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感染者と非感染者
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西暦三千年のある日、事件は起きた。
あるウイルスを研究していた組織が、何らかの事故でそのウイルスを外に出してしまった。
そのウイルスは、感染者の自我を奪い、無差別に襲わせる、凶悪なウイルスだった。
自我の残る感染者もいるが、その者たちも非感染者を敵だと認識し、人を襲う。
そして、自我の残る感染者の中には、体の機能が変質し、特殊な能力を持つ者も現れる。
空気感染などはせず、感染経路は感染者に傷をつけられることで感染する。
しかし、世界中のほとんどの人は、このことを気にしてはいなかった。
どうせすぐに収まる。
そう考えていた。
しかし、事態はどんどん悪化していき、どんどん感染者は増えていった。
そして、長い間に積み重ねられた文明は瞬く間に滅び、世の中は感染者と非感染者との戦場と化した。
そのウイルスの正式名称は知られていないが、人はこのウイルスをこう呼ぶ。
『ゾンビウイルス』と。
そして、感染者は非感染者から『ゾンビ』と呼ばれ、恐れられている。
ゾンビに襲われ続けることに恐怖した人々は、武器を作り、訓練して、ゾンビに対抗した。
中には、感染者を殺すことでお金を稼いで暮らす人もいる。
通称、『殺し屋』
私もその内の一人。
感染者と戦い、感染者を殺し、人を守ることで生活する。
この戦いが始まってから、既に、十年以上が経過している。
そういえば、私はさっき、『なんらかの事故でウイルスが外に出た』と言ったが、それは一般論で、私の意見は違う。
私は、誰かが意図的にウイルスを感染させたと思っている。
なぜなら、このウイルスは空気感染などの感染経路を取らないから。
直接体内に吸収しなければ感染しない。
つまり、人為的にウイルスを感染させる必要がある。
私が『殺し屋』をやっている理由はこれだ。
このウイルスの真相を探し、『ゾンビ』と呼ばれる感染者を救うこと。
それがこの私、『殺し屋』ニンファーの目的だ。
午前六時、私は自分の家で、武器の手入れをしていた。
数分後、ノックの音がし、手を止める。
私は机の上に置いた銃を手に取り、ドアの前に立つ。
「開けていいわよ」
ドアの向こうにいたのは、三十代半ばと思われる男性。
「いらっしゃい、まずは要件を聞きましょうか」
「………その前に、その銃を下ろしてくれると助かる………」
「銃を下ろして欲しいなら、まずはあなたの名前と職業、要件を話して頂戴。悪いけれど、初対面の相手に無警戒ではいられないタイプなのよ、私は」
「…あいつの言っていたことは本当だったのか………」
あいつって誰のこと?
私の中で警戒心が一層強くなる。
私は銃のセーフティを外し、相手を威嚇する。
「さっきの台詞は取り消す、そのかわり、あなたの言う『あいつ』が誰なのかを教えて」
男は両手を上げて答える。
「そいつの名前はクワ、俺達にあんたの事を教えてくれた奴だ」
ああ、クワの紹介ね。
だとすると………
「じゃあ、あなたはクワの師匠だっていうタツナミさん?」
「……あんた、俺のこと知ってんのか?」
「ええ、あなたのことはクワの奴から聞いてる。でも、あなたが尋ねてくるのは明日だと聞いていたけど」
「状況が変わった……できれば今すぐに話をしたい」
正直、まだこの人のことは信用しきれない。
でも、万が一の確率でこの人の言うことが本当なら、よっぽどの事態が起きたに違いない。
あまり気は進まないけれど、話だけでも聞くとしましょうか。
「分かったわ、中に入って。ただし、少しでもあなたが変な動きをしたら、すぐに殺す」
私はタツナミに背を向けて部屋の中に入る。
別に警戒を怠ったわけでは無いわよ。
とりあえず鎌をかけてみただけ。
ここで何かしらのアクションを起こすつもりなら、今すぐこいつを殺すだけ。
まあでも、今のところは何も仕掛ける気は無いみたいだけれど。
それでも油断はできない。
まずは、現状把握と洒落込みましょうか。
「それで、状況が変わったというのは一体どういうことなの?」
「その前に一つ聞かせて欲しい。あんたはクワからどこまで聞いてるんだ?」
「そんなに多くのことは聞いていないわ」
私はポケットから一枚の手紙を取り出す。
「読んでみなさい」
『やあ、ニンファー、久しぶりだね。
本当はたくさんお喋りをしたいとこだけど、その時間もないから早速本題に入らせてもらう。
つい先日、ゾン……感染者が大量に群れているのを発見した。早急に対処が必要なため、君にも協力してほしい。僕も戦いに参加する。僕の師匠、タツナミさんに君の事を話したから、詳細はその人に聞いてほしい。恐らく一週間後に君の事を訪ねるだろうから、そのときはよろしく。
追伸
さっきも言った通り、タツナミさんは僕の師匠だからくれぐれも失礼のないようにね!』
「一応聞いておくが、これはクワからの手紙で間違いないか?」
