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三章 野生児少女と野生の王
賢者と魔人
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一連の光景を一人の男が扉の外からひっそりと覗いていた。
「大変だ…だ…誰かに知らせないと。」
男は急いで城の外へ出る。街には目を疑う光景が広がっている。美しかった樹木等の植物達がうねうねと不気味に蠢き、街を覆い、まるで何者も逃さないと言わんばかりに。街の住人はあちこちに逃げ回りパニックになっている。その光景を見て男は更に絶句。何とかして逃げ場を探し回り辺りを見渡す。するとふと上を見上げると空は完全には覆われておらず光が刺している。男は道端に落ちていた棒を拾い上げ両端に水塊を付け空へ飛び上がる。光の刺す木々の間を強行突破して行く。その間枝で体を傷つける、しかし構わず上がっていく。そして遂に外へ出た。青い空が見えてほっとしたのも束の間、街を覆う木の間から無数の牙のある蕾の様の植物が男に向かって伸び、口を開けている。
「イータープラント!?魔物まで操れるのか!?」
植物の魔物から逃げながら街から離れる、何度か食いつかれ体がボロボロになりながら何とか魔物から逃れた。
「はぁ…はぁ…早く…誰かに。近いのは…聖国か帝国…いやあいつに勝てる程の戦力は無い、ならば魔族国…いや駄目だ、山を越えねばならん、最悪竜種に襲われかねん。ならば…賢者の居るレオンハールへ!」
男は折れそうな棒でレオンハールへ飛んで行った。
妖精国城 玉座の間
妖精王が木の触手に縛られた状態で窓の外の光景を見て驚愕する。
「そんな…我が国が…。」
「今はまだ壁一枚分しか動かせんが、魔獣と成れば森全体を操れる。そうなればこの国など一日も掛からず滅ぼせる。楽しみだの!はははは!」
メサイアの楽しげな笑い声が部屋中に響き渡った。
それから数分後女性が走って玉座の間に戻って来た。
「お待たせいたしました!こちらです!」
メイドが翼の装飾が施された白い綺麗な砂時計を手渡した。
「うむ、ご苦労。」
メサイアは受け取った砂時計を眺めてニヤニヤしている。
「あ、あの…私はもう行って宜しいでしょうか?」
震えた声でメイドがそう言うとメサイアが思い出したように返答した。
「ん?ああ、うむ、もう逝って良いぞ」
メサイアがそう言った瞬間木がメイドの頭を吹き飛ばした。
「き、貴様…」
「さっき行ったろ?儂は人類を滅ぼすのだ、逃がす理由は無い。」
メサイアは一頻り砂時計を鑑賞した後目を閉じ砂が落ちるように砂時計を置いた。
そして時は進み現在。
レオンハール王国 王城
国王を含め大臣や宰相が会議中、部屋の扉がバン!と開かれ兵士が慌てた様子で現れ片膝をつく。
「会議中大変失礼致します!緊急の事態故にお許しを!」
「構わん、申せ。」
「は!大至急故、詳細は省略いたします、先程妖精国より使者が参られ応援要請があり、報告によれば妖精国王都【テバベルシア】が一人の植物を操る男によって陥落したと!」
「妖精国が陥落だと!何時だ!」
「五日程前です。」
「五日前!?それなら何処かの国が気付く筈だ!何故何処も気付かん!」
「恐らく国全体が植物に囲まれている為、騒動に誰も気付かなかったものだと思われます。」
「く!大至急騎士団を向かわせろ!冒険者ギルドにも要請を出せ!一日でも早く妖精国へ救援に向かうのだ!」
「それならば大賢者様にも要請してはいかがでしょう?」
「そうだな、その方が良さそうだ、彼女にもこの事を伝え救援に向かわせろ!」
「は!」
そこから国中大騒ぎ、街中の騎士がバタバタと右往左往、そして冒険者ギルドでも。
「この場に居る冒険者全員に緊急依頼!ランク不問、大至急戦闘準備!」
「何があった!」
「妖精国テバベルシアが正体不明の人物によって攻撃を受け現在未曾有の危機に瀕しているとの事!動ける者は救援に向かっていただきます!」
その場に居る冒険者達が大慌てで準備を始めた。
数時間後
戦闘準備の整った騎士団及び冒険者達が門の前で出立の時を待っている。騎士達は綺麗に整列し、冒険者達は列は成していないが一塊になっている、そこへカーバッツが大声で呼びかけた。
「冒険者諸君!待たせた!少し早いが非常事態だ、これより出立する!独自の移動手段のあるものは俺に続け!無いものは仲間に相乗りするか騎士達と共に移動しろ。激励などするつもりは無い!行くぞ!」
冒険者達が魔法で乗り物を生成しカーバッツとマーリンに続いて飛び立った。騎士達と移動手段の無い冒険者達はその直ぐ後馬車で出立した。
飛行中カーバッツとマーリンが横並びになって飛びながら話し合う。
「勝ち目あんのか!」
「正直わからない、でも何もしない訳にも行かんだろう!当初の予定通り、私が襲撃者の相手をする、君等冒険者と騎士共は市民の避難を頼むよ!」
「あいよ!」
そんな会話をしながら先達班は大急ぎで妖精国へと向かった。
翌日
先達班は休む事無く飛び続け、予定よりも早く妖精国付近に到着した。そして妖精国を取り囲む森を見て驚愕した。
木々は歪曲し、まるでその土地を覆うように半球の形をしている。しかも未だうねうねと生きているかのように不気味に蠢き形を変えている。
「何だありゃ…木が…生き物みたいに動いてる。あれも襲撃者の力か?」
「恐らくね。…違うと否定したいが…恐らく襲撃者は学園の生徒だろう。一人植物を操る事の出来る生徒が失踪しているからね。…」
「そういやこの間お前からの人探しの依頼があったが、そいつの事か?良かったな見つかるかもしれんぞ。」
「こんな形で見つかって欲しくなかったけどね。」
「まぁとにかく、今は後続を待とう。襲撃者も待ってくれるだろう。なんたって、分かりやすく入口を用意してくれてるしな。俺等が来るのを待ってんだろう。」
カーバッツの言う通り。うねうねと蠢く森の一箇所だけ馬車が通れる程の穴が空いている。しかも植物はその穴を避けるように動いている。二人はその穴を見ながら不気味な感覚を覚えた。
数時間後
後続の騎士達と交流し最終準備を整えると全員でその穴を通って森の中へと入った。
穴は案の定トンネルになっていて街へ一直線に続いていた。そして数十分トンネルを進むとトンネルを抜け、街に出た。
街は完全には植物の壁に囲まれ木漏れ日で明るくはあるがトンネル以外に逃げ道も通り道も無い様に見える。そしてそのトンネルも一行が全員街に入ると塞がってしまった。街の住人は皆家に立て籠もり怯えていた。そんな状態の街を一行は見るや否や即刻行動を開始した。
「総員!行動開始!」
号令と共に一斉に動き出す一行。騎士の一部は三人一組で散開し各家に行って住民を避難させた。冒険者達は木の壁に物理及び魔法による攻撃で逃げ道を作り始めた。植物自体は壊せない事は無い為、塞がる道を常に開き続けて道を作った。そして
「マーリン!」
「分かってる!」
マーリンは空を飛び襲撃者の居る城へと一直線に向かった。
妖精王城 玉座の間
玉座にふんぞり返り、目を瞑って仮眠をとっていたメサイアは少し目を開けて呟いた。
「街が騒がしいな…随分遅かったな。」
「は…ははは!援軍が来た、貴様の負けだ!」
「阿保か貴様。算段は付いてると言ったろ。…ふ」
メサイアは天窓に視線を向け不敵に笑った。次の瞬間、窓が割れ、マーリンが入って来た。マーリンは先ず妖精王を救う為、巻き付いた木を切り落とそうと杖に風の刃を纏わせ振り下ろした。が木はそれを躱しマーリンから距離を取る、その先へ透かさず風の刃を飛ばすが違う木の触手が割り込み防がれた。
「くそ!」
地面に着地したマーリンは漸くメサイアの姿を目にした。メサイアは以前より成長していた。見た目は二十代位の歳になっており、左目は魔獣化特有の黒色に変色していた。
「へ~、見ない内に随分成長したんだね。」
マーリンはまるでいつも会話をする様なテンションで話しかけた。
「お久しぶりです学園長僕は…」
言葉を続けようとしたがマーリンが言葉を挟んだ。
「貴様になどに話しかけてない鳥。私はノートン君に話しかけたんだよ、しゃしゃり出るな。」
「…はぁ…やはり騙せんか。」
「その人を離せ鳥!」
メサイアは手を軽く動かし妖精王をマーリンに見せつける。
「こいつか?ほれ。」
木が妖精王の首に巻き付き首の骨をへし折った。『ゴキ』と言う音が玉座の間に鳴り響く。妖精王の亡骸はゴミを投げ捨てられマーリンの足元へ転がった。
「この…!ふぅ…残念だが救う対象が死んだんじゃしょうが無い、時間稼ぎに少し話でもしようじゃないか。」
「目の前で救出対象が殺されたと言うのに髄分と冷たい女だな。」
「市民の救出も有るからね、実際今すぐ殺してやりたいが、出来るただけ時間を稼がないとね。」
「ふっふっふっ…そうかそうかでは…付き合ってやろう。そうさな~…では聞かせてくれぬか?いつから儂だと?」
「この間の夜会さ。あの時現れたデカブツの体から非常に微量だがお前の魔力を感じた。で、次の日のノートン君の失踪及び君の抜け殻の発見で確信した。君がその子に何かしたんだってね。そしてあの夜会の日現れた怪物、その姿になる前の男が叫んで居たと言う言葉。」
『待て!待ってくれ!違うんだ!俺も何が何だか、何で王様を憎んでたのか分かんないんだ』
『違う、何だこれ!?体が…勝手に…俺じゃないんだ!』
「まるで誰かに操るられてるみたいだったそうだ。お前の魔力を持った襲撃者…そしてその翌日に生徒の失踪及び抜け殻状態のお前の状況からみて大体わかった。そして今お前の言葉で私の考えが正しかったと証明された。だが分からない事がある。私はかなり魔法について詳しい自信はある、だが無機物に乗り移る魔法は知っているが人の体を乗っ取る魔法何て聞いた事が無い。が今現状お前それをして居る。どうやった?」
「貴様ら人族は儂を研究対象にしても尚分からなかったようだが。儂ら魔獣はな、魔獣に変異する際特殊な能力を持つ。儂は魔獣技能と読んている。儂は儂の魔力に触れた者に儂の意識を介入させる。あの男は以前実験台として儂の魔力を込めた羽を渡していた。故に儂の事を知っていてな。魔力に触れている故多少記憶の改竄は出来るが一時的かつその場凌ぎにしかならん。故に記憶ごと消えてもらったまでだ。ついでに、儂の捜索に手間取るよう王の襲撃を兼ねてな。」
「男を実験台に?おかしいな、お前は私の決めた制約で学園の外には出れない筈だが?」
「あれはあくまで肉体に課された制約、意識には制限は無い。故に同族を呼び寄せて乗り移れば自由に動ける。まぁその能力も肉体によるもの故喋る以外出来ぬただの鳥だがな。」
「成る程、それでお前は学園の外を自由に移動出来たと。だがそんな事が出来たなら何故逃げ出さなかった?本体を捨てて自由に成る事も出来た筈だ。」
「それはな、儂の目的…いや使命、そう鳥の体では達成出来ない使命を全うするにはあの学園は丁度良かったからだ。国中のあらゆる場所から子供が集まり、時に天与の才を持った者も現れるからな。」
「使命?それは何か?その床に落ちてる砂時計を手に入れる事にも繋がるのか?」
「勿論だ。この小僧はつい先日まではまだ魔暴病を発症するまでしか至らなかった。それを補う為、使用者の任意の対象の時間を最大十年分早める、この天使の遺物【時駆りの砂時計】の力で今儂は魔獣…いや、【魔人】となっている。本来は首飾りも欲しかったが貴様の生徒が邪魔してくれたもんでな、惜しくも手に入らなかった。まぁあれはあくまで保険程度だったから特に大きな損失は無いがな。」
