【改訂版】12本のバラをあなたに

谷崎文音

文字の大きさ
上 下
10 / 38
《第一章》あなたが好きです

第九話

しおりを挟む
「どこまで遡ったらいいかなあ……」
 遼子りょうこの視線を感じながら別所べっしょは思案する。
 岡田おかだ深雪みゆきに好意を寄せていることに気づいたのは彼らが入社して割とすぐだ。それから五年が経っているが、二人の関係は進展どころかこじれている。この間の記憶を遡っていたら、勝手にため息が漏れた。
「二人が同い年の同期入社なのはご存じですか?」
「はい、深雪さんから聞きました」
「岡田は人事、深雪くんは法務と課は違いますが、小さな会社ですから飲み会や食事会、それにお茶会になると二人一緒に誘われていました。そこで岡田は必ず深雪くんの隣に陣取るんです。なぜだと思いますか?」
「え? それは……同期、だから、とか……」
「僕もはじめはそう思っていたんです。でも違いました。岡田はね、深雪くんに近づく男たちをけん制していたんですよ」
「けん制……?」
 遼子から戸惑いの顔を向けられた。別所は苦い顔をする。
「そう確信したのは彼らが入社した年の社員旅行です。知り合いが経営している熱海のリゾートホテルに行ったんです。そのとき岡田はいつものように深雪くんの隣に陣取りましたが、先輩たちに呼ばれて席を離れたんです。で、チャンス到来とばかりに深雪くんに近づいた社員がいたんですが、すぐに戻った岡田に追い払われたんですよね」
「追い払われた、って……」
「離れろって言ったわけじゃないんです。ただ、深雪くんたちのおしゃべりに横やりを入れたというか、彼女をからかって怒らせてケンカみたいになったというか……。会話を遮られてそんなものを見てしまえば都合が悪くなります。それで撤退したので結果的には追い払ったんですよ」
 その一部始終を偶然見てからというもの、深雪と一緒にいるときの岡田の動向が気になったものだ。社員旅行のあと、同じような出来事が何度も続いたおかげなのか、深雪に近づこうとする男たちは減ったけれど、そのかわり二人の仲はいいとはいえなくなった。
「そのときにちゃんと気持ちを伝えていたら良かったのに岡田はしなかった。なぜだと思います?」
「……わかりません」
 遼子は表情を曇らせた。
 岡田が深雪に近づく男たちを撃退している理由それは明らかだ。彼女に好意を寄せているからで違いないが、岡田はいつまで経っても行動を起こさない。どうしてなのかと疑念を抱いたものだが、自分の秘書になったあとの岡田の言動を振り返ると合点がいった。
「あくまでも推測ですが……」
 別所は言いにくそうに口を開く。岡田の真意がわからない以上、彼の言動から導き出したものは仮定でしかないが確信はあった。
「おそらく深雪くんから追いかけられたいからでしょう」
「はあ……」
 目線の先で遼子が怪訝な顔をする。
「岡田は女性たちから人気があると自負しているところがあります。性格はともかくあの格好だし自信を持つのも仕方がない。学生時代も女性たちに追いかけられる側だっただろうから、好きな人にそうされたいといいますか……」
 モデルをしていた頃、岡田と同じタイプの同僚がいた。その彼には意中の女性がいたけれど、今の岡田と同じような接し方をする同僚よりも、彼女は自分に対し誠実な対応をしている男を選んだ。若かりし頃の記憶を思い返していたら、隣からあきれたようなため息が聞こえてきた。
「ということは、もしかしたら「あれ」もそれなのかしら……」
「あれ?」
 ひとりごとのような小声で遼子が漏らしたものに別所は問いかける。
「実は……、聞いちゃったんです、二人の会話。喫茶室に行こうとしたら給湯室から深雪さんと岡田くんの声がして……」
 遼子が顔を赤らめて言いにくそうに話し出した。
「岡田くんが食事に行こうって言ったら、深雪さんは自分は忙しいからほか当たってと……」
 その後に続く二人のやりとりを遼子から聞かされあきれてしまった。が、不意にあることを思いだし別所は苦い顔で遼子に尋ねた。
「それはいつか覚えていますか?」
あずまさんが来た日だから三日前です」
 やはりそうか。別所は眉を寄せる。
「実はその日、昼休憩から戻った岡田の様子が変だったんです。おそらくですが深雪くんからきつい言葉を掛けられたからでしょうね。ということは……」
 岡田が急に合コンへ行きだしたのは最近だ。しかも社外社内問わず誘われるままに参加していると耳にしたことがある。それまでどんなに誘われても頑なまでに断っていた彼が変わったのはおそらく……。
「いつまで経っても追いかけてこない深雪くんの気を引きたいんでしょうね」
 結果として深雪から「女たらし」だの「クズ」だのと言われる羽目になったけれど自業自得だ。別所は深い息を吐く。
 素直に気持ちを伝えればいいだけなのに、おかしな見栄が邪魔してできない岡田。そんな彼を毛嫌いするようになってしまった深雪。こじれにこじれてしまった二人の関係をどうにかしたくて、岡田は遼子に深雪を付き添わせようと提案したに違いない。そこに至り目線を岡田に向けると、彼は真面目な顔で東にスーツの相談をしていた。
篠田しのだのパーティー、なるべく早く岡田と深雪くんから離れましょう」
「え?」
 遼子に視線を戻したらいぶかしげなまなざしを向けられていた。
「たぶんですが……、岡田は一世一代の勝負をするつもりだと思います。だからですよ」
 すると遼子は不安げな顔で「はい」と言ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...