダメージこそ受けてはいないようだが、すでに息も絶え絶えだった。
 実はこいつ弱いんじゃないのか?
 力の大部分をダンジョンに逃がしてるって言ってたし……これなら如何に神獣といえどレリスでも倒せるんじゃないのか?

「ていうかこの身体だめねぇ……剣使うのに向いてないわ」

 そう言って朱雀がため息を吐く。

「あっそうだ!それならこういうのはどうかしら?あなたは自分自身の殻を打ち破りたいという思いを抱えてる……だからぁ……!」

 その瞬間、朱雀の身体から眩いばかりの光が発せられ、俺とレリスはたまらず目を閉じる。
 ほどなくして光が収まり俺たちが目を開けるとそこには……。

「あなたには自分自身に打ち勝ってもらうわ!」

 俺の知っているレリスと寸分違わぬ姿に変身した朱雀が宙に浮いていた。

「なっ!?あれはわたくし……!?」
「そうよ?頑張って自分自身を超えてみてね?」

 言いながらレリスの姿となった朱雀が地面に降りてきて剣を構えた。
 小癪にもレリスの剣の構えと全く同じだ……姿だけでなく性能も真似できるということか?

「言っておくけど、姿が同じだからといって能力も全く同じだなんて思わないでね?簡単にいうと今の私はあなたが辿り着きたいであろう『そこ』へ辿り着いたあなたの姿だと思ってちょうだい?」
「え?」

 刹那、朱雀の身体に風が巻き起こり朱雀を包み込む。
 それを見たレリスが慌てて同じように風を身に纏うが―――。

「遅い!」

 朱雀がまるで弾丸のようにレリスに向かって飛び出した。
 対するレリスはまだ完全に風の魔法による強化を完了させてないにもかかわらず、横に跳んで朱雀を躱そうと試みる。
 そのまま壁まで飛んでいくかと思われた朱雀だったが、信じれらないことに直角に方向転換して再びレリスの元にすっ飛んでいく。
 一瞬とはいえ時間を稼げたレリスようやく風の強化を完了させて、飛んできた朱雀を迎え撃つように剣を構える。
 だが朱雀はレリスの目の前までくると弧を描くようにレリスをすり抜けて真後ろに回り込んだ。

「ほいっと」

 そのまま無茶苦茶な体制で剣を横薙ぎにするも、レリスはそれを前方に跳ぶことで回避する。
 転がるようにして受け身をとり、その勢いで立ち上がったレリスが風を纏いながら朱雀へと跳んでいく。
 レリスと朱雀の剣がぶつかり火花を散らす。
 戦いはそのまま剣の打ち合いへとシフトしていった。
 これ一瞬でも目を離すとどっちがレリスでどっちが朱雀なのかわからなくなるな。
 今はまだ何とか目で追えているものの、この先ちょっとしたことでどっちがどっちかわからなくなるぞ?
 なんて俺のどうでもいい心配をよそに、二人の戦いはヒートアップしていく。

「せいっ!!」

 レリスが横薙ぎにした剣をしゃがんでかわした朱雀が、しゃがんだ無茶な体制のまま剣を振り上げる。
 それをレリスが身体を後ろに軽く逸らすことでかわし、起き上がって来た朱雀に剣を突き出すものの、朱雀がその突きを自身の剣で横に弾いた。
 そのまま一歩踏み出しレリスの懐に潜り込んだ朱雀が剣をレリスに向かって振りぬくが、咄嗟に自身の剣でその攻撃を防ぐ。
 がら空きになった朱雀に向けて剣を振り下ろすものの、朱雀は大きくサイドステップすることで回避した。
 そんな感じで二人は一進一退の攻防を繰り広げている。
 見た感じさすがレリスの力を真似ているだけはあり、まったくの互角に見える。
 だが朱雀は「レリスの辿り着きたい『そこ』に辿り着いた状態」だと言った。
 どうにも俺はその言葉が引っかかるのだ。

