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しおりを挟むノートにシャーペンを走らせる。すらすらと答えがわかっていく。志津希にとって快感であり日常だ。数学は答えをはっきり教えてくれる。解けないものを提示してはこないところがいい。
「しーづーきー!」
大きな声が聞こえてはっとした。志津希はシャーペンを手から離す。
「志津希ってひとりのときどうやって勉強終わらせてたんだ?」
少し困った顔で笑った凪都がぽんぽんと志津希の頭を撫でた。
「ごめ、なに?」
志津希は一度集中に入るとなかなか戻ってこれないらしかった。凪都と暮らすようになって自分以外の生活リズムが入ってくるとよくわかるようになった。幽霊部屋では気づいたら日付が変わっていたことはよくあることだったのだ。志津希を止める人間が今までいなかった。
「それは、予習?復習?」
「んーと…趣味?」
志津希の答えになんだそれと凪都が笑った。予習も復習も志津希はすぐ終わってしまう。これといった趣味もない志津希には時間潰しが勉強だ。
「どうしたの?もう寝る?」
志津希が時計を見ると夜の九時を指していた。寝るにはまだ少し早い。勉強に没頭してしまう志津希はだいたい凪都よりも遅くベッドに入る。凪都はいつも寝る前に志津希に声をかけるのだ。ふたりの生活が始まって二週間。お互いの生活リズムが意外にも合っているのか志津希が過ごし難いことはなかった。だけどいろんなことがまだ慣れない。友達と呼べる存在も久しぶりすぎてよくわからない。毎朝凪都と一緒に寮から学校への短い通学路を登校することも稲瀬から朝の挨拶をされることも一緒に食事をすることも志津希はいちいち緊張してしまうのだ。凪都は相変わらず志津希の気は御構い無しに距離を取ってくる。だけど本当に志津希が慣れていないだけで決して苦ではなかった。それが一番厄介なのだと気づきながら志津希は毎日ため息を吐き出している。
「志津希、志津希!どうした?大丈夫?」
「あ、ごめっ。ぼーっとしてた、」
凪都が顔を覗き込んできて志津希は我に帰る。きちんと凪都に向き直った。意識するからいけないのだと自分に言い聞かせる。
「ちょっと着いてきてほしいところがあるんだけど、いい?」
改まって凪都は志津希に言った。真剣に話す凪都はなんだか珍しい。特にやることもない志津希はうんと頷いた。
「いいけど…なに、着いてきてほしいところって。」
「今はまだ内緒。着いたら教えるよ。」
にんまりと笑った凪都に志津希は苦笑いを返した。ノートと参考書を閉じてシャーペンを筆箱にしまう。志津希が立ち上がるとふわりと肩にカーディガンがかかった。驚いて振り返ると真後ろに凪都が立っている。心臓がどきんと跳ね上がった。
「まだ少し寒いでしょ。志津希が風邪引いたら〝なぁちゃん〟に怒られる。」
なぁちゃんをわざと強調させる。志津希は顔が熱くなるのを感じた。きっと真っ赤になっている。凪都はなぁちゃんが気に入ったのかたまに話題にあげるようになっていた。奈津希から電話がかかってくると決まって少し嬉しそうな顔を向けてくる。もちろん凪都は奈津希と話したことはない。志津希の反応で凪都は面白がっているのだ。
「も、うるさいっ。ささっと行くよ!」
志津希は少し凪都にむかついて着て汚してやるとカーディガンに袖を通した。凪都の香りが志津希をふわっと包み込む。あ、だめだ…。凪都に慌てて背を向けて扉に急いだ。
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