上 下
6 / 15

6【まだ君を知らず】

しおりを挟む
『シュンヨウ、そんな気まずそうに電話をかけてきたってことは、お見合いを断るつもりかな』
「あはは……叔父さんはなんでもお見通しだね」
『それは拾ってきた人狼が関係してるのかな』
「ないとはいえないけど、まぁ」
ゆっくりと体調回復に努めて数日。チカが看病してくれたおかげですっかり体調は元通りになった。お見合いの断りをする為に、タイミングを逃していた叔父さんに電話をかけたことにした。長話になると思って、電話の前にカフェラテとお菓子を用意する。チカがおやつ用に作ってくれたチョコチップクッキーをつまみつつ、かけた先の叔父さんのつく溜息を聞く。
『全くどうしようもないな』
「そんなに悪く言わないで欲しいな。俺が嫌だと思ってることを汲んでしてくれたことだから」
『……。やっぱりハンターをやめるのは嫌かい?もう身体の具合はいいんだろう?親父も亡くなったし、無理に継がなくても……普通に暮らしてもいいんだよ』
「うん……ごめんなさい、叔父さんだって俺のことを思ってしてくれてることなのに」
叔父さんには口が裂けても言えないけど、叔父様の言う普通を俺は知らない。祖父がヴァンパイアハンターで、父も母もそうだった。だから俺もそうであろうと、身体の弱さを克服しようと訓練して、子供の時から稽古してきた。
『あぁ、ごめんね。困らせたいわけじゃないんだ。ただ、叔父としてはやっぱりいつまでも息子のような存在が一人でいるのは心配なんだよ』
「うん……でもチカが今はいてくれるしさ」
名前を出すと、電話向こうで狼狽してるのが分かるくらい、声音が変わる。
『それが問題なんだよ!人狼はヴァンパイアに眷属する存在だろう?いくらシュンヨウが半分そうだとしてもわざわざハンターの方に来るなんて、何を企んでいるんだか!怪しすぎる、経歴を調べたが他国出身で転々と特定のヴァンパイアにつかずに、』
「お、落ち着こう叔父さん」
『シュンヨウがいい子だからとつけ込んで、金を使い込まれたり、何か脅されたりしてないよな?』
「してないしてない」
吸血欲が増したから血を貰ってるのと、身体の関係がありますとは決して言えない。家族への秘密ってこうして増えていくんだなぁと、知れた嬉しさもありつつ苦笑いする。流されたのあるけど、拒否せずに自分で受け入れてしまったことだし。二次性徴を心配してくれた屋敷にいたヴァンパイアから子作りがどういうものか教えられたり、書物で勉強していたとはいえ、まさか男を相手にするとは思わなかったけど。
叔父さんはよく思わないだろうけど、正直チカとの生活は楽しい。『血の契約』で縛りたくはないから、彼の望みは叶えてあげられないけど、出来るならそばにいて欲しい、そういう気持ちは少しずつ封じないといけないのき最近その蓋は甘やかされてるせいで、ぐらぐらしているのも秘密だ。
『はぁ、取り乱してすまない……。でもシュンヨウ、本当に結婚しないで一人でヴァンパイアハンターを続ける気かい?』
「そのつもりでいるよ。ハンターの家に嫁ぐなんて女性は普通は嫌だろ」
バーベナ家は立派な屋敷を構えてるけれど、『血の契約』を交わして従属してくれているヴァンパイアとその家族と暮らすためであって、特段貴族の家という訳では無い。
分類でいえば一般家庭だろう。ただちょっと政府とやりとりがあって、潤沢に給金は貰えてるというだけで。貴族社会のように、家同士に繋がりは求めていない。
『それはそうだけど、ハンターとしては名高いからなぁ。最近までシュンヨウの存在は隠されていたし、気になっている婦女子の方は多いよ』
「名前で売れてるだけで、俺見たらがっかりされるよ」
『シュンヨウは努力家で十分魅力的だよ。何も無いのが気になるなら、今からでも学校に行けば……』
「ううん、いい。勉強はどこでも出来るし、俺の学力は叔父様も知ってるだろ」
学校に行かなくても勉強は必要だと教えてくれて、参考書なども送ってくれたのは叔父さんだ。おかげで同年代の子以上には勉強は出来るつもりだ。
「それにいずれは俺もヴァンパイアになるかも、だし」
『それは.......そうだけど、国の中じゃ珍しくはないだろう?』
人間とヴァンパイアの『血の契約』と婚姻だって少なくないこの国では、俺のようなハーフはそれなりにいる。けど身体の細胞は成長するにつれて、いずれ傾く時が来る。大体は血の濃いヴァンパイアと変わるのだけれど。
『親父がどういう方針で閉じ込めるみたいに追いやってたかは知らないけど、もう自由だ。身体だってすっかり元気になった。シュンヨウは本当はどこにでも行っていいし、色んな人と関わっていい。好きな人も本当は自分で見つけていい。自分で全部決めていいんだよ』
「叔父さん、俺はヴァンパイアハンターでいようと決めたからこうしているんだ」
『頑固なところは兄貴に似てるなぁ』
困ったように、でもその言葉には優しい笑みが含まれていた。
『義姉さんとの結婚を父さんと母さんに反対された時も聞かなかった』
「そうなの?」
