上 下
7 / 38
《第一章》あなたが好きです

第六話

しおりを挟む
「診断の結果、麻生あそうさまは骨格診断ではストレート、パーソナルカラーはブルベースの冬でした」
 ボブカットの女性はそう言ってA4サイズのパネルを見せた。それには黒髪に黒い瞳が印象的な女性のイラストが描かれている。
「顔立ち、遼子りょうこ先生に似てますね」
 隣に座る深雪が言うと、パネルを見せている女性は「キリッとしたお顔立ちが特に」と言ってほほ笑んだ。
「あと吉永よしながさまはナチュラルでイエローベースの春でした」
 女性はもう一枚のパネルを出す。そこには暗めではあるが茶色いミディアムヘアの女性が描かれている。大人びてはいるがかわいらしい顔立ちは深雪とそっくりだった。
深雪みゆきさんに似てるわ」
 遼子が言うと、
「私も似てるなって思ってました」
「髪や瞳の色が似ていることは多々あるんですが、イラストと似ていることはそうないのでこちらも驚きました。今日の診断結果を元にこれからアイテム選びをさせていただきます」
「よろしくお願いします」
 遼子は愛想笑いする。パーティー参加を決めた翌日、午後一番にやってきたスタイリストからなにについて診断するのか一通り聞いたものの結局理解できないままだった。それなのに骨格診断だのパーソナルカラーだの言われてもいまいちピンとこなくて当たり前だ。
 あずまと名乗った女性から聞いた話だと、パーティーに着ていくドレスについて別所から依頼を受けたというし、あとは彼女にすべてを任せよう。遼子はそう決意した。
「今日を含めて二日あれば用意できますので、別所べっしょさまにお届けするものと一緒にいくつかお持ちします。あと麻生さま……」
 診断に使った色とりどりの布を片付けていた東に声を掛けられた。
「なんでしょうか?」
 遼子は無理に笑みを作る。
「お仕事が終わりましたらこちらに行っていただけますか?」
 東は黒いブリーフケースの中から取り出したクリアファイルを差し出してきた。打ち合わせ用のテーブルに置かれたものを見て遼子は驚いた。
「パーティーまで一週間切っていますし、大急ぎでお肌とお体のラインを整えなければなりません」
 え?
 不穏な言葉が耳に入り頬が引きつった。
「スキンケアを行う美容クリニック、ボディメンテナンスを行うエステサロンについてはこちらに書いていますので」
 プラスチック越しに書類を見てみたら、会社からそう離れていない雑居ビルまでの地図と東の名刺がファイリングされていた。
「クリニックもエステサロンも私の名刺を出していただければすぐに施術に入るよう話は通していますので」
 肌や体の手入れ不足を指摘されている気がしたけれど、実際最低限のケアしかしていないからなにも言えなかった。「わかりました」と力なく答えたら、東は満面の笑みを浮かべたのだった。
 本来の業務ではない仕事に時間を取られてしまったせいで、今日やるべきことを終えたのは日が暮れる頃だった。おいしいコーヒーが飲みたくなって一階にある喫茶室へ行こうとして遼子は法務部のフロアを出る。エレベーターのボタンを押して到着を待っていたら、給湯室があるあたりから深雪の声がした。
 彼女も休憩しているのなら一緒に行かないかと誘おうとして部屋に足を向けると今度は男の声がした。
「仕事帰りにうまいもん食わせてやるから付き合えよ」
 どこかで聞いたことがある声だった。足を止め記憶を遡っていたら、深雪のあきれたような声が耳に入った。
「あんたと違って私は忙しいの。だから他の子誘って。たとえば総務のシホちゃんとか」
 すると、げほげほとむせる音がした。
「先週の金曜、シホちゃんとラブラブデートだったんですってね」
「やっ、それは……」
「その前の週はクライアント会社の女の子たちと合コンしたんだってね。しかもそのうちの一人をお持ち帰りしたって聞いたわ」
「だからそれは……」
「もういい。あんたが女たらしなのは昔からだし」
 勝手に耳に入ってくるやりとりを聞いているうちに声の主がわかった。声の主は別所の秘書の岡田おかだだ。彼は深雪の手厳しい言葉の数々にたじろいでいる様子だった。
 深雪は、同い年の同期ではあるが岡田をことのほか嫌っている。そんな岡田と深雪が二人で一緒にいるだけでも驚きだが、それよりも痴話げんかのような会話が気になって仕方がない。二人がどんな関係なのか考えを巡らせていたら、
「あんたと一緒にいるだけで、あんたが口説いた子たちから恨まれそうだから絶対いや。誰かと食事がしたいだけならほか当たって。じゃあね」
 深雪が言い捨てるように別れの挨拶をした。遼子は慌てふためき隠れられるところを探したもののエレベーターホールには観葉植物があるだけだった。
 どうしたものかとうろたえていたら、タイミングよくエレベーターの到着を告げるベルが鳴った。遼子は近づく足音から逃げるように来たばかりのエレベーター乗り込んでドアを閉めたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...