24 / 40
銃弾の行方
3
しおりを挟む
第一容疑者のプロファーを張り込みはじめて数日。
プロファーの在宅中は向かいのアパートからその動向を観察し、
外出の際は父と2人でつかず離れずの距離を保ちながら追いかけ続ける日々が続いた。
エディが睨んだ通り、下手人はプロファーで間違いなさそうだ。
張り込みの前に、エディと一緒に今までに捜査官が収集した捜査資料を魔術的観点も含めて3人でつぶさに検証した。
すべての現場に魔術を行使した痕跡があり、プロファーが罪を犯した決定的証拠こそないものの確実なアリバイもない。
状況から考えて、プロファーが犯人ということで間違いがないだろう。
――だが、1件目の犯行がひっかかる。
1件目の被害者であるケネス・マクレモアの死亡推定時刻、プロファーはマンハッタンのオフィスに残っていた。
複数人の同僚が、一切の矛盾ない証言を残しており、オフィスの監視カメラにもペーパーワークに勤しむプロファーの姿が収められている。
エディは魔術を使ったアリバイ工作の可能性を疑っていた。
私と父も、プロファーが簡単には思いつかないような方法で何らかの魔術を巧みに行使してアリバイを作り上げたものと思った。
「知っての通り私の魔術師としての能力はかなり心許無い。
二人で検証してもらいたい」
エディはニューヨーク市警と協力し、魔術以外の側面からプロファーのアリバイを再検討すると私たちに伝え、FBIの手配したブルックリンハイツのアパートに私たちを残して去って行った。
私と父は張り込みの傍ら、アリバイ崩しへの魔術的なセカンド・オピニオンを求め、ボストンにいる腕利きの魔術師にコンタクトを取った。
「複数人に存在を認識させ、監視カメラに姿を残しつつ、同じ時刻に街の反対側で殺人を犯す方法か。
僕にも即座に思い当る方法はないが、考えてみよう」
以前のターゲットであり、今やきわめて好意的な友人となったクリストフ・フォン・シュタウフェンベルクは快く協力の意志を表明してくれた。
私たちは張り込みを続けつつ、クリストフを交えて考えうる方法を方ッ端から挙げては演繹法的思考で1つずつ論証してみた。
その結果、3人の間で1インチの違いもない結論が生まれた。
――そんなことは不可能だという結論が。
「すまない、力になれなくて」
クリストフはskype越しに心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、私たちに言った。その隣では、エーファがskypeのインターフェイスが映ったディスプレイをもの珍しそうに見ている。
隔離されたホーエンハイムの邸宅から出てまだ数か月。
インターネット回線を使った画面付きの電話は初めて見るらしい。
「すいません。アンナ、マシュー。何かお役に立てればと思ったのですが……」
当初はクリストフと私たち親子で議論をしていたが、途中からクリストフの提案で彼のパートナーであり錬金術の結晶であるホムンクルスのエーファも議論に加わっていた。
だが、生まれて1年と少しの彼女は、魔術の知識が錬金術に偏っており、議論に新しい観点を持ち込むことはできなかった。
しかし議論は無駄ではなかった。
散々議論を重ねた末、私の頭の中では1つの回答が形を整え始めていた。
「いや、十分に役に立ったよ」
私がそういうと、クリストフとエーファは不思議そうな顔をした。
私は父と顔を見合わせた。
表情で解る。
父も私と同じことを考えているのだろう。
父が続けた。
「クリストフ、エーファ。あんたたちみたいな腕利きの魔術師と、アンナみたいな天才が一緒に頭をひねって何日も考えたのに、アリバイ工作の方法は見つからなかった。
――ということは、俺たちは見当違いの方向を向いていたんだ」
「見当違いの方向?」
「アリバイ工作と魔術は無関係ってことだよ」
私がそういうと、クリストフは少し表情を崩した。
「そうか、ということは君たちのお役に少しはたてたようだね」