記憶の中の両親とは仲つむまじく、優しかった。祖父母とも関係は良好だった気がする。反対されるだなんて何か理由でもあったのだろうか。聞いても、ただ叔父さんは『義姉さんはヴァンパイアだったから』と、苦笑いだけして詳しくは語らなかった。
『全く……敵わない。仕方ないね、しばらくは見守らせてもらうよ。心配なのは変わりないから口は出させてもらうけど』
「ありがとう、叔父さん」
『ただ、恋の相手にその人狼は反対するよ』
「え?」
『シュンヨウが言うように、どれだけいい奴だろうと得体の知らない人狼と恋仲にはさせたくない』
「……そんな、ならないよ」
『分かっているとは思うけど、念の為に釘を刺しておこうと思ってね』
叔父さんは祖父と違って、本当に普通の人だから。この国の人は、割と共存の為に当たり前に生活にヴァンパイアや人狼がいることを受け入れているけど、叔父様さんは違う。毛嫌いとまでいかなくても、完全に違う生き物として扱うから、冷ややかに告げる。
『ヴァンパイアは人間と生きる時間が違う。血の魔力が成長するに応じて肉体の成長は変わっていく。一緒に生きていけるように思えるけど、いずれは止まる。シュンヨウはヴァンパイアになったとしても、半分だけの薄い血だからそこまで影響ないと思うけどね、人狼の方が立場も低いし、寿命は確実に短い』
「……俺あんまり人狼のこと分かってないんだけど、そこまで差がある?」
『ヴァンパイアは血の魔力で高い治癒能力を持っていたり、長く生きるけど、人狼は主に変身能力が高いのは知ってるよね』
「うん、オオカミの姿にもなれるし耳やしっぽの生えた人間に近い姿がデフォルトだ」
そういえばチカが完全なオオカミの姿になっているのを見たことがなかったな、とふと思う。ちんちんはオオカミだけど。言わないけど。
「身体能力も高いから戦闘にも生かせる。人間でもいいじゃないかと思うだろうけど、主にヴァンパイアに使役されてるのは、安定した地位を得るのと同時に魔力の供給をしてもらうんだ」
「変身できるくらいには量多そうなのに、貰わないといけないくらい少ないってこと?」
『魔力を受け入れる器はあるけど、自分で生成するには少ないイメージかな。強すぎるとバランスが取れないから、どこかしら優れていて、そして劣っているものだよ生き物は』
「……そっか」
『だから生き方や文化が違う。ヴァンパイアは強いけど人間の血を飲まなくては生きていけない。人間がただ家畜の肉を食らうのとはまた意味に深みがある。この国にいる為に常識を叩き込んで、美意識を与えても、飢餓に陥ったら彼らは人間を餌にしか見えなくなるよ』
「半分だけど、俺もそうなるかな?」
『正直分からない。どれだけ統制しても時折、ヴァンパイアによる連続殺人事件が起きるだろう?最近のはどうやら君が解決したらしいじゃないか、シュンヨウ』
一般的にヴァンパイアハンターの仕事は秘密裏で、普通の人の耳には入ってこない。だから、叔父さんの耳に入ってるとは思わなくて、この間殺したヴァンパイアのことを指しているのだと遅れて理解した。まぁ一般人とはいえ、叔父さんは商人だ。あちこちの国に行って取引をしているらしいから情報を掴むのが早いのかもしれない。
『殺しができるヴァンパイアに仕えている人狼は、そのうちもしかしたら肉の味を覚えるかもしれない』
「チカはそんなこと、」
『この国で守られる為に価値を高め、地位を与えられてるとはいえ、究極、人間は餌だ。何が違うんだい?』
「それは、」
違う、と言いきりたかったけど、ハンターをやっている身で否定を完全にすることが出来なかった。ヴァンパイアが空腹や快楽、人を襲い殺すまで血を飲み干す姿を少なからず見てきた。俺はまだ数をこなしてないから知らないけど、人狼だって、殺人に加わっている事件だって聞いたことがある。
『いくら情が湧いてるとはいえ、安易に『血の契約』を結んではいけないよ』
「それはしない.......俺はチカの未来を縛りたいわけでも、命が欲しいわけじゃない」
ただ、ただ、俺は。あんまり話を聞かなくて、自由人で、でも優しく笑いかけてくれるチカには幸せになってもらいたい。
人狼が生きづらいならこんな国にいないで、遠くに行ってでもいいとまで思うけど、でもチカが向こう側へ堕ちることになったら。
『分かってるならいいんだよ、シュンヨウ』
箱庭の外側から俯瞰して容赦なく現実を突きつけてくるのに気遣うように、どこまでも声は優しい。それがとても申し訳ない。
でも、いつか俺がヴァンパイアに傾いた時に、ヴァンパイア嫌いなこの人までいなくなったらと思うと怖くなる。叔父さんは優しいけど優しいのは今のうちだけかもしれないって、ずっと怯えてる。
矛盾しながら、どうやって相手を幸せにすればいいんだろう。そうは思うけど、大事にしてくれる人には深入りを許せず、かといって強く拒否をできてもいない。
「きっと大丈夫だよ、叔父さん」
大丈夫、と言い聞かせる。これまでも出来たんだから、これからも一人でもやっていける。ずっとそうなのかと、仄暗い闇を振り切ることは難しいけど、孤独に呑まれそうな己の弱さに連れ戻されてしまう感覚と戦うしかないのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

