【改訂版】12本のバラをあなたに

谷崎文音

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《第三章》あなたには前を向いていてほしい

第二十七話

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 零の身体は、弱ってくると何段階かのサインが出る。
 まずは倦怠感、微熱。それが強くなって、次は、嘔吐だ。
 内蔵まで出てしまうんじゃないかというほど、食べた物をすべて吐く。
 さらに病状が進めば、鼻や口など粘膜部分からの出血が始まる。
 午前中から嘔吐がしばらく続きエイトは焦ったみたいだ。
 ずっとトイレの扉の前に立ち、
「大丈夫か?なあ?」
と声をかけてくる。
 ヒモをやっていただけあって、この男は甲斐甲斐しい。
 掃除洗濯、食事作り。ゴミ出し。
 零が気がつくと、ほとんどのことが終わっている。
 風呂だって適温で、上がると手や頭皮を軽くマッサージまでしてくれる。
 もちろん遠慮するけれど、大きな男の手でぐいぐい揉まれるのは気持ちがいい。安心する。
 昨日、風俗嬢がやってきた話はあれ以降全く話題に出してこない。
 余命わずかな青年に童貞喪失という機会を与えてやったと満足したのかもしれない。
 見当違いもいいところだ。
「こんにちはー」とやってきた彼女は、鼻をそむけたくなる安臭い香水を身にまとっていた。
「どちらさまですか?」
と聞くと、「あれえ。この部屋で間違いないよね」と敬語もなく気安い。
 断りもなく知り合いを呼んだのかと軽く怒りを覚えていると、手を突き出された。
「忘れないように先にお代。四万五千円」
とのたまう。
 そこで、ようやく意味が分かった。
 こたつの上に広げられていたお金の意味が。
 失礼だとは思ったが十分で帰ってもらった。
 もちろんこれが日常の場であれば常識的な対応をする。
 でも、性的な物が絡んでくると全然駄目で、抱きしめられてもグネグネした脂肪をまとった身体に、こっちの身体は硬い岩みたいに強張ってしまい、ろくな受け答えもできなかった。
 トイレを出てベットに突っ伏す。
 エイトが薬袋から昼に飲む薬を取り出し、こたつの上に並べていた。教えていないのに覚えてしまったようだ。水の入ったコップも用意されている。
 どれぐらい彼をここにいさせてあげられるだろう。
 入院している間だって大家にことづけておけばもしかしたら。
 いや、一切合切持って、いなくなってしまうか。
「何、笑ってんだ。機嫌を直してくれたのか?」
「別に。機嫌も直ってないよ」
「じゃあ、何で意味もなく笑う?」
「エイトは意味があっても笑わないよね」
 相変わらずエイトは喜怒哀楽が分かりづらい。
 生い立ちが関係しているのかもしれない。
 デリヘルボーイに、ヒモ。並行して特殊詐欺。極めつけが刑務所。
 きっと零に見せていない顔がまだたくさんある。
 どうしようもなく冷酷で極悪な面もあるかもしれない。
 けれど、汚部屋の清掃を一日で終わるはずと楽観視したり、童貞の零に風俗嬢をプレゼントしたら喜ぶはずだと短絡的なところがあったり。
 老人みたいに人生を達観したところがあると思えば、ひどく子供な面もある。
「俺は感情がぶっ壊れているらしいから」
「感情は壊れないと思うよ。封印されてだけで。児童心理学だったかな。そう習った」
「大学でか?」
「うん。そう。あ、思い出した。退学届も出さなきゃ」
「勿体ねえな。病気だからって理由話して一旦ストップ出来ねえのか?」
「休学のこと?できるよ。でもさ、そういうの意味無さそうだし」
「そんなの解んねえじゃねえか」という表情をエイトはした。
「分かるよ。自分の身体のことだし」
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