【改訂版】12本のバラをあなたに

谷崎文音

文字の大きさ
上 下
12 / 38
《第一章》あなたが好きです

第十一話

しおりを挟む
「さて、行きますか」
 歩き出してすぐ遼子りょうこに笑いかけてみたら、彼女は不安そうな顔を岡田おかだ深雪みゆきに向けていた。目線をたどって岡田を見ると、深雪と一緒に料理を皿に盛り付けている。
 少し離れたところから岡田たちを見ればカップルのように見える。叶うことなら本当の恋人同士になってくれたらいいが、岡田がちゃんと深雪と向き合わない限り無理だ。おそらく遼子も自分と同じ気持ちなのだろう。二人に向けるまなざしが不安げだ。
「あとは二人にまかせましょう、遼子先生」
「え?」
 遼子から心もとなさそうな瞳で見上げられ心臓が大きく脈打った。いつも毅然としている遼子の頼りなげな姿は庇護欲をひどく駆り立てたが、別所は理性で押さえ込む。
「だって、これからどうするか考えなきゃいけないのはあの二人ですから」
 遼子に言ったとおり、当事者以外は所詮部外者であり、それ以外何物でもない。そう頭ではわかっていても、親しい関係である相手のこととなると我がことのように思ってまうのが人間だ。諭すように遼子に告げたら、彼女は目線を落とし小さく息を吐く。
「そう、ですよね……」
「いい結果になったら四人で食事に行きましょう。そうでなかったら僕が岡田を慰めますから遼子先生は深雪くんをお願いします」
「わたしが? 深雪さんを?」
「ええ。疑心暗鬼から深雪くんが素直になれないことも考えられます。そうなったら、よほどのことがないかぎり……」
「素直になれないって、それってつまり……。深雪さんも岡田さんのことをってことで合っていますか?」
 別所は笑みを作って頷いた。
「昼休憩が終わる十分前になると給湯室でおしゃべりしてますよ、岡田と深雪くんは。本当に毛嫌いしている相手なら、社交辞令であってもそういうことはしないと思います」
 岡田と深雪は、それぞれ昼食をとったあと給湯室で会話している。といっても、九割方岡田が深雪に怒られているだけだけれど。
「とにかく、あとは二人にまかせて。僕たちは挨拶回りを頑張りましょう」
 安心させようと優しくほほ笑みかけたら、遼子の表情が少しだけ和らいだ気がした。ほっとしてすぐ気持ちを切り替え遼子とともに挨拶をして回っていたら、急に呼びかけられた。
「別所さん、御無沙汰しています」
 声がしたほうへ顔を向けると、以前顧問弁護士だった男が早足で近づいてきた。
「久しぶりだね、高崎たかさきくん」
「本当に」
 高崎憲吾たかさきけんごは、今は法律事務所の代表だが、その前に大手弁護士事務所に勤務していた。そのとき会社の顧問を頼んでいたのだが、彼の父親が経営していた事務所を引き継ぐため退社した際契約が切れたのだ。飾らない性格と真面目な仕事ぶりから新たに顧問契約を結びたかったが、タイミングが合わなかった。その後篠田の勧めで法務部を作り、付き合いがあった弁護士から企業法務を得手としている人間を紹介されて今に至っている。久しぶりに顔を合わせそれぞれの近況を話していたら、別所はあることに気がついた。
「ところで別所さん、こちらの方は……」
 育ちが良さそうな柔和な顔した高崎が、遼子に目線を向けた。
「ああ、彼女は麻生遼子あそうりょうこさん。うちで働いてもらっている弁護士なんだ。といってもあと一ヶ月だけだけど」
「どういうことです?」
 高崎の窺うような目と目が合った。
「もともと働いていた弁護士が病気で倒れてね。入院している間だけの約束で来てもらっているんだ」
「そういうことでしたか」
 納得したような顔をしたと思ったら、高崎は目を見開いた。
「あの……、次の仕事は決まっておられますか?」
 高崎から遼子に目線を移したら、彼女はあっけにとられたような顔をしている。
「次の……仕事、ですか?」
「ええ。実は長く働いてくれていた弁護士が今月いっぱいで退社するんです。それでもし、次の仕事が決まっていないのでしたらうちで働いてくれたらいいなと思いまして……」
 必死そうな顔した高崎と戸惑っているような遼子を交互に眺めつつ別所は思案する。
 高崎法律事務所は、規模こそ小さいけれど手堅い仕事をすると評判だ。そのようなところなら遼子の次の職場として申し分ない。そう思いながらも気持ちは複雑だった。
「これ、私の名刺です。もしも次の職場にうちを考えていただけるようでしたら電話かメールをください」
「は、はい。ありがとうございます」
 かしこまって頭を下げた遼子の姿を目にしたら、彼女があと一ヶ月でいなくなる現実を思い知らされたような気がして急に気分が重くなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

処理中です...