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拠点~おじさんと呼ばないで~

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 門のところで検問待ちの馬車の列に並んで待たされること55分。
 そして今まさに検問と入国審査で5分待たされており、俺たちは未だにエルサイムへの入国ができないでいる。

「いくらなんでも厳重に検問しすぎじゃないですかねぇ……?」
「そりゃあこの世界きっての大国家ですからねぇ……」

 待たされすぎてゲンナリしてる俺に、これまたゲンナリしながらエナが答えてくれた。
 しかし入国するだけで一時間もまたされるとは……ここはどこの夢の国だっつー話だよ。

「こんだけ念入りに検問してるんだから、さぞかしエルサイムの治安は安定してるんだろうねー」
「そうだといいんですど、残念ながらそうでもないんですよねー」

 ですよねーなんとなくわかってましたーごめんねー。

「お二人ともしっかりしてくださいな!もうすぐ入国審査も終わると思いますから!」
「……」
「……テレア船漕いでる」
「はっ!?テっテレア寝てないよ!?」

 この子は大変嘘を吐くのがヘタですなぁ。

「お待たせしました!審査の方は無事に終わりましたので!こちら入国許可証になります!」
「あっどうもー」

 兵士から入国許可証を受け取り、俺たちはようやくエルサイムへと入国することができた。

「はあ……相変わらずこの国は入国に時間が掛かりますねぇ……」
「テレアも昔来たときは、入国に物凄く時間かかったの覚えてるよ……」

 入国したばかりだというのに早くもみんな疲れ気味だ。

「……アーデンハイツにも入国審査あるけどここまで厳重じゃない」
「あら?フリルちゃんはアーデンハイツに来たことがあるのですか?」
「……一座の巡業で何度か行ったことある」

 そういやフリルって一応旅芸人一座にいた関係上、結構いろんな国に巡業行ってるんだよな。
 エナほどではないにしろ、結構いろんな国に詳しかったりするんだよね。

「エルサイムには来たことなかったのか?」
「……エルサイムは入国審査が厳しいのと、土地代が高すぎるせいで赤字になるからっておじじが敬遠してたから来たことない」

 これはリンデフランデを出てからフリルから聞いた話なんだけど、ルーデンス旅芸人一座の経営状況は常に火の車らしい。
 公演料では資金を賄えないことなど日常茶飯事らしく、巡業に来た国で団員たちが日雇いの仕事をして得たお金を資金に回すことで、辛うじて巡業ができているとのことだった。
 フリルがリンデフランデ王に一座の土地代免除を願い出たのも頷ける話だ。

「マグリドには来たことはないのかな?」
「……マグリド方面は距離の関係で巡業したことない」

 ということはその先にあるライノスにも行ったことはないのだろうな。

「……リンデフランデは入国審査もないし土地代も比較的他の国よりも安いから、よく巡業先に選ばれてた」
「そういえば子供のころ、ルーデンス旅芸人一座の公演を見たことがあります!大変すばらしい物だったと記憶してますわ」
「……ありがとう」

 ちなみにレリスには、リンデフランデの神獣事件について話していない。
 エルサイムに着いたらお別れする予定だったし、俺たちの事情に巻き込むわけにはいかないというエナの配慮でもある。

「とりあえずヤクトさんたちの元拠点まで行かないとだよな……ここからどのくらいかかるのかな?」
「そんなに遠くないと思うよ?道なりに進んでいけば30分くらいで着けるはずだよ?」

 30分か……まあ入国の為に1時間も待ったんだ、今更30分くらいならどうってことないな。
 テレアの言うとおりに道なりに馬車を走らせていくと、徐々目にする建物の数が増えてきた。
 てっきりエルサイムの門を超えたらすぐに町並みが広がっていると思っていたから拍子抜けしてしまったんだが、遠くにうっすらと見える建物の影を見て俺はすぐに考えを改めた。
 いくら大国エルサイムと言えど、国の領土全てに建物が詰まってるわけじゃないよな。
 そんなことを思いながら進んでいくと、またも大きな門が見えてくる。