「ええ、その通りよ。この手紙を受け取ったのが六日前、つまり、本当ならあなたは明日にここに来るはずだったのだけれど、なぜ一日早くここにきたのかしら?」
「状況が変わった、想定外の事態が起こり、緊急性と難易度が跳ね上がった。事は急を要する。話を聞いてほしい」
「分かったわ。話しなさい」
タツナミの話はこうだった。
一ヶ月程前、殺し屋の集団が感染者の数十人規模の集まりを発見した。
数がとても多いため、十分な用意をしてから戦場に行くということで話がまとまった。
幸い、その中には自我のある感染者、通称、知性ゾンビは存在せず、特殊な能力を持ったゾンビ、変異体ゾンビも存在しないため、十分な武器と人数が用意できれば、簡単に対処できる。
殺し屋の集団はそう判断した。
そこで、具体的な戦力を把握するため、殺し屋集団は偵察部隊を構成し、感染者の偵察へと赴いた。
しかし、その偵察部隊はいつまで経っても戻ってこなかった。
「偵察部隊とはいえ、武器は持たせていたし、ただのゾンビ……」
私はタツナミを睨む。
「クワから聞いていない?私は彼らのことをゾンビとは呼びたくないの。あなたも私の前ではゾンビと言わずに感染者と言いなさい。そこだけは譲れないわ」
彼らは元は人間だ。
そんな風に侮辱することは絶対に許されない。
タツナミは少し怯えたように謝罪する。
「ああ、すまない……」
そのあとすぐに本題に戻る。
「とにかく、あいつらがただの感染者にやられるとは思わない。絶対に何か裏がある。だが、その裏が何か分からない」
「なるほど…状況が変わったというのはそういうことね……」
私は目を瞑って考える。
「いくつか質問させてもらうわ」
タツナミからの返事はない。
私は構わず話を続ける。
「知性感染者や変異体感染者は本当にいなかったの?」
「ああ、俺たちが確認した限りじゃあ確認できなかった」
「偵察隊は何人編成?武器は何を持たせたの?」
「武器はマシンガン使いが二人、ライフル使い二人、そして、刀使いが二人の六人構成だ」
「偵察隊は一組だけしか送ってないの?」
「いや、三組送った。その三組ともが消息不明にやっている」
「仕掛けるのはいつ?」
「ニ日後だ」
「戦力はどれくらい?」
「現在集まっている人数が三十人、うまくいけば五十人、現実的には四十人ってとこだ」
私は目を開ける。
「分かったわ。協力してあげる」
今回の仕事は思ったより簡単そうね。
数十人の感染者より、一人の変異体感染者の方が手強いもの。
あっ、一つ重要なことを聞き忘れたわ。
「ねえ、今回の仕事の報酬はどれくらい出るの?」
「今回は成功報酬のみだ。金額は一人当たり十万から三十万だな」
最低十万。
正直、危険度に対して報酬が見合ってないような気もする。
でも、全員で山分けならそれも仕方ないか……
「なあ、一つ聞いていいか?」
タツナミがいきなり口を開く。
「何?」
「協力してくれるのはありがたいが、その怪我であんたは動けんのか?」
タツナミが気にしていたのは私の右腕。
私の右腕には、真っ白な包帯が二の腕から指先までびっしりと巻いてある。
「別に大丈夫よ。クワから聞いてない?この包帯はいつも着けているものよ」
「そうか…ならもう何も言わない。では三日後によろしく頼む」
タツナミはそう言って姿を消した。
次の日、私は一人で殺し屋の仕事に来ていた。
私は右手に刀、左手に拳銃を持って周りにいる感染者を殺しにかかる。
両方とも私の知り合いに作ってもらった武器だ。
私の周りを三人の感染者が取り囲む。
私はその三人の内の二人の片腕を切り落とし、最後の一人の眼球目掛けて銃の引き金を引く。
感染者は基本的には体の機能をほぼ全て停止している。
心臓は止まり、血液が流れず、体も成長しない。
体の機能が停止している以上、心臓などを攻撃しても感染者にダメージはない。
その代わり、身体能力が異常に高まる。
力は強くなるし、走りも速くなる。
これが感染者の特徴だ。
感染者を殺す方法はただ一つ。
それは、感染者の脳を破壊すること。
感染者といえど、体への命令を出すのは脳だ。
故に、脳を破壊してしまえば、感染者は死に至る。
ついでに言っておくと、感染者も脳は一部機能しているため、睡眠をとって休まなければならない。
ちなみに私は、感染者を殺すことを未だに躊躇している。
他のみんながゾンビと呼んでいる存在は、私たちと同じ人間だ。
だから私は躊躇する。
感染者を殺すことは、人を殺すことと同義であり、私の中にはそういった罪悪感が眠っている。
そんな罪悪感を感じながら、私は残った二人の感染者にとどめを刺す。
「はあ、やっぱり気分が悪い……」
今日の仕事は出来るだけ速く終わらせよう。
私はたった今殺した人間に対し、手を合わせてその場を後にする。
殺した相手に対して手を合わせることなんてなんの意味もない。
そんなのはただのエゴであり、感傷だ。
そのことを分かっていても、私は手を合わせてしまう。
そうでもしないと、私は罪悪感に耐えられなくなってしまう。
結局はただの保身だ。
保身のために、自分が憐れんでいる存在も利用する。
自分は一体どれほど醜い存在なのだろう?