「首飾り?生徒?…まさか…あのシスターもお前が操ってたのか?」
「いいや?操ってはいない、あの時の儂は本体では無かったし、加えて魔力を込めた羽も持っていなかった故、操れなかった。だが教会でやれ天国に行きたいだの、家族に会いたいだの世迷い言を垂れていたのでな、天使のフリをして、ちょっとした演出も加え、すこ~し助言をしただけ。そうしたらあの女は愚かしくも儂を天使と信じ、思い通りの事をしてくれた。実に愚かな女だ。だがあと少しで首飾りを手に入れられたのに、あのガキ共め、遠回しではあったが関わるなと釘を差したのに首を突っ込みおって。ま、今更考えてもしょうがない。」
「学園の生徒に随分お怒りのようだね。鳥頭から進化して頭が良くなっても子供に出し抜かれてるんじゃ、その頭で考えたお前の計画もその程度って事だな。」
「はっはっは!ぬかしおるわ!一人の生徒の不調にすら気付かんかったくせに!」
「はっはっは!」
「…」
「…」
静寂の中でお互いに睨み合う。
「さて!身の上話はこの辺にしてそろそろやり合おうか!」
「私としてはもうちょっと時間欲しいけどこれ以上は無理そうだね、いいよ、叩き潰す!」
妖精王 城下町
騎士及び冒険者達の迅速な救助活動により住人達は次々と森の外へと避難して行く。しかしまだ全員を逃がしきれておらず、引き続き避難誘導が行われる、そんな時、突然城が爆発、大きく空いた穴からマーリンが飛び出しそれを追うように木の触手を操るメサイアが現れる。
「おいおいもう始まったのか!?もうちょっと時間くれよ!」
「喋ってないで急げ!住民に被害が及ぶ前に!」
城側 上空
両者同じ高さで睨み合う。メサイアが掌をマーリンに向けると大量の木の触手や槍がマーリンに向かって襲いかかる、マーリンはそれら全てを火球と風刃で撃ち落とす。木々に当たる火球は破裂し爆音が絶え間なく鳴り響く。止まる事無く撃ち合い相殺し、撃ち落とし合い、両者余裕な表情ながらも一切の隙が無かった、その最中にマーリンが本の一瞬の隙を見つけ、人差し指をメサイアに向け瞬時に宙に四角を描く。メサイアはそれと同時に体を木で引っ張りその場から少しずれる。その瞬間メサイアがいた空間が一瞬歪んだ。
「(く!危ない、この状況で空間魔法すら使う余裕があるか!しかも今のは完全にこちら殺す攻撃、)可愛い生徒ごと殺す気か!本当に冷酷だな!」
「こちとら五百年以上生きてるんだ!蘇生魔法位使えるさ!子供一人くらいなら何も問題ない!」
その言葉の後にマーリンの攻撃が更に激化、それに伴いメサイアも数を増やし応戦する。
(これだけやっても撃ち落とせるか、化け物め。奴の攻撃はしごく単調。撃っているのはただの初級の火球と風刃。だがそれらを空間魔法で質量ごと拡大、巨大化させ飛ばしている。下級の魔法で魔力をを抑えながら高火力の攻撃を繰り出す奴のやり方。数では圧倒的にこちらが勝っている。だがそれらを全て質量で抑えている。それに加え何より厄介なのはさっきの空間を切り取る魔法だ。指定した空間を分断、切り取る完全な即死の魔法。アレがある限り迂闊に隙を見せれば終わり。クソみたいな戦いだが遣様は無い事は無い。例えば、こんな風に!)
メサイアが片方の手を避難中の人々に向ける。すると街の周りの木が一斉に動き出し、騎士と冒険者、そして住民に襲い掛かる。
「な!貴様!」
「なんだ?まさか逃がしてやるとでもと思っていたのか?お前の中で儂は随分とお人好しなんだな!」
マーリンが攻撃を人々に向かう植物に割こうとした瞬間メサイアはその隙を逃さず死角から棘のある蔓をマーリンの足に巻き付ける。
「い゛!」
棘が刺さり痛みで一瞬怯む。その瞬間に木の触手が彼女の体に巻き付き城の屋根に頭から思い切り叩き付けられた。メサイアは間髪入れずにマーリンを落とした場所に槍の雨を降らせる。だが唐突に自分の斜め後ろに向かって槍を飛ばし同時に木の壁を形成する。そして次の瞬間眩い光が光線として放たれ飛ばされた槍を焼き払いメサイアに降り注ぐ。だがメサイアは無傷であり代わりに木の壁が石炭化していた。焼け朽ちて落ちていく木の隙間から見た目線の先に殆ど無傷のマーリンがメサイアを見下ろしている。
「今ので受けたのは棘による負傷だけか。化け物め。」
「私を誰だと思ってる、鳥頭が。」
マーリンがちらりと下を見る。目線の先では避難誘導をして居るカーバッツの姿。カーバッツはちらりとマーリンに視線を向け軽く頷いた。
(悪いけどもうそっちの事気にしてる暇は無いよ。)
(お前はそっちに集中しろ!)
お互いアイコンタクトで一瞬意思疎通をしてマーリンはメサイアに目線を戻した。
「(よし…そろそろ煽るか。)なぁにしてもさっきから使ってて思うんだが…この力弱くないか?」
「あ?」
「いや何、儂の目的の為必要不可欠な力とはいえ、出来る事が少な過ぎると思ってな、他の適正に比べて余りにも弱すぎる。例の英雄とやらはこんな力で良くもまぁ…英雄なんて呼ばれた者だな。」
メサイアはニヤニヤしながら言い放つ。
「く…この…貴様如きが、あの人を侮辱するな!」
「喚くな…小娘!」
先程程よりも更に激しい攻撃、そして爆音が街中に鳴り響く。
「おいおい!ちょ!急げ!」
「なんか急に激しくなったぞ!被害とか考えないのかあの人!」
街に火の粉や焼けた木片が降り注ぎ多少だが被害が出始めた。
「どうした!さっきより攻撃が雑だぞ!何を焦ってる!」
メサイアの言う通り先程の激昂から攻撃が乱雑になり巨大化させてないまま撃ち出される魔法が見られる。マーリンは解りやすく怒りの表情を見せておりメサイアの煽りで冷静さを欠いている様にも見て取れる。
(隙が増えた、ここなら!)
