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《第一章》あなたが好きです
第五話
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「では、のちほど連絡しますね」
別所は部屋を出たあと足取り軽く廊下を歩きながら、これからのプランを練った。なにせ遼子がパーティーへの参加を了承してくれたのだ。天にも昇る心地だった。
招待状を凝視したまま立ち尽くす遼子の姿を見て断られることを内心で覚悟した。しかし篠田の厚意を無駄にしたくない。だから別所は沈みそうな気持ちを奮い立たせた。
『りょ、遼子先生。ぼ、僕は決して不埒なことを考えてお誘いしたわけではなく、ただ……』
まったく下心がないと言えば嘘になる。だが背に腹は代えられない。まずは遼子を伴ってパーティへ行かないことにはなにも始まらないのだ。そのためには彼女が行かざるを得ない理由が必要になる。篠田からも遼子と会いたいと言われているし、心苦しいところではあるが、別所はそれを利用することにした。
『し、篠田がね、遼子先生に会いたいので、是非とも連れてきてくれないかと言ってきましてね。それでこんな形で……』
言い訳がましい言葉に内心で辟易したが、こうでも言わなければ遼子は首を縦に振ってくれないだろう。そう感じたから必死だった。すると、
『つまりそれは社用ですよね、社長』
いつのまにか側に来ていた深雪からまたも救いの手が差し伸べられた。ワラにもすがる思いで頷いて応えると、深雪はすぐさま遼子の側に寄り呼びかけた。
『遼子先生。これ、社用だそうです。お仕事ですよ、お仕事』
仕事だと言えば遼子は絶対に断らない。深雪もそれがわかっているのだろう。仕事という言葉を強調していた。その甲斐あってぼう然としていた遼子がおずおずと顔を上げてくれたのだが、不安げな目と視線が重なったときドキリとした。いつも毅然としている彼女の心許なさそうな表情やまなざしを初めて見たからだ。
緊張しながら返事を待っていたら、遼子はほんのり顔を赤らめぼそぼそと話し始めた。
『し、仕事なら、仕方、ないですよね』
『ええ、そうです。それに篠田社長は大事な取り引き相手ですし』
深雪が諭すように言った。別所は心の中で深雪に手を合わす。
『じゃあ……、ご一緒させていただきます……』
頼りない声だった。望まぬ参加であることはわかっているが、そうであっても嬉しくて年甲斐もなく叫んでしまいそうだった。別所はそれを理性で押さえ込み、遼子にほほ笑む。
『遼子先生。社用で参加するわけですから、ドレスやアクセサリーはこちらで用意します」
『えっ!?』
突然遼子が慌てふためいた。
『ど、ドレスとかアクセサリーはレンタルで借りますし、それに――
『遼子先生。これは仕事ですよ。だからすべて僕のほうで用意するのが筋です。ねえ、深雪くん』
遼子の側にいる深雪に同意を求めると、彼女は応えてくれた。
『ここは社長にお任せしましょう。それが一番いいと思います』
今し方のやりとりを思い返しながら歩いているうちに社長室に着いた。別所は部屋に入るなり、雑事をしていた岡田に告げる。
「岡田。至急、東千紘さんという方に連絡して、アポイントをとってほしい」
「東さん、ですか?」
怪訝な顔を向けられても仕方がないだろう。なにせ岡田が知らない人間だからだ。
「以前の仕事で世話になったスタイリストだよ。彼女はパーティー用のカップルコーディネートが得意なんだ」
早速篠田に遼子とともに参加すると伝えようと、ベストの内ポケットからスマートフォンを取り出したら
「カップル、って、まさか……」
岡田から驚いたような顔を向けられた。
「仕事」だからと言えば遼子は断らない。岡田はそう言っていたものの実のところ不安だったのだろう。自宅に招いた際のあれこれを深雪から聞かされていたものの、今回もうまくいくとは限らないからだ。心に引っかかっていたものがすとんと落ちてすっきりした。