今日も私は苦悩しながら生きていくことになるのだろう。
しかし、私がそんなふうに悩んでいても、世界は常に変わり続ける。
止まっている暇はない。
私は自分の気持ちを奥に押し込み、再び感染者と対峙する。
「これで任務完了ね……」
今日の仕事はこれで終わりだ。
あとは家に帰って依頼者に報告を済ませて任務の終わり。
何も特別なことをしてないはずなのにとても疲れてしまった。
きっと変なことを考えてしまったせいだ。
速く帰って休むとしよう。
私はすぐに家に帰って、ベッドの中に潜り込んだ。
次の日、目を覚ました私はすぐに出かける用意をする。
今日は明日の仕事のための準備をする。
まず、絶対にやらなければならないことは武器の調整。
具体的には、刀の研磨と銃のメンテナンス。そして、弾薬の補充だ。
だが、私は戦うのが専門なため、そう言ったことはさっぱりだ。
しかし安心してほしい。
私が感染者を殺して稼いでいるように、武器の売買や調整などをして稼いでる人も世の中には大勢いる。
私がこれから行こうとしているのは、そういう人のところだ。
私はしばらく歩き、目的地に着く。
そこにあるのは、恐ろしいほどボロボロの建物。
文明が滅んだこの世界で、傷んでない建物など存在するわけもないが、それにしたってこの家はボロすぎる。
全く、いつ来ても入るのが不安になるような雰囲気がある。
しかし、私は知っている。
この建物は、外が異常に脆い変わりに、内側にはこれ以上ないほどの設備が整っていることを。
中に入ると、大きなベルの音がする。
と同時に、部屋の奥からやけに陽気な女の声が聞こえた。
「いらっしゃーい。アルビドゥスのお店へようこそ!」
やっぱりこいつのことは嫌いだ。
どうしてこんな時代に明るく振る舞えるのだろう。
私なんてずっと悩み続けて、笑顔なんてここ何年も浮かべたことなどない。
なのにこいつは……こいついう奴は……
「あれあれ?そこにいらっしゃるは私の親愛なる大親友、ニンファー殿ではあられませんか!お久しぶりです!私はとっても嬉しいでございます!」
そんな調子のいいことを平気で言ってくる。
どうすればこいつのように明るくなれるのだろうか?
考えても仕方ない。
私は要件をまとめて伝える。
「明日に大規模な任務がある。早急に武器のメンテナスをお願いするわ。それから、弾薬の補給も」
「大規模な任務?ああ、なるほどクワの言ってた任務のこと?ニンファーも参加するの?じゃあもう成功したも同然だね!この世界でニンファーより優れた殺し屋なんてどこを探してもいないんだからね!」
アルビドゥス、アルはそういいながら刀を手に取り、検分する。
私は近くの椅子に座り辺りを見渡す。
この店には様々な武器が置いてある。
どれも質の良いもので、クオリティの高さの割に値段が安く、非常に良心的な店だ。
しかし、この店は外装が悪すぎるせいで、お客さんはあまり来ない。
常連客なんて、多分私だけのはずだ。
アルは武器の手入れをしながらも話しかけてくる。
「それで、最近の調子はどうなの?また考えすぎて調子悪かったりしない?」
「別に…いつもと変わらない。何?もしかして心配でもしてたの?」
「そりゃそうだよー。だってこの前ニンファー『もう感染者を殺したくない』とかなんとかいって泣き喚いてたしねー」
「なっ………それは一ヶ月以上も前の話でしょうが!そんな昔の話を掘り起こすな!これだから私はお前が嫌いなんだよ!」
「にゃはははははは、ごめんごめん。つい思い出して面白くなっちゃった。ごめんねー」
全く、こいつはなんでこうも無駄に明るく振る舞っているのだろう?
今までそんなこと考えたこともなかったが、こんな世界で生きている以上、誰にでも何かしらの悩みがあるはずだ。
なのに、こいつにはそれが全く感じられない。
聞いてみるか?こいつはなんでこんなに笑顔でいられるのかを。
いや、それは流石にマナー違反か。
こいつが自分の気持ちを隠したいと思っているのなら、私が突っ込んで聞いていい問題じゃない。
私がそんなどうでもいいことを考えてる間に、アルは武器のメンテナンスを終えてくれた。
「終わったよー。刀は研ぐ必要もないし、こっちの銃もおかしいところはない。さっすが、私の作った武器だけあるよ!」
「自分でそれを言うな!」
「でもニンファーもそう思うでしょ?私の作る武器が一番だって」
「それは……確かにその通りだけど…」
「マガジンはどうする?買ってく?」
「うん、そろそろストックがなくなりそうだからね」
「どれくらい買っていく?」
私は部屋の隅っこに積み上げられている段ボールを指差す。
「あれを一箱頂戴」
アルが一瞬だけ固まる。
その後、アルの大声がこの部屋内部に響き渡る。
「ひっ……一箱おおおおおおおおおお⁉︎ニンファー!それ本気で言ってる⁉︎いくらするか分かって言ってる⁉︎マガジン一つで一万円!一箱にマガジン百個入ってるんだよ!もちろん友達料金でいくらかは安くしてあげるけど、そんなお金今すぐに払えるの⁉︎」
「一応二百万くらいは持ってきた」
アルは再び行動を停止した。
「本気で言ってる?ニンファーってそんなに儲けてたの?この間うちに来たときは『仕事が入らなくいせいで金欠だ』って言ってたじゃん!」
