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《第一章》あなたが好きです
第四話
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企業内弁護士としての遼子の仕事は契約書の作成だ。
どのような業種の会社に勤務するかで業務内容は違ってくるが、別所の会社はアパレル企業向けの経営コンサルタントであり、クライアントとの間で交わされる書類を作る仕事が大半を占める。それ以外にも社内の労使問題を解消するという業務もあるにはあるけれど、社主である別所がフランクなこともあり、問題になる前に話し合って解決しているらしいからほぼないと言えよう。こんな会社に企業内弁護士がいていいのかと、仕事をしているときふと思うときがある。だが、療養中の弁護士は高齢だ。まもなく七十才になろうとしているし、のんびりと仕事をするにはいいのかもしれない。それに社主である別所から企業法務だけでなく会社で働く人間たちの相談に乗ってもらうために雇っているのだと聞かされているから、たぶんこれでいいのだろう。忘れたころにふっとわく疑念をいつものように解消し、遼子は机の上に置かれている赤いクリアファイルに手を伸ばす。深雪が作成し終えたばかりの契約書を取り出しチェックをしようとしたらドアをノックする音がした。
「遼子先生。ちょっと、いいですか?」
別所だ。声が聞こえた直後、胸が大きく脈打った。表情を引き締め目線を前にやると、それぞれのデスクで仕事をしていた三人のスタッフたちの向こうに彼が立っている。
「社長。やっと遼子先生に告白しに来たんですか?」
別所と目が合ったタイミングで、少し離れたところで調べ物をしていた深雪があきれたような顔で言う。突拍子もない言葉を耳にし絶句している遼子の目線の先で、別所は一瞬きょとんとした顔をしたものの、すぐに笑顔で返事した。
「違いますよ。仕事の話です」
「あら、違うんですか。残念」
深雪はわざとらしく残念そうな顔をしたあと自分の席に腰掛けた。離れたところから二人のやりとりを眺めていると、別所がこちらに近づいてくる。
黒いベストにスラックス。濃いめのグレーのシャツに明るめの色のアスコットタイといった洗練された姿に見惚れていると、すぐ側にまで来た彼から苦笑を向けられた。
「遼子先生、どうしました?」
「えっ?」
どうしたとはこれいかに。遼子は戸惑う。が、別所の問いかけに思い当たるものに気がついた。
「仕事中でしたよね、すみません」
机の向こうで別所が肩を落とす。
まさか見とれていたとは言えないし、なにより気づかれてはいけない。かといって、この場をうまくやり過ごせる言葉が浮かばず困り果てていたら、
「それで社長。どのようなご用件ですか?」
自分の席に戻ったはずの深雪が別所に近づいた。
「あ、ああ、そうでした。実はご相談したいことがあって……」
別所はハッとしたあと、ベストの内ポケットからなにかを取り出した。
「相談、ですか?」
気を取り直し尋ねたら、白い封筒を差し出された。
「実は篠田から招待状が来てましてね。あいつの会社の創業十周年の」
「そういえば、奥様にお会いしたときにお話を伺いました」
篠田は元のクライアントであり恩人だ。その篠田の妻からお茶会に招かれた際、周年祝いの催しがあると聞かされている。
「そうですか。それでね、あいつ困ったドレスコードを設定してきましてね」
「ドレスコード、ですか?」
聞き返すと、別所が困ったような顔で頷いた。
「どのような……、ドレスコードなんです?」
篠田夫妻は個人的な集まりや会社のパーティーといった自分たちが関わった催事には趣向を凝らしている。面白い「約束ごと」を設定することで参加した人間たちに楽しんでほしいからだが、別所の様子を見たところ今回の決まりごとは楽しめるようなものではないらしい。不安を感じおそるおそる問いかけると急に別所が目をそらした。
「ぼ、僕の口からは言えません……。恥ずかしすぎて」
恥ずかしすぎて?