メサイアはマーリンが見せた本の一瞬の隙を逃さず渾身の一撃を繰り出そうとした瞬間。
「バカが…」
メサイアの攻撃の瞬間に待っていたかの様に人差し指で四角を描く。メサイアは咄嗟に攻撃を止め回避をしたその瞬間、マーリンが回避先に高速で先回りしメサイアに手を翳した。
(こいつ激昂したフリでわざと隙を作って攻撃させたな!だが!)
マーリンが手を翳したと同時に上から触手が二人の間に割って入る。両者共に後ろに下がり距離を取った瞬間。メサイアを黒く薄い壁の様なものが覆った。
「しま…!」
メサイアは完全に黒い球体に閉じ込められた。
真っ暗で一筋の光すら無い、広い空間を上下も左右も分からなくなったメサイアが浮かんでいる。
「成る程、攻撃魔法はブラフ、本命はこちらか。これは奴の空間魔法で作った創造空間か。詠唱も名唱もしてない急拵えだろうがあの一瞬で作るとは流石だな。ふむ…」
暗く何も見えない空間を見渡し、少し考えた後にやりと笑みを浮かべる。
「まぁどうせその場凌ぎだ、対して強度は無いだろう、どれ、以下程のまでの質量を耐えれるか確かめてみようか!」
メサイアは懐に隠していた大量の種をばら撒く次の瞬間種から急速に根が生え、根はどんどんと大きく長く伸びていき空間を埋め尽くしていった。
一方
メサイアが球体に飲み込まれたその直後の事。サンザックが地上から大声でマーリンに呼び掛ける。
「マリンスベリー殿!奴は一体!」
「一時的に閉じ込めた!だが数十秒持ったら良い方だ!とっとと住民を逃がせ!」
「ご心配なく!殆ど終わっています!」
「ならお前らも離れろ!多分城は消えてなくなる。」
マーリンに言われサンザック、及びにカーバッツはその場から全員を退避させた。その間マーリンは手目を瞑り詠唱を唱え始めた。
「《是成は裁きの一刺し、これより鳴り響くは怒りの雷鳴、其は天地を穿つ雷光の具現。其は神おも屠る神器なり。刮目せよ!血潮の如き赤雷を!思い知れ!世界を屠る一撃を!》」
雷鳴が鳴り響き、赤い閃光と共に糸筋の雷が降る。それは宙で止まり、形を変えて、一本の槍へと変わった。
「《神槍:ロンギヌス》!!」
雷の槍がマーリンの頭上に現れ球体に狙いを済ませた次の瞬間、球体が割れ、中から夥しい数の植物が溢れ出す。それらはメサイアの姿を隠しながらマーリンに向かって行く。それに加え周りの木々も動き出しそれらもマーリン目掛けて伸びて行く。マーリンは火球や風刃で露払いをして確実に当てられる様メサイアを狙う。だが肝心のメサイアは何層にも重ねた木の壁で自身を守る。完全に壁に覆われそうだった木の隙間から見えたメサイアのシルエットをマーリンは逃さなかった。
「人影!そこ!」
マーリンが手を振り下ろすと雷槍が残像を残し目で追う事の出来ない速度で触れる物全てを焼き払いながら飛んで行く。空気を切り裂く音と轟音の雷鳴が鳴り響き、衝撃は大地を揺るがした。
木の壁は完全に貫かれ、城のあった地上は大穴がポッカリと空いている。そして木の壁の向こうに、体が一部が欠損した人影が落ちていく。マーリンはそれを見た瞬間驚愕する。
「あれは…木人形!」
落ちているのは、身代わりの木人形だった。マーリンは急いで更に上空に上がり街を囲むドームから抜け出し辺りを見渡した。そして木の板に乗って逃げ去っていくメサイアの姿を発見した。マーリンは猛スピードでメサイアの後を追った。
「はっはっは!算段は付いてると言ったろ?そも今のままでは勝てん事など分かっている。最初から逃げるつもりだったの決まっておろう!もう少し時間が経ってから再度相手をしてやろう!」
「逃さん!」
マーリンは高速でメサイアを追い少しずつ距離を詰める。メサイアは何度かちらりと後ろを確認しながら逃げ続ける。そして後数メートルと言う所まで近付くとメサイアは突然振り返り木の板から飛び降りた。
「な!」
マーリンが真っ逆さまに落ちて行くメサイアを追い掛け手の届く距離まで近付いた瞬間。メサイアは空中で体勢を変えマーリンの胸倉を掴む。そして大きく口を開いた。口の中には魔力の塊が隠れていた。
「な!?(これは、魔力砲!?しまった、魔力視をおこた…)」
メサイアが口を開くと同時に魔力砲が放たれマーリンに直撃、マーリンは吹き飛ばされ地面に落ちて行った。
メサイアは再び木の板に乗り飛び去った。
気を失い頭から地面に落ちて行くマーリン。地面まであと数メートルという所で氷の板に乗って二人の後を追っていたカーバッツがマーリンを受け止めた。カーバッツは一度止まりマーリンに呼び掛けた。
「おい!大丈夫か!」
「ん…私は…良い…置いてけ!奴を…追え!」
そこへサンザックも現れカーバッツはマーリンをサンザックに預ける。
「マーリンを頼む!」
「え?あ…はい!」
カーバッツは氷の板に乗り遠くに見えるメサイアを追う。ギリギリ見える状態でなんとか追跡するが突然木がカーバッツの行く手を阻みカーバッツは木に激突し落ちてしまう。ゴロゴロと転がり瞬時に体勢を整えメサイアが逃げた方向を見たが既に姿は見えなくなっていた。カーバッツは溜息を吐き、落胆した表情で引き返した。
「奴は?」
戻って来たカーバッツにマーリンが弱々しい声で問う。カーバッツは何も言わず首を振った。
「クソが…」
「すまない。」
「いや、すまない君を責めてる訳じゃない。」
「…とにかく一度戻ろう。避難者を安全な場所に移動させないと。」
「ああ……クソ鳥め…次は必ず殺す。」
マーリンは今までに無い程の怒りの表情を浮べそう呟いた。
「大変だ…だ…誰かに知らせないと。」
