バケツの水   

morituna

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バケツの水   

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 バケツの水   

 その日は、年に数回有る、小学校の授業参観日(じぎょうさんかんび)だった。
 授業参観日というのは、親(主に母親)が、子供の授業風景を見に来る日なのだ。
 その頃の机

は、木製の2人掛けで、上面が蓋(ふた)になっていた。クジで席を決めていたので、女児と男児が、ペアになる場合もあった。
 6年3組の教室の後ろは、水が入った消火用バケツ

がある場所以外、着飾った母親たちで溢れていた。
 授業参観の授業は、先生から指名されると、自分の席から立って、問題が書かれた黒板へ行き、解答へ至る過程(かてい)をチョークで書いていくというものだった。
 指名されると、書き終わるまで、席へ戻ってこれないので、自分の席にいても、緊張を強(きんちょうをし)いられていた。
 この時、俺は、小さな水音と、床にできた小さな水たまり

に気がついた。
  こともあろうに、前席の千晴(ちはる)が、緊張のあまり、失禁(しっきん)してしまったのだ。
 幸いにも、みんなの視線は、黒板に釘付けになっていて、まだ、誰もこの異変に気がついていないみたいだった。
 俺は、急いで、水が入った消火用バケツを取りにいき、「どうだー~こぼれね~だろう」って言いながら、円を描く様にバケツを回して

自席方向へ向かった。
 案の定、担任が、「オイ、モリやめんかー」と言って来たので、千晴(ちはる)の座っている席の横で、タイミングを合わせて、円の上位置に来たバケツの回転を止めた。
 つぎの瞬間、遠心力の呪縛(じゅばく)を失ったバケツの水が、全て千晴(ちはる)の頭へ降りかかり、ビショ濡れになった。この後に起きたことの詳細は、これを聞いているアンタ達の想像に、おまかせするが、要点だけ説明しよう。
 千晴(ちはる)は、泣きだし、すぐ、保健室へ連れていかれた。体育の服へ着替えたものの、ショックが大きかったせいか、教室には戻らず、お母さんと早退した。
 また、この日から1カ月くらい、担任教師の横が、俺の指定席になった。
 放課後、残され、担任教師の、お叱りのご指導を受けた後、家に帰ったら、俺の家の場所を担任から聞いたらしく、なんと、千晴(ちはる)の母親が来ていた。
 『バケツの水を掛けるという、モリさんの機転で、沢山の人がいる前で、娘の千晴(ちはる)が恥を晒(さら)さずに済みました。』というお礼を、わざわざ、言いに来てくれていたんだ。
 事が、事だけに、千晴、千晴の母、俺の3人だけの秘密にして、クラスの友達や担任には、『悪者は、俺』ということにして、今まで、心の奥底にしまって置いた。
 ここで、これを見ている、あなた達にも、オレの過去の奇行(きこう)がバレてしまったけど、見かなかったことにしておいてくれ。
 ここまで、書いたあと、現在の俺は、夕飯を未だ食ってないことに気がついた。
 
そして、”10人を指名して好きな画像を9枚貼る”というLINE遊びに興じている妻に、俺は、『千晴(ちはる)、エサはまだか、腹減った!』と言った。
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