「あの後、変異体感染者の殺害依頼が届いたの。最初は殺し屋集団に頼んだっぽいんだけど、その集団が全滅させられてね。それで、その殺し屋集団が受け取るはずだったお金を私が全部受け取った」
「あーー、そういうことかあ。まあ、確かに普通の殺し屋じゃあ、何十人で一体の変異体感染者を殺せるかどうかだもんねえ。一人で変異体感染者を相手できるのはやっぱりニンファーだけかあ。ちなみにその任務でいくらもらったの?」
「殺し屋集団三十人の連中一人一人に十万円ずつの報酬だったから三百万くらいね」
「はあ……たった一回の任務でそんな稼げるの羨ましいーって、言いたいとこだけど、そんなに簡単な仕事でもなかったんでしょ?怪我とかは大丈夫だった?」
「一応ね。ギリギリ怪我は負わずに済んだ」
「ふうん……ギリギリねえ…どうせまた無茶な戦い方したんでしょ!」
「うっ……」
私は言葉に詰まる。
こいつのいうことが正しいからだ。
全く、普段ふざけているくせに、こういうことは絶対に見逃さないとか、厄介な性格だ。
「もう~、気を付けてよ!ニンファーが怪我したら本当に大変なんだから。ニンファーの怪我を治せるのは私だけなんだよ?私の仕事を増やさないでよね!」
「うるさいなあ!そもそも怪我してないんだからそんなこと言われる筋合いはないわよ!」
「まあ、それもそうか…じゃあ、お喋りはこれくらいにして、仕事の話に戻ろうか。それで、マガジン段ボール一箱分が欲しいんだっけ?」
「ええ、お代はいくら?」
「じゃあ、百万円で」
「百万円?メンテナンス代は?」
「それはサービスしとくよ、友達料金でね!」
「分かったわ」
私は財布から百万円を取り出し、アルに手渡す。
「数えるからちょっと待ってねえ」
そう言ってアルは手慣れた手つきでお金を数えていく。
「はい!OKだね!毎度あり~!また来てねー!」
私はそんな明るい声を背に受けて店を出る。
私は家に帰り、荷物を床に下ろすとそのまま眠りについた。
そして迎えた運命の日。
私は刀と拳銃を装備し、タツナミに指定された場所へと赴いた。
私が集合場所に着いた時には既に二十人程の殺し屋が集まっていた。
私は静かに目を瞑り、瞑想をして集中力を高める。
いうまでもなく、殺し屋の仕事には常に命の危険が伴う。
私がいくら例外的で、最強と言われる殺し屋であろうと、それは変わらない。
私の命はここで終わりかもしれない。
そう考えると、自然と体に緊張感が走る。
決して油断はしない。
私がそうして瞑想を続けていると、横から声をかけられた。
「あっ!いたいた!ちゃんときてくれたんだね!よかったよ」
声をかけてきたのは、両手に狙撃銃を抱えた青年だった。
私はため息を吐く。
正直言って、仕事が始まる前にこいつとは会いたくなかった。
「あれ?どうしたの?そんな疲れたような顔して、もしかして、昨日眠れなかった?」
「それ以上私に話しかけないで」
「酷いなあ……君と僕の仲じゃないか……どうして君はそんなに僕を邪険にするんだよ」
「あなたのその緊張感の欠片もない態度が嫌いなのよ。これから死ぬかもしれないって時にそんなに笑顔でいる奴の気がしれないわよ、クワ」
「あはは、相変わらずニンファーは手厳しいなあ……ていうか、これから死ぬかもしれなっていうなら、最期はやっぱり笑っていたいじゃん?だから任務前は僕はいつもこうして笑顔でいるわけなのさ!」
私はもう一度大きくため息を吐く。
全く……なんで私の周りにはこんな奴らしかいないのだろう。
少しは真面目な人間がいて欲しいものだ。
私とクワは昔の仕事で初めて出会った。
クワが感染者に襲われているところを私が助けたという運びになる。
本人はそのことに恩を感じ、その恩を返そうとしているのだが、こいつがその恩を返す前に私がこいつのことを助けてしまっているため、こいつはいつまで経っても私のそばから離れないのだ。
「いやあ、それにしても来てくれて本当によかったよ!君が一人いるかいないかで任務の難易度が一気に変わるからね!」
「油断するんじゃないわよ、今回はどんな奴が相手が分からないんだから」
「そうだね……あのさ…」
クワが何かを言おうとした時、この広場に大きな銃声が鳴る。
この場にいる全員がそちらを向く。
広場の中心、そこに立っているのはクワの師匠、タツナミだった。
タツナミは全員が注目する中、大きな声でこの場にいる全員に話しかける。
「殺し屋の者たちよ!今回はよく集まってくれた!今日、君達に集まってもらったのは他でもない、ゾンビ共を倒し、世界の人々に平和をもたらすためだ!」
タツナミはその後も色々と話していたが、彼の口から『ゾンビ』という言葉が出た時点で、私は彼の話を聞く気はなくなった。
「仕方ないと思うよ、世間一般では彼らのことは『ゾンビ』で通ってるからね」
私の様子を察したクワがそう言った。
「それでもこの前、タツナミが私の家に来た時ちゃんと言ったんだけれどね」
「師匠もニンファーと一対一で話す時は流石に配慮すると思うよ。けど、ここには君しかいないわけじゃないだろ?」
そんなことは言われなくとも分かっているが、それでも体が受け付けない。
まあ、こればっかりは諦めて割り切るしかなさそうだ。
「まあ、師匠も悪い人じゃないから許してあげて」
だから、言われなくても分かってるって……
そういえばタツナミはクワの師匠なんだっけ?
