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感謝~推薦状と拠点~

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 遺跡での戦いから三日が経った。
 あの後俺とエナは、テレアの父親であるヤクトさんから―――

「君たちにはぜひお礼をしたいところなんだけど、生憎貴族が絡んでいる関係上今回の件を先に処理しないといけなくてね……おそらく五日もあれば片付くと思うんだ。マグリドの城下町の宿を取るから本当に申し訳ないんだけど待っていてもらえないかな?」

 と言われたので俺たち二人はマグリドの城下町の宿でヤクトさんから連絡が来るのを待つ日々を過ごしている。
 この世界に来てからは毎日何かしらと戦う殺伐とした日々だったのに対し、この三日間はビックリするくらい穏やかな日常が続いている
 いい機会だったので、エナに頼みこの世界の読み書きを教わったり魔法について教わったりしているのだが……。

「異世界に来てるはずなのに、なんで俺はテスト受けてるんだろうな?」
「無駄口は叩かないでください?あと10分ですよ?」

 エナ自作の問題用紙を前に頭を捻る。
 実はこの子、俺に読み書きを教えるとはいつもと違い、恐ろしいほどのスパルタ教師に変身する。
 おかげでこの三日間で大分文字の読み書きができるようになったわけだから感謝もしているが、もう少しこうさ?手加減とかしてくれてもいいんじゃないですかね?
 うんうん唸っていると、不意に部屋のドアをノックされる。
 なんだろう?ルームサービスを頼んだ覚えはないんだけど。

「はーい今出ますねー」

 エナが立ちあがり部屋のドアを開けると―――

「えっと……こんにちはエナお姉ちゃん」
「テレアちゃん!三日振りじゃないですか!どうしたんですか?」

 そこには三日しか顔を合わせてなかっただけなのに、やけに久しぶりに感じるテレアが立っていた。

「おーっす、テレア!元気にしてたか?」
「お兄ちゃん、こんにちは!テレア元気だったよ」

 テレアがエナの後をついてトコトコと部屋の中に入ってきた。
 エナ特製問題用紙と格闘する俺を見て、テレアが可愛く首をかしげる。

「お兄ちゃん、お勉強してるの?」
「ちょっと文字を覚えたくてね」
「えっ?お兄ちゃんって読み書きができなかったの?」

 俺に対し凄いナチュラルに言葉のナイフを突き刺してきた。
 やめてくれ……その言葉は俺に効くんだ。
 
「そうだよーお兄ちゃんは文字の読み書きすらできないミジンコなんだよー」
「卑屈になってないで早くそのテスト終わらせてください、あと5分ですよ?」

 もうやだこの先生容赦ない。
 あの一件以来俺たちはテレアと全く顔を合わせていなかったので、少し心配してたのだが元気そうで良かった。

「それでどうしたんですかテレアちゃん?私たちに用があって来たんですよね?」
「うん、お父さんがお兄ちゃんとエナお姉ちゃんとシエルお姉ちゃんを呼んできてほしいって……あれ?シエルお姉ちゃんは?」

 そう言ってテレアが部屋をきょろきょろと見回すが、シエルならもうとっくの昔にこの世界にはいない。
 あの後「じゃあ私はまだまだやることがあるんで。まったく誰かさんのおかげで仕事が滞りましたよ」と恨み言たっぷりに転移で帰っていったのだ。

「シエルさんはちょっと忙しい人なので帰っていきましたよ」
「そうなんだ……テレアちゃんとお礼言いたかったなぁ……」

 まあ以前ちょくちょく様子を見に来るみたいなことを言ってたし、そのうちひょっこり姿を現すだろう。
 ……っとこれで最後の問題っと。

「よし終わった!そんじゃヤクトさんが呼んでるらしいから行かないとな!」
「そうですね……それじゃテストの採点は帰ってきてからやりますので、規定の点数を取れてなかった場合はまた再テストしますからそのつもりでいてくださいね?」

 現実はかくも残酷で容赦がなかった。




「やあいらっしゃい!待たせてしまって本当にすまなかったね!」
「どうぞ、お掛けになってください」

 人で賑わうマグリドの城下町をテレアに案内されながら歩くこと10分、俺たちは何事もなくシルクス邸に辿り着き、テレアの両親に出迎えられた。
 遺跡で見たときは遠目だったからよくわからなかったが、父親であるヤクトさんはとても落ち着いた優男風で、テレアはこの人の顔つきを引き継いでいるんだなと思った。
 母親であるリリアさんは、テレアと同じ綺麗な青い髪をしていて、テレアが大人になったらまさにこんなふうになるんだろうなと言った感じの美人さんだ。
 俺とエナとテレアが席に着いたのを確認し、ヤクトさんとリリアさんががおもむろに立ち上がり俺たちに深々と頭を下げる。