「もしかしてまた検問でもあるのか?」
「大丈夫だよお兄ちゃん!検問は入国審査の時だけだから」
「まあ入国許可証は見せないとダメだと思いますけどね」

 それならよかった。もう中に入るだけで長い時間待たされるのはうんざりだからな。
 門を取り囲むような堀に掛けられた桟橋を渡り、門までたどり着き門番をしていた兵士に入国許可証を見せると、兵士がにこやかに笑いながら敬礼をして中へと通してくれた。

「はえー……!」

 門を潜るとそこはもう人と建物でひしめく大国にふさわしい町並みが広がっていた。

「ここがエルサイムの中心とも言えるべき城塞都市のエルサイム城下町です!」

 そういえば以前エナが「城塞都市はもっとすごいですよ!」とか言ってたが、いやはや確かに凄い。
 マグリドも結構な都会っぽさがあったが、ここはそれと比べ物にならない。
 日本で例えると名古屋と東京くらいの差がある。
 今ならライノスを田舎だと言ったエナの気持ちもよくわかる。だてにこの世界の首都とも呼ばれるだけはあるな。

「……人が多くて目が回りそう」
「フリルお姉ちゃんは人混みが苦手なんだね?」

 城下町に入って3分も経ってないのにもうフリルが参っていた。
 まあこういうのは慣れていくしかないよな。

「さて……それでは名残惜しいですがわたくしはそろそろ」
「あっそうですよね、そういう約束でしたもんね」
「なんかもうずっと一緒にいたみたいな感じするよな」

 そう思ってしまうくらいレリスは俺たちに馴染んでからなぁ。
 とりあえずここでは人通りも多いということで、一度どこか馬車を停めても問題なさそうな広場を見つけてそこでお別れをすることとなった。
 しかし今まで見た街の中で一番異世界にいるということを実感させるところである。
 
「お兄ちゃん、なんだか楽しそうだね」
「まあな!今まで見た街の中で一番活気もあるし、見ていて楽しそうだしな!」
「シューイチさんってそういう反応が子供っぽいですよね」
「俺はいつまでも子供の心を忘れない大人になりたいんだ」

 ともすれば嫌味とも取れかねないエナの言葉だが、そういう意味で言ってないのは知っているので、小粋なジョークを交えて軽く返した。
 そんな会話をしながら馬車をゆっくりと進めていくと、ほどなくしてリンデフランデにもあったような大きな噴水広場に出た。
 馬車を停められるスペースを見つけた俺たちはそこに馬車を停めて、全員荷台から降りた。

「それではみなさま、大変お世話になりました……この御恩は一生忘れませんわ」
「……レリっちお元気で」
「またねレリスお姉ちゃん!」
「同じエルサイムで活動していくんですから、またそのうち会えますよ!」
「美味い飯を作ってくれてありがとうな!」

 口々に別れの挨拶をしていくが、エナの言う通り同じエルサイムで活動していく関係上、あんまりお別れ特有の悲壮感を感じない。
 あとこれは予感なんだけど、そう遠くない日にまた会える気がするんだよね……だってほら……なあ?

「それではお元気で!」

 そう言ってレリスは上品にお辞儀をして街の中へと歩いて行った。

「さてと……それじゃあ私たちも自分たちの目的地に行きましょうか」
「そうだな!ルカーナさんをいつまでも待たせてられないしな」
「……テレアが場所を知ってるんだっけ?」
「うん!じゃあ今からテレアが馬車を引くね!」

 そうして俺たちはテレアの引く馬車に揺られること20分、ようやく最終目的地であったヤクトさんたちの拠点へとたどり着いたのだった。
 長かった……体感で一か月くらい掛かった気がした。