「こうやってギリギリの命のやり取りするのは楽しいけど……そろそろそれも飽きてきちゃった」

 二人の一見互角に見える打ち合いも、朱雀のその言葉が引き金となり戦況が大きく変わることとなる。
 明らかに朱雀の動きが一段加速したのだ。
 それなのに剣を振るうその動きが、真似ているはずのレリス本人よりも洗練されているのが、俺の目から見てもわかる。
 今までは互角に打ち合えていたのに、今では全くレリスの剣が当たらなくなっているばかりか、レリスが後手に回ることが多くなっていく。

「くっ……この!」
「闇雲なったところで今のあなたの剣は当たらないわよ?自分より上の強敵と戦う際にどうすればいいかなんて、あなたはとうに気が付いてると思ってたけど、違うのかしら?」
「それは……!」
「それとも今の私があなたを真似ているから?それなのにあなたよりもあなたの力をうまく扱うことが出来てるからムキになってるのかしら?」

 レリスは剣を当てるのに必死になっているというのに、対する朱雀はそれをやすやすと躱しレリスに対して精神攻撃を放つ余裕まであるようだ。

「言っておくけど今のわたしを超えられないようでは、あなたが何とかしたいと思っている「それ」には到底及ばないわよ?あなたの目標である「それ」は今の私のなんかよりもはるか先にいるみたいだし?」
「わかっています!そんなことは!!」
「ううん、あなたはなんにもわかってない」

 レリスが振り下ろした剣を、朱雀が自身の剣で弾いた。
 そして朱雀が茫然とするレリスの額に剣を向けた。

「「それ」を理想として追い求めることは悪いことじゃないけど、それをあなた自身の運命だと決定づけているのはちょっと感心しないわね?」
「わ……わたくしは……」
「あなたの弱さはまさにそこ。あなたの強さは今の私と同じで、模範して手に入れた物。そこにあなた自身がいない」

 いつかテレアが言っていた。

『レリスお姉ちゃんの動きって、習った動きを丁寧に正確に再現しようとする動きだったから、結構わかりやすかったよ?』

 恐らくレリスには朱雀の言う通り理想とする人がいるのだろう。
 そしてその人に少しでも追いつきたいと……その人の真似を始めてしまった。
 きっとそれではその人には追い付けないばかりか、いつか自分というものを見失いかねない。
 あの日の夜にレリスが言っていた「周りに頼ることでしか生きていけなかった人」というのは、きっとレリス自身ではないかと思う。

 レリスの戦意が消えていく。
 それほどまでに今の朱雀の言葉はレリスの心を深く抉ったのだろう。
 ……それじゃいけない!戦いに負けても心まで敗北を認めてしまったらだめだ!

「あら?どうしたの剣を下げちゃって?もう戦いは終わりかしら?私の見込み違いだったのかしらね?」
「わたくし……は」

「レリス――――――!!!」

 気がつけば俺は叫び出していた。
 その声に驚きレリスと朱雀が俺に振り向いた。
 思わず叫んでしまったものの、その先どうするかなんて全く考えてなかった!
 ええい、こうなったらもう破れかぶれだ!!

「気にすんな!!全力でぶつかれ!!!」

 もうちょっと言い方がないのかと自分自身に呆れてしまう。
 本来なら「真似して手に入れた力だって今はレリスの立派な力なんだから、そんなことは気にしないで今のレリスの全力で朱雀と戦え」と言いたいところだったが、この一瞬でそんな意味合いの言葉を短くわかりやすく短縮して噛み砕いてレリスに伝えることなど俺には不可能だった。
 だから俺の熱意だけでも伝わってくれるといいなぁ……と思った次第でありまして。
 呆気に取られていたレリスだったが、俺を数秒見つめた後小さく……けれど力強く頷いた。

