19 / 38
《第二章》あなたを守りたい
第十八話
しおりを挟む
「……あの方はどなたです?」
立ち去る元夫の背中を、ぼう然としながら眺めていたら別所の声が耳に入った。我に返り別所に目をやると不安げな顔をしている。遼子は、どうしたものか立ち尽くしたまま考えた。が、
「と聞きたいところですがやめときます。ところで岡田たちは? 御一緒していたはずですが」
急に話の矛先を変えられてしまい、遼子はうろたえる。
「え……、あの……、先に行くよう……」
ビルから出た直後のことだった。別れた夫が近づいてきたのは。
急なことだったから一瞬思考が停止してしまったけれど、深雪たちから向けられるいぶかしげな目線に気づき気持ちを無理やり立て直し、行く予定の料理屋に先に行くよう彼らに言ったのだった。それを説明しようにも言葉がうまく出てこない。しどろもどろに返事をしたら別所の表情が曇った。
「……先日、僕と岡田が帰ろうとしたらあの方が受付にいらっしゃいました。こちらに麻生遼子という弁護士がいるはずですが、会わせてもらえないでしょうか? たしかそうおっしゃられていたと記憶しています」
ということは、岡田が話していた相手だろう。あのときはクライアントだった企業の担当者かもしれないと思ったが、よりにもよって夫だった男だったとは思いもしなかった。
「遼子先生はお帰りになられたあとだったのでその旨伝えたうえで名刺を頂こうとしましたが、また来るからと言い残され帰られました」
「そう、でしたか……」
怪訝なまなざしを向けられ落ち着かない。どうやってこの場を乗り切るか考えながら言葉を返した直後、別所の目がそれた。解放されたような気持ちで別所を見ていると、彼はジャケットの内側から取り出したスマートフォンの画面を真面目な目で見始めた。
「遼子先生、二人が待っているところはどこですか?」
「え?」
唐突に問われ遼子は戸惑いながら返事した。
「……駅前の洋食屋さん、です」
今日はそこのオムライスを深雪たちと食べに行く予定だった。その後はあのたい焼き屋で昨日買ったものとは違う種類を買い求めるつもりでいた。気まずい気分で答えたら、目線の先で別所が顔を上げた。
「じゃあ、そこまで送ります」
「い、いいえ。大丈夫、です」
とは言ったもの本音を言えば不安だった。だがそれを見せるわけにはいかず、遼子は虚勢を張る。しかし、
「僕たちはここで待ち合わせをしていたんです。だから岡田たちがいるところまであなたを送ります。そうすれば先ほど帰られた方はあなたに近づかないと思うから」
元夫の突然の出現のせいでわき上がった不安を言い当てられドキリとした。別所が現れて去ったものの、建物の外で待ち伏せしている可能性が非常に高かったからだ。
別れた夫・高桑が自分に会いに来た理由それは、元の職場に戻ってほしいというものだった。そうすれば顧問契約を打ち切った企業が戻ってくるからという、なんとも身勝手なものだ。おそらく富沢がたきつけたのだろう。そうしなければパートナーから外すとか言って。
富沢が経営している法律事務所もそうだが、都市圏の事務所はパートナーと呼ばれる弁護士たちの共同経営が主体だ。企業で言えばトップである富沢が社長、パートナーたちはさしずめ役員といったところか。
別れた男は自分より早くパートナーになることに固執していた。いろいろな手段を使いようやくつかみ取った席を取り上げられてしまいそうだから、なりふり構わず行動に出たに違いない。そう思い至り、遼子は目線を下げる。
「……お願い、します」
不本意ではあったが今は仕方がない。それに別所に聞きたいこともある。
「じゃあ行きましょうか」
「はい」
富沢が事務所に戻るよう言ってきたり高桑を自分に差し向けたのは、おそらく別所の会社にいられるのが一ヶ月を切ったからだ。次の職場が決まっていないから誘えば戻ってくるとでも思っているのだろう。こうなったら篠田のパーティーで声を掛けてくれたところに行ったほうがいいのかもしれない。ただどのような事務所なのかわからないから、付き合いがあった別所に聞いてからのほうがいい。そう思い至り遼子は別所とともにビルを出たのだった。