なら、クワが必死にフォローしたがるというのも分かる。
そういえば、一つ引っかかったことがある。
いっそクワに聞いてみるか。
「なえ、タツナミって何者?この大勢の殺し屋は彼が集めたの?」
クワは驚いたような顔をした。
「うん、そうだよ。ていうか知らなかったの?僕の師匠は殺し屋のまとめ役、分かりやすく言えば殺し屋集団のリーダーだよ」
そうだったのか……知らなかった。
まあ、私は割と他とは違うタイプの殺し屋だから知らなくても当然か…
『うおおおおおおおおおおおお!』
いきなり辺りから叫び声が聞こえた。
どうやらタツナミの演説で殺し屋たちの士気が上がったらしい。
殺し屋集団はそのまま前に移動を開始する。
「ほら、行くよニンファー。仕事を始めるよ」
やれやれ、やっとか。
一人なら後三十分は早く仕事に取りかかれたな。
だがまあいいだろう。
今回の任務はかなり厳しめのようだし、これくらいのことは割り切ろう。
「それじゃ、しっかり働いて、しっかり稼ぐとしましょうか」
私は他の人たちに続いて、感染者達が大勢いるとされている場所へと足を踏み入れた。
あるウイルスを研究していた組織が、何らかの事故でそのウイルスを外に出してしまった。
そのウイルスは、感染者の自我を奪い、無差別に襲わせる、凶悪なウイルスだった。
自我の残る感染者もいるが、その者たちも非感染者を敵だと認識し、人を襲う。
そして、自我の残る感染者の中には、体の機能が変質し、特殊な能力を持つ者も現れる。
空気感染などはせず、感染経路は感染者に傷をつけられることで感染する。
しかし、世界中のほとんどの人は、このことを気にしてはいなかった。
どうせすぐに収まる。
そう考えていた。
しかし、事態はどんどん悪化していき、どんどん感染者は増えていった。
そして、長い間に積み重ねられた文明は瞬く間に滅び、世の中は感染者と非感染者との戦場と化した。
そのウイルスの正式名称は知られていないが、人はこのウイルスをこう呼ぶ。
『ゾンビウイルス』と。
そして、感染者は非感染者から『ゾンビ』と呼ばれ、恐れられている。
ゾンビに襲われ続けることに恐怖した人々は、武器を作り、訓練して、ゾンビに対抗した。
中には、感染者を殺すことでお金を稼いで暮らす人もいる。
通称、『殺し屋』
私もその内の一人。
感染者と戦い、感染者を殺し、人を守ることで生活する。
この戦いが始まってから、既に、十年以上が経過している。
そういえば、私はさっき、『なんらかの事故でウイルスが外に出た』と言ったが、それは一般論で、私の意見は違う。
私は、誰かが意図的にウイルスを感染させたと思っている。
なぜなら、このウイルスは空気感染などの感染経路を取らないから。
直接体内に吸収しなければ感染しない。
つまり、人為的にウイルスを感染させる必要がある。
私が『殺し屋』をやっている理由はこれだ。
このウイルスの真相を探し、『ゾンビ』と呼ばれる感染者を救うこと。
それがこの私、『殺し屋』ニンファーの目的だ。
午前六時、私は自分の家で、武器の手入れをしていた。
数分後、ノックの音がし、手を止める。
私は机の上に置いた銃を手に取り、ドアの前に立つ。
「開けていいわよ」
ドアの向こうにいたのは、三十代半ばと思われる男性。
「いらっしゃい、まずは要件を聞きましょうか」
「………その前に、その銃を下ろしてくれると助かる………」
「銃を下ろして欲しいなら、まずはあなたの名前と職業、要件を話して頂戴。悪いけれど、初対面の相手に無警戒ではいられないタイプなのよ、私は」
「…あいつの言っていたことは本当だったのか………」
あいつって誰のこと?
私の中で警戒心が一層強くなる。
私は銃のセーフティを外し、相手を威嚇する。
「さっきの台詞は取り消す、そのかわり、あなたの言う『あいつ』が誰なのかを教えて」
男は両手を上げて答える。
「そいつの名前はクワ、俺達にあんたの事を教えてくれた奴だ」
ああ、クワの紹介ね。
だとすると………
「じゃあ、あなたはクワの師匠だっていうタツナミさん?」
「……あんた、俺のこと知ってんのか?」
「ええ、あなたのことはクワの奴から聞いてる。でも、あなたが尋ねてくるのは明日だと聞いていたけど」
「状況が変わった……できれば今すぐに話をしたい」
正直、まだこの人のことは信用しきれない。
でも、万が一の確率でこの人の言うことが本当なら、よっぽどの事態が起きたに違いない。
あまり気は進まないけれど、話だけでも聞くとしましょうか。
「分かったわ、中に入って。ただし、少しでもあなたが変な動きをしたら、すぐに殺す」
私はタツナミに背を向けて部屋の中に入る。
別に警戒を怠ったわけでは無いわよ。
とりあえず鎌をかけてみただけ。
ここで何かしらのアクションを起こすつもりなら、今すぐこいつを殺すだけ。
まあでも、今のところは何も仕掛ける気は無いみたいだけれど。
それでも油断はできない。
まずは、現状把握と洒落込みましょうか。
「それで、状況が変わったというのは一体どういうことなの?」
「その前に一つ聞かせて欲しい。あんたはクワからどこまで聞いてるんだ?」
「そんなに多くのことは聞いていないわ」
私はポケットから一枚の手紙を取り出す。
「読んでみなさい」
『やあ、ニンファー、久しぶりだね。
本当はたくさんお喋りをしたいとこだけど、その時間もないから早速本題に入らせてもらう。
