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第三章 アルテミルの街とその領主

第55話 魔狼軍団

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「犯人を連れてきました」

コジローは領主の執務室に転移してくるなり言った。

室内には領主のクリスと領政官のアレキシ、そして、ギルドマスター・リエもスタンピード対応の打ち合わせのため来ていた。

コジローは一緒に転移してきた男を領主に引き渡し、事の顛末を説明した。もちろん、男は拘束した状態である。



今回のスタンピードを仕組んだ男の名はベブル。動機は、アルテミルの領主への恨み─復讐のためであると言う。

しかしクリスはべブルの事を知らなかった。

何故そうまでして恨まれるのか?領主ともなれば、恨まれる事はよくある事ではある。知らない間に恨みを買っている事もある。

しかし、街を襲撃・壊滅させるほどの恨みを買った覚えは、あまり記憶にないのであった。

だが、恨まれているのはクリスではなく、代官のレメキであるとコジローが説明した・・・

べブルは、息子夫婦と孫を、理不尽な理由でレメキに殺されたのだという。

「レメキめ、どこまでも迷惑な奴だ・・・」

クリスはまたしても頭を抱える事になった。



ベブルは隣国の魔導院に仕えていた錬金術師だったが、引退し、息子夫婦の住むアルテミルに引っ越してきた。だが、隣国の錬金術師であった事をレメキが知るところとなり、目をつけられた。

隣国の魔道具や兵器・機密情報を要求され、断ったところ、息子一家は逮捕され処刑されてしまったという。非道なレメキは見せしめだと言って孫まで一緒に処刑したのだ。

実はべブルは、隣国で戦略兵器として擬似的にスタンピードを発生させ、狙った場所を攻撃させる技術の研究をしていたのであった。復讐を誓ったベブルは国の同僚を頼り、死霊の森に身を隠し攻撃の準備をしていたのである。

魔物は、特殊な方法で洗脳状態にし、魔道具で誘導する事で襲撃を行わせるのである。

魔道具の設置は、洗脳した人間を使う。魔物の洗脳に使う技術なので、人間に行うと心神喪失状態になり、やがて意識を失って目覚めなくなってしまうが、魔道具を持って目的の場所まで行かせる程度であれば実行可能であった。

マドリー&ネリーの家が魔物に襲われたのは街への攻撃の実験であった。



べブルは、つい最近、代官が不正を暴かれ、犯罪奴隷に落とされたと言う事を知らなかった。

だが、それを聞かされた後でも、復讐の気持ちは変わらなかった。息子と孫はもう帰ってこないのだ・・・

たとえ代官がやった事であったとしても、任命した領主の責任は変わらないと。

クリスは謝罪し、罰は自分が受けるから、領民は助けて欲しいと頼んだが、もうべブルはスタンピードは止める事はできないと言う。

魔獣達を凶暴化し、攻撃の指向性を固定化させる最終的な処置を発動済みであると。もう、誘導用の魔道具を破壊しても魔獣達は止まらない。

やがて、時が経てば魔獣達の興奮・洗脳も解け、去っていくかも知れないが、それには何日かかるか分からない。

既に、ランクAモンスターのサンダーベアが攻撃を仕掛けてきている。激しく叩きつけられるサンダーブラストに、城門がいつまで持つか分からない状況である。



そこで、コジローから提案があった。事態の解決に、ゼフトの力を借りたらどうかと。



コジローが、それについてゼフトから領主に直接話があると告げた。

そこまでコジローが話したところで、部屋の中に突然、禍々しい魔力が溢れ、クリス達は圧倒された。

そして、部屋の中に居る者達の頭の中に直接、ゼフトの声が響いた。



『我はゼフト、お主達が死霊の森と呼んでいる森に住む魔道師である。

古い盟約により、我と森は、人の法の外にあると約束されている。
我と森に干渉する事は許されない。
また我も街に干渉する気はない。

どのような事情が街にあろうとも、それは変わらない。

特に、今回の事は、領主の不徳から出た結果である。
それは領主であるウィルモア伯爵が一身に引き受けるべき問題であろう。』

『そもそも、ワシが力を貸さずとも、今回程度の事態ならば、乗り越える力が街にはあるであろう。

だが、解決に至るまでに、甚大な被害が生じるのも明白である。

それを、ワシの弟子が望まぬと言う。

また今回の件、ワシの仕業であるなどと不名誉な噂も出ていると聞く。噂など森の魔道師は気にはしないが、弟子は気にするようだ。

そこで、領主が受け入れるならば、我が弟子に免じて、今回は例外的に、ワシの持つ軍の力を貸してやってもよい。

貸しはいずれ返してもらう事になるが。

ウィルモア伯爵の返答は如何か?答えるがよい。』

クリスは、死霊の森の魔術師に借りを作ってよいものか、一瞬迷った。

ゼフトはスケルトンの軍隊を使役することができるとも聞いたことがある。アンデッドの軍隊が現れ、街を救ったとなれば、ウィルモア領はあらぬ噂を立てられるのは避けられないであろう。経済的にもマイナスになるし、下手をすれば、国にも目をつけられて追求される事にもなりかねない。