「篠田のパーティ。遼子先生をエスコートできることになった。だから僕のタキシードと彼女のドレスを頼みたくて」
別所は答えながら篠田に電話する。呼び出し音が終わるか終わらないかのタイミングで篠田は出た。
「篠田。おまえのおかげで遼子先生と一緒に出席できるようになったよ」
喜び勇んで報告したら、
「良かったな。俺ができることはこれが最後だ。あとはおまえの頑張り次第。またへたれるんじゃないぞ。いいな?」
励ましの言葉とともに耳が痛くなるようなことを言われてしまったけれど、今はとにかく嬉しくて仕方がない。遼子と一緒に出かけられることだけでなく、彼女を美しく装わせられるからだ。
遼子は、いわば原石だ。いつもは髪をひっつめて紺色のスーツ姿といった隙のない格好をしているけれど、彼女に似合うスタイリングを施せばより魅力的になるだろう。本音を言えばドレス選びという名目で遼子を連れ出したいが、今回は一応社用でパーティーに参加することもあり、プロの手を借りたほうがいい。そう判断したのだった。
喜びを押さえきれず笑顔で自分の席に着いたところ岡田が真面目な顔で側に来た。
「社長。篠田さまのパーティー、ご一緒させていただきます。あと、吉永も遼子先生につけましょう」
「え?」
岡田を見上げると、彼は言いにくそうに口を開いた。
「いえ……、その……、なにかあったときすぐサポートできるので、そうしたほうがいいのではないかと……」
なぜ岡田が深雪とともに自分と遼子に随行したいと言い出したのか、それは遼子に告白して失敗に終わった場合を考えてのことで間違いない。そう確信したとたん浮き足立っていた心に不安が差した。が、もともと断られることを覚悟したうえで行動を起こしたではないか。別所は自らに言い聞かせる。
「そうだね。じゃあ深雪くんに伝えておいてくれるかい? もちろん彼女のドレスも用意するから」
笑みを向けたら、どういうわけか岡田がほっとした顔をした。
もしかしたら岡田も自分と同じく行動に移すつもりかもしれない。ずっと曖昧な付き合いを続けている深雪との関係をやっと進展させる気になったのだろう。そう思ったら少しだけ気持ちが明るくなった。
別所は部屋を出たあと足取り軽く廊下を歩きながら、これからのプランを練った。なにせ遼子がパーティーへの参加を了承してくれたのだ。天にも昇る心地だった。
招待状を凝視したまま立ち尽くす遼子の姿を見て断られることを内心で覚悟した。しかし篠田の厚意を無駄にしたくない。だから別所は沈みそうな気持ちを奮い立たせた。
『りょ、遼子先生。ぼ、僕は決して不埒なことを考えてお誘いしたわけではなく、ただ……』
まったく下心がないと言えば嘘になる。だが背に腹は代えられない。まずは遼子を伴ってパーティへ行かないことにはなにも始まらないのだ。そのためには彼女が行かざるを得ない理由が必要になる。篠田からも遼子と会いたいと言われているし、心苦しいところではあるが、別所はそれを利用することにした。
『し、篠田がね、遼子先生に会いたいので、是非とも連れてきてくれないかと言ってきましてね。それでこんな形で……』
言い訳がましい言葉に内心で辟易したが、こうでも言わなければ遼子は首を縦に振ってくれないだろう。そう感じたから必死だった。すると、
『つまりそれは社用ですよね、社長』
いつのまにか側に来ていた深雪からまたも救いの手が差し伸べられた。ワラにもすがる思いで頷いて応えると、深雪はすぐさま遼子の側に寄り呼びかけた。
『遼子先生。これ、社用だそうです。お仕事ですよ、お仕事』
仕事だと言えば遼子は絶対に断らない。深雪もそれがわかっているのだろう。仕事という言葉を強調していた。その甲斐あってぼう然としていた遼子がおずおずと顔を上げてくれたのだが、不安げな目と視線が重なったときドキリとした。いつも毅然としている彼女の心許なさそうな表情やまなざしを初めて見たからだ。
緊張しながら返事を待っていたら、遼子はほんのり顔を赤らめぼそぼそと話し始めた。
『し、仕事なら、仕方、ないですよね』
『ええ、そうです。それに篠田社長は大事な取り引き相手ですし』
