21 / 38
《第二章》あなたを守りたい
第二十話
しおりを挟む
「では改めて挨拶をさせていただきます。高崎法律事務所代表、高崎憲吾と申します」
高崎は、人なつっこそうな笑みを浮かべて名刺を差し出してきた。
「麻生遼子です。急に連絡を差し上げてしまい申し訳ありませんでした」
心苦しい気持ちで遼子は頭を下げる。
「いえいえ、お気になさらず」
名刺を受け取ろうとしたら、高崎から満面の笑みを向けられた。
「企業法務ができる方が来てくれたらいいなと思っていたので嬉しいです」
ニコニコしている高崎に申し訳ない気持ちになったが、高桑や富沢につけいる隙を与えないためだから仕方がない。そう自分に言い聞かせ遼子は笑みを作る。
「別所さんに引き留められませんでしたか?」
「え?」
満面の笑みを浮かべていた高崎の表情が曇った。なぜここで別所の名前が出ただけでなく、引き留められたかどうか聞かれているのかわからない。遼子は戸惑う。
「だって、お二人はパートナーでしょう?」
言いにくそうに高崎が話す。
「パートナー……、ですか?」
遼子はきょとんとした。パートナーと言われてもピンとこなかったからだ。
「ええ」
にっこりとほほ笑まれたものの、高崎が何を言っているのかわからないからどう返したらいいかわからない。
「たしかに……、別所さんとは仕事上のパートナーといえますが、それだけです。それに当初からもともといた方の代替えとして契約を交わしていますので……」
言われたものを一つ一つ整理しながら事実だけを述べたところ、どういうわけか高崎は戸惑っているような顔をした。
「私が言っているのは、その……、プライベートな関係においてのパートナー、といいますか……」
「はあ!?」
遼子は目を見開いた。
「だ、だって……、会場で別所さんをお見かけしたので挨拶しようと近づいたら長年連れ添っているような女性が側にいるじゃないですか。おそらくあの場にいた人間は皆そう思っていると思いますよ」
「ちっ、違います! わ、わたしと別所さんはそんな関係じゃありません! なりようがありませんし!」
一気にまくしたてたら、高崎がびっくりしたような顔をした。それを目にし、遼子は我に返り、気持ちを落ち着かせるために出されたままのお茶を飲む。
「そ、そうでしたか。それはすみませんでした」
「い、いえ……」
「別所さんも離婚してもう十年になりますし、やっと最後の相手とめぐりあえたんだなって嬉しかったんですが残念です。じゃあ……。気持ちを切り替えて仕事の話をしましょうか」
高崎には何一つ嘘はついていない。それなのに罪悪感を覚えてしまうのは自分自身に嘘をついているからだ。針で突かれているような痛みに苛まれながら遼子は高崎に頷いたのだった。
高崎法律事務所を出たのは昼前だった。晩秋とはいえ温かい日差しが降り注ぐなか帰路についていたら、篠田のパーティーが行われたホテルに近づいていた。
そういえば篠田の妻はどうしているだろう。宴会では姿を見なかったが……。ふいに思い出しバッグからスマートフォンを取り出して電話を掛ける。すると、篠田の妻・富貴子はすぐに出た。
「もしもし、篠田さまでしょうか」
耳を澄まし、相手の返事を待つ。
「遼子先生、どうなさいました?」
聞き慣れた柔らかい声がした。遼子は胸をなで下ろす。
「いえ、先日のパーティーでお見かけしなかったので気になって」
言葉を選んで尋ねた直後、スピーカーの向こうから「カイシンでーす」と女性の元気な声がした。
カイシンと聞いてすぐに浮かんだのは医師が患者たちを見て回る回診だ。もしかしたら篠田の妻は病気で、どこかの病院に入院しているのではないか。心に広がる不安をひた隠し遼子は重ねて質問した。
「奥様、もしかして病院ですか?」
「えっ!?」
「今、回診が始まるような声が聞こえてきたものですから……」
言い終えてすぐ、重いため息が聞こえてきた。
「誰にも……、言わないでほしいの、遼子さん……」
頼りなげな声だった。いても経ってもいられず遼子ははっきりとした口調で言った。
「わたし、今日休みなので今からお見舞いに伺います」
「え?」
「だから病院を教えてください、奥様」
偶然といえばそれまでだが、篠田の妻の現状を知ることができた。だが、何らかの病を得たようで入院していることを隠しているとなれば不穏を感じて当然だ。
遼子は篠田の妻から病院名を聞いたあと、すぐさま最寄り駅へ向かったのだった。