つい先日、ゾン……感染者が大量に群れているのを発見した。早急に対処が必要なため、君にも協力してほしい。僕も戦いに参加する。僕の師匠、タツナミさんに君の事を話したから、詳細はその人に聞いてほしい。恐らく一週間後に君の事を訪ねるだろうから、そのときはよろしく。
追伸
さっきも言った通り、タツナミさんは僕の師匠だからくれぐれも失礼のないようにね!』
「一応聞いておくが、これはクワからの手紙で間違いないか?」
「ええ、その通りよ。この手紙を受け取ったのが六日前、つまり、本当ならあなたは明日にここに来るはずだったのだけれど、なぜ一日早くここにきたのかしら?」
「状況が変わった、想定外の事態が起こり、緊急性と難易度が跳ね上がった。事は急を要する。話を聞いてほしい」
「分かったわ。話しなさい」
タツナミの話はこうだった。
一ヶ月程前、殺し屋の集団が感染者の数十人規模の集まりを発見した。
数がとても多いため、十分な用意をしてから戦場に行くということで話がまとまった。
幸い、その中には自我のある感染者、通称、知性ゾンビは存在せず、特殊な能力を持ったゾンビ、変異体ゾンビも存在しないため、十分な武器と人数が用意できれば、簡単に対処できる。
殺し屋の集団はそう判断した。
そこで、具体的な戦力を把握するため、殺し屋集団は偵察部隊を構成し、感染者の偵察へと赴いた。
しかし、その偵察部隊はいつまで経っても戻ってこなかった。
「偵察部隊とはいえ、武器は持たせていたし、ただのゾンビ……」
私はタツナミを睨む。
「クワから聞いていない?私は彼らのことをゾンビとは呼びたくないの。あなたも私の前ではゾンビと言わずに感染者と言いなさい。そこだけは譲れないわ」
彼らは元は人間だ。
そんな風に侮辱することは絶対に許されない。
タツナミは少し怯えたように謝罪する。
「ああ、すまない……」
そのあとすぐに本題に戻る。
「とにかく、あいつらがただの感染者にやられるとは思わない。絶対に何か裏がある。だが、その裏が何か分からない」
「なるほど…状況が変わったというのはそういうことね……」
私は目を瞑って考える。
「いくつか質問させてもらうわ」
タツナミからの返事はない。
私は構わず話を続ける。
「知性感染者や変異体感染者は本当にいなかったの?」
「ああ、俺たちが確認した限りじゃあ確認できなかった」
「偵察隊は何人編成?武器は何を持たせたの?」
「武器はマシンガン使いが二人、ライフル使い二人、そして、刀使いが二人の六人構成だ」
「偵察隊は一組だけしか送ってないの?」
「いや、三組送った。その三組ともが消息不明にやっている」
「仕掛けるのはいつ?」
「ニ日後だ」
「戦力はどれくらい?」
「現在集まっている人数が三十人、うまくいけば五十人、現実的には四十人ってとこだ」
私は目を開ける。
「分かったわ。協力してあげる」
今回の仕事は思ったより簡単そうね。
数十人の感染者より、一人の変異体感染者の方が手強いもの。
あっ、一つ重要なことを聞き忘れたわ。
「ねえ、今回の仕事の報酬はどれくらい出るの?」
「今回は成功報酬のみだ。金額は一人当たり十万から三十万だな」
最低十万。
正直、危険度に対して報酬が見合ってないような気もする。
でも、全員で山分けならそれも仕方ないか……
「なあ、一つ聞いていいか?」
タツナミがいきなり口を開く。
「何?」
「協力してくれるのはありがたいが、その怪我であんたは動けんのか?」
タツナミが気にしていたのは私の右腕。
私の右腕には、真っ白な包帯が二の腕から指先までびっしりと巻いてある。
「別に大丈夫よ。クワから聞いてない?この包帯はいつも着けているものよ」
「そうか…ならもう何も言わない。では三日後によろしく頼む」
タツナミはそう言って姿を消した。
次の日、私は一人で殺し屋の仕事に来ていた。
私は右手に刀、左手に拳銃を持って周りにいる感染者を殺しにかかる。
両方とも私の知り合いに作ってもらった武器だ。
私の周りを三人の感染者が取り囲む。
私はその三人の内の二人の片腕を切り落とし、最後の一人の眼球目掛けて銃の引き金を引く。
感染者は基本的には体の機能をほぼ全て停止している。
心臓は止まり、血液が流れず、体も成長しない。
体の機能が停止している以上、心臓などを攻撃しても感染者にダメージはない。
その代わり、身体能力が異常に高まる。
力は強くなるし、走りも速くなる。
これが感染者の特徴だ。
感染者を殺す方法はただ一つ。
それは、感染者の脳を破壊すること。
感染者といえど、体への命令を出すのは脳だ。
故に、脳を破壊してしまえば、感染者は死に至る。
ついでに言っておくと、感染者も脳は一部機能しているため、睡眠をとって休まなければならない。
ちなみに私は、感染者を殺すことを未だに躊躇している。
他のみんながゾンビと呼んでいる存在は、私たちと同じ人間だ。
だから私は躊躇する。
感染者を殺すことは、人を殺すことと同義であり、私の中にはそういった罪悪感が眠っている。
そんな罪悪感を感じながら、私は残った二人の感染者にとどめを刺す。
「はあ、やっぱり気分が悪い……」
今日の仕事は出来るだけ速く終わらせよう。
私はたった今殺した人間に対し、手を合わせてその場を後にする。
殺した相手に対して手を合わせることなんてなんの意味もない。
そんなのはただのエゴであり、感傷だ。
そのことを分かっていても、私は手を合わせてしまう。
そうでもしないと、私は罪悪感に耐えられなくなってしまう。
結局はただの保身だ。
保身のために、自分が憐れんでいる存在も利用する。
自分は一体どれほど醜い存在なのだろう?
