君に心を

河嶋 亜津希

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「あの…悪いんだけどついてこないでくれないかな?」

トレーに乗せられた夕食を運びながら志津希はとうとう口を開いた。志津希の後ろをくっ付くように凪都がついてくる。

「俺もそっちに座りたいんだけど、駄目?」

志津希はため息を吐き出して窓際のいつもの席にトレーを置いた。いつもは目もくれない周りの人間がじろじろと見ている。

「あのさ、…伊勢山くん」

「凪都。」

にこりと笑って凪都が志津希の言葉を遮った。この人はどこまでも自分勝手だ。志津希は呆れて口を噤んだ。もうなにも言わない。その方がいい。本能がそう言っている。

「凪都って呼んでよ。志津希。」

志津希は凪都の声を聞き流しながら夕飯を口に放り込む。早く食べて早く部屋に戻りたい。自分の世界に入り込みたかった。しばらく名前を呼ばれたり話しかけられたりしながらも志津希は凪都に応答することなく食事を進めていった。

「ねぇ、志津希。しーづーきー」

「おい。凪都、嫌がってるだろ。やめてあげろよ。」

聞きなれない声が飛び込んできて志津希はちらっと上を向いた。切れ長の目とばっちり目が合う。思わず志津希は目をそらした。

「帰ってくるの明日じゃなかった?」

「無理言って帰らせてもらった。どうもお前が心配でね。」

どうやら凪都の友達らしい。志津希は少しだけほっとした。これで凪都の関心は志津希に向かなくなる。

「この子が同室?」

志津希の安堵はぼろぼろと崩れていく。今度は凪都の友達に関心を向けられてしまった。

「あぁ、河嶋志津希くん。志津希、こっちは多畑 稲瀬たばた いなせ。俺の友達。」

「よろしく、河嶋。」

稲瀬からすっと手が伸びてくる。志津希はしばらく迷っておずおずと手を握った。

「よ、よろしく…」

志津希によろしくするつもりは毛頭ないが一応挨拶だから返しておく。稲瀬はそんな志津希を見てくすくすと笑った。

「噂通り控えめだな、河嶋は。凪都は失礼をしなかったかい?」

「なんだよ、失礼って…俺はいつだってジェントルマンだよ。」

「僕は河嶋に聞いてるんだ。お前がジェントルマンかどうかは他が決める。」

志津希に対する凪都はジェントルマンだったのだろうか。失礼なことしかされてない気がするが。断りもなく志津希呼びするし、部屋ではデコピンされてベッドにまで上がってきた。普通今日初めて言葉を交わした人にそんなことしないだろ。志津希は苦笑いを浮かべながら淡々と食事を進めていく。でも今思えば点呼の時わざわざ起こしてくれたし人が多い講堂で志津希が埋もれないように端に逃がしてくれてもいる。まるきり全部凪都が悪いことをしているわけでもない。だけど志津希はこれ以上深く凪都に関わりたくなかった。ただでさえ寮代表だ。凪都は目立ちすぎる。志津希は最後の一口を飲み込んで勢いよく席を立った。

「じゃ、もう食べたから行くね。」

「え、志津希っ」

凪都の言葉を無視していそいそとテーブルを去る。やっとひとりになるチャンスがくるのだ。志津希はほっとしながら足を動かした。後ろから稲瀬の盛大な笑い声を志津希は聞こえないふりをした。
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