高崎は、人なつっこそうな笑みを浮かべて名刺を差し出してきた。
「麻生遼子です。急に連絡を差し上げてしまい申し訳ありませんでした」
心苦しい気持ちで遼子は頭を下げる。
「いえいえ、お気になさらず」
名刺を受け取ろうとしたら、高崎から満面の笑みを向けられた。
「企業法務ができる方が来てくれたらいいなと思っていたので嬉しいです」
ニコニコしている高崎に申し訳ない気持ちになったが、高桑や富沢につけいる隙を与えないためだから仕方がない。そう自分に言い聞かせ遼子は笑みを作る。
「別所さんに引き留められませんでしたか?」
「え?」
満面の笑みを浮かべていた高崎の表情が曇った。なぜここで別所の名前が出ただけでなく、引き留められたかどうか聞かれているのかわからない。遼子は戸惑う。
「だって、お二人はパートナーでしょう?」
言いにくそうに高崎が話す。
「パートナー……、ですか?」
遼子はきょとんとした。パートナーと言われてもピンとこなかったからだ。
「ええ」
にっこりとほほ笑まれたものの、高崎が何を言っているのかわからないからどう返したらいいかわからない。
「たしかに……、別所さんとは仕事上のパートナーといえますが、それだけです。それに当初からもともといた方の代替えとして契約を交わしていますので……」
言われたものを一つ一つ整理しながら事実だけを述べたところ、どういうわけか高崎は戸惑っているような顔をした。
「私が言っているのは、その……、プライベートな関係においてのパートナー、といいますか……」
「はあ!?」
遼子は目を見開いた。
「だ、だって……、会場で別所さんをお見かけしたので挨拶しようと近づいたら長年連れ添っているような女性が側にいるじゃないですか。おそらくあの場にいた人間は皆そう思っていると思いますよ」
「ちっ、違います! わ、わたしと別所さんはそんな関係じゃありません! なりようがありませんし!」
一気にまくしたてたら、高崎がびっくりしたような顔をした。それを目にし、遼子は我に返り、気持ちを落ち着かせるために出されたままのお茶を飲む。
「そ、そうでしたか。それはすみませんでした」
「い、いえ……」
「別所さんも離婚してもう十年になりますし、やっと最後の相手とめぐりあえたんだなって嬉しかったんですが残念です。じゃあ……。気持ちを切り替えて仕事の話をしましょうか」
高崎には何一つ嘘はついていない。それなのに罪悪感を覚えてしまうのは自分自身に嘘をついているからだ。針で突かれているような痛みに苛まれながら遼子は高崎に頷いたのだった。
高崎法律事務所を出たのは昼前だった。晩秋とはいえ温かい日差しが降り注ぐなか帰路についていたら、篠田のパーティーが行われたホテルに近づいていた。
そういえば篠田の妻はどうしているだろう。宴会では姿を見なかったが……。ふいに思い出しバッグからスマートフォンを取り出して電話を掛ける。すると、篠田の妻・富貴子はすぐに出た。
「もしもし、篠田さまでしょうか」
耳を澄まし、相手の返事を待つ。
「遼子先生、どうなさいました?」
聞き慣れた柔らかい声がした。遼子は胸をなで下ろす。
「いえ、先日のパーティーでお見かけしなかったので気になって」
言葉を選んで尋ねた直後、スピーカーの向こうから「カイシンでーす」と女性の元気な声がした。
カイシンと聞いてすぐに浮かんだのは医師が患者たちを見て回る回診だ。もしかしたら篠田の妻は病気で、どこかの病院に入院しているのではないか。心に広がる不安をひた隠し遼子は重ねて質問した。
「奥様、もしかして病院ですか?」
「えっ!?」
「今、回診が始まるような声が聞こえてきたものですから……」
言い終えてすぐ、重いため息が聞こえてきた。
「誰にも……、言わないでほしいの、遼子さん……」
頼りなげな声だった。いても経ってもいられず遼子ははっきりとした口調で言った。
「わたし、今日休みなので今からお見舞いに伺います」
「え?」
「だから病院を教えてください、奥様」
偶然といえばそれまでだが、篠田の妻の現状を知ることができた。だが、何らかの病を得たようで入院していることを隠しているとなれば不穏を感じて当然だ。
遼子は篠田の妻から病院名を聞いたあと、すぐさま最寄り駅へ向かったのだった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる