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公演~新緑の歌姫~
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「こいつらさ、コックルとピースケっていうんだ!」
「随分可愛らしい名前だなおい」
どうみてもそんな可愛い名前を付けられべき見た目じゃないぞこいつら。
檻の中で鎮座しているライオンのような動物と象のような動物を指さして、笑うダックスに思わず突っ込んでしまった。
「こいつらが子供のころはそういう見た目だったんだよ」
典型的な先のことを考えず名づけをして後悔するパターンだな。
コックルと呼ばれたライオンのような動物が大きな口を開けてあくびをした。
「しかし、魔物なのに物凄く大人しいですねこの二匹」
「え?こいつらって魔物なの!?」
「確かに魔物だけど、子供のころからオイラたちが真心こめて育てたからな!絶対に人なんか襲ったりしねーよ!」
なんとまあ、ハートフルなことで。
そんなことを思っていると、テレアがそろりそろりと檻に近づいていく。
「テっテレアが触っても大丈夫かな……?」
「大丈夫だよ!よかったら頭撫でてやってくれないか?コックルの奴も喜ぶからさ!おーいコックル、ちょっとこっちまで来てくれ」
ダックスが呼ぶとコックルがのそりと立ち上がり、その巨体を左右に揺らしながら俺たちのそばへとやってきて、これまたのそりと座り込んだ。
それを見たテレアが恐る恐る手を伸ばし、コックルの頭をゆっくりと撫で始める。
「わっわっ!なんかすごくフワフワしてる!」
「な?大丈夫だっただろ?」
「お兄ちゃん、凄いよこの子!テレア魔物なんて初めてナデナデしたよ!」
あの大人しいテレアが珍しく興奮している。
レアな光景なうえに微笑ましいなぁ。
そんなことを思いながらテレアたちを眺めていると、テントからラフタさんが出てきて俺たちの元にやってきた。
「待たせちまってすまなかったね!もうすぐお客さんの入場始めるからアンタたちもテントに入っちゃいなよ。今なら座席も選び放題だよ」
「あっもうそんな時間なんですね?」
二時間とか長いな……とか思ってたけど芸の練習とか滅多に見れない光景や、コックルやピースケのことを聞いてただけであっという間に過ぎてしまった。
「それじゃあ移動しましょうか?早くテントに入って最前線の座席を確保しないと!」
「甘いなエナは?こういうのは最前列よりも真ん中よりも少し上あたりが最適なんだぞ?」
「そうなんですか?」
「最前列だと画が動くたびに首を動かさなきゃならないから大変だろ?真ん中あたりなら程よく全体を見渡せるし首の負担も少なくて済むんだ」
……と高校のクラスメイトだった映画マニアの奴が言っていた。
「そうなんだ?お兄ちゃん物知りだね」
「アンタ通だね?それはそうと公演が終わっても帰らないで席で座って待っていてほしいんだ。座長がフリルを見つけてくれたことのお礼したいって言うんだよ」
別にお礼を言われるほどのことでもないんだけど、まあ待っていてくれと言われれば待つけどさ。
「それじゃあルーデンス旅芸人一座の公演、楽しんで行ってくれよな!」
豪快なラフタさんの声に見送られて、俺たちはサーカステントの中へと入っていったのだった。
「本日はルーデンス旅芸人一座の公演にお越しいただき誠にありがとうございます!本日は日々の忙しさを忘れ、夢のような時間を過ごしていってくださいませ!」
壇上のラフタさんが、会場全体に響き渡る大きな声で客席に呼びかけ頭を下げると、俺たちを含めたお客さんからの拍手が沸き起こり、それを合図に公演が始まった。
ピエロに扮した団員が出てきたところ見ると。まずは道化芸からのようだ。
パントマイムや手品、ちょっとした軽業をしつつ時に技を失敗しおどけたアクションをすることで、お客さんから笑いを誘う。
俺を含めた左右の席に座るエナとテレアもその様子に声を上げて笑っていた。
お次は魔物を使った曲芸だ。
コックルやピースケを含めた大小様々な魔物が壇上に現れて定番の火の輪くぐりやシーソーなど、ときに迫力があり、時に可愛らしい一面を見せる壇上の魔物たちの姿に歓声が沸く。
特に人気なのがコックルとピースケのようで観客の中には固定ファンがいるらしく、名前を呼んで応援する人たちもいた。
次はサーカスの花形ともいえる空中曲芸のようだ。
トランポリンで空高く舞い上がったり、高い位置に張られたロープの上を渡っていく綱渡り、そしてこれぞサーカスの醍醐味というべき曲芸、空中ブランコへと移っていく。
見てるだけでひやひやする難易度の高い曲芸を次々と決めていく演者たち。
そして技が決まるたびに歓声と拍手が沸き起こり、会場のボルテージも最高潮になっていく。
最初はハラハラしながら見ていたテレアも、最後には大興奮の様子だった。
そして演目は地上曲芸へとシフトしていく。
ワイングラスを積み重ね、それを頭や足に乗せてバランスを取る、空中ブランコとはまた違った見てるだけでひやひやする曲芸や、火吹き芸などのインパクトのある曲芸、そして沢山の演者たちによる形体演技と呼ばれるダイナミックかつアクロバティックな動きで魅せる曲芸へと変わっていき……。
最後には壇上の演者たちによる組体操で地上曲芸が締めくくられ、観客から歓声と拍手が沸き起こる。
「いやー、凄いなこれは」
「ですね!!噂には聞いてましたが本当にレベルが高くて驚きです!!」
エナのテンションが最高潮に達していた。
普段割と冷静で物静かな印象のエナだけに、そのギャップに思わず笑ってしまった。勿論怒られた。
「テレアは楽しんでるか?」
「うん!テレア、こんなに楽しいなんて思わなかったよ!」
楽しんでいることなど最初から分かっていたが、一応確認したところ、エナと同じく大興奮といった感じでテレアが言った。
二人とも大いに楽しんでくれてるようで何よりだ。
「シューイチさんはどうなんですか?なんだか落ち着いてますけど?」
「バカ言え、両脇にエナとテレアが居なかったら今頃大興奮して叫び出しとるわ」
「別にテレアたちが居なくても大興奮していいと思うんだけど」
俺にだって体裁というものがあるんだよ。
散々全裸になってしまっている俺に体裁なんてあってないようなものだが、そこに突っ込まれたらキリがないからな?
そんな会話をしていると、ふと会場のライトが落とされて真っ暗になる。
何事かと思っていると、謎の人影が壇上に現れ、中央に向けてトコトコと歩いて行く。
その人影が中央に着いて俺たち観客側に身体を向ける。
「それでは皆さん!本日最後にして我が一座の一番の人気を誇る「新緑の歌姫」―――」
突然響き渡ったラフタさんの声がそこまで言った瞬間、壇上の中央に複数のスポットライトがあたり、その中に一人の少女が立っていた。
「フリル=フルリルの登場です!」
フリルやんけ!どう見てもフリルやんけ!!
壇上のフリルは客席全体を首だけ動かし見渡した後、ペコリと会釈をする。
たったそれだけのアクションで会場全体から割れんばかりの歓声が響き渡った。
「黄色い悲鳴なんて初めて聞いたわ!」
「あれってフリルお姉ちゃん……だよね?」
「新緑の歌姫ってフリルちゃんのことだったんですね」
歓声が止み会場全体を静寂が包み込むと、楽器を持った団員たちが現れそれぞれの定位置につく。
それをフリルが首から上だけ動かして確認し頷いた後、再び観客へと向き直る。
そして曲のイントロが流れ始めた。
そこからはもう完全にフリルの世界だった。
天涯孤独になった少女が様々な街を一人渡り歩き、親を……自分の居場所を求め旅を続けていく物語が、時に静かに、時に激しく、歌という形で紡がれていく。
フリルの歌声は歌詞やその時の曲調によってさまざまに姿を変える。
だがどんな歌声に変わってもそれが自然と聞いている者たちの心にスッと入り込んでくるのだ。
会場にいるすべての人間がその歌声に聞き惚れ、声を出すことすら忘れて、ただ壇上で歌っているフリルを見つめていた。
この歌声を聞いていられるなら、この空間にずっといてもいいと思えるほどだった。
だがどんなものにも必ず終わりが来るのが付き物。
五分ほどの続いたその歌は終わりをつげ、歌い終わったフリルが一息ついた後、三度会場全体を見渡しペコリと頭を下げた。
会場に収まりきらない拍手と歓声は、その日の一座の公演の終わりの合図だった。
「「「……」」」
興奮冷めやらぬ観客たちが次々と会場を後にしていく中、俺たち三人はいまだに席に着いたままだった。
待っていてくれと言われたこともあるが、それ以上にフリルの歌の余韻に浸っていたかったのだ。
「あれ?お兄ちゃん泣いてるの?」
「え?」
テレアに指摘されて、自分の頬が涙で濡れていたことに初めて気が付いた。
歌を聞いて涙を流すなんて初めての経験だった。
「テレアのハンカチ貸してあげるね?」
「ありがとな、テレア」
テレアのハンカチで涙を拭きながら、先ほどのフリルの歌について思いを馳せる。
もうなんて言っていいのかわからないくらい凄かった。
あんなにも心に訴えかけてくる歌なんて初めてだった。
歌を聴いている最中、感動すると同時に胸の中が暖かくなる感覚があった。
あれはいったいなんだったんだろう?
「エナはフリルの歌……うおぅっ!?」
隣を見ると流れ出る涙を止めずに、号泣し続けるエナの姿があった。
あまりの姿に思わず変な声出たじゃないか。
「すっ……すご……すごかった……凄かったです……えぐっ……うう」
絶賛語彙力低下中のエナに、テレアのハンカチを貸してあげると、ようやく涙を拭き始めそして鼻を噛んだ。
言うまでもなくテレアが微妙に嫌そうな顔をした。
遺跡の時にも思ったが、感受性高すぎるだろ。
「はあ……ようやく落ち着きました……ごめんなさいテレアちゃん、このハンカチは洗って返しますから」
「うっうん……」
いくら綺麗に洗われてもそのハンカチ使うの抵抗あると思うぞ?
俺と同じ考えなのか、テレアがまたしても微妙に嫌そうな顔をした。
「泣いた俺が言うのもなんだが、号泣しすぎだろエナ」
とりあえず自分のことは棚に上げて、エナにそう言った。
「歌に感動したのは確かなんですけど、それ以上に凄かったのがあの歌に魔力が込められていたことですね」
「歌に魔力?」
「歌に込められた魔力が聞き手の魔力に反応して、歌に込められた想いとかをより大きく、そして自然に心に響かせてるんですよ。これって凄いことですよ!」
興奮したエナのその言葉に、先ほど歌を聞いていた時に感じた体の中が暖かくなる感じの正体がそれなのだろうと俺は推測した。
「これ「歌魔法」って言って、使える人がほとんどいないってくらい高等な魔法なんですよ。まさか生きてるうちに歌魔法の使い手を見ることができるとは思いませんでした」
フリルってそんな高等な魔法の使い手だったのか……にわかには信じられない気分だった。
「随分可愛らしい名前だなおい」
どうみてもそんな可愛い名前を付けられべき見た目じゃないぞこいつら。
檻の中で鎮座しているライオンのような動物と象のような動物を指さして、笑うダックスに思わず突っ込んでしまった。
「こいつらが子供のころはそういう見た目だったんだよ」
典型的な先のことを考えず名づけをして後悔するパターンだな。
コックルと呼ばれたライオンのような動物が大きな口を開けてあくびをした。
「しかし、魔物なのに物凄く大人しいですねこの二匹」
「え?こいつらって魔物なの!?」
「確かに魔物だけど、子供のころからオイラたちが真心こめて育てたからな!絶対に人なんか襲ったりしねーよ!」
なんとまあ、ハートフルなことで。
そんなことを思っていると、テレアがそろりそろりと檻に近づいていく。
「テっテレアが触っても大丈夫かな……?」
「大丈夫だよ!よかったら頭撫でてやってくれないか?コックルの奴も喜ぶからさ!おーいコックル、ちょっとこっちまで来てくれ」
ダックスが呼ぶとコックルがのそりと立ち上がり、その巨体を左右に揺らしながら俺たちのそばへとやってきて、これまたのそりと座り込んだ。
それを見たテレアが恐る恐る手を伸ばし、コックルの頭をゆっくりと撫で始める。
「わっわっ!なんかすごくフワフワしてる!」
「な?大丈夫だっただろ?」
「お兄ちゃん、凄いよこの子!テレア魔物なんて初めてナデナデしたよ!」
あの大人しいテレアが珍しく興奮している。
レアな光景なうえに微笑ましいなぁ。
そんなことを思いながらテレアたちを眺めていると、テントからラフタさんが出てきて俺たちの元にやってきた。
「待たせちまってすまなかったね!もうすぐお客さんの入場始めるからアンタたちもテントに入っちゃいなよ。今なら座席も選び放題だよ」
「あっもうそんな時間なんですね?」
二時間とか長いな……とか思ってたけど芸の練習とか滅多に見れない光景や、コックルやピースケのことを聞いてただけであっという間に過ぎてしまった。
「それじゃあ移動しましょうか?早くテントに入って最前線の座席を確保しないと!」
「甘いなエナは?こういうのは最前列よりも真ん中よりも少し上あたりが最適なんだぞ?」
「そうなんですか?」
「最前列だと画が動くたびに首を動かさなきゃならないから大変だろ?真ん中あたりなら程よく全体を見渡せるし首の負担も少なくて済むんだ」
……と高校のクラスメイトだった映画マニアの奴が言っていた。