立ち去る元夫の背中を、ぼう然としながら眺めていたら別所の声が耳に入った。我に返り別所に目をやると不安げな顔をしている。遼子は、どうしたものか立ち尽くしたまま考えた。が、
「と聞きたいところですがやめときます。ところで岡田たちは? 御一緒していたはずですが」
急に話の矛先を変えられてしまい、遼子はうろたえる。
「え……、あの……、先に行くよう……」
ビルから出た直後のことだった。別れた夫が近づいてきたのは。
急なことだったから一瞬思考が停止してしまったけれど、深雪たちから向けられるいぶかしげな目線に気づき気持ちを無理やり立て直し、行く予定の料理屋に先に行くよう彼らに言ったのだった。それを説明しようにも言葉がうまく出てこない。しどろもどろに返事をしたら別所の表情が曇った。
「……先日、僕と岡田が帰ろうとしたらあの方が受付にいらっしゃいました。こちらに麻生遼子という弁護士がいるはずですが、会わせてもらえないでしょうか? たしかそうおっしゃられていたと記憶しています」
ということは、岡田が話していた相手だろう。あのときはクライアントだった企業の担当者かもしれないと思ったが、よりにもよって夫だった男だったとは思いもしなかった。
「遼子先生はお帰りになられたあとだったのでその旨伝えたうえで名刺を頂こうとしましたが、また来るからと言い残され帰られました」
「そう、でしたか……」
怪訝なまなざしを向けられ落ち着かない。どうやってこの場を乗り切るか考えながら言葉を返した直後、別所の目がそれた。解放されたような気持ちで別所を見ていると、彼はジャケットの内側から取り出したスマートフォンの画面を真面目な目で見始めた。
「遼子先生、二人が待っているところはどこですか?」
「え?」
唐突に問われ遼子は戸惑いながら返事した。
「……駅前の洋食屋さん、です」
今日はそこのオムライスを深雪たちと食べに行く予定だった。その後はあのたい焼き屋で昨日買ったものとは違う種類を買い求めるつもりでいた。気まずい気分で答えたら、目線の先で別所が顔を上げた。
「じゃあ、そこまで送ります」
「い、いいえ。大丈夫、です」
とは言ったもの本音を言えば不安だった。だがそれを見せるわけにはいかず、遼子は虚勢を張る。しかし、
「僕たちはここで待ち合わせをしていたんです。だから岡田たちがいるところまであなたを送ります。そうすれば先ほど帰られた方はあなたに近づかないと思うから」
元夫の突然の出現のせいでわき上がった不安を言い当てられドキリとした。別所が現れて去ったものの、建物の外で待ち伏せしている可能性が非常に高かったからだ。
別れた夫・高桑が自分に会いに来た理由それは、元の職場に戻ってほしいというものだった。そうすれば顧問契約を打ち切った企業が戻ってくるからという、なんとも身勝手なものだ。おそらく富沢がたきつけたのだろう。そうしなければパートナーから外すとか言って。
富沢が経営している法律事務所もそうだが、都市圏の事務所はパートナーと呼ばれる弁護士たちの共同経営が主体だ。企業で言えばトップである富沢が社長、パートナーたちはさしずめ役員といったところか。
別れた男は自分より早くパートナーになることに固執していた。いろいろな手段を使いようやくつかみ取った席を取り上げられてしまいそうだから、なりふり構わず行動に出たに違いない。そう思い至り、遼子は目線を下げる。
「……お願い、します」
不本意ではあったが今は仕方がない。それに別所に聞きたいこともある。
「じゃあ行きましょうか」
「はい」
富沢が事務所に戻るよう言ってきたり高桑を自分に差し向けたのは、おそらく別所の会社にいられるのが一ヶ月を切ったからだ。次の職場が決まっていないから誘えば戻ってくるとでも思っているのだろう。こうなったら篠田のパーティーで声を掛けてくれたところに行ったほうがいいのかもしれない。ただどのような事務所なのかわからないから、付き合いがあった別所に聞いてからのほうがいい。そう思い至り遼子は別所とともにビルを出たのだった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる