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第一章 帝都の賢者
第80話 構造的問題
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マルス「カイトさんは、人は生まれながらに悪だとおっしゃるのですか?」
「それもちょっと違うかにゃぁ…。人は悪ではないかも知れないが、善でもない。そもそも善悪など立場が変われば違うものになるしにゃ」
「それよりも、言ってしまえば、人間の本性とは“愚か”じゃないかと思うにゃ」
マルス「愚か……ですか? それは教育制度が悪いからなのでは?」
「いや、教育には限界がある。これは、構造的な問題なんにゃ。仕方がない事にゃ」
マルス「もう少し詳しく説明して頂けませんか?」
身を乗り出してくるマルス。
「人が愚かな理由にゃ? それは…人が生まれた時に前世の経験を受け継いぐ事ができないからにゃ…」
「―――ってこの世界でもそれであってるにゃ? この世界では生まれた時に前世の記憶を持っているのが普通、なんて事はないよにゃ?」
マルスが首肯した。
マルス「賢者メイヴィスは、赤子の時から大人の意識があって前世の記憶を持っていたと言っていましたが…何も覚えていないのが普通ですね」
「やっぱり“転生者”が特別だって事だにゃ」
マルス「もしかして、カイトさんも賢者メイヴィスのように前世の…別の世界の記憶があるのですね?!」
「…そうにゃ。俺やメイヴィスのように前世の経験の記憶をすべて持ってこられるなら、人は生まれ変わるたびに進歩できるだろうにゃ。でも、毎回ゼロからのスタートでは、何千年経とうと、人は同じ過ちを繰り返すだけにゃ」
マルス「だから、そこは教育で…」
「教育は大切にゃ。だが、教育をすれば全ての人が必ず賢くなれるわけではないにゃ…。教育によって“知識”は増えても、知恵はなかなか身につかないんにゃ…。前の世界には、『賢者は歴史に学び愚者は体験に学ぶ』という言葉があったにゃ―――あ、この場合の賢者はこの世界での【賢者】の定義とは違い単に賢い人という意味にゃが―――実際に、過去の失敗事例を教えても、何故か学習しない者が多かったにゃ…」
「ってまぁこれも自分の経験上の話なんだけどにゃ。これを教えてくれた歴史書には出会わなかったので仕方がないにゃ」
「もちろん、体験から学ぶ事も悪い事ではないにゃ。問題は、体験していない事を他者の歴史から学べるか? という話だにゃ」
マルス「歴史を勉強するのが大切という事ですか?」
「知識だけ増やしてもダメにゃ。自己評価が高すぎると、他者から学ばなくなるにゃ」
もう少し具体的な話をしてやる事にした。
「…前世の話にゃが……仕事で、俺も後輩を持つ身となったにゃ。そして、とあるミーティングの席で意見を求められたにゃ。そこで俺は、良かれと思って、先輩として、過去の失敗談を語ったにゃ。同じ失敗を踏まないように後輩達に注意して欲しかったにゃ」
マルス「それは大切な事ですね」
「そう言ってくれるなら良かったにゃ。でも実際は…返ってきた反応は違ったにゃ。聞いてた後輩の若い連中はこう言ったにゃよ。
『それは(あなたの)やり方が拙かった失敗しただけでは?』
『自分達は同じ失敗はしないから大丈夫です』
『年寄りの昔話なんて不要』
『未来の話を前向きな話をすべきでは?』
その場に居た上司達もそれを諌める事なく、それどころか過去の解決済みの失敗について再びほじくり返して俺を責め始めたにゃ。
あげく、後輩達に『ああいう愚かな先輩を見習わないように』などと言い出し、後輩たちもニヤニヤ笑ってたにゃ」
(もちろんこれは、メイヴィス―――堀川部長が死んだ後の出来事である。)
「俺も、言っても聞かないと分かったので、以降は助言はしない事にしたにゃ」
「そしてどうなったかと言うと……案の定、後輩達は同じ失敗をしたにゃ」
マルス「それで、カイトさんの言っていた事を皆理解して、見直されたんですね?」
「うんにゃ、そうはならんかった。愚かな事にゃ」
「俺もそれが分かっていたので『ほれみた事か』などとは言わなかったにゃ。もし言えば、俺の指導が悪いと全て俺の責任にされるにゃ。当時の上司はそういう奴だったにゃ。
まぁ後輩達には『あの時もっと強く言ってくれていれば!』などと言われて、結局俺のせいにされたけどにゃ。
後輩達もそのクソ上司の指導で責任転嫁ばかりする立派なクズに育っていたにゃ」
マルス「それは酷いですね』
「ただ、愚かな後輩達も自分で体験した痛みはさすがに学習したようにゃ。そして、後輩にそれを語るようになったにゃ。だが、後輩が後輩の後輩から言われたのは、『自分達はそんな馬鹿な失敗はしないので大丈夫です』だったにゃ…」
マルス「おぉ、なんと、愚かな…」
「人間を愚かだと馬鹿にするつもりはないにゃ。『賢者は歴史に学び愚者は体験に学ぶ』という言葉があるくらい、人間というのは他者の歴史から学ぶのが難しいんにゃよ。それはもはや構造上の問題にゃ。
生まれ変わるたびに、前世の記憶をすべて受け継ぐことができたなら、人はもっと賢くなれるだろうに。そうはなっていないのだからどうしようもないにゃ」
マルス「なるほど……なんとなく理解できました! ありがとうございます!」
+ + + +
その日の夜。メイヴィスにマルスの事を訊かれた。
メイヴィス「どうじゃった? ちょっと稚拙な部分があるが、悪い子ではないじゃろ?」
