孤独な人狼はバーベナの君に希う

花菱陽玖

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4【家族みたい】

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「ただいま」
「ヨウくんどこ行ってたの」
 屋敷の裏に回って、俺の城に戻ると待ちかねていたようにチカが飛びついてきた。屋敷の方の鍵を渡していて、普段はそちらで生活してるチカだけど、こちらで過ごす時間のが長い。咎めるように言われたけど、引っぺ剥がす。
「別にいいだろ、関係ないし」
「関係なくないって、オレ『血の契約』の相手候補なんだから」
「じゃあ寝てる方が悪い」
「なんでそんな体力あんの、また潰された」
「鍛えてるからな」
 出会ってなし崩しに身体の関係を持ってしまった日から、なんだかんだチカは俺の家に居座っている。結構追い出そうと拒否し続けたのだが、身体を重ねた翌朝、出されたチカの飯が意外と美味かったのもある。あんまり食に興味はなかったけど、チカと一緒に食べるのも付加価値になっていたのかもしれない。
口説きという名目で始まる性行為は気持ちいいし、打てば響く会話の応酬とか、チカの戦闘能力は高く、鍛錬の相手としてはちょうどいいし、と置いておく理由にはそれなりに利があった。
「顔色悪いけど血ぃ吸う?」
「ちょっとだけなら」
 あとはこれは不本意だけれど、チカの血を飲んでからは、半分のヴァンパイアとしての本能が目覚めたのか、生きてる相手から得る血の方が満たされることに気付いてしまったのだ。チカは躊躇いなく俺に抱きついてくる。俺より少し背が低いから、埋めるようにすれば吸いやすい位置に来る。
「あい」
 自分で吸いやすいようにシャツをずらして、元からの腕力なのか、抱き締めてくる力は獲物を逃さないかのように強い。露になった肌に牙を立てると、温かい味にくらくらする。鎖骨にかかる吐息が熱っぽくて、皮膚ごと唇に吸うのは、まだ不慣れでなんだか変な気分になる。
「……っん」
「オレの血、美味しくなってきた?」
 答えるのに迷って、ごくりと喉を鳴らして飲み干してから、唇を固く噤んでいると、指が俺の唇をなぞってくる。つつ、と柔く触れるだけじゃなく、中に入って舌を押さえる。
「ぅう、ん!な、なに」
「ん~いやぁ、なんで黙るのかなって」
「別に……ていうか、あのさぁ、たまには吸うの首以外でも良くない?」
 必要ないと思うんだけど、チカが首から吸う以外許してくれなくて、ぎゅうぎゅう抱き締められてるのが地味に苦しい。
「首以外って、あ、太腿の付け根とか美味しいらしいよ?いいよ、オレ見えないとこに跡つけられるの所有って感じで好き」
「ばっ!?いらん!どっか行け!」
「血だけ吸って捨てるなんてサイテー!」
「ヤリ捨てみたいに言うな、ヤラれてるのは俺だし」
 そのまま唾液で治癒をしつつ、ぎゃあぎゃあ言い合う。『血の契約』を迫られて、なし崩しにあの関係を深めてしまった日から最近なんというか、血を吸うのってこんなに良かったっけ?という疑問が生まれてしまってるのだ。吸血行為はほどほどにしたいけど、チカはそれを何故か許してくれないで、与えようとしてくる。
ただの食事なのに、劣情のせいで罪悪感がすごい。いや、でも、足りない分は輸血パックやレアな肉で補えるし、吸血は強制じゃない。でもこんな欲を知ってしまって別の意味を見出してしまって戸惑っている。煩悩を振り払わないといけない。チカは基本的に従順だし、俺を信頼して血をくれてるのだから。
「赤くなったり、青くなったり変なヨウくん。それより、夕食もできてるよ」
「食べる。何作ってくれたの?」
「えっとね、牡蠣の素焼きにレバーのステーキとバターで炒めたほうれん草の付け合せ。デザートはドライフルーツにヨーグルト、食堂に用意したから、準備手伝ってよ」
「……見事に鉄分とかビタミンを補えるものばかりのメニューだな」
 チカは意外にも細々とした作業が得意で、楽しんで食事を作ってくれる。長年一人暮らししている俺よりも上手だ。女性のヴァンパイアのヒモでいるのにも、必要なスキルだったと言われたけど。
「ヨウくんに美味しく食べてもらいたいしね、オレの血ももっと欲しくなってもらいたいから」
「あ、ありがとう……?」
「まぁヨウくん今んとこ人から吸うの苦手そうだけど。『血の契約』を結んだら、吸う量も少しで済んで満たされるらしいよ」
「そうなのか?あ、だから、じいさんあんなにヴァンパイアを囲えたのかな」
 一応ヴァンパイアハンターを名乗っているのに、まだまだ意外とヴァンパイアに関して知らないことが多いなと反省する。
『血の契約』の辺りは特に、かつて身の回りの世話をしてくれたヴァンパイア達もあまり教えてくれなかった。祖父の命令で遠ざけられていたのもあったんだけど、書物では限界あるし、もっとちゃんとこれからは自分で学ぼうとしないといけない。
「血の量減らせるんだよ」
「二回言わなくても契約はしないからな、お前吸って欲しいのか欲しくないのかどっちだよ?」
「どうしようもなくオレのことをヨウくんに欲しがって貰えれば、別にどっちでもいいよ」
「なんで?」
「ヨウくんのことが好きだから」
「……軽いなぁ」
「え~?本気なのに」
 熱っぽく心地よい響きは、心の深くに不覚にも落ちていく。この好きはどういう意味かは考えてはいけない気がした。俺が手離したいと思うのなら余計に。冗談でも本気でも、決して絆されないように己を律する。祖父と心中するヴァンパイア達との光景を見て、『血の契約』はしないと決めているのだから。