男は急いで城の外へ出る。街には目を疑う光景が広がっている。美しかった樹木等の植物達がうねうねと不気味に蠢き、街を覆い、まるで何者も逃さないと言わんばかりに。街の住人はあちこちに逃げ回りパニックになっている。その光景を見て男は更に絶句。何とかして逃げ場を探し回り辺りを見渡す。するとふと上を見上げると空は完全には覆われておらず光が刺している。男は道端に落ちていた棒を拾い上げ両端に水塊を付け空へ飛び上がる。光の刺す木々の間を強行突破して行く。その間枝で体を傷つける、しかし構わず上がっていく。そして遂に外へ出た。青い空が見えてほっとしたのも束の間、街を覆う木の間から無数の牙のある蕾の様の植物が男に向かって伸び、口を開けている。
「イータープラント!?魔物まで操れるのか!?」
植物の魔物から逃げながら街から離れる、何度か食いつかれ体がボロボロになりながら何とか魔物から逃れた。
「はぁ…はぁ…早く…誰かに。近いのは…聖国か帝国…いやあいつに勝てる程の戦力は無い、ならば魔族国…いや駄目だ、山を越えねばならん、最悪竜種に襲われかねん。ならば…賢者の居るレオンハールへ!」
男は折れそうな棒でレオンハールへ飛んで行った。
妖精国城 玉座の間
妖精王が木の触手に縛られた状態で窓の外の光景を見て驚愕する。
「そんな…我が国が…。」
「今はまだ壁一枚分しか動かせんが、魔獣と成れば森全体を操れる。そうなればこの国など一日も掛からず滅ぼせる。楽しみだの!はははは!」
メサイアの楽しげな笑い声が部屋中に響き渡った。
それから数分後女性が走って玉座の間に戻って来た。
「お待たせいたしました!こちらです!」
メイドが翼の装飾が施された白い綺麗な砂時計を手渡した。
「うむ、ご苦労。」
メサイアは受け取った砂時計を眺めてニヤニヤしている。
「あ、あの…私はもう行って宜しいでしょうか?」
震えた声でメイドがそう言うとメサイアが思い出したように返答した。
「ん?ああ、うむ、もう逝って良いぞ」
メサイアがそう言った瞬間木がメイドの頭を吹き飛ばした。
「き、貴様…」
「さっき行ったろ?儂は人類を滅ぼすのだ、逃がす理由は無い。」
メサイアは一頻り砂時計を鑑賞した後目を閉じ砂が落ちるように砂時計を置いた。
そして時は進み現在。
レオンハール王国 王城
国王を含め大臣や宰相が会議中、部屋の扉がバン!と開かれ兵士が慌てた様子で現れ片膝をつく。
「会議中大変失礼致します!緊急の事態故にお許しを!」
「構わん、申せ。」
「は!大至急故、詳細は省略いたします、先程妖精国より使者が参られ応援要請があり、報告によれば妖精国王都【テバベルシア】が一人の植物を操る男によって陥落したと!」
「妖精国が陥落だと!何時だ!」
「五日程前です。」
「五日前!?それなら何処かの国が気付く筈だ!何故何処も気付かん!」
「恐らく国全体が植物に囲まれている為、騒動に誰も気付かなかったものだと思われます。」
「く!大至急騎士団を向かわせろ!冒険者ギルドにも要請を出せ!一日でも早く妖精国へ救援に向かうのだ!」
「それならば大賢者様にも要請してはいかがでしょう?」
「そうだな、その方が良さそうだ、彼女にもこの事を伝え救援に向かわせろ!」
「は!」
そこから国中大騒ぎ、街中の騎士がバタバタと右往左往、そして冒険者ギルドでも。
「この場に居る冒険者全員に緊急依頼!ランク不問、大至急戦闘準備!」
「何があった!」
「妖精国テバベルシアが正体不明の人物によって攻撃を受け現在未曾有の危機に瀕しているとの事!動ける者は救援に向かっていただきます!」
その場に居る冒険者達が大慌てで準備を始めた。
数時間後
戦闘準備の整った騎士団及び冒険者達が門の前で出立の時を待っている。騎士達は綺麗に整列し、冒険者達は列は成していないが一塊になっている、そこへカーバッツが大声で呼びかけた。
「冒険者諸君!待たせた!少し早いが非常事態だ、これより出立する!独自の移動手段のあるものは俺に続け!無いものは仲間に相乗りするか騎士達と共に移動しろ。激励などするつもりは無い!行くぞ!」
冒険者達が魔法で乗り物を生成しカーバッツとマーリンに続いて飛び立った。騎士達と移動手段の無い冒険者達はその直ぐ後馬車で出立した。
飛行中カーバッツとマーリンが横並びになって飛びながら話し合う。
「勝ち目あんのか!」
「正直わからない、でも何もしない訳にも行かんだろう!当初の予定通り、私が襲撃者の相手をする、君等冒険者と騎士共は市民の避難を頼むよ!」
「あいよ!」
そんな会話をしながら先達班は大急ぎで妖精国へと向かった。
翌日
先達班は休む事無く飛び続け、予定よりも早く妖精国付近に到着した。そして妖精国を取り囲む森を見て驚愕した。
木々は歪曲し、まるでその土地を覆うように半球の形をしている。しかも未だうねうねと生きているかのように不気味に蠢き形を変えている。
「何だありゃ…木が…生き物みたいに動いてる。あれも襲撃者の力か?」
「恐らくね。…違うと否定したいが…恐らく襲撃者は学園の生徒だろう。一人植物を操る事の出来る生徒が失踪しているからね。…」
「そういやこの間お前からの人探しの依頼があったが、そいつの事か?良かったな見つかるかもしれんぞ。」
「こんな形で見つかって欲しくなかったけどね。」
「まぁとにかく、今は後続を待とう。襲撃者も待ってくれるだろう。なんたって、分かりやすく入口を用意してくれてるしな。俺等が来るのを待ってんだろう。」
カーバッツの言う通り。うねうねと蠢く森の一箇所だけ馬車が通れる程の穴が空いている。しかも植物はその穴を避けるように動いている。二人はその穴を見ながら不気味な感覚を覚えた。
数時間後
後続の騎士達と交流し最終準備を整えると全員でその穴を通って森の中へと入った。
穴は案の定トンネルになっていて街へ一直線に続いていた。そして数十分トンネルを進むとトンネルを抜け、街に出た。
街は完全には植物の壁に囲まれ木漏れ日で明るくはあるがトンネル以外に逃げ道も通り道も無い様に見える。そしてそのトンネルも一行が全員街に入ると塞がってしまった。街の住人は皆家に立て籠もり怯えていた。そんな状態の街を一行は見るや否や即刻行動を開始した。
「総員!行動開始!」
号令と共に一斉に動き出す一行。騎士の一部は三人一組で散開し各家に行って住民を避難させた。冒険者達は木の壁に物理及び魔法による攻撃で逃げ道を作り始めた。植物自体は壊せない事は無い為、塞がる道を常に開き続けて道を作った。そして
「マーリン!」
「分かってる!」
マーリンは空を飛び襲撃者の居る城へと一直線に向かった。
妖精王城 玉座の間
玉座にふんぞり返り、目を瞑って仮眠をとっていたメサイアは少し目を開けて呟いた。
「街が騒がしいな…随分遅かったな。」
「は…ははは!援軍が来た、貴様の負けだ!」
「阿保か貴様。算段は付いてると言ったろ。…ふ」
メサイアは天窓に視線を向け不敵に笑った。次の瞬間、窓が割れ、マーリンが入って来た。マーリンは先ず妖精王を救う為、巻き付いた木を切り落とそうと杖に風の刃を纏わせ振り下ろした。が木はそれを躱しマーリンから距離を取る、その先へ透かさず風の刃を飛ばすが違う木の触手が割り込み防がれた。
「くそ!」
地面に着地したマーリンは漸くメサイアの姿を目にした。メサイアは以前より成長していた。見た目は二十代位の歳になっており、左目は魔獣化特有の黒色に変色していた。
「へ~、見ない内に随分成長したんだね。」
マーリンはまるでいつも会話をする様なテンションで話しかけた。
「お久しぶりです学園長僕は…」
言葉を続けようとしたがマーリンが言葉を挟んだ。
「貴様になどに話しかけてない鳥。私はノートン君に話しかけたんだよ、しゃしゃり出るな。」
「…はぁ…やはり騙せんか。」
「その人を離せ鳥!」
メサイアは手を軽く動かし妖精王をマーリンに見せつける。
「こいつか?ほれ。」
木が妖精王の首に巻き付き首の骨をへし折った。『ゴキ』と言う音が玉座の間に鳴り響く。妖精王の亡骸はゴミを投げ捨てられマーリンの足元へ転がった。
「この…!ふぅ…残念だが救う対象が死んだんじゃしょうが無い、時間稼ぎに少し話でもしようじゃないか。」
「目の前で救出対象が殺されたと言うのに髄分と冷たい女だな。」
「市民の救出も有るからね、実際今すぐ殺してやりたいが、出来るただけ時間を稼がないとね。」
「ふっふっふっ…そうかそうかでは…付き合ってやろう。そうさな~…では聞かせてくれぬか?いつから儂だと?」
「この間の夜会さ。あの時現れたデカブツの体から非常に微量だがお前の魔力を感じた。で、次の日のノートン君の失踪及び君の抜け殻の発見で確信した。君がその子に何かしたんだってね。そしてあの夜会の日現れた怪物、その姿になる前の男が叫んで居たと言う言葉。」
『待て!待ってくれ!違うんだ!俺も何が何だか、何で王様を憎んでたのか分かんないんだ』
『違う、何だこれ!?体が…勝手に…俺じゃないんだ!』
「まるで誰かに操るられてるみたいだったそうだ。お前の魔力を持った襲撃者…そしてその翌日に生徒の失踪及び抜け殻状態のお前の状況からみて大体わかった。そして今お前の言葉で私の考えが正しかったと証明された。だが分からない事がある。私はかなり魔法について詳しい自信はある、だが無機物に乗り移る魔法は知っているが人の体を乗っ取る魔法何て聞いた事が無い。が今現状お前それをして居る。どうやった?」
「貴様ら人族は儂を研究対象にしても尚分からなかったようだが。儂ら魔獣はな、魔獣に変異する際特殊な能力を持つ。儂は魔獣技能と読んている。儂は儂の魔力に触れた者に儂の意識を介入させる。あの男は以前実験台として儂の魔力を込めた羽を渡していた。故に儂の事を知っていてな。魔力に触れている故多少記憶の改竄は出来るが一時的かつその場凌ぎにしかならん。故に記憶ごと消えてもらったまでだ。ついでに、儂の捜索に手間取るよう王の襲撃を兼ねてな。」
「男を実験台に?おかしいな、お前は私の決めた制約で学園の外には出れない筈だが?」
「あれはあくまで肉体に課された制約、意識には制限は無い。故に同族を呼び寄せて乗り移れば自由に動ける。まぁその能力も肉体によるもの故喋る以外出来ぬただの鳥だがな。」
「成る程、それでお前は学園の外を自由に移動出来たと。だがそんな事が出来たなら何故逃げ出さなかった?本体を捨てて自由に成る事も出来た筈だ。」
「それはな、儂の目的…いや使命、そう鳥の体では達成出来ない使命を全うするにはあの学園は丁度良かったからだ。国中のあらゆる場所から子供が集まり、時に天与の才を持った者も現れるからな。」
「使命?それは何か?その床に落ちてる砂時計を手に入れる事にも繋がるのか?」
「勿論だ。この小僧はつい先日まではまだ魔暴病を発症するまでしか至らなかった。それを補う為、使用者の任意の対象の時間を最大十年分早める、この天使の遺物【時駆りの砂時計】の力で今儂は魔獣…いや、【魔人】となっている。本来は首飾りも欲しかったが貴様の生徒が邪魔してくれたもんでな、惜しくも手に入らなかった。まぁあれはあくまで保険程度だったから特に大きな損失は無いがな。」
「首飾り?生徒?…まさか…あのシスターもお前が操ってたのか?」