「まぁにゃ…。でもにゃぁ…」
メイヴィス「やはりそう思うか!」
「まだ何も言ってないにゃあ!」
「それもちょっと違うかにゃぁ…。人は悪ではないかも知れないが、善でもない。そもそも善悪など立場が変われば違うものになるしにゃ」
「それよりも、言ってしまえば、人間の本性とは“愚か”じゃないかと思うにゃ」
マルス「愚か……ですか? それは教育制度が悪いからなのでは?」
「いや、教育には限界がある。これは、構造的な問題なんにゃ。仕方がない事にゃ」
マルス「もう少し詳しく説明して頂けませんか?」
身を乗り出してくるマルス。
「人が愚かな理由にゃ? それは…人が生まれた時に前世の経験を受け継いぐ事ができないからにゃ…」
「―――ってこの世界でもそれであってるにゃ? この世界では生まれた時に前世の記憶を持っているのが普通、なんて事はないよにゃ?」
マルスが首肯した。
マルス「賢者メイヴィスは、赤子の時から大人の意識があって前世の記憶を持っていたと言っていましたが…何も覚えていないのが普通ですね」
「やっぱり“転生者”が特別だって事だにゃ」
マルス「もしかして、カイトさんも賢者メイヴィスのように前世の…別の世界の記憶があるのですね?!」
「…そうにゃ。俺やメイヴィスのように前世の経験の記憶をすべて持ってこられるなら、人は生まれ変わるたびに進歩できるだろうにゃ。でも、毎回ゼロからのスタートでは、何千年経とうと、人は同じ過ちを繰り返すだけにゃ」
マルス「だから、そこは教育で…」
「教育は大切にゃ。だが、教育をすれば全ての人が必ず賢くなれるわけではないにゃ…。教育によって“知識”は増えても、知恵はなかなか身につかないんにゃ…。前の世界には、『賢者は歴史に学び愚者は体験に学ぶ』という言葉があったにゃ―――あ、この場合の賢者はこの世界での【賢者】の定義とは違い単に賢い人という意味にゃが―――実際に、過去の失敗事例を教えても、何故か学習しない者が多かったにゃ…」
「ってまぁこれも自分の経験上の話なんだけどにゃ。これを教えてくれた歴史書には出会わなかったので仕方がないにゃ」
「もちろん、体験から学ぶ事も悪い事ではないにゃ。問題は、体験していない事を他者の歴史から学べるか? という話だにゃ」
マルス「歴史を勉強するのが大切という事ですか?」
「知識だけ増やしてもダメにゃ。自己評価が高すぎると、他者から学ばなくなるにゃ」
もう少し具体的な話をしてやる事にした。
「…前世の話にゃが……仕事で、俺も後輩を持つ身となったにゃ。そして、とあるミーティングの席で意見を求められたにゃ。そこで俺は、良かれと思って、先輩として、過去の失敗談を語ったにゃ。同じ失敗を踏まないように後輩達に注意して欲しかったにゃ」
マルス「それは大切な事ですね」
「そう言ってくれるなら良かったにゃ。でも実際は…返ってきた反応は違ったにゃ。聞いてた後輩の若い連中はこう言ったにゃよ。
『それは(あなたの)やり方が拙かった失敗しただけでは?』
『自分達は同じ失敗はしないから大丈夫です』
『年寄りの昔話なんて不要』
『未来の話を前向きな話をすべきでは?』
その場に居た上司達もそれを諌める事なく、それどころか過去の解決済みの失敗について再びほじくり返して俺を責め始めたにゃ。
あげく、後輩達に『ああいう愚かな先輩を見習わないように』などと言い出し、後輩たちもニヤニヤ笑ってたにゃ」
(もちろんこれは、メイヴィス―――堀川部長が死んだ後の出来事である。)
「俺も、言っても聞かないと分かったので、以降は助言はしない事にしたにゃ」
「そしてどうなったかと言うと……案の定、後輩達は同じ失敗をしたにゃ」
マルス「それで、カイトさんの言っていた事を皆理解して、見直されたんですね?」
「うんにゃ、そうはならんかった。愚かな事にゃ」
「俺もそれが分かっていたので『ほれみた事か』などとは言わなかったにゃ。もし言えば、俺の指導が悪いと全て俺の責任にされるにゃ。当時の上司はそういう奴だったにゃ。
まぁ後輩達には『あの時もっと強く言ってくれていれば!』などと言われて、結局俺のせいにされたけどにゃ。
後輩達もそのクソ上司の指導で責任転嫁ばかりする立派なクズに育っていたにゃ」
マルス「それは酷いですね』
「ただ、愚かな後輩達も自分で体験した痛みはさすがに学習したようにゃ。そして、後輩にそれを語るようになったにゃ。だが、後輩が後輩の後輩から言われたのは、『自分達はそんな馬鹿な失敗はしないので大丈夫です』だったにゃ…」
マルス「おぉ、なんと、愚かな…」
「人間を愚かだと馬鹿にするつもりはないにゃ。『賢者は歴史に学び愚者は体験に学ぶ』という言葉があるくらい、人間というのは他者の歴史から学ぶのが難しいんにゃよ。それはもはや構造上の問題にゃ。
生まれ変わるたびに、前世の記憶をすべて受け継ぐことができたなら、人はもっと賢くなれるだろうに。そうはなっていないのだからどうしようもないにゃ」
マルス「なるほど……なんとなく理解できました! ありがとうございます!」
+ + + +
その日の夜。メイヴィスにマルスの事を訊かれた。
メイヴィス「どうじゃった? ちょっと稚拙な部分があるが、悪い子ではないじゃろ?」
「まぁにゃ…。でもにゃぁ…」
メイヴィス「やはりそう思うか!」
「まだ何も言ってないにゃあ!」
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