「そうなんだ?お兄ちゃん物知りだね」
「アンタ通だね?それはそうと公演が終わっても帰らないで席で座って待っていてほしいんだ。座長がフリルを見つけてくれたことのお礼したいって言うんだよ」
別にお礼を言われるほどのことでもないんだけど、まあ待っていてくれと言われれば待つけどさ。
「それじゃあルーデンス旅芸人一座の公演、楽しんで行ってくれよな!」
豪快なラフタさんの声に見送られて、俺たちはサーカステントの中へと入っていったのだった。
「本日はルーデンス旅芸人一座の公演にお越しいただき誠にありがとうございます!本日は日々の忙しさを忘れ、夢のような時間を過ごしていってくださいませ!」
壇上のラフタさんが、会場全体に響き渡る大きな声で客席に呼びかけ頭を下げると、俺たちを含めたお客さんからの拍手が沸き起こり、それを合図に公演が始まった。
ピエロに扮した団員が出てきたところ見ると。まずは道化芸からのようだ。
パントマイムや手品、ちょっとした軽業をしつつ時に技を失敗しおどけたアクションをすることで、お客さんから笑いを誘う。
俺を含めた左右の席に座るエナとテレアもその様子に声を上げて笑っていた。
お次は魔物を使った曲芸だ。
コックルやピースケを含めた大小様々な魔物が壇上に現れて定番の火の輪くぐりやシーソーなど、ときに迫力があり、時に可愛らしい一面を見せる壇上の魔物たちの姿に歓声が沸く。
特に人気なのがコックルとピースケのようで観客の中には固定ファンがいるらしく、名前を呼んで応援する人たちもいた。
次はサーカスの花形ともいえる空中曲芸のようだ。
トランポリンで空高く舞い上がったり、高い位置に張られたロープの上を渡っていく綱渡り、そしてこれぞサーカスの醍醐味というべき曲芸、空中ブランコへと移っていく。
見てるだけでひやひやする難易度の高い曲芸を次々と決めていく演者たち。
そして技が決まるたびに歓声と拍手が沸き起こり、会場のボルテージも最高潮になっていく。
最初はハラハラしながら見ていたテレアも、最後には大興奮の様子だった。
そして演目は地上曲芸へとシフトしていく。
ワイングラスを積み重ね、それを頭や足に乗せてバランスを取る、空中ブランコとはまた違った見てるだけでひやひやする曲芸や、火吹き芸などのインパクトのある曲芸、そして沢山の演者たちによる形体演技と呼ばれるダイナミックかつアクロバティックな動きで魅せる曲芸へと変わっていき……。
最後には壇上の演者たちによる組体操で地上曲芸が締めくくられ、観客から歓声と拍手が沸き起こる。
「いやー、凄いなこれは」
「ですね!!噂には聞いてましたが本当にレベルが高くて驚きです!!」
エナのテンションが最高潮に達していた。
普段割と冷静で物静かな印象のエナだけに、そのギャップに思わず笑ってしまった。勿論怒られた。
「テレアは楽しんでるか?」
「うん!テレア、こんなに楽しいなんて思わなかったよ!」
楽しんでいることなど最初から分かっていたが、一応確認したところ、エナと同じく大興奮といった感じでテレアが言った。
二人とも大いに楽しんでくれてるようで何よりだ。
「シューイチさんはどうなんですか?なんだか落ち着いてますけど?」
「バカ言え、両脇にエナとテレアが居なかったら今頃大興奮して叫び出しとるわ」
「別にテレアたちが居なくても大興奮していいと思うんだけど」
俺にだって体裁というものがあるんだよ。
散々全裸になってしまっている俺に体裁なんてあってないようなものだが、そこに突っ込まれたらキリがないからな?
そんな会話をしていると、ふと会場のライトが落とされて真っ暗になる。
何事かと思っていると、謎の人影が壇上に現れ、中央に向けてトコトコと歩いて行く。
その人影が中央に着いて俺たち観客側に身体を向ける。
「それでは皆さん!本日最後にして我が一座の一番の人気を誇る「新緑の歌姫」―――」
突然響き渡ったラフタさんの声がそこまで言った瞬間、壇上の中央に複数のスポットライトがあたり、その中に一人の少女が立っていた。
「フリル=フルリルの登場です!」
フリルやんけ!どう見てもフリルやんけ!!