「ちゃんとお礼を言うのが遅くなってしまって申し訳なかったね……テレアを助けてくれて本当にありがとう……感謝してもしきれない」
「あなたたちがいなかったら、私たちは大事な娘を失っていたかもしれません……本当にありがとうございます」

 誠心誠意なお礼の言葉を二人からもらってしまい、どうしたもんかと俺とエナは顔を見合わせる。

「顔を上げてください!俺たちは当たり前のことをしただけですから!」

 なんだか緊張してしまい、そんな月並みの言葉しか出てこなかった。
 俺の言葉を受けて二人が顔を上げて席に着いたのを見て、ほっとひと安心する。

「あの日いきなりエナさんとシエルさんが現れて、テレアのことを聞いたときは半信半疑だったけど、結果的にそれを信じて正解だったよ」
「そういえば、シエルさんはいらっしゃらないんですか?」

 そう言ってリリアさんが首をかしげる。
 そのしぐさが先ほどのテレアとそっくりだった。
 それを少しほほえましく思いながら、俺は二人に先ほどテレアにしたのと同じ説明をした。

「そうですか……ちゃんとお礼を言いたかったんですけど」
「二人が感謝していたことは、俺から伝えておきますよ」

 俺には例の宝玉があるからな、忘れないうちにあとでシエルに伝えておこう。
 ……お礼の言葉聞いてまんざらでもない表情を浮かべるシエルが簡単に想像できるな。

「さて……今日君たちに来てもらったのはリドアードのことや君たちに対しての正式なお礼……そして頼みたいことがあってこうしてわざわざ来てもらったんだ」

 リドアードやお礼についてはわかるんだけど、頼みたいこととはなんだろうか?
 まあ別に急いでるわけでもないんだし、順番に一つずつ話を聞いていけばいいか。

「まずはリドアードのことなんだが、引き起こした事が事だからね……死罪が決定したよ」

 そりゃそうだろうな……貴族のくせに平民を守るどころか始末しようとしてきたわけだし。
 テレアを誘拐して、しかもマグリド王お抱えのご意見番である二人を殺そうとしたんだから、当然の報いと言えるな。
 これについては可哀そうとも何とも思えない。

「彼は今回の件以外にも色々とやらかしていてね、それこそ自分の地位を守るために親や自分の兄弟たち、果ては親戚すら事故に見せかけて手にかけていたんだ」
「え?ってことは……実質リドアード家の血筋ってあいつしかいなかったってことなんですか?」
「その通りだよ、彼の死罪が決定したせいでリドアード家は一家断絶だ」

 それはまたなんというか……あんまり頭よさそうに見えなかったけどまさかそこまでバカだったとは。
 普通自分の地位を守るためとはいえ家族まで手に掛けるもんなのか?貴族ってのはそういうものなのか?

「まあ彼の話はここまでにしようか?これ以上話せることもないし、君たちも彼の話なんてどうでもいいでしょ?」

 確かにどうでもいいんだが、温和そうな顔して結構はっきり言うなぁこの人。

「次に君たちに対して今回の件に関してのお礼の話なんだけど……僕個人からのお礼はもちろんするんだけど、残念ながら国からは君たちに何もお礼することができないんだ」
「国から?」

 お礼自体特に気にしていなかったんだが、国からはお礼できないって言葉がちょっと気になってつい聞き返してしまった。

「多分知ってると思うんだけど、この国は貴族問題に常に悩まされていてね……王様自身はその問題の中でも特に悩みの種だったリドアード家については、君たちに対してとても感謝をしていたよ。でも王個人が感謝してるからと言って、国から君たちにお礼することとはまた話が別になってくる」

 ヤクトさんがそこまで言ったのを聞いて、俺は一人納得する。
 この件で国から正式な形で俺たちがお礼をうけてしまえば、当然のごとく俺とエナの名はマグリドの間で有名になるだろう。
 こういう言い方はちょっとあれだが、この国の貴族連中はただでさえシルクス夫妻のせいで冒険者に対していいイメージを持ってないのだ。
 そんな中、冒険者である俺たちの名が広まってしまえば第二第三のリドアード家が現れないとも限らない。
 王個人の感情でこの国に新たな面倒ごとの種を放り込むわけにはいかないのだろう。

「心中お察しします」
「そう言ってくれてありがたいよ。でも国からは無理だが、王個人はどうしても君たちにお礼をしたいと言って聞かなくてね?秘密裏にこれを渡してほしいと僕に頼んできたんだ」

 そう言ってヤクトさんが紙包みを取り出し俺とエナの前に置いた。

「なんですかこれ?」
「王からの推薦状だよ。君たちはギルドに登録している冒険者なんだよね?もしも今後ギルドでなにか面倒ごとがあった際、それをそのギルドのマスターに見せれば大抵の問題なら解決するだろうから、王がぜひ君たちにとね」

 さらりと言ってるけど、これって凄い物なんじゃないの!?
 隣に座るエナを見ると、真っ青な顔して震えていた。
 ほらやっぱり凄いアイテムじゃん!!