だが、ゼフトが言う通り、街の冒険者と騎士、警備兵だけでも、おそらく危機は乗り越えられるだろうが、甚大な被害が出ることも避けられないだろう。

できることなら、一人も、傷つけたくない。

どんな大きな借りでも、領民のためならば喜んで背負い、責任を持って返そう。

クリスは決断し、ゼフトに助けを願った。



『よかろう、若きウィルモアの領主よ。そなたと話すのは初めてであるが、祖先が我と交わした約束を今後も違えないようにするがよい。ワシがその気になれば、この街はおろか、この国も簡単に滅ぶ事を忘れるでないぞ・・・。』

禍々しい魔力は消えた。

正直、恐ろしいほどの圧力と・・・恐怖であった。
クリスは冷や汗をかきながら、本当にゼフトに借りを作って良かったのか改めて不安が過る。

しかし、敵対するよりは良い。頼り、借りを作ることで、むしろ友好的な関係に近づけるという考え方もできる。

借りに対してどのような要求をされるか分からないのが不安ではあるが・・・。



ゼフトが街を救う手段は至って簡単な事である。街を取り囲む魔物を、圧倒的な戦力を送り込み殲滅してしまえば良い。

実はゼフトは最初、クリスが危惧したとおり、スケルトン軍団を派遣しようかと考えていた。だが、街への──コジローへの影響を考慮して、今回は異なる手段を選んだ。



城壁の外部では、魔物たちが城壁を打ったり、魔法を叩きつけたりしていた。

城壁上部には通路がり、人が登れるようになっている。城壁の上から、何人かの冒険者が魔獣に向かって矢や魔法を放っていたが、魔物は増える一方で、焼け石に水といった様相であった。

そこにコジローがやってくる。



城壁の上部に登ったコジローとマロ。
コジローの合図で、マロが一声、遠吠えをする。
すると、街の外のあちこちから、遠吠えが聞こえ始めた。

やがて、大挙して押し寄せてきた魔狼達が、街の周囲に居た魔物に攻撃を開始した。

「あれは・・・ディザスターウルフ?!」

リエが呟く。

リエとクリスも城壁の上に来て様子を見に来たが、クリスは現れたのがアンデッド軍団でなくて胸をなでおろしていた。

やってきたのは、ディザスターウルフと呼ばれる魔狼の軍団である。フェンリルであるマロの母狼が率いている魔狼の群れである。

ディザスターウルフは、クラスSモンスターであるフェンリルには敵わないが、実力はそれに次ぐクラスAの危険なモンスターである。数匹集まればクラスはS扱いとなる。その力は凶大無敵、数頭いれば街も壊滅に追い込まれるほどの力があるため、ディザスター=災害という名で呼ばれているのである。

その速さは稲妻のごとく、牙はアルマジロリザードの鎧も紙のように破る。また強力な魔法を使いこなす。むしろそれが最も恐れられている武器である。

無数の魔狼達から一斉に "咆哮" が放たれる。一部の高ランク魔獣を除き、ほとんどの魔獣が動きを止められてしまう。

そして、狼の額の角から大量のファイアーアローが放たれる。

炎矢は、一本一本が恐ろしい破壊力を持っているが、一頭が一度に10本以上、多いものは50~100本放つ事ができる。

一頭十本としても、魔狼が百頭いればその矢の数は千本。しかも狙いは極めて正確で、呪文の詠唱も不要である。

咆哮で動きを止め、ファイアーアローの十斉射もすれば、大抵の軍隊が壊滅させる事ができる。まさに、災害級と言われるのも理解できる。



城門の上にいたマロも、極大サンダーブラストを放った。

城門の前に居たサンダーベアが、城門に向けてサンダーブラストを放ってきたのである。

マロのサンダーブラストが、サンダーベアのそれを迎撃する。

城門の前で激突するサンダーブラスト。

しかし、マロの本気のサンダーブラストは、サンダーベアのそれを上回り、押し戻した。

サンダーベアは、周囲のモンスターとともに消しとび、後にはクレーターができていた。



どれくらいの時間が経ったのであろうか、やがて、街の周囲に居た魔物で動いているものはいなくなっていた。城壁の上部通路から様子を見ていた冒険者や騎士達から歓声が上がり始めた。

やがて、戦いが完全に終わり、狼達は撤収して行ったのを確認したクリスは、城門を開け、後の処理をするよう指示を出すのであった。。。


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