深雪が諭すように言った。別所は心の中で深雪に手を合わす。
『じゃあ……、ご一緒させていただきます……』
頼りない声だった。望まぬ参加であることはわかっているが、そうであっても嬉しくて年甲斐もなく叫んでしまいそうだった。別所はそれを理性で押さえ込み、遼子にほほ笑む。
『遼子先生。社用で参加するわけですから、ドレスやアクセサリーはこちらで用意します」
『えっ!?』
突然遼子が慌てふためいた。
『ど、ドレスとかアクセサリーはレンタルで借りますし、それに――
『遼子先生。これは仕事ですよ。だからすべて僕のほうで用意するのが筋です。ねえ、深雪くん』
遼子の側にいる深雪に同意を求めると、彼女は応えてくれた。
『ここは社長にお任せしましょう。それが一番いいと思います』
今し方のやりとりを思い返しながら歩いているうちに社長室に着いた。別所は部屋に入るなり、雑事をしていた岡田に告げる。
「岡田。至急、東千紘さんという方に連絡して、アポイントをとってほしい」
「東さん、ですか?」
怪訝な顔を向けられても仕方がないだろう。なにせ岡田が知らない人間だからだ。
「以前の仕事で世話になったスタイリストだよ。彼女はパーティー用のカップルコーディネートが得意なんだ」
早速篠田に遼子とともに参加すると伝えようと、ベストの内ポケットからスマートフォンを取り出したら
「カップル、って、まさか……」
岡田から驚いたような顔を向けられた。
「仕事」だからと言えば遼子は断らない。岡田はそう言っていたものの実のところ不安だったのだろう。自宅に招いた際のあれこれを深雪から聞かされていたものの、今回もうまくいくとは限らないからだ。心に引っかかっていたものがすとんと落ちてすっきりした。
「篠田のパーティ。遼子先生をエスコートできることになった。だから僕のタキシードと彼女のドレスを頼みたくて」
別所は答えながら篠田に電話する。呼び出し音が終わるか終わらないかのタイミングで篠田は出た。
「篠田。おまえのおかげで遼子先生と一緒に出席できるようになったよ」
喜び勇んで報告したら、
「良かったな。俺ができることはこれが最後だ。あとはおまえの頑張り次第。またへたれるんじゃないぞ。いいな?」
励ましの言葉とともに耳が痛くなるようなことを言われてしまったけれど、今はとにかく嬉しくて仕方がない。遼子と一緒に出かけられることだけでなく、彼女を美しく装わせられるからだ。
遼子は、いわば原石だ。いつもは髪をひっつめて紺色のスーツ姿といった隙のない格好をしているけれど、彼女に似合うスタイリングを施せばより魅力的になるだろう。本音を言えばドレス選びという名目で遼子を連れ出したいが、今回は一応社用でパーティーに参加することもあり、プロの手を借りたほうがいい。そう判断したのだった。
喜びを押さえきれず笑顔で自分の席に着いたところ岡田が真面目な顔で側に来た。
「社長。篠田さまのパーティー、ご一緒させていただきます。あと、吉永も遼子先生につけましょう」
「え?」
岡田を見上げると、彼は言いにくそうに口を開いた。
「いえ……、その……、なにかあったときすぐサポートできるので、そうしたほうがいいのではないかと……」
なぜ岡田が深雪とともに自分と遼子に随行したいと言い出したのか、それは遼子に告白して失敗に終わった場合を考えてのことで間違いない。そう確信したとたん浮き足立っていた心に不安が差した。が、もともと断られることを覚悟したうえで行動を起こしたではないか。別所は自らに言い聞かせる。
「そうだね。じゃあ深雪くんに伝えておいてくれるかい? もちろん彼女のドレスも用意するから」
笑みを向けたら、どういうわけか岡田がほっとした顔をした。
もしかしたら岡田も自分と同じく行動に移すつもりかもしれない。ずっと曖昧な付き合いを続けている深雪との関係をやっと進展させる気になったのだろう。そう思ったら少しだけ気持ちが明るくなった。
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