「はあ~……立派な建物ですねぇ……」

 なんかもっとこじんまりした建物を想像してたんだが、予想に反して拠点は二階建てで敷地は程々に広くおまけに庭まで着いている。

「本当にこんな建物もらちゃって良かったのかな?」
「私たちの人数的にはちょうどいい大きさかもしれませんが、まさかこんな立派な建物だったとは……」

 まあ今更返せと言われても返せないわけだが。

「中に入ってもいいのかな?」
「えっとお父さんの話では今はルカーナおじさんが管理してるらしいんだけど……ちょっと待っててね」

 テレアが拠点のを囲う壁に設置された鉄格子を開けて建物の中へと入っていく。
 ほどなくしてテレアが誰かと会話する声が聞こえてきた後、テレアが扉から顔を出して俺たちを手招きした。

「……入って来いって」
「みたいだな!それじゃあお宅訪問と行きますか」

 俺たちは連れ立ってヤクトさんたちの元拠点……もとい俺たちの拠点へと入っていった。
 この世界は俺のいた世界の外国と同じように家の中で靴を脱ぐ文化がないので、未だにそれに対し違和感を感じてしまうものの、まあこれはそのうち慣れるだろう。

「えっと、こっちにルカーナおじさんがいるから」

 テレアに案内されて、応接間のような場所に通される。
 いよいよ噂に聞くルカーナさんとの対面となるわけか……なんかドキドキするな。

「ルカーナおじさん、みんなを呼んできたよ」
「……ああ、すまないな」

 テレアにルカーナおじさんと呼ばれて、ソファに座っていたその人は腰を上げて俺たちのもとに歩いてきた。

「ルカーナ=スタンテッドだ……話はヤクトから聞いている。よく来たな」
「はっはい!えっと……葉山宗一です!」

 テレアが「おじさん」なんて呼ぶからどんな壮年の男の人なのかと思ったら、キリっとしたイケメンなお兄さんだった。
 そうだよなぁ……ヤクトさんの友達なんだから歳はそんなに変わんないはずだよなぁ……テレアの「おじさん」呼びのせいですっかりそこそこ歳のいった人なのだろうと思ってしまっていた。

「初めまして、エナ=アーディスです」
「……フリル=フルリル」
「長旅ご苦労だったな、今日からこの家はお前たちに明け渡すから自由に使ってくれ」
「ルカーナおじさんはどうするの?」

 テレアがそう質問すると、ルカーナさんはなんだか微妙な表情をする。

「テレア……前々から言おうと思っていたが、俺をおじさんと呼ぶな。まだそんな歳じゃないんだ」
「でも、お父さんがおじさんって呼んでもいいって……」
「あいつ……」

 そう言ってルカーナさんがマグリドのあるであろう方角を恨めしそうに睨めつけた。
 今頃ヤクトさんはくしゃみでもしているんだろうか?

「せめてお兄さんと呼んでくれ」
「え?でもお兄ちゃんはもういるし……お兄ちゃん以外の人を「お兄ちゃん」だなんてテレアは呼べないよ」

 テレアってそこまでの覚悟で俺のことお兄ちゃんって呼んでたの!?
 
「……まあいい、とりあえずおじさんとだけは呼ぶな?いいなテレア?」
「うん……わかったよルカーナおじさん」
「……」

 テレアの悪気のない言葉のナイフがルカーナさんの心に深々と突き刺さった。
 表情は努めて冷静を装っているが、ルカーナさんの心が泣いているのが俺にはわかる。
 第一印象はなんだか取っつきにくそうな気難しい兄ちゃんって感じだったのに、テレアのおかげで一気に親しみやすい人に印象が変わってしまった。

「とにかく、この家は今後お前たちが自由に使ってくれて構わない。それからシューイチと言ったな?お前には後で個人的に話がある」

 名指しでご指名されてしまった。
 なんだろう……俺にテレアの「お兄さん」枠を取られた恨み言でも言われるんだろうか?

「えっと……元気出してくださいね?」
「何を考えてるのか知らんが、お前たちがここまで来るまでの経緯と今後のことについて話をしたいだけだ」

 あっそうですか。
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