「いいや?操ってはいない、あの時の儂は本体では無かったし、加えて魔力を込めた羽も持っていなかった故、操れなかった。だが教会でやれ天国に行きたいだの、家族に会いたいだの世迷い言を垂れていたのでな、天使のフリをして、ちょっとした演出も加え、すこ~し助言をしただけ。そうしたらあの女は愚かしくも儂を天使と信じ、思い通りの事をしてくれた。実に愚かな女だ。だがあと少しで首飾りを手に入れられたのに、あのガキ共め、遠回しではあったが関わるなと釘を差したのに首を突っ込みおって。ま、今更考えてもしょうがない。」
「学園の生徒に随分お怒りのようだね。鳥頭から進化して頭が良くなっても子供に出し抜かれてるんじゃ、その頭で考えたお前の計画もその程度って事だな。」
「はっはっは!ぬかしおるわ!一人の生徒の不調にすら気付かんかったくせに!」
「はっはっは!」
「…」
「…」
静寂の中でお互いに睨み合う。
「さて!身の上話はこの辺にしてそろそろやり合おうか!」
「私としてはもうちょっと時間欲しいけどこれ以上は無理そうだね、いいよ、叩き潰す!」
妖精王 城下町
騎士及び冒険者達の迅速な救助活動により住人達は次々と森の外へと避難して行く。しかしまだ全員を逃がしきれておらず、引き続き避難誘導が行われる、そんな時、突然城が爆発、大きく空いた穴からマーリンが飛び出しそれを追うように木の触手を操るメサイアが現れる。
「おいおいもう始まったのか!?もうちょっと時間くれよ!」
「喋ってないで急げ!住民に被害が及ぶ前に!」
城側 上空
両者同じ高さで睨み合う。メサイアが掌をマーリンに向けると大量の木の触手や槍がマーリンに向かって襲いかかる、マーリンはそれら全てを火球と風刃で撃ち落とす。木々に当たる火球は破裂し爆音が絶え間なく鳴り響く。止まる事無く撃ち合い相殺し、撃ち落とし合い、両者余裕な表情ながらも一切の隙が無かった、その最中にマーリンが本の一瞬の隙を見つけ、人差し指をメサイアに向け瞬時に宙に四角を描く。メサイアはそれと同時に体を木で引っ張りその場から少しずれる。その瞬間メサイアがいた空間が一瞬歪んだ。
「(く!危ない、この状況で空間魔法すら使う余裕があるか!しかも今のは完全にこちら殺す攻撃、)可愛い生徒ごと殺す気か!本当に冷酷だな!」
「こちとら五百年以上生きてるんだ!蘇生魔法位使えるさ!子供一人くらいなら何も問題ない!」
その言葉の後にマーリンの攻撃が更に激化、それに伴いメサイアも数を増やし応戦する。
(これだけやっても撃ち落とせるか、化け物め。奴の攻撃はしごく単調。撃っているのはただの初級の火球と風刃。だがそれらを空間魔法で質量ごと拡大、巨大化させ飛ばしている。下級の魔法で魔力をを抑えながら高火力の攻撃を繰り出す奴のやり方。数では圧倒的にこちらが勝っている。だがそれらを全て質量で抑えている。それに加え何より厄介なのはさっきの空間を切り取る魔法だ。指定した空間を分断、切り取る完全な即死の魔法。アレがある限り迂闊に隙を見せれば終わり。クソみたいな戦いだが遣様は無い事は無い。例えば、こんな風に!)
メサイアが片方の手を避難中の人々に向ける。すると街の周りの木が一斉に動き出し、騎士と冒険者、そして住民に襲い掛かる。
「な!貴様!」
「なんだ?まさか逃がしてやるとでもと思っていたのか?お前の中で儂は随分とお人好しなんだな!」
マーリンが攻撃を人々に向かう植物に割こうとした瞬間メサイアはその隙を逃さず死角から棘のある蔓をマーリンの足に巻き付ける。
「い゛!」
棘が刺さり痛みで一瞬怯む。その瞬間に木の触手が彼女の体に巻き付き城の屋根に頭から思い切り叩き付けられた。メサイアは間髪入れずにマーリンを落とした場所に槍の雨を降らせる。だが唐突に自分の斜め後ろに向かって槍を飛ばし同時に木の壁を形成する。そして次の瞬間眩い光が光線として放たれ飛ばされた槍を焼き払いメサイアに降り注ぐ。だがメサイアは無傷であり代わりに木の壁が石炭化していた。焼け朽ちて落ちていく木の隙間から見た目線の先に殆ど無傷のマーリンがメサイアを見下ろしている。
「今ので受けたのは棘による負傷だけか。化け物め。」
「私を誰だと思ってる、鳥頭が。」
マーリンがちらりと下を見る。目線の先では避難誘導をして居るカーバッツの姿。カーバッツはちらりとマーリンに視線を向け軽く頷いた。
(悪いけどもうそっちの事気にしてる暇は無いよ。)
(お前はそっちに集中しろ!)
お互いアイコンタクトで一瞬意思疎通をしてマーリンはメサイアに目線を戻した。
「(よし…そろそろ煽るか。)なぁにしてもさっきから使ってて思うんだが…この力弱くないか?」
「あ?」
「いや何、儂の目的の為必要不可欠な力とはいえ、出来る事が少な過ぎると思ってな、他の適正に比べて余りにも弱すぎる。例の英雄とやらはこんな力で良くもまぁ…英雄なんて呼ばれた者だな。」
メサイアはニヤニヤしながら言い放つ。
「く…この…貴様如きが、あの人を侮辱するな!」
「喚くな…小娘!」
先程程よりも更に激しい攻撃、そして爆音が街中に鳴り響く。
「おいおい!ちょ!急げ!」
「なんか急に激しくなったぞ!被害とか考えないのかあの人!」
街に火の粉や焼けた木片が降り注ぎ多少だが被害が出始めた。
「どうした!さっきより攻撃が雑だぞ!何を焦ってる!」
メサイアの言う通り先程の激昂から攻撃が乱雑になり巨大化させてないまま撃ち出される魔法が見られる。マーリンは解りやすく怒りの表情を見せておりメサイアの煽りで冷静さを欠いている様にも見て取れる。
(隙が増えた、ここなら!)
メサイアはマーリンが見せた本の一瞬の隙を逃さず渾身の一撃を繰り出そうとした瞬間。
「バカが…」
メサイアの攻撃の瞬間に待っていたかの様に人差し指で四角を描く。メサイアは咄嗟に攻撃を止め回避をしたその瞬間、マーリンが回避先に高速で先回りしメサイアに手を翳した。
(こいつ激昂したフリでわざと隙を作って攻撃させたな!だが!)
マーリンが手を翳したと同時に上から触手が二人の間に割って入る。両者共に後ろに下がり距離を取った瞬間。メサイアを黒く薄い壁の様なものが覆った。
「しま…!」
メサイアは完全に黒い球体に閉じ込められた。
真っ暗で一筋の光すら無い、広い空間を上下も左右も分からなくなったメサイアが浮かんでいる。
「成る程、攻撃魔法はブラフ、本命はこちらか。これは奴の空間魔法で作った創造空間か。詠唱も名唱もしてない急拵えだろうがあの一瞬で作るとは流石だな。ふむ…」
暗く何も見えない空間を見渡し、少し考えた後にやりと笑みを浮かべる。
「まぁどうせその場凌ぎだ、対して強度は無いだろう、どれ、以下程のまでの質量を耐えれるか確かめてみようか!」
メサイアは懐に隠していた大量の種をばら撒く次の瞬間種から急速に根が生え、根はどんどんと大きく長く伸びていき空間を埋め尽くしていった。
一方
メサイアが球体に飲み込まれたその直後の事。サンザックが地上から大声でマーリンに呼び掛ける。
「マリンスベリー殿!奴は一体!」
「一時的に閉じ込めた!だが数十秒持ったら良い方だ!とっとと住民を逃がせ!」
「ご心配なく!殆ど終わっています!」
「ならお前らも離れろ!多分城は消えてなくなる。」
マーリンに言われサンザック、及びにカーバッツはその場から全員を退避させた。その間マーリンは手目を瞑り詠唱を唱え始めた。
「《是成は裁きの一刺し、これより鳴り響くは怒りの雷鳴、其は天地を穿つ雷光の具現。其は神おも屠る神器なり。刮目せよ!血潮の如き赤雷を!思い知れ!世界を屠る一撃を!》」
雷鳴が鳴り響き、赤い閃光と共に糸筋の雷が降る。それは宙で止まり、形を変えて、一本の槍へと変わった。
「《神槍:ロンギヌス》!!」
雷の槍がマーリンの頭上に現れ球体に狙いを済ませた次の瞬間、球体が割れ、中から夥しい数の植物が溢れ出す。それらはメサイアの姿を隠しながらマーリンに向かって行く。それに加え周りの木々も動き出しそれらもマーリン目掛けて伸びて行く。マーリンは火球や風刃で露払いをして確実に当てられる様メサイアを狙う。だが肝心のメサイアは何層にも重ねた木の壁で自身を守る。完全に壁に覆われそうだった木の隙間から見えたメサイアのシルエットをマーリンは逃さなかった。
「人影!そこ!」
マーリンが手を振り下ろすと雷槍が残像を残し目で追う事の出来ない速度で触れる物全てを焼き払いながら飛んで行く。空気を切り裂く音と轟音の雷鳴が鳴り響き、衝撃は大地を揺るがした。
木の壁は完全に貫かれ、城のあった地上は大穴がポッカリと空いている。そして木の壁の向こうに、体が一部が欠損した人影が落ちていく。マーリンはそれを見た瞬間驚愕する。
「あれは…木人形!」
落ちているのは、身代わりの木人形だった。マーリンは急いで更に上空に上がり街を囲むドームから抜け出し辺りを見渡した。そして木の板に乗って逃げ去っていくメサイアの姿を発見した。マーリンは猛スピードでメサイアの後を追った。
「はっはっは!算段は付いてると言ったろ?そも今のままでは勝てん事など分かっている。最初から逃げるつもりだったの決まっておろう!もう少し時間が経ってから再度相手をしてやろう!」
「逃さん!」
マーリンは高速でメサイアを追い少しずつ距離を詰める。メサイアは何度かちらりと後ろを確認しながら逃げ続ける。そして後数メートルと言う所まで近付くとメサイアは突然振り返り木の板から飛び降りた。
「な!」
マーリンが真っ逆さまに落ちて行くメサイアを追い掛け手の届く距離まで近付いた瞬間。メサイアは空中で体勢を変えマーリンの胸倉を掴む。そして大きく口を開いた。口の中には魔力の塊が隠れていた。
「な!?(これは、魔力砲!?しまった、魔力視をおこた…)」
メサイアが口を開くと同時に魔力砲が放たれマーリンに直撃、マーリンは吹き飛ばされ地面に落ちて行った。
メサイアは再び木の板に乗り飛び去った。
気を失い頭から地面に落ちて行くマーリン。地面まであと数メートルという所で氷の板に乗って二人の後を追っていたカーバッツがマーリンを受け止めた。カーバッツは一度止まりマーリンに呼び掛けた。
「おい!大丈夫か!」
「ん…私は…良い…置いてけ!奴を…追え!」
そこへサンザックも現れカーバッツはマーリンをサンザックに預ける。
「マーリンを頼む!」
「え?あ…はい!」
カーバッツは氷の板に乗り遠くに見えるメサイアを追う。ギリギリ見える状態でなんとか追跡するが突然木がカーバッツの行く手を阻みカーバッツは木に激突し落ちてしまう。ゴロゴロと転がり瞬時に体勢を整えメサイアが逃げた方向を見たが既に姿は見えなくなっていた。カーバッツは溜息を吐き、落胆した表情で引き返した。
「奴は?」
戻って来たカーバッツにマーリンが弱々しい声で問う。カーバッツは何も言わず首を振った。
「クソが…」
「すまない。」
「いや、すまない君を責めてる訳じゃない。」
「…とにかく一度戻ろう。避難者を安全な場所に移動させないと。」
「ああ……クソ鳥め…次は必ず殺す。」
マーリンは今までに無い程の怒りの表情を浮べそう呟いた。
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