世話焼きDomはSubを溺愛する

ルア
BL
世話を焼くの好きでDomらしくないといわれる結城はある日大学の廊下で倒れそうになっている男性を見つける。彼は三澄と言い、彼を助けるためにいきなりコマンドを出すことになった。結城はプレイ中の三澄を見て今までに抱いたことのない感情を抱く。プレイの相性がよくパートナーになった二人は徐々に距離を縮めていく。結城は三澄の世話をするごとに楽しくなり謎の感情も膨らんでいき…。最終的に結城が三澄のことを溺愛するようになります。基本的に攻め目線で進みます※Dom/Subユニバースに対して独自解釈を含みます。ムーンライトノベルズにも投稿しています。

クソザコ乳首アクメの一日

BL
チクニー好きでむっつりなヤンキー系ツン男子くんが、家電を買いに訪れた駅ビルでマッサージ店員や子供や家電相手にとことんクソザコ乳首をクソザコアクメさせられる話。最後のページのみ挿入・ちんぽハメあり。無様エロ枠ですが周りの皆さんは至って和やかで特に尊厳破壊などはありません。フィクションとしてお楽しみください。 pixiv/ムーンライトノベルズにも同作品を投稿しています。 なにかありましたら(web拍手)  http://bit.ly/38kXFb0 Twitter垢・拍手返信はこちらから https://twitter.com/show1write

おっさん家政夫は自警団独身寮で溺愛される

月歌(ツキウタ)
BL
妻に浮気された上、離婚宣告されたおっさんの話。ショックか何かで、異世界に転移してた。異世界の自警団で、家政夫を始めたおっさんが、色々溺愛される話。 ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

とろけてなくなる

瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。 連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。 雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。  無骨なヤクザ×ドライな少年。  歳の差。

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

産卵おじさんと大食いおじさんのなんでもない日常

丸井まー(旧:まー)
BL
余剰な魔力を卵として毎朝産むおじさんと大食らいのおじさんの二人のなんでもない日常。 飄々とした魔導具技師✕厳つい警邏学校の教官。 ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。全15話。

狐に嫁入り~種付け陵辱♡山神の里~

トマトふぁ之助
BL
昔々、山に逃げ込んだ青年が山神の里に迷い込み……。人外×青年、時代物オメガバースBL。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

処理中です...