今日も私は苦悩しながら生きていくことになるのだろう。
しかし、私がそんなふうに悩んでいても、世界は常に変わり続ける。
止まっている暇はない。
私は自分の気持ちを奥に押し込み、再び感染者と対峙する。
「これで任務完了ね……」
今日の仕事はこれで終わりだ。
あとは家に帰って依頼者に報告を済ませて任務の終わり。
何も特別なことをしてないはずなのにとても疲れてしまった。
きっと変なことを考えてしまったせいだ。
速く帰って休むとしよう。
私はすぐに家に帰って、ベッドの中に潜り込んだ。
次の日、目を覚ました私はすぐに出かける用意をする。
今日は明日の仕事のための準備をする。
まず、絶対にやらなければならないことは武器の調整。
具体的には、刀の研磨と銃のメンテナンス。そして、弾薬の補充だ。
だが、私は戦うのが専門なため、そう言ったことはさっぱりだ。
しかし安心してほしい。
私が感染者を殺して稼いでいるように、武器の売買や調整などをして稼いでる人も世の中には大勢いる。
私がこれから行こうとしているのは、そういう人のところだ。
私はしばらく歩き、目的地に着く。
そこにあるのは、恐ろしいほどボロボロの建物。
文明が滅んだこの世界で、傷んでない建物など存在するわけもないが、それにしたってこの家はボロすぎる。
全く、いつ来ても入るのが不安になるような雰囲気がある。
しかし、私は知っている。
この建物は、外が異常に脆い変わりに、内側にはこれ以上ないほどの設備が整っていることを。
中に入ると、大きなベルの音がする。
と同時に、部屋の奥からやけに陽気な女の声が聞こえた。
「いらっしゃーい。アルビドゥスのお店へようこそ!」
やっぱりこいつのことは嫌いだ。
どうしてこんな時代に明るく振る舞えるのだろう。
私なんてずっと悩み続けて、笑顔なんてここ何年も浮かべたことなどない。
なのにこいつは……こいついう奴は……
「あれあれ?そこにいらっしゃるは私の親愛なる大親友、ニンファー殿ではあられませんか!お久しぶりです!私はとっても嬉しいでございます!」
そんな調子のいいことを平気で言ってくる。
どうすればこいつのように明るくなれるのだろうか?
考えても仕方ない。
私は要件をまとめて伝える。
「明日に大規模な任務がある。早急に武器のメンテナスをお願いするわ。それから、弾薬の補給も」
「大規模な任務?ああ、なるほどクワの言ってた任務のこと?ニンファーも参加するの?じゃあもう成功したも同然だね!この世界でニンファーより優れた殺し屋なんてどこを探してもいないんだからね!」
アルビドゥス、アルはそういいながら刀を手に取り、検分する。
私は近くの椅子に座り辺りを見渡す。
この店には様々な武器が置いてある。
どれも質の良いもので、クオリティの高さの割に値段が安く、非常に良心的な店だ。
しかし、この店は外装が悪すぎるせいで、お客さんはあまり来ない。
常連客なんて、多分私だけのはずだ。
アルは武器の手入れをしながらも話しかけてくる。
「それで、最近の調子はどうなの?また考えすぎて調子悪かったりしない?」
「別に…いつもと変わらない。何?もしかして心配でもしてたの?」
「そりゃそうだよー。だってこの前ニンファー『もう感染者を殺したくない』とかなんとかいって泣き喚いてたしねー」
「なっ………それは一ヶ月以上も前の話でしょうが!そんな昔の話を掘り起こすな!これだから私はお前が嫌いなんだよ!」
「にゃはははははは、ごめんごめん。つい思い出して面白くなっちゃった。ごめんねー」
全く、こいつはなんでこうも無駄に明るく振る舞っているのだろう?
今までそんなこと考えたこともなかったが、こんな世界で生きている以上、誰にでも何かしらの悩みがあるはずだ。
なのに、こいつにはそれが全く感じられない。
聞いてみるか?こいつはなんでこんなに笑顔でいられるのかを。
いや、それは流石にマナー違反か。
こいつが自分の気持ちを隠したいと思っているのなら、私が突っ込んで聞いていい問題じゃない。
私がそんなどうでもいいことを考えてる間に、アルは武器のメンテナンスを終えてくれた。
「終わったよー。刀は研ぐ必要もないし、こっちの銃もおかしいところはない。さっすが、私の作った武器だけあるよ!」
「自分でそれを言うな!」
「でもニンファーもそう思うでしょ?私の作る武器が一番だって」
「それは……確かにその通りだけど…」
「マガジンはどうする?買ってく?」
「うん、そろそろストックがなくなりそうだからね」
「どれくらい買っていく?」
私は部屋の隅っこに積み上げられている段ボールを指差す。
「あれを一箱頂戴」
アルが一瞬だけ固まる。
その後、アルの大声がこの部屋内部に響き渡る。
「ひっ……一箱おおおおおおおおおお⁉︎ニンファー!それ本気で言ってる⁉︎いくらするか分かって言ってる⁉︎マガジン一つで一万円!一箱にマガジン百個入ってるんだよ!もちろん友達料金でいくらかは安くしてあげるけど、そんなお金今すぐに払えるの⁉︎」
「一応二百万くらいは持ってきた」
アルは再び行動を停止した。
「本気で言ってる?ニンファーってそんなに儲けてたの?この間うちに来たときは『仕事が入らなくいせいで金欠だ』って言ってたじゃん!」
「あの後、変異体感染者の殺害依頼が届いたの。最初は殺し屋集団に頼んだっぽいんだけど、その集団が全滅させられてね。それで、その殺し屋集団が受け取るはずだったお金を私が全部受け取った」
「あーー、そういうことかあ。まあ、確かに普通の殺し屋じゃあ、何十人で一体の変異体感染者を殺せるかどうかだもんねえ。一人で変異体感染者を相手できるのはやっぱりニンファーだけかあ。ちなみにその任務でいくらもらったの?」
「殺し屋集団三十人の連中一人一人に十万円ずつの報酬だったから三百万くらいね」
「はあ……たった一回の任務でそんな稼げるの羨ましいーって、言いたいとこだけど、そんなに簡単な仕事でもなかったんでしょ?怪我とかは大丈夫だった?」
