君に心を

河嶋 亜津希

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月明かりが薄っすら入ってくる。幽霊部屋は静かで落ち着いていた。

「俺は伊勢山凪都です。父と母と弟がいます。えっと、後はなにが知りたい?」

にっこり凪都は笑った。弟がいることに妙に納得する。志津希はやっと口を開いた。

「弟いるんだね。」

「うん、でもあんまり好かれてないんだ。」

聞いちゃいけなかっただろうか。好かれてないってあまり関係は良くないらしい。

「ごめん、」

「いいよ。先に言ったのは俺だから。ひとつ年下で頑張り屋さんなんだけどなにかプレッシャーの中にいるみたいで無理して…家の人間はすぐ俺と比べたがるからそれのせいもあるのかな、ってつまんないね。こんな話。」

悲しそうに笑った凪都に志津希は首を振る。凪都はただいい人ではないことがわかる。志津希からしたらその方がいい。ただのいい人は怖い。

「志津希は?」

「え、」

「俺話したから志津希も話して。」

戸惑う志津希を凪都は待っている。あまり自分の話はしたくない。でも人に言いにくいことを言わせて自分はだんまりなんか不公平だ。志津希はゆっくりと口を開いた。

「河嶋、志津希。家族は祖母と兄弟がふたりいる。」

両親のことはなんとなく言いたくなかった。聞いて気持ちのいいことではない。

「兄弟ってお兄さん?弟?」

「いや、んーと…三つ子なんだ。僕は真ん中。」

凪都はなにか察してくれたのか親のことは聞かなかった。ずかずか志津希に入ってくることもない。少しだけ触れた肩が暖かかった。いつのまにか志津希は安心していた。この部屋は志津希の聖域。そこに他人がいても落ち着いていることに志津希は驚いている。

「いいね。楽しそうだ。」

「僕の大切な人たちなんだ…」

一生失いたくない。失えばきっと志津希は本当に生きていけなくなる。友達なんかいらない兄弟がいれば志津希はそれでよかった。

「そっか。あ、昼間電話してたのもそう?なぁちゃんって」

志津希は顔が熱くなるのを感じた。そういえば凪都はずっと奈津希との電話を聞いていたんだ。勢いで出るんじゃなかったと志津希は心底後悔した。志津希は赤くなった頬を隠すように手で覆いながら頷いた。

「なに、恥ずかしいの?」

「ちょっと、黙ってっ…」

優しく笑う凪都の表情が余計に志津希の恥ずかしさをかき立てた。そんな優しい目で優しい顔で志津希を見ないでほしい。この歳になって兄弟をちゃん付けで名前を呼ぶなんておかしいのはわかってる。兄弟たちだって昔は志津希をしぃちゃんと呼んでいたけどいつのまにかなくなった。でも志津希はそれをやめないのだ。

「可愛いね。志津希は。」

「男に可愛いなんて言われても嬉しくないっ!」

悪態をついても凪都は笑っている。変な奴だ。志津希に構っている時点で変な奴ではあるのだがきっと志津希が思っているより凪都は変わっている。

「…変だよ、伊勢山くん」

志津希は小さく呟いた。

「凪都。凪都だよ、志津希。」

凪都が志津希の頬に触れる。さっきみたいな嫌悪感はない。志津希はされるがままだった。横顔が月明かりに照らされている。澄んだ瞳が志津希を捉えた。志津希はゆっくり口を開く。

「な、ぎと?」

「そう凪都。」

まるで小さな子に言葉を教えるように凪都は自分の名前を繰り返した。じっと志津希は凪都の目を見て逸らさない。綺麗だ。ぼーっとそんなことを考えていた。
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