「今のとこヨウくんは俺の血とメシ目当てなのね」
「はいはい」
「否定して!?」
 寂しそうな顔して、チカは笑った。間違えたかもしれないけれど、俺それを見ないふりして飲み込む。
「あ、そうだ。なんか届いてたんだけど」
 そう言って、玄関の棚の脇に置いてあった小包を渡してくれる。俺の居ない合間に郵便物を受け取ってくれていたらしい。
「あ、叔父さんからだ」
荷物をくるくるひっくり返すと、ギルベアト・イシュ・バーベナという宛名を見つける。亡くなった父の弟にあたる叔父さんは、ヴァンパイアハンターの家系のこの家には珍しく商社を立ち上げている一般人だ。各国を飛び回っていて、年一、二で会えればいい方というくらい忙しい人だ。普段はヴァンパイアとは無縁の生活を送っているけれど、両親を亡くし、祖父に放置されている俺を昔から心配してくれていた。
「叔父かぁ」
「何渋い顔してんだよ。叔父さんはとてもいい人だし、昔から良くしてもらってんだよね」
「ふーん、何を送ってくれた?」
「関係ないだろ、ん?写真?」
 包装を破り、出てきたのは大きい写真の貼られた装丁された冊子だった。知らない女性達がいくつか映っているもので、同封されてる手紙を開いて納得した。
「お、お見合いか……」
 同じように母親や兄を失っている叔父さんは、家業を良く思っておらず、俺にヴァンパイアハンターを辞めさせたいのだ。
ヴァンパイアのことも苦手らしく、実家であるここはおろか、この国に立ち寄ること自体避けがちで、手紙や電話でやり取りすることが多かった。実の父親である祖父とも昔から意見が合わないとことある事に愚痴っていた。活動を始める前の訓練をする俺に対しても、足を洗ってはどうだと会う度にいつも心配してくれていたから、そこら辺の話も含まれるのだろうか。お見合いもハンターを辞めさせるための一環だろう。もうすぐ二十歳になるし、結婚して落ち着きなさいということか。俺が知る限りだけど、とても常識人だし本当に普通の人だ。
「お見合い?オレいるし必要ないな」
「ちょっ?!」
 チカは不機嫌になって、止めるまもなく指先からぼっと炎を出し、お見合い写真を燃やしてしまった。この魔法のようなものは体内の血を使っているらしいけど、どういう原理かよく分からない。まだ知識のあるヴァンパイアよりも人狼のことを学ぶべきかもしれない。
「あ~……叔父さんになんて言えばいいか……」
「普通に断っちゃえば?」
 そう言って、チカはゴミクズとなった写真を嘆いている俺の腰を抱き寄せて頬にキスをしてくる。それを拒み、頭にげんこつを落とした。
「だっ!?」
「人のものを勝手に燃やすな、お前にとってはただの写真でも、俺にとっては叔父さんが好意で送ってくれたものなんだからな。雑に扱っていいと勝手に価値をつけるな」
「え、え、ごめんなさい……」
「分ったなら良し」
「でも受けないよね、そのお見合いって」
 叱られてしょぼくれた瞳でこちらを見てくるから、嘆息する。受けるつもりなんてハナからないのに。
「そもそもヴァンパイアハンターと結婚したい女性なんていないって」
「はぁ?いなかったらこんなお見合い取り付けてこないっしょ」
「それはそうか……この国じゃ、バーベナ家の名前って魅力的なのかな」
「でも他の人と結婚するよりオレと『血の契約』を結んだ方がいいと思うけどなぁ」
「しないって、それよりご飯冷めちゃうから、早く行くぞ!」
 正直なところ、この国の平和を守る為、調律を保つ為だとかそんな使命感などはない。両親との繋がりに思えるからヴァンパイアハンターは続けたいのだ。チカは俺の気持ちを汲んでくれているから、『血の契約』を持ち出してくるのだと思う、憶測だけれど。
でも俺は交わさずに、チカの自由を願っている。俺の願いを押し通すには多くの矛盾が生まれる。その上で俺からもし仮に家族になってそばにいて欲しいと言ったら、更に縛ることになる。本当に、ままならない。
「デザートにヨウくん食べたいな」
「食わせん」
「ヤリたい」
「ストレートに言うな」
「ヨウくんもオレのこと欲しがっていいよ」
「いらねぇ、ていうか何馴染んでんだよ、ホントに早く出てけよ!」
「まだそれ言ってんのウケる」
 ゲラゲラ笑うチカを殴ってると、かろうじて燃やされずに済んで、地面に落ちていた紙を見つけた。拾い上げると、どうやら叔父さんからの手紙だった。
「『チカへ。少し早いけど誕生日おめでとう。元気にしているかな。チカが人狼を拾ったと連絡が来ていてね、心配で早めに手紙を送らせてもらったよ。あまり危ないことをしないように、ハンター業もやめてくれたら嬉しいんだけれど。捨て犬は他に飼い主を見つけるか、保健所に連絡すること』」
「なんでオレのこと捨てること前提なんだよ!」
「あー!まだ読んでるのに破るな!チカの馬鹿!」
「燃やしてないじゃんか!」
「だからって破るな!」
 手紙は長々と続いていたけれど、チカが破いたせいでバラバラになってしまった。ゲンコツはさっきよりは力を入れずに落とす。残念だけど、お見合いは気が引けるから良かったかもしれない。けど喧嘩のやめ時が分からず、二人でくだらないことを言い合いしながらリビングに向かった。
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