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カラスウリの心境
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「息、苦し……」
少量の酸素を使って私はようやく呟く。額からは汗が流れ、呼吸は一秒ごとに荒くなっていくようだ。しっかり肺に酸素を送り込み吐き出しているはずなのに、全く楽にならない。
目を閉じても開けても真っ暗で何も捉えることができない。それが余計に不安を煽り、私の鼓動を速くさせる。呼吸がものすごく浅い、いくら吸っても酸素が入ってこない。
幼いころ、海で溺れた時のことを少し思い出す。
海面から顔を上げてなんとか空気を少量吸い込むけど、すぐに波に飲まれて再び水中へ潜らされる。それでも粘って海面から顔を出して呼吸をしようとするけどまたすぐに波に流される。これがずっと続いているみたいだ。
私は顔を動かして少しでも光を欲するように窓から空を眺める。
いつもなら寝ている私をやさしく照らしてくれる月は厚い雲に覆われているのだろう、姿は見えなかった。秋口の今ならほとんどの毎日月が見られるのに、こんな時に限って……。
不安が絶頂に達したのが感覚でわかった。背中に嫌な汗を掻いているのを感じる。頭だけが熱くなり、全身が冷たくなってきた。
思考がスパークし、リアルかつ息遣いまで鮮明な幻聴が聞こえてくる。
たった一人の親友の声で突き放つように放たれたコトバ。
「兄貴を好きになるなんて異常だよ」
視線を動かして天井がある真上を見つめる。自室の天井が迫ってくるように感じた。
「わあああっ」
恐怖のあまりベッドから転げ落ちる。そこから先は柔らかい絨毯のはずだが打ち所が悪かったようで肘に鈍痛が走る。
「うううう」
声にならないうめき声を挙げて、その痛みと声で現実に戻ってきた。
ここは見慣れた自分の部屋、時間はたぶん深夜だろう。深呼吸を一つ、少し安心した。
明日も学校がある、部活がある。なんとか寝付かないといけない。
ベッドに上り直し再び横になる。しかし寝付かなくちゃと思えば思うほど思考が止まることなく動き出す。脳が身体から離れて暴走しているようだ。自分で止めることができない。
半分寝てしまうと先ほどのように親友や両親の幻聴に叩き起こされる。
私は寝ることを諦めて、ベッドの隅っこで壁に寄りかかり体育座りをした。
小学生のころは兄貴のことなんて大っ嫌いだった。男なのにぜんぜん男らしくない。
私の兄貴なのだから熊を素手で倒すような、いや無人島に飛ばされても生きていけそうな頑丈さがあってもいいと思う。でも現実の兄貴は、三つも年下の男の子に泣かされるわ、冬の体育で水分不足でぶっ倒れるわで、ひ弱さの塊のような人だった。でも、料理は家族の誰よりも上手で、何かあるたびに作ってくれるオムライスは調理師の免許を持つお爺ちゃんをうならせるレベルだったりする。一昔前なら乙男と言われていた人種だろう。そんな女の子みたいな兄貴を私は恥ずかしいと思っていたわけで、学校の友達には絶対にばれたくなかった。
これに関して私が家事能力皆無で嫉妬していていたなんてことはないと今でも言える。
……いえる。
そんな兄貴への見方が変わり始めたのはいつだったんだろう。
クラスのみんなに兄貴が作った弁当を褒められたとき、私が邪険に扱っていたせいで気が付かなかった兄貴の優しさか、はたまた読書をしているときの愁いを帯びた顔を見たときか。
……うん、そのすべてが原因だと思う。
中二の夏には空手道の全国大会に出場することができた。もちろん兄貴はサポートしてくれた。
試合当日までの栄養管理や体のストレッチを始め、もやしのくせに毎日朝のランニングに付き合ってくれた。
