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歌姫~鎮めの唄~

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 もう一刻も早くこの戦いを終わらせたい。
 眠ってしまったエナも気になるし、なにより神獣のせいでこれ以上この公演会場を滅茶苦茶にされたくはないのだ。

「……なんの歌でもいいの?」
「そうだ!今フリルが思うこの場に最高にふさわしい歌を歌うんだ!!」

 いいんだよな?
 これでもし神獣を何とかできなかったら、シエルの奴マジで水ぶっかけの刑だからな?

「……わかった……歌う」

 そう言ってフリルが目を閉じて意識を集中し始めると、フリルが先ほどシエルから受け取ったあの光が全身を覆い始める。
 だがそれを見た神獣がフリルの頭上に帯電した黒い霧を発生させて妨害を試みた。

「悪いけど邪魔はさせない!」

 集中しろ……エナが動けない今、俺がやるしかないんだ……!
 俺は魔力を活性化させて、ありったけの魔力を練り上げる。

「フル・プロテクション!!」

 フリルの周りをドーム状の防御壁が包み込む。
 それからほんの少し遅れて帯電した黒い霧からあの電撃が放たれるものの、俺の張った防御壁に阻まれてフリルには届かなかった。
 防御壁が壊されなかったということは前に比べて電撃の威力が弱い?
 俺が思っている以上に神獣は消耗してるってことなのか?
 何度も神獣を倒し再生させたことは無駄じゃなかったんだな。

 そして俺の結界に守られる中、ついにフリルの歌が始まった。
 それは戦う者たちを鼓舞するかのような力強さを持った歌。
 ふと周りを見ると、神獣の召喚した魔物と戦うみんなの身体がフリルの歌を受けて淡い光に包まれる。

「なんだこれ?力が湧いてくるぞ!?」
「俺の魔力が普段よりも上がってる!?」
「いつもより素早く動ける……凄いぞ!!」
「これならいけるぞ!みんな畳みかけろ!!」

 このフリルの歌は戦う者たちの基本能力を強化する効果があるらしく、均衡を保っていた戦場が一気にこちらへと傾いていく。

「ええーい!!」

 それはテレアも同じらしく、今までただ普通に攻撃してただけでは倒せなかった小型神獣を一撃で黒い霧へと霧散させた。

 そしてフリルの歌は力強さを保ったまま、散っていく者たちへのレクイエムを持った側面が含まれ始める。
 すると魔物たちの動きに精細さがなくなっていき、蝙蝠の魔物に至っては飛ぶ力を失い地面に墜落していき、それを的確に仕留められていく。
 それは俺の後ろで例の全方位攻撃をしようと力を溜めていた神獣にも効果があるらしく、集めていた帯電状態の黒い霧が少しずつ霧散していく。
 俺がフリルを守ることで神獣にあの攻撃をさせてしまうことを懸念していたものの、これならフリルの守りに専念できるな。
 神獣は力を溜めるのを放棄し、歌を止めさせようとフリルの頭上にいくつもの帯電した黒い霧を発生させて電撃を放つものの、その全てが俺の防御壁に阻まれる。
 あれだけ威力のあった黒い電撃だったが、今は目に見えて威力が落ちているようだ。

「往生際の悪い奴だな?折角フリルがお前の為に歌ってくれてるんだから、邪魔せずに聞いてやれよ?」
「ルオオオオオオオ……!」

 防御壁を張り続けながら、首だけ向けて俺が言うと、神獣がやけに覇気のない咆哮を上げた。
 フリルの歌を後押しに、次々とみんなが魔物を倒していく。
 戦況は完全にこちらに傾いていた。

 フリルの歌はどうやら佳境に入ったようだ。
 それは戦場に散った者たちの怒りや悪意や悲しみの全てを包み込んでいくような優しい歌声。
 もはや完全に神獣の召喚した魔物は戦意を喪失しているようで、中には何もせずとも黒い霧となって霧散し消えていく魔物もいた。
 歌が終わりに近づいていくにつれフリルの纏った光が強く輝き始める。
 その光に同調するかのように神獣を取り巻いていた黒い霧が霧散していき、全身が赤黒かった神獣にも変化が表れ始める。

「神獣の色が変わっていってる……?」

 俺はすでにフリルを守る防御壁を張っていない。
 なぜならフリルの歌が佳境に入ったあたりから完全に神獣の攻撃が止んでいたからだ。
 その神獣はというと、まるで憑き物が落ちていくかのように全身が白く変わっていき、険しかった表情も穏やかな物になった。
 全てを憎んでいるかのようだった神獣の瞳からも完全にその憎しみが消え失せて、今は自分の為に歌ってくれているフリルをまるで見守るように優しく見つめている。

 いつもそうであったように、フリルが一度歌を紡ぎ出せばそこはもう完全に彼女の世界になるのだ。

「……ふう」

 フリルの歌が終わった。
 もはや魔物は一匹も残っておらず、戦っていたテレアや一座のみんなや冒険者たち……そして神獣までもがフリルを挙動を見守っている。

「……うい」

 スカートの両端を軽く持ち上げ、ペコリとお辞儀を一つ。
 すると周りから大歓声があがった。

「うおー!凄いぞフリル!!」
「これが一座の誇る新緑の歌姫だ!みたか神獣!!」
「すごい……これが噂の新緑の歌姫!!」
「あの神獣を鎮めてしまうなんて……!?」

 皆が口々にフリルを称える。

「フリルお姉ちゃん!!凄いよ!!」

 フリルを守るため近くで魔物と戦っていたテレアが感極まったようにフリルへと走っていき抱き着いた。

「……テレア苦しい」
「あっごめんねフリルお姉ちゃん!」

 テレアに対し苦言を漏らすものの、そのフリルの表情もやり切ったと言わんばかりに晴れ晴れとしていた。
 凄いな……本当にフリルの歌で戦況がひっくり返ってしまった。
 
「ルオオォォ……」

 顔を空へ向けて小さく鳴いた神獣が神々しい光に包まれていき、ついにはその姿を光の玉へと変えた。
 その光の玉はまるで喜んでいるかのようにテント内をクルクルと回っていき、やがてフリルの目の前へとやってきてその動きを止めた。