「一応ね。ギリギリ怪我は負わずに済んだ」
「ふうん……ギリギリねえ…どうせまた無茶な戦い方したんでしょ!」
「うっ……」
私は言葉に詰まる。
こいつのいうことが正しいからだ。
全く、普段ふざけているくせに、こういうことは絶対に見逃さないとか、厄介な性格だ。
「もう~、気を付けてよ!ニンファーが怪我したら本当に大変なんだから。ニンファーの怪我を治せるのは私だけなんだよ?私の仕事を増やさないでよね!」
「うるさいなあ!そもそも怪我してないんだからそんなこと言われる筋合いはないわよ!」
「まあ、それもそうか…じゃあ、お喋りはこれくらいにして、仕事の話に戻ろうか。それで、マガジン段ボール一箱分が欲しいんだっけ?」
「ええ、お代はいくら?」
「じゃあ、百万円で」
「百万円?メンテナンス代は?」
「それはサービスしとくよ、友達料金でね!」
「分かったわ」
私は財布から百万円を取り出し、アルに手渡す。
「数えるからちょっと待ってねえ」
そう言ってアルは手慣れた手つきでお金を数えていく。
「はい!OKだね!毎度あり~!また来てねー!」
私はそんな明るい声を背に受けて店を出る。
私は家に帰り、荷物を床に下ろすとそのまま眠りについた。
そして迎えた運命の日。
私は刀と拳銃を装備し、タツナミに指定された場所へと赴いた。
私が集合場所に着いた時には既に二十人程の殺し屋が集まっていた。
私は静かに目を瞑り、瞑想をして集中力を高める。
いうまでもなく、殺し屋の仕事には常に命の危険が伴う。
私がいくら例外的で、最強と言われる殺し屋であろうと、それは変わらない。
私の命はここで終わりかもしれない。
そう考えると、自然と体に緊張感が走る。
決して油断はしない。
私がそうして瞑想を続けていると、横から声をかけられた。
「あっ!いたいた!ちゃんときてくれたんだね!よかったよ」
声をかけてきたのは、両手に狙撃銃を抱えた青年だった。
私はため息を吐く。
正直言って、仕事が始まる前にこいつとは会いたくなかった。
「あれ?どうしたの?そんな疲れたような顔して、もしかして、昨日眠れなかった?」
「それ以上私に話しかけないで」
「酷いなあ……君と僕の仲じゃないか……どうして君はそんなに僕を邪険にするんだよ」
「あなたのその緊張感の欠片もない態度が嫌いなのよ。これから死ぬかもしれないって時にそんなに笑顔でいる奴の気がしれないわよ、クワ」
「あはは、相変わらずニンファーは手厳しいなあ……ていうか、これから死ぬかもしれなっていうなら、最期はやっぱり笑っていたいじゃん?だから任務前は僕はいつもこうして笑顔でいるわけなのさ!」
私はもう一度大きくため息を吐く。
全く……なんで私の周りにはこんな奴らしかいないのだろう。
少しは真面目な人間がいて欲しいものだ。
私とクワは昔の仕事で初めて出会った。
クワが感染者に襲われているところを私が助けたという運びになる。
本人はそのことに恩を感じ、その恩を返そうとしているのだが、こいつがその恩を返す前に私がこいつのことを助けてしまっているため、こいつはいつまで経っても私のそばから離れないのだ。
「いやあ、それにしても来てくれて本当によかったよ!君が一人いるかいないかで任務の難易度が一気に変わるからね!」
「油断するんじゃないわよ、今回はどんな奴が相手が分からないんだから」
「そうだね……あのさ…」
クワが何かを言おうとした時、この広場に大きな銃声が鳴る。
この場にいる全員がそちらを向く。
広場の中心、そこに立っているのはクワの師匠、タツナミだった。
タツナミは全員が注目する中、大きな声でこの場にいる全員に話しかける。
「殺し屋の者たちよ!今回はよく集まってくれた!今日、君達に集まってもらったのは他でもない、ゾンビ共を倒し、世界の人々に平和をもたらすためだ!」
タツナミはその後も色々と話していたが、彼の口から『ゾンビ』という言葉が出た時点で、私は彼の話を聞く気はなくなった。
「仕方ないと思うよ、世間一般では彼らのことは『ゾンビ』で通ってるからね」
私の様子を察したクワがそう言った。
「それでもこの前、タツナミが私の家に来た時ちゃんと言ったんだけれどね」
「師匠もニンファーと一対一で話す時は流石に配慮すると思うよ。けど、ここには君しかいないわけじゃないだろ?」
そんなことは言われなくとも分かっているが、それでも体が受け付けない。
まあ、こればっかりは諦めて割り切るしかなさそうだ。
「まあ、師匠も悪い人じゃないから許してあげて」
だから、言われなくても分かってるって……
そういえばタツナミはクワの師匠なんだっけ?
なら、クワが必死にフォローしたがるというのも分かる。
そういえば、一つ引っかかったことがある。
いっそクワに聞いてみるか。
「なえ、タツナミって何者?この大勢の殺し屋は彼が集めたの?」
クワは驚いたような顔をした。
「うん、そうだよ。ていうか知らなかったの?僕の師匠は殺し屋のまとめ役、分かりやすく言えば殺し屋集団のリーダーだよ」
そうだったのか……知らなかった。
まあ、私は割と他とは違うタイプの殺し屋だから知らなくても当然か…
『うおおおおおおおおおおおお!』
いきなり辺りから叫び声が聞こえた。
どうやらタツナミの演説で殺し屋たちの士気が上がったらしい。
殺し屋集団はそのまま前に移動を開始する。
「ほら、行くよニンファー。仕事を始めるよ」
やれやれ、やっとか。
一人なら後三十分は早く仕事に取りかかれたな。
だがまあいいだろう。
今回の任務はかなり厳しめのようだし、これくらいのことは割り切ろう。
「それじゃ、しっかり働いて、しっかり稼ぐとしましょうか」
私は他の人たちに続いて、感染者達が大勢いるとされている場所へと足を踏み入れた。
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