組手の模擬試合に付き合ってもらったときは、回し蹴りで気絶させてしまい(あれは自分でも綺麗に決まったと思う)焦ったこともあったけど……。
そんな兄貴のサポートもあって私は優勝することができた。そこで自分の気持ちに初めて気が付いた。
私の初恋の相手は大っ嫌いなはずの兄貴だった。
その日からずっとだ、夜になると襲ってくるこの現象に悩まされるようになったのは。
「寒い……」
全身に寒さを感じて布団を背中にかける。秋口の夜はこんなに肌寒かっただろうか。
左足を右足で擦り温め、手にはーっと息を吹きかける。体を縮こまらせて、布団を引き寄せ、再び思考の世界に入り込む。
恋とは綺麗なものだと思っていた。放課後の校舎、窓から見える校庭でサッカーをしている同い年の少年。夕日が差し込み彼の顔を赤く明るく照らす。そんな楽しそうな彼を毎日眺めて、私もうれしくなる。不思議と笑顔になる。そんな恋でよかった、片想いでもよかった。
でも私がそういうことを感じたのは実の兄だった。それはもう変えようがないし変えたくない。
兄貴が私以外の誰かと街を歩いている想像をするだけで頭が真っ白になるわけで。
兄貴に関して知らない出来事があるだけで無性に悲しくなるわけで。
兄貴と一緒にいられるだけでどうしようもないくらい心が躍ってしまうわけで。
もうとっくに頭がおかしくなっているのは実感している。
兄貴と一緒に買い物に行く想像するだけで、さっきまでの寒気が嘘のように全身が暖かい。
頬が上気し口から言葉にならない音が漏れ出す。思わず足をばたつかせてしまいギシギシとベッドが軋む音を聞いて少し落ち着いた。
「ふぅ」
ため息をつくと頭に溜まっていた熱が抜けていくような気がした。
クリアになった頭に今度は冷静な思考が紛れ込んでくる。
こんなの絶対におかしいし、間違っているとわかっている。間違っていると分かっているのだ。
親友に両親に知られてしまったら何と思われるだろう。
そんなのは決まっている、失意と軽蔑だ。
しかもそれは街全体に知れ渡り、歩くたびに周りの人たちから好奇や軽蔑の眼差しを向けられることになる。
ぶわっと背中から汗が染みだしてきた。考えただけでわかる、そんなの絶対に耐えられない。
ああああああと声を漏らして、立てた膝に顔を埋めた。
こんな未来を回避するにはどうすればいいか。とても簡単だ、兄貴をそういう目で見なければいい。
それもそうだ。間違っていると理解できているのだから思い直すのも簡単なはず。
よく考えたら結ばれることなどありえないのだから、想っていても無駄なはずだ。
「無駄なはず、無駄なはず」
自分に言い聞かせるように小声でつぶやく。そう無駄なんだ、なにもかもこんな思考さえも、想うことさえ。
決して、決して実らないのだから。
喉からせりあがってくるものを止めきることはできなかった。感情の壁が崩壊した瞬間、爆発的に溢れ出す想い。
パジャマのズボンが濡れるのなんか気にならなかった。手で口元を強く押し付ける。
絶対に漏らさないように、隣の部屋で眠る兄貴に聞こえないように嗚咽を殺す。
こんなときにも、兄貴が隣の部屋から飛んできてくれて、抱きしめてくれて、「大丈夫だ」と頭を撫でられることを期待してしまう。この世界はドラマじゃないからそんなことは起きないけれど。いやそれ以上に泣いている自分の姿を兄貴に見られたくない気持ちが強い。兄貴の前では兄貴が考えているような強い妹でいたいと思っている。
ああそうか、結局私はあきらめきれないのだ。しかしそれでは解決しないでもあきらめたくないしと、無限ループに陥ってしまう。
「私、もうどうしたらいいかわかんないよ」
パジャマの袖で目元を拭う。拭っても拭っても止めどなく溢れてくるみたいだ。
「なんか私、泉になったみたい」
と少しおかしなことを言ってみた。ついでに少し空笑いを一つ。
自分で自分を元気づけようとしたのだろうか。私自身にもよくわからなかった。それでも涙は止めどなくあふれてきて私を濡らしていく。
実は私は泣くこと自体あまり嫌いではない。
思考を止めることができて、一通り泣いたら自動的に瞼が下りてきて眠ることができるからだ。
今回も同じだった、パソコンをシャットダウンするように意識が途絶える。
「佐紀!ねぇ佐紀!起きないと遅刻するよ」
誰かに体を揺さぶられるのを感じる。意識がはっきりしていなくてもわかる。少し低いでもお父さんよりは高い声、兄貴の声だ。兄貴が起こしに来てくれた。少し心が満たされ、重たい瞼を開ける。
明るい日差しと共にぼんやりと目に入ってきたのは見慣れた自分の部屋と優しい笑顔を向けてくれている兄の姿だった。
「起きた?今日朝練あったよね。ご飯出来ているから」
「……ん」
上体を起こして袖で目元を拭く。涙が残っていない確認するためだったけど、それが逆効果だったみたいだ。
兄貴は私の顔を見ると突然慌てはじめる。
「どうしたの!? 目も目元も真っ赤、泣いていたの?」
「あええっとその」
「誰かに泣かされたの!?男!?女!?学校とクラスと出席番号を教えてくれれば僕が話をつけて……」
「もういいから!大丈夫だから!」
私の剣幕に押されたらしい、兄貴は少し後ずさる。しまったと心の中で失態を恥じた。
「そ、そう。でも何かあったら言ってね。こんなんでも兄貴なんだから頼ってよ」
微笑みながら言ってくれる兄貴の優しさが体に染み渡り、活力が戻ってくる。
兄貴がちょっと気にかけてくれただけで、笑いかけてくれるだけで私は満たされてしまう。
単純なんだな私って、と自虐的になる。
いつかこれだけでは満足できなくなる時が来るのだろうか。その時私と兄貴はどうなっているのだろう。
いや、考えるのは辞めよう。この想いは私の心の中にしまっておかなくちゃならないのだから。
それでも私は努めて笑顔で、兄貴のそばに居続けようと思う。
「もちろん頼りにしてるよ、兄貴」
―――この想いが、ほのかに苦い思い出になるまで。
少量の酸素を使って私はようやく呟く。額からは汗が流れ、呼吸は一秒ごとに荒くなっていくようだ。しっかり肺に酸素を送り込み吐き出しているはずなのに、全く楽にならない。
目を閉じても開けても真っ暗で何も捉えることができない。それが余計に不安を煽り、私の鼓動を速くさせる。呼吸がものすごく浅い、いくら吸っても酸素が入ってこない。
幼いころ、海で溺れた時のことを少し思い出す。
海面から顔を上げてなんとか空気を少量吸い込むけど、すぐに波に飲まれて再び水中へ潜らされる。それでも粘って海面から顔を出して呼吸をしようとするけどまたすぐに波に流される。これがずっと続いているみたいだ。
私は顔を動かして少しでも光を欲するように窓から空を眺める。
いつもなら寝ている私をやさしく照らしてくれる月は厚い雲に覆われているのだろう、姿は見えなかった。秋口の今ならほとんどの毎日月が見られるのに、こんな時に限って……。
不安が絶頂に達したのが感覚でわかった。背中に嫌な汗を掻いているのを感じる。頭だけが熱くなり、全身が冷たくなってきた。
思考がスパークし、リアルかつ息遣いまで鮮明な幻聴が聞こえてくる。
たった一人の親友の声で突き放つように放たれたコトバ。
「兄貴を好きになるなんて異常だよ」
視線を動かして天井がある真上を見つめる。自室の天井が迫ってくるように感じた。
「わあああっ」
恐怖のあまりベッドから転げ落ちる。そこから先は柔らかい絨毯のはずだが打ち所が悪かったようで肘に鈍痛が走る。
「うううう」
声にならないうめき声を挙げて、その痛みと声で現実に戻ってきた。
ここは見慣れた自分の部屋、時間はたぶん深夜だろう。深呼吸を一つ、少し安心した。
明日も学校がある、部活がある。なんとか寝付かないといけない。
ベッドに上り直し再び横になる。しかし寝付かなくちゃと思えば思うほど思考が止まることなく動き出す。脳が身体から離れて暴走しているようだ。自分で止めることができない。
半分寝てしまうと先ほどのように親友や両親の幻聴に叩き起こされる。
私は寝ることを諦めて、ベッドの隅っこで壁に寄りかかり体育座りをした。
小学生のころは兄貴のことなんて大っ嫌いだった。男なのにぜんぜん男らしくない。
私の兄貴なのだから熊を素手で倒すような、いや無人島に飛ばされても生きていけそうな頑丈さがあってもいいと思う。でも現実の兄貴は、三つも年下の男の子に泣かされるわ、冬の体育で水分不足でぶっ倒れるわで、ひ弱さの塊のような人だった。でも、料理は家族の誰よりも上手で、何かあるたびに作ってくれるオムライスは調理師の免許を持つお爺ちゃんをうならせるレベルだったりする。一昔前なら乙男と言われていた人種だろう。そんな女の子みたいな兄貴を私は恥ずかしいと思っていたわけで、学校の友達には絶対にばれたくなかった。
これに関して私が家事能力皆無で嫉妬していていたなんてことはないと今でも言える。
……いえる。
そんな兄貴への見方が変わり始めたのはいつだったんだろう。
クラスのみんなに兄貴が作った弁当を褒められたとき、私が邪険に扱っていたせいで気が付かなかった兄貴の優しさか、はたまた読書をしているときの愁いを帯びた顔を見たときか。
……うん、そのすべてが原因だと思う。
中二の夏には空手道の全国大会に出場することができた。もちろん兄貴はサポートしてくれた。
試合当日までの栄養管理や体のストレッチを始め、もやしのくせに毎日朝のランニングに付き合ってくれた。
組手の模擬試合に付き合ってもらったときは、回し蹴りで気絶させてしまい(あれは自分でも綺麗に決まったと思う)焦ったこともあったけど……。
そんな兄貴のサポートもあって私は優勝することができた。そこで自分の気持ちに初めて気が付いた。
私の初恋の相手は大っ嫌いなはずの兄貴だった。
その日からずっとだ、夜になると襲ってくるこの現象に悩まされるようになったのは。
「寒い……」
全身に寒さを感じて布団を背中にかける。秋口の夜はこんなに肌寒かっただろうか。
左足を右足で擦り温め、手にはーっと息を吹きかける。体を縮こまらせて、布団を引き寄せ、再び思考の世界に入り込む。
恋とは綺麗なものだと思っていた。放課後の校舎、窓から見える校庭でサッカーをしている同い年の少年。夕日が差し込み彼の顔を赤く明るく照らす。そんな楽しそうな彼を毎日眺めて、私もうれしくなる。不思議と笑顔になる。そんな恋でよかった、片想いでもよかった。
でも私がそういうことを感じたのは実の兄だった。それはもう変えようがないし変えたくない。
兄貴が私以外の誰かと街を歩いている想像をするだけで頭が真っ白になるわけで。
兄貴に関して知らない出来事があるだけで無性に悲しくなるわけで。
兄貴と一緒にいられるだけでどうしようもないくらい心が躍ってしまうわけで。
もうとっくに頭がおかしくなっているのは実感している。
兄貴と一緒に買い物に行く想像するだけで、さっきまでの寒気が嘘のように全身が暖かい。
頬が上気し口から言葉にならない音が漏れ出す。思わず足をばたつかせてしまいギシギシとベッドが軋む音を聞いて少し落ち着いた。
「ふぅ」
ため息をつくと頭に溜まっていた熱が抜けていくような気がした。
クリアになった頭に今度は冷静な思考が紛れ込んでくる。
こんなの絶対におかしいし、間違っているとわかっている。間違っていると分かっているのだ。
親友に両親に知られてしまったら何と思われるだろう。
そんなのは決まっている、失意と軽蔑だ。
しかもそれは街全体に知れ渡り、歩くたびに周りの人たちから好奇や軽蔑の眼差しを向けられることになる。
ぶわっと背中から汗が染みだしてきた。考えただけでわかる、そんなの絶対に耐えられない。