壇上のフリルは客席全体を首だけ動かし見渡した後、ペコリと会釈をする。
たったそれだけのアクションで会場全体から割れんばかりの歓声が響き渡った。
「黄色い悲鳴なんて初めて聞いたわ!」
「あれってフリルお姉ちゃん……だよね?」
「新緑の歌姫ってフリルちゃんのことだったんですね」
歓声が止み会場全体を静寂が包み込むと、楽器を持った団員たちが現れそれぞれの定位置につく。
それをフリルが首から上だけ動かして確認し頷いた後、再び観客へと向き直る。
そして曲のイントロが流れ始めた。
そこからはもう完全にフリルの世界だった。
天涯孤独になった少女が様々な街を一人渡り歩き、親を……自分の居場所を求め旅を続けていく物語が、時に静かに、時に激しく、歌という形で紡がれていく。
フリルの歌声は歌詞やその時の曲調によってさまざまに姿を変える。
だがどんな歌声に変わってもそれが自然と聞いている者たちの心にスッと入り込んでくるのだ。
会場にいるすべての人間がその歌声に聞き惚れ、声を出すことすら忘れて、ただ壇上で歌っているフリルを見つめていた。
この歌声を聞いていられるなら、この空間にずっといてもいいと思えるほどだった。
だがどんなものにも必ず終わりが来るのが付き物。
五分ほどの続いたその歌は終わりをつげ、歌い終わったフリルが一息ついた後、三度会場全体を見渡しペコリと頭を下げた。
会場に収まりきらない拍手と歓声は、その日の一座の公演の終わりの合図だった。
「「「……」」」
興奮冷めやらぬ観客たちが次々と会場を後にしていく中、俺たち三人はいまだに席に着いたままだった。
待っていてくれと言われたこともあるが、それ以上にフリルの歌の余韻に浸っていたかったのだ。
「あれ?お兄ちゃん泣いてるの?」
「え?」
テレアに指摘されて、自分の頬が涙で濡れていたことに初めて気が付いた。
歌を聞いて涙を流すなんて初めての経験だった。
「テレアのハンカチ貸してあげるね?」
「ありがとな、テレア」
テレアのハンカチで涙を拭きながら、先ほどのフリルの歌について思いを馳せる。
もうなんて言っていいのかわからないくらい凄かった。
あんなにも心に訴えかけてくる歌なんて初めてだった。
歌を聴いている最中、感動すると同時に胸の中が暖かくなる感覚があった。
あれはいったいなんだったんだろう?
「エナはフリルの歌……うおぅっ!?」
隣を見ると流れ出る涙を止めずに、号泣し続けるエナの姿があった。
あまりの姿に思わず変な声出たじゃないか。
「すっ……すご……すごかった……凄かったです……えぐっ……うう」
絶賛語彙力低下中のエナに、テレアのハンカチを貸してあげると、ようやく涙を拭き始めそして鼻を噛んだ。
言うまでもなくテレアが微妙に嫌そうな顔をした。
遺跡の時にも思ったが、感受性高すぎるだろ。
「はあ……ようやく落ち着きました……ごめんなさいテレアちゃん、このハンカチは洗って返しますから」
「うっうん……」
いくら綺麗に洗われてもそのハンカチ使うの抵抗あると思うぞ?
俺と同じ考えなのか、テレアがまたしても微妙に嫌そうな顔をした。
「泣いた俺が言うのもなんだが、号泣しすぎだろエナ」
とりあえず自分のことは棚に上げて、エナにそう言った。
「歌に感動したのは確かなんですけど、それ以上に凄かったのがあの歌に魔力が込められていたことですね」
「歌に魔力?」
「歌に込められた魔力が聞き手の魔力に反応して、歌に込められた想いとかをより大きく、そして自然に心に響かせてるんですよ。これって凄いことですよ!」
興奮したエナのその言葉に、先ほど歌を聞いていた時に感じた体の中が暖かくなる感じの正体がそれなのだろうと俺は推測した。
「これ「歌魔法」って言って、使える人がほとんどいないってくらい高等な魔法なんですよ。まさか生きてるうちに歌魔法の使い手を見ることができるとは思いませんでした」
フリルってそんな高等な魔法の使い手だったのか……にわかには信じられない気分だった。
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