「……え?……私に力を貸したい……?」

 その言葉に応えるように光の玉がクルクルとフリルの周囲を回り、やがてフリルの胸に吸い込まれていった。
 やがて包んでいた淡い光が消え、それと同時にフリルがへたり込んでしまった。

「……凄い疲れた」

 どうやら鎮めの唄を歌ったおかげで魔力が空っぽになってしまったようだ。
 俺はそんなフリルのもとへと歩み寄っていく。

「お疲れさんフリル」

 額にじんわりと汗を滲ませるフリルの頭を、俺は優しく撫でた。

「……子供扱いはNG」

 そう言って少し嫌そうな顔をするものの、前のように俺の手を払うようなことはしなかったフリルだった。



 戦いが終わり、俺は適当に脱ぎ散らかしていた服を再び身に纏っていく。
 そんな俺のもとにリンデフランデの冒険者ギルドのマスターであるクエスさんが歩いてきた。

「やあ、お疲れ様!本当にすべて君が言った通りになったな」
「信じてくれてなかったんですか?」
「正直半信半疑だった……でもあんなのを見せられた挙句、それをこうまで完全に解決された今は君に関して感謝しかないよ」
「感謝なら俺じゃなくてフリルに言ってやってくださいよ。俺は正直何もできなかったも同然なんですから」

 肝心のフリルは一座のみんなにもみくちゃにされていた。

「勿論彼女にも感謝してるさ?でも彼女を守るために君だって死力を尽くしていたんだろ?」
「俺がちゃんとフリルを守り切れていれば、そもそも神獣が復活する事態になってませんよ」
「謙遜は時に美徳だけど、やりすぎるのもよくない。君はもっと自分のしたことに胸を張るべきだよ」

 謙遜してるつもりは全くなくて、全て本心からの言葉なんだけどな。
 俺の全裸になったら無敵になる能力の欠点だってわかったし、フリルを回復させるために謎の力を使ったエナだっていまだに目を覚まさないし、反省すべき点が多すぎる。
 そして何よりも気がかりなのが、ロイに逃げられたこと。
 だから俺は素直に喜んでばかりもいられないのだ。

「とにかくこのことはちゃんと国に報告させてもらうよ。そもそも君が持ち込み国まで巻き込んだギルド依頼だからね?無事に解決されたんだからギルドとしてはちゃんと国に報告する義務もある」

 明日には国からお呼びが掛かるから、それまで国を出ないようにな?と言い残してクエスさんは連れてきた冒険者たちを引き連れてテントを後にして行った。
 そうなんだよなぁ……大義名分を獲得するために国を巻き込んだんだよなぁ……。
 必死だったとはいえ、今にして思うととんでもないことをやらかしてしまったんじゃないかと不安になる。

「まあでもなるようにしかならないか」

 何事もポジティブシンキング!
 最近忘れがちだったけど、これ俺のポリシーだからな?

「お兄ちゃん!」
「……シューイチ」

 テレアとフリルが着替え終わった俺のもとに駆け寄ってきた。
 テレアの顔には満面の笑みが浮かんでいて、なんだか俺も嬉しくなってしまう。

「お疲れ様お兄ちゃん!やっぱりお兄ちゃんはカッコいいよ!」
「だろ?テレアのお兄ちゃんはカッコいいだろ?」

 言いながら俺は密かに考案していたカッコいいポーズを披露した。

「あっ……うん……」
「……シューイチかっこ悪い」

 テレアが目を逸らし、フリルが直球ストレートぶち込んできた。
 泣くぞこの野郎?

「そう言えばエナはまだ目を覚まさないのか?」
「うん……ただ寝てるだけだと思うんだけど……」

 テレアが心配そうにそう言った。
 肝心のエナはというと、一座のみんなに仮設宿舎へと運ばれていった。
 しかしなんだったんだろうな、エナの魔法とは違うあの力は。
 魔力切れを起こしていたフリルを完全に復活させたあの「エンジェル・ライフ」という力。
 普通魔力は自然回復か、魔力を回復させるアイテムを使わないといけない。
 それだって一気に満タンに回復できるわけではないのだ。
 それをエナは自分が倒れるのを引き換えに一気に回復させた。

「……私のせいで……」

 さすがのフリルも本気で心配そうな顔をしている。
 なにせ自分の代わりにエナがああなってしまったのだ……フリルからすれば責任を感じてるかもしれない。

「こういう言い方はアレだけど、エナが自分で判断してああしたんだから、フリルが責任を感じる必要なんてないんだぞ?」

 多分エナでも同じようなことをフリルに言うだろう。

「もしどうしても責任を感じてしまうなら、エナに対して感謝することも忘れないようにしないとダメだぞ?」
「……うい」

 俺の言葉にフリルが小さく頷いた。

 結局エナが目を覚ましたのは、戦いが終わった翌日の朝だった。
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