一体どのようなものを篠田はルールにしたのか。遼子は恐々となりながら渡された封筒を開き、カードを取り出した。そこに記されているものを目にした瞬間、頭の中が真っ白になってしまった。
『大好きな人をエスコートしてきてください(同性でも異性でも可)』
どのような業種の会社に勤務するかで業務内容は違ってくるが、別所の会社はアパレル企業向けの経営コンサルタントであり、クライアントとの間で交わされる書類を作る仕事が大半を占める。それ以外にも社内の労使問題を解消するという業務もあるにはあるけれど、社主である別所がフランクなこともあり、問題になる前に話し合って解決しているらしいからほぼないと言えよう。こんな会社に企業内弁護士がいていいのかと、仕事をしているときふと思うときがある。だが、療養中の弁護士は高齢だ。まもなく七十才になろうとしているし、のんびりと仕事をするにはいいのかもしれない。それに社主である別所から企業法務だけでなく会社で働く人間たちの相談に乗ってもらうために雇っているのだと聞かされているから、たぶんこれでいいのだろう。忘れたころにふっとわく疑念をいつものように解消し、遼子は机の上に置かれている赤いクリアファイルに手を伸ばす。深雪が作成し終えたばかりの契約書を取り出しチェックをしようとしたらドアをノックする音がした。
「遼子先生。ちょっと、いいですか?」
別所だ。声が聞こえた直後、胸が大きく脈打った。表情を引き締め目線を前にやると、それぞれのデスクで仕事をしていた三人のスタッフたちの向こうに彼が立っている。
「社長。やっと遼子先生に告白しに来たんですか?」
別所と目が合ったタイミングで、少し離れたところで調べ物をしていた深雪があきれたような顔で言う。突拍子もない言葉を耳にし絶句している遼子の目線の先で、別所は一瞬きょとんとした顔をしたものの、すぐに笑顔で返事した。
「違いますよ。仕事の話です」
「あら、違うんですか。残念」
深雪はわざとらしく残念そうな顔をしたあと自分の席に腰掛けた。離れたところから二人のやりとりを眺めていると、別所がこちらに近づいてくる。
黒いベストにスラックス。濃いめのグレーのシャツに明るめの色のアスコットタイといった洗練された姿に見惚れていると、すぐ側にまで来た彼から苦笑を向けられた。
「遼子先生、どうしました?」
「えっ?」
どうしたとはこれいかに。遼子は戸惑う。が、別所の問いかけに思い当たるものに気がついた。
「仕事中でしたよね、すみません」
机の向こうで別所が肩を落とす。
まさか見とれていたとは言えないし、なにより気づかれてはいけない。かといって、この場をうまくやり過ごせる言葉が浮かばず困り果てていたら、
「それで社長。どのようなご用件ですか?」
自分の席に戻ったはずの深雪が別所に近づいた。
「あ、ああ、そうでした。実はご相談したいことがあって……」
別所はハッとしたあと、ベストの内ポケットからなにかを取り出した。
「相談、ですか?」
気を取り直し尋ねたら、白い封筒を差し出された。
「実は篠田から招待状が来てましてね。あいつの会社の創業十周年の」
「そういえば、奥様にお会いしたときにお話を伺いました」
篠田は元のクライアントであり恩人だ。その篠田の妻からお茶会に招かれた際、周年祝いの催しがあると聞かされている。
「そうですか。それでね、あいつ困ったドレスコードを設定してきましてね」
「ドレスコード、ですか?」
聞き返すと、別所が困ったような顔で頷いた。
「どのような……、ドレスコードなんです?」
篠田夫妻は個人的な集まりや会社のパーティーといった自分たちが関わった催事には趣向を凝らしている。面白い「約束ごと」を設定することで参加した人間たちに楽しんでほしいからだが、別所の様子を見たところ今回の決まりごとは楽しめるようなものではないらしい。不安を感じおそるおそる問いかけると急に別所が目をそらした。
「ぼ、僕の口からは言えません……。恥ずかしすぎて」
恥ずかしすぎて?
一体どのようなものを篠田はルールにしたのか。遼子は恐々となりながら渡された封筒を開き、カードを取り出した。そこに記されているものを目にした瞬間、頭の中が真っ白になってしまった。
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