「わかりましたわシューイチ様……今のわたくしの全力をぶつけますわ!!」

 そう宣言したレリスに戦意が戻っていき、下ろしてしまっていた剣を再び構えなおした。
 それを見た朱雀が何やら嬉しそうに笑う。

「そうこなくっちゃ!じゃあ続きを始めましょうか?」

 朱雀がそう言って剣を構えるより早くレリスは飛び出していた。
 そして驚いている朱雀に真っすぐに剣を突き立てる。

「おわっと!?」

 その突きを咄嗟にかわした朱雀がレリスと距離を取ろうとするが……。

「逃がしませんわ!」

 レリスが纏っていた風が朱雀に纏わりついていき、器用なことに宙に浮かんでいた朱雀を自身の元に引き寄せたのだ。

「うわああ!?」
「はぁ!!」

 驚く朱雀にレリスが剣を振り下ろすも、あと一歩のところで朱雀にガードされる。
 そんなものお構いなしにとレリスが二撃目を繰り出そうと剣を振りかぶるが……。

「なめないでよね!!」

 朱雀の魔力が急激に膨れ上がり、レリスによる風の拘束を強引に打ち破り、地面を蹴って後方に大きく距離を取る。
 だがレリスはそんな朱雀を逃すまいと、同じ方向に跳んで追い縋っていく。

「なっ!?ちょっと!!」
「そちらこそ……あまりわたくしをなめないでくださいませ!!」

 無理な体制であるにもかかわらず、レリスは朱雀に向けて剣を振り下ろすも、瞬時に風の魔法で加速した朱雀がそれを躱す。
 だがレリスは剣に風を集中させて、それを朱雀に向かって打ち出した。

「ストームスティンガー!!」
「おわぁ!!?」

 咄嗟に風の防御幕を張ることで風の弾丸を霧散させた朱雀だったが、その間にレリスから無数に放たれた風の弾丸を見て、表情が驚愕で彩られる。

「こっこんなむちゃくちゃな戦い方、あなたの戦い方じゃないわ!?」
「いいえ?これが本来のわたくしですわ?ただ黙って憧れだったお姉さまを追いかけていたわたくしとは違う……本来の無茶で無鉄砲なわたくしです!!」

 風の弾丸を打ち出しながらも、レリスが地を蹴って宙に浮かびレリスの攻撃防いでいる朱雀に向かって跳んでいく。
 レリスの言う通り、それは無茶で無鉄砲な姿そのものだった。
 思えばレリスのこういう一面はこのダンジョンや……遡れば初めて会った時からすでにその片鱗を見せていた。
 上品で丁寧なしぐさのレリスも、風の魔法を巧みに操り華麗に戦うレリスも、それが誰かの真似であったとしても、それは紛れもないレリスなのだ。
 レリスが自分で考えて自分で悩み自分で手に入れてきた、レリス自身の力なのだ。
 いつかレリスは「自分自身に納得したら」と言っていた。
 きっと今までのレリスは、憧れの存在を真似て手に入れた力に対して疑問を持っていたのかもしれない。
 これは自分の力ではない……真似して手に入れた力が本当に自分自身の力なのか?と……。
 恐らく今の玄武の姿はその悩みの延長線上にあったレリスの姿なのだろう。
 だからこそ「今のレリス」の姿に戸惑いを感じているのだ。

 だって今のレリスはその真似して手に入れた力をも自分自身として受け入れた、「それ」とは違う道を選んだレリスなのだから。

「ストーム・リビュア!!」

 剣で朱雀を地上へと叩き落としたレリスが、地上にいる朱雀に向けて無数の風の弾丸の雨を降らせる。
 朱雀も風の幕を張り抵抗するも、数の多さでその幕を打ち破られて、風の弾丸のいくつかが朱雀に命中しし、吹き飛ばされた朱雀が地面に転がった。
 これはさすがに勝負あったか?

「そうよ……想いの一つでいくらでも変わることができる……それが人間よ……ようやくあなたは次のステージに行くことが出来たの」

 言いながら朱雀がよろよろと立ち上がる。
 だがその顔には相変わらず不敵な笑みが張り付いている。
 その笑顔に俺は背筋が寒くなるのを感じた。

「でも……まだ足りないわ……もうすこしなのヨ……モウスコシ……」

 朱雀の口調がだんだんとおかしくなっていくとともに、魔力が信じられないほどに膨れ上がっていく。
 おいおい、これってまさか!?

「クエエェェェ――――――――――――!!」

 朱雀を中心に魔力の渦が巻き起こったかと思った次の瞬間、その渦の中から大きな鳥のような何かが姿を現した。
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