「こっこっこっここんなのいただけましぇん!!!」

 あまりの事態にエナが挙動不審になりながら推薦状を突き返す。

「悪いけどそれは受け取ってもらわないと僕が王に怒られてしまうんだよ。僕を助けると思って受け取ってもらえないかな?」
「わかりました、ありがたく頂戴します」

 エナに任せておくと一向に話が進まない気がしたので、俺が受け取ることにした。

「王からお礼は以上だ。次に僕からのお礼の話に入るんだけど」
「王様からこんなものまでいただいたのに、まだ何かもらったら罰が当たります!!」

 何か知らない間にエナが一杯一杯になってしまっている。
 なんかこの子思ってた以上にメンタル弱いな。
 とはいえエナのその言葉には俺も同意だ。

「そういうわけにはいかないよ!僕も妻もテレアを助けてくれたことには本当に感謝してるんだ!だからキチンとお礼をしたいと思うのは当然だろう?」
「えっと、一ついいですか?この際だから白状するんですけど、俺は今回の件については完全に私情で動いたし、厳密に言うとテレアを助けたのはついでなんで、お礼なんていりません」

 その言葉にその場にいる全員が「えっ?」という表情で一斉に俺を見た。

「え?お兄ちゃん、テレアのことを助けてくれたわけじゃないの……?」
「いや、テレアのことを助けてあげたいって気持ちはちゃんとあったぞ?ただそれ以上にこんな小さな女の子を誘拐して泣かした挙句、蹴り飛ばすようなクソ野郎のアホ面をぶん殴ってやりたかっただけで」

 正確には蹴り飛ばしたわけだが、この際そんなことは気にしない。

「俺的にはあの成金クソ野郎を全力で蹴り飛ばした時点で、目的は達成されたも当然なんでお礼をもらっても困るというか……」
「あっはっはっは!!!」

 俺がそこまで言ったところで急にヤクトさんが声を上げて笑い始めた。
 何か面白いこと言ったか俺?

「あはは……ごめんごめん!まさかそんなことを大真面目な顔して言われるとは思わなくてね……君は変な人だね!」
「良く言われます」

 大変失礼なことを言われてる気がするが、言葉に全然悪気が含まれてなかったので俺も笑って返した。

「君がどう思っていても、僕と妻が君たちに感謝してるのは事実だからね。悪いけどお礼は受け取ってもらうよ?受け取ってもらえないなら化けて出る覚悟だ」

 笑いながらとんでもないこと言いだしたぞこの人。
 テレアの父親だというのがちょっと信じられないくらい、フランクな人だ。 

「まあそこまで言うならありがたく頂戴します」

 本当にお礼なんていらないんだけどなぁ。
 こういうのって得てして手に余るものをもらったりするだろうし。

「君たちにはこの世界の首都「エルサイム」にある、元々僕たちが使っていた拠点をあげるよ」

 ほらやっぱり手に余るものじゃんか!!

「そんなものを「このお菓子美味しいよ?君もあげるね?」みたいな感覚でもらわれても困りますよ!」
「面白い言い回しするね君?」

 今そんな話してないから!

「さっきも言ったけどエルサイムはこの世界の首都なんだよ。世界地図的にも中心地に位置する関係上、交通の便も整理されているからギルド依頼で遠征する時なんかは便利だよ?」
「そうは言われても……」

 再び隣のエナを見ると、真っ青を通り越して真っ白になっていた。
 うん、エナについては今この時は放っておこう。

「王からの推薦状と合わさってこれからはギルドの仕事がとてもやりやすくなると思うんだ。君たちにとっても悪い話じゃないと思うんだけど、受け取ってもらえないだろうか?」

 ギルド登録して一週間も経ってないのに、首都に拠点を持つマグリド王推薦の冒険者なんて前代未聞なんじゃなかろうか?
 多分上手く言葉を並べ立てれば、体よく断ることも可能だと思うんだけど、自分たちのためにここまで言ってくれる相手の善意を断るのも抵抗があるんだよなぁ。
 まあ考えれば考えるほど自分たちにとって利益しかない話だし……断る理由もないか。

「わかりました、その拠点ありがたく使わていただきます」
「うん、君ならそう言ってくれると思ってたよ」

 良く言うよ……じんわりと退路塞いで言わせたくせに……。
 しかしこの人の場合それが全然嫌味に感じないんだよなぁ……さすがテレアのお父さんと言ったところか。

「じゃあお礼の話はこのくらいにして……これが最後の話になるんだけど、実は君たちに折り入って頼みたいことがあるんだ」

 今までとは打って変わって、真面目な表情でヤクトさんが言葉を紡いでいく。

「君たちにテレアを預かってほしい」

 今回の会話の中でおそらく一番の爆弾発言が放り込まれた。
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