「大いに役立った」
「そうか、では、手が必要ならまた連絡してくれ」
そう言うと、クリストフはスイートルームの宿泊客に応対するウォルドルフ・アストリア・ホテルのコンシェルジュのように爽やかに笑った。
――まったくナイスガイだ。
クリストフとエーファとの通信を切ると、私と父はもう1度資料を洗いなおした。
私たちは確実に何かを見逃している。
それも、根本的で基本的な何かを――
2人でもう1度、最初の犯行を見直してみた。
双眼鏡の先ではプロファーが娘と談笑している。
ジュリアス・プロファーには一人娘がいる。
一人娘のメアリー・プロファーはジュニアハイスクールに通う14歳のティーンエイジャーで、反抗期らしき言動もほとんど見えない、珍しいほどのいい子だ。
私が張り込みで得たその感想を素直に言うと、父は言った。
「口が悪いのを除けば、お前も手のかからない、いい子だったぞ」
最初の一言が余計だ。
プロファーの姿を双眼鏡越しに視認しつつ、捜査資料に目を通しなおす。
私が2本目のタバコを吸いつくしたところで、父が溜息をつき、頭を抱えた。
私はその芝居がかった仕草を見て言った。
「頭痛かい、アスピリンいる?」
父はもう1度大きく溜息を吐くと言った。
「アスピリンより、バカにつける薬が欲しいぜ。
俺たちはとんだ大バカ野郎だ」
父が捜査資料の一か所を指さした。
――すぐに父の言いたいことは分かった。
――確かに私たちはとんでもないバカだった。
どうしてこんなことに気付かなかったのだろうか?
いや、意識の端では気づいていても認めたくなかったのかもしれない。
この決して幸福な事実ではない事実に。
プロファーの在宅中は向かいのアパートからその動向を観察し、
外出の際は父と2人でつかず離れずの距離を保ちながら追いかけ続ける日々が続いた。
エディが睨んだ通り、下手人はプロファーで間違いなさそうだ。
張り込みの前に、エディと一緒に今までに捜査官が収集した捜査資料を魔術的観点も含めて3人でつぶさに検証した。
すべての現場に魔術を行使した痕跡があり、プロファーが罪を犯した決定的証拠こそないものの確実なアリバイもない。
状況から考えて、プロファーが犯人ということで間違いがないだろう。
――だが、1件目の犯行がひっかかる。
1件目の被害者であるケネス・マクレモアの死亡推定時刻、プロファーはマンハッタンのオフィスに残っていた。
複数人の同僚が、一切の矛盾ない証言を残しており、オフィスの監視カメラにもペーパーワークに勤しむプロファーの姿が収められている。
エディは魔術を使ったアリバイ工作の可能性を疑っていた。
私と父も、プロファーが簡単には思いつかないような方法で何らかの魔術を巧みに行使してアリバイを作り上げたものと思った。
「知っての通り私の魔術師としての能力はかなり心許無い。
二人で検証してもらいたい」
エディはニューヨーク市警と協力し、魔術以外の側面からプロファーのアリバイを再検討すると私たちに伝え、FBIの手配したブルックリンハイツのアパートに私たちを残して去って行った。
私と父は張り込みの傍ら、アリバイ崩しへの魔術的なセカンド・オピニオンを求め、ボストンにいる腕利きの魔術師にコンタクトを取った。
「複数人に存在を認識させ、監視カメラに姿を残しつつ、同じ時刻に街の反対側で殺人を犯す方法か。
僕にも即座に思い当る方法はないが、考えてみよう」
以前のターゲットであり、今やきわめて好意的な友人となったクリストフ・フォン・シュタウフェンベルクは快く協力の意志を表明してくれた。
私たちは張り込みを続けつつ、クリストフを交えて考えうる方法を方ッ端から挙げては演繹法的思考で1つずつ論証してみた。
その結果、3人の間で1インチの違いもない結論が生まれた。
――そんなことは不可能だという結論が。
「すまない、力になれなくて」