ああああああと声を漏らして、立てた膝に顔を埋めた。
こんな未来を回避するにはどうすればいいか。とても簡単だ、兄貴をそういう目で見なければいい。
それもそうだ。間違っていると理解できているのだから思い直すのも簡単なはず。
よく考えたら結ばれることなどありえないのだから、想っていても無駄なはずだ。
「無駄なはず、無駄なはず」
自分に言い聞かせるように小声でつぶやく。そう無駄なんだ、なにもかもこんな思考さえも、想うことさえ。
決して、決して実らないのだから。
喉からせりあがってくるものを止めきることはできなかった。感情の壁が崩壊した瞬間、爆発的に溢れ出す想い。
パジャマのズボンが濡れるのなんか気にならなかった。手で口元を強く押し付ける。
絶対に漏らさないように、隣の部屋で眠る兄貴に聞こえないように嗚咽を殺す。
こんなときにも、兄貴が隣の部屋から飛んできてくれて、抱きしめてくれて、「大丈夫だ」と頭を撫でられることを期待してしまう。この世界はドラマじゃないからそんなことは起きないけれど。いやそれ以上に泣いている自分の姿を兄貴に見られたくない気持ちが強い。兄貴の前では兄貴が考えているような強い妹でいたいと思っている。
ああそうか、結局私はあきらめきれないのだ。しかしそれでは解決しないでもあきらめたくないしと、無限ループに陥ってしまう。
「私、もうどうしたらいいかわかんないよ」
パジャマの袖で目元を拭う。拭っても拭っても止めどなく溢れてくるみたいだ。
「なんか私、泉になったみたい」
と少しおかしなことを言ってみた。ついでに少し空笑いを一つ。
自分で自分を元気づけようとしたのだろうか。私自身にもよくわからなかった。それでも涙は止めどなくあふれてきて私を濡らしていく。
実は私は泣くこと自体あまり嫌いではない。
思考を止めることができて、一通り泣いたら自動的に瞼が下りてきて眠ることができるからだ。
今回も同じだった、パソコンをシャットダウンするように意識が途絶える。
「佐紀!ねぇ佐紀!起きないと遅刻するよ」
誰かに体を揺さぶられるのを感じる。意識がはっきりしていなくてもわかる。少し低いでもお父さんよりは高い声、兄貴の声だ。兄貴が起こしに来てくれた。少し心が満たされ、重たい瞼を開ける。
明るい日差しと共にぼんやりと目に入ってきたのは見慣れた自分の部屋と優しい笑顔を向けてくれている兄の姿だった。
「起きた?今日朝練あったよね。ご飯出来ているから」
「……ん」
上体を起こして袖で目元を拭く。涙が残っていない確認するためだったけど、それが逆効果だったみたいだ。
兄貴は私の顔を見ると突然慌てはじめる。
「どうしたの!? 目も目元も真っ赤、泣いていたの?」
「あええっとその」
「誰かに泣かされたの!?男!?女!?学校とクラスと出席番号を教えてくれれば僕が話をつけて……」
「もういいから!大丈夫だから!」
私の剣幕に押されたらしい、兄貴は少し後ずさる。しまったと心の中で失態を恥じた。
「そ、そう。でも何かあったら言ってね。こんなんでも兄貴なんだから頼ってよ」
微笑みながら言ってくれる兄貴の優しさが体に染み渡り、活力が戻ってくる。
兄貴がちょっと気にかけてくれただけで、笑いかけてくれるだけで私は満たされてしまう。
単純なんだな私って、と自虐的になる。
いつかこれだけでは満足できなくなる時が来るのだろうか。その時私と兄貴はどうなっているのだろう。
いや、考えるのは辞めよう。この想いは私の心の中にしまっておかなくちゃならないのだから。
それでも私は努めて笑顔で、兄貴のそばに居続けようと思う。
「もちろん頼りにしてるよ、兄貴」
―――この想いが、ほのかに苦い思い出になるまで。
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