マージナル

仲間 梓

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マージナル

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見ているようで何も見ていなかった。
目の前の惨状も廃れていく自分も満たされぬ社会的欲求も崩れていく足場さえも
僕は何も見ていなかった。何も認識できなかった。
ただひたすらにやみくもに塞ぎ込むだけだ。
乗り越えたはずの痛みがぶり返し、何もできない自分を呪い、落ちていく自分をあざ笑う。
手に入れたはずの宝石がすべて転がり落ちて遠くに行ってしまう、いや落ちているのは自分だ。
宝石は浮力を持ち、手を伸ばしても届きゃしない。
頑張れば夢に届くんじゃなかったのか、そのための努力はしたんじゃないのか。
心が黒い感情に浸食されていく、支配されていく。
やはり僕は不幸だ。望んだって何一つ手に入らない。努力したってあざ笑れるだけで結局結果は出ない。
結局僕はただのロクデナシだったのだろう。
「お前にはどんなに頑張って届きゃしないよ」
知ってたさ。それでも手を伸ばしたんだそこが欲しかったから。でも……

僕の手から離れた宝石を、誰かがかすり取っていった、微かな笑みを浮かべて。



こんな暑い日でも河川敷には多くの子どもたちがいた。最近の子どもは家で遊ぶことの方が多いってニュース
では聞いてたけど、嘘だったのだろうか。
平日の真っただ中、僕のような高校生がいるのはやはり異常なのだろう、河川敷で遊ぶ子供たちの親がこっちをチラ
ッと見ながらひそひそと内緒話をしている。何とでも思うがいいさ、今の僕にはどうでもいい。
やがて日が傾き、河川敷の土手にも赤みがさし始めた頃になると、親と子供たちは連れだって帰っていった。
残されたのは僕だけだった。世界からも見放されたような気がした。風の音だけが耳を掠める。
膝小僧を抱き、緑の絨毯の上に体育座りをした。少し伸びた前髪をくすぐるように風は僕を追い越していく。
そんな自分に酔う裏で、もう一人の自分が僕を見下ろしていた。
「ははっ、なんて無様なんだお前。一番認められたかった人に見放されて、
全てを投げ打って努力したのに届かなくて、今度はそんな不幸な自分に酔っていやがる。本当にクズの塊だな」
うるさいな、ほっといてくれよ。僕は心の中で呟いて、膝に顔をうずめた。
しばらくそうしてもう一人の自分を無視していると、いつの間にか消えてしまったいた。また一人になったのか。
思考を止め、ただうずくまる。こんな時にも涙が出ないなんて、人間じゃないみたいだ。

僕は昔から社会的欲求が強かった。誰かに認められたり、頼りにされたりすることが最高の喜びだった。
この人に認めてもらいたいと思った人がいると、縮こまり自分をあまり出さずにその人がやってほしいことを
探した。失敗すると捨てられるんじゃないかと本気で怖かった。
これが間違いだったということに気が付いたのは高校に入って部活動を始めてからだ。
部活動の顧問の先生に認められたくて必死に自分を押し殺し、先生のやってほしいことを考えた。
指示に間違わず従い、怒られたら全力で謝り、見捨てないで欲しいと心の中でただ祈った。
それでもできない僕を先生は見捨てなかったんだ。やがて僕は自分を出せるようになった。
その殻を破った瞬間、なんてことだろう。今までできなかったことがスラスラできるようになって、
しかも先生が認めてくれるようになったんだ。叱られることよりも褒められることの方が多くなった。
部活動のリーダーも任されるようになった。僕はそんな自分が誇らしくなった。
部員たちにも頼られるようになり、社会的欲求は確実に満たされるようになっていった。
一度は掴んだ夢だったんだ。……綻びが見えたのはあの時だった。
なんであのとき、別の考えをしなかったのだろう。僕は昔から頭が固かったけどそれを思いつくだけの
思考能力はあったはずだったんだ。
全ては流動的である。暢気に構えてたら流されるのだ。あの時のように。
掴んでいたはずのものは確実になくなっていった。

ふと気配を感じて、思考の海から抜け出てきた。
僕の右斜め後ろに人の気配がした。別にどうでもよくて無視を続けていた。
それでも僕が反応しないと、ゆっくりと隣に座って……。
「……っ!?」
頭を僕の肩に預けてきたのだ。わけがわからなくて僕は初めて顔を上げて、隣に目を向ける。
とても小柄な少女だった。
髪は光を深い闇のように黒くて、髪同様瞳は黒。迂闊に覗き込むと飲み込まれてしまいそう。
反対に肌は白い。服装はうちの学校の制服だ。よく似合っている。体はスレンダーな方で
凹凸が少なそう。ってそうじゃない、なんなんだこいつは、いきなりよりかかってきて。
初めは動揺であたふたした僕だったが、やがて彼女が目を閉じるとなんだか落ち着いてきてしまった。
肩から伝わる体温が、僕の心を温めてくれているような気がした。
だからこれは気まぐれをなのだろう。
初対面の女の子なのに、僕はこのドス黒い感情を吐き出してしまっていた。先ほどまで考えていたすべてを。
女の子は聞いてくれているかどうかはわからなかったけど、それでもよかったのだ。ただ言いたかっただけ。
それだけなんだ。
突然そんな自分がとってつもなく恥ずかしくなった。
「っていきなりこんなこと言ってもわからないよね。ごめん」
僕は黒い感情を吐き出すだけ吐いて、最後に締めくくった。何と見苦しい姿であろうか、初対面の女の子に
愚痴らなきゃいけないほど自分はナーバスになっていたのだろうか。こんなこと誰にでもあるし、
世界の大きな災害に比べてたら全然大したことないのに。
しばらく、風の音しか聞こえなかった。相変わらず肩には少女の体温があり、もうこのまま返事なんかもらえなくても
いいかと思い始めたころだった。

「……ばれ」

初めは何を言っているのか聞こえなかった。やがてだんだんと

「……んばれ」

はっきりと

「……がんばれ」

聞こえた。

たった4文字の言葉である。しかもよく使われるような言葉だ。それなのに……
なぜか……涙が止まらなかった。
拭っても拭ってもあふれてくる涙に僕は身を任せるだけだ。少女のたった一言が心の奥底の締め付けを、
ゆっくりと解き放ってくれた。この少女はわかっていたのだろう。僕の悩みは僕にしか解決できないことを。
そしてそのための行動は僕でしかできないことを。ただ今だけは泣かせて欲しかった。
弱みも苦しみも全部ぶつけて、また一から頑張り直せる勇気が出るまで。



泣き疲れて眠ってしまっていたのだろうか。目を覚ました時には夕日は沈み、町は街頭で明るく照らされていた。
あの女の子の姿を見つけようと立ち上がり見回したが、誰もいなかった。
あの少女はなんだったのだろう。疑問に思ったが、あえて触れないことにしておく。その方がいいと思う。
僕の愚痴を聞いてくれた、再び頑張れるよう声をかけてくれた、あの少女が僕に立ち上がる力をくれた。
重要なのはただそれだけなんだろう。
「よしっ!」
失敗してもまた立ち上がればいい。もう一度あの宝石を掴むんだ。
少女の一言が僕の心の奥底に宿り無限にエネルギーを湧き立たせてくれる。
力強く両足を地面に打ち付けて僕は歩き出した。

その様子を川の中から少女がいつまでも見守っていた。
「……がんばれ」
やさしい笑顔を浮かべて、少女は水に消えた。
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