クリストフはskype越しに心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、私たちに言った。その隣では、エーファがskypeのインターフェイスが映ったディスプレイをもの珍しそうに見ている。
隔離されたホーエンハイムの邸宅から出てまだ数か月。
インターネット回線を使った画面付きの電話は初めて見るらしい。
「すいません。アンナ、マシュー。何かお役に立てればと思ったのですが……」
当初はクリストフと私たち親子で議論をしていたが、途中からクリストフの提案で彼のパートナーであり錬金術の結晶であるホムンクルスのエーファも議論に加わっていた。
だが、生まれて1年と少しの彼女は、魔術の知識が錬金術に偏っており、議論に新しい観点を持ち込むことはできなかった。
しかし議論は無駄ではなかった。
散々議論を重ねた末、私の頭の中では1つの回答が形を整え始めていた。
「いや、十分に役に立ったよ」
私がそういうと、クリストフとエーファは不思議そうな顔をした。
私は父と顔を見合わせた。
表情で解る。
父も私と同じことを考えているのだろう。
父が続けた。
「クリストフ、エーファ。あんたたちみたいな腕利きの魔術師と、アンナみたいな天才が一緒に頭をひねって何日も考えたのに、アリバイ工作の方法は見つからなかった。
――ということは、俺たちは見当違いの方向を向いていたんだ」
「見当違いの方向?」
「アリバイ工作と魔術は無関係ってことだよ」
私がそういうと、クリストフは少し表情を崩した。
「そうか、ということは君たちのお役に少しはたてたようだね」
「大いに役立った」
「そうか、では、手が必要ならまた連絡してくれ」
そう言うと、クリストフはスイートルームの宿泊客に応対するウォルドルフ・アストリア・ホテルのコンシェルジュのように爽やかに笑った。
――まったくナイスガイだ。
クリストフとエーファとの通信を切ると、私と父はもう1度資料を洗いなおした。
私たちは確実に何かを見逃している。
それも、根本的で基本的な何かを――
2人でもう1度、最初の犯行を見直してみた。
双眼鏡の先ではプロファーが娘と談笑している。
ジュリアス・プロファーには一人娘がいる。
一人娘のメアリー・プロファーはジュニアハイスクールに通う14歳のティーンエイジャーで、反抗期らしき言動もほとんど見えない、珍しいほどのいい子だ。
私が張り込みで得たその感想を素直に言うと、父は言った。
「口が悪いのを除けば、お前も手のかからない、いい子だったぞ」
最初の一言が余計だ。
プロファーの姿を双眼鏡越しに視認しつつ、捜査資料に目を通しなおす。
私が2本目のタバコを吸いつくしたところで、父が溜息をつき、頭を抱えた。
私はその芝居がかった仕草を見て言った。
「頭痛かい、アスピリンいる?」
父はもう1度大きく溜息を吐くと言った。
「アスピリンより、バカにつける薬が欲しいぜ。
俺たちはとんだ大バカ野郎だ」
父が捜査資料の一か所を指さした。
――すぐに父の言いたいことは分かった。
――確かに私たちはとんでもないバカだった。
どうしてこんなことに気付かなかったのだろうか?
いや、意識の端では気づいていても認めたくなかったのかもしれない。
この決して幸福な事実ではない事実に。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
警狼ゲーム
如月いさみ
ミステリー
東大路将はIT業界に憧れながらも警察官の道へ入ることになり、警察学校へいくことになった。しかし、現在の警察はある組織からの人間に密かに浸食されており、その歯止めとして警察学校でその組織からの人間を更迭するために人狼ゲームを通してその人物を炙り出す計画が持ち上がっており、その実行に巻き込まれる。
警察と組織からの狼とが繰り広げる人狼ゲーム。それに翻弄されながら東大路将は狼を見抜くが……。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる