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おまけ
公爵令嬢の婚約者 4/4
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──あの子に頼まれて、仕方なくエスコート役を君に譲ったんだ。
それはつまり、エイミー本人が俺のエスコートを望んだってことか?
別の意味にも取れないことはない。
父親のエスコートは嫌だったとか。だとしたら、別に自分でなくてもよかったことになる。
けれど彼女の実父の、含みのあるあの言い方。
何故だ? 何故なんだ……!?
何故おまえは、俺なんかをエスコート役に選んだ?
大股に近付いていくと、エイミーが気付いて伏せていた目を上げフィリップをまっすぐ見る。
父親に似た、黒にも見える藍色の瞳。
無表情ながらも、宝石のような輝きを放つその瞳に見つめられ、フィリップの心臓は跳ねる。
見つめ合っていたのは一瞬。
フィリップはみっともなく急ぐ自分を恥じ、歩く速度を落とし、けれど大股にエイミーへと近づいた。
「……主役は会場の中心に戻れ、だとさ」
ぶっきらぼうに言って手を差し出すと、エイミーはそっと手を重ねてくる。その手に不自然なこわばりはない。フィリップを信頼して、自身を預けてくるかのようだ。
こんな風に、エイミーが無防備な様子を見せるから、フィリップの心は落ち着かなくなる。心を許してくれているのではと思いドキドキし、自分以外の誰かにも同じようにしているのではないかと考えいらだちを覚える。
曲の途中だったがダンスフロアに入り、ホールドの姿勢を取って踊りはじめた。
ダンスフロアは、特殊な密室だ。
誰もがダンスとダンスパートナーとの会話に集中するため、他人の会話が耳に入ってこなくて、内緒話をするのに適している。
そうした場所ではあるが、フィリップは人に聞かれることをはばかって声をひそめた。
「ケヴィン様に、エスコート役を俺に譲ったって言われたんだけど、どういうことだ?」
フィリップは緊張しながら問いかけたというのに、エイミーはあっさりと返事を返す。
「言葉の通りだと思います。父はわたしのエスコート役に名乗りを上げてくれましたが、わたしが断りましたので」
曲に合わせてターンをすると、リードに遅れることなくエイミーはついてくる。
「どうして断ったんだ?」
令嬢は少し沈黙したあと、聞きとりにくいほど小さな声で言った。
「他にエスコートしてほしい人がいたからです」
フィリップは聞き逃さなかった。
それは俺のことか……?
顔が上気するのが、自分でもわかる。声がうわずった。
「じゃあ何で俺なんだ? 俺が初対面でおまえを罵ったこと、忘れてなんかないだろ?」
エイミーがふと足を止めた。それにつられ、フィリップは無意識に立ち止る。
「……あれは、忘れようにも忘れられません」
「だったら何故俺を選んだんだ? あんだけ嫌味を言ったのに選ぶなんて、おかしいだろ!?」
エイミーの煮え切らない言葉に腹が立って、フィリップはつい声を荒げた。
この会場に入った時から、いや、彼女の養父からエスコート役を頼まれた時からすっきりしなかった。
どうして俺なんだ?
からかわれているのか、これまでの暴言に対するいやがらせなのか。
──もしかして、結婚することで俺に爵位を与えようとしているのか?
公爵位の相続権を、エイミーは自ら望んだのだという。
彼女は身分に執着するような女じゃない。だからこそその話を聞いてにわかに信じがたかった。
だが、自分のためではなく“誰かのため”ということであれば納得できる。
俺が初対面の時にあんなことを言ったからか?
だとしたら、そんな爵位は絶対に受け取らない。
見くびるな。おまえを不幸にしてまで欲しい地位なんてねーんだよ!
フィリップが鼻息荒く返答を待っていると、エイミーはためらいがちに口を開いた。
「だって……初対面の時、あなたはわたしを罵りながらも照れて真っ赤になってたじゃありませんか」
「な……っ!」
フィリップは絶句する。
十一年前。
養子の話はなかったことにと言われ、家族どころか邸中が困惑していた時のこと。
自分の身にいきなり振りかかってきた不運に、フィリップは身の置き場をなくしいたたまれない思いをしていた。
“どうする?”“どうなる?” そうした言葉と共に向けられる、どう扱ったらいいかと惑い同情する視線。今までもグロスタ公爵家の子どもとしてではなく客人のような扱いを受けて居心地が悪かったというのに、状況はさらに悪化する。
こうなったのも、隠し子のせいだ!
会うことがあったら、思い付く限りの暴言を吐いてやろう。そう考えて、フィリップは何と言ってやろうかと考えることで、いたたまれなさを紛らした。
機会はすぐに巡ってくる。
フィリップに直接謝りたいからと呼びだされ、約束の時間まで暇つぶしをしていようと散策していた庭で、件の隠し子と出会った。
幼い少女であることと、髪の色がブルネットだったことから、すぐにそうだとわかった。
チャンスだ。
そう思って近づいたフィリップは、少女が奇妙なことをしているのに気付く。
片手に手鏡を持って、もう一方の手で頬を引っ張ったりしている。熱心に鏡をのぞき込んでいるから、フィリップが近づくのにも気付かない。
少女の口の端がつり上がり、かろうじて笑みのようなものができる。鏡の中にそれを見たからか、少女は目を細め、固いつぼみがようやくほころんできたような、本当の笑顔を見せる。
その笑顔に、フィリップは心奪われたのだ。
ドギマギする自分に気付いてフィリップはうろたえた。そしてようやく気付いて顔を上げたエイミーに、ここ数日間考えに考えた暴言をうっかり吐き出してしまった。
あの時、とっくに気付かれてたのか!?
呆然として、フィリップはまじまじとエイミーを見る。エイミーはまっすぐフィリップを見返して、感情のほとんど読みとれない無表情のまま言った。
「一目ぼれされてびっくりしましたけど、あの時からわたしの夫はあなたしかいないと思い続けていたんです」
「だ、誰が一目ぼれなんか!」
真っ赤になって、フィリップは否定する。これまでエイミーなんか好きじゃないという態度を取り続けてきたのに、今更その事実を肯定できるわけがない。
赤くなりながらも冷汗をかくフィリップの気持ちを、エイミーは解さなかった。
「ですから、あなたが」
「してない!」
エイミーはフィリップの叫びを無視して話し始める。
「他の方たちは社交辞令でわたしをほめそやしてくれましたけど、あなただけは最初から違いました。わたしを罵りながらも表情は好きだと言ってくれていて、嬉しかったんです」
「ば、ばかやろう! 何勘違いしてるんだよ!」
「じゃあお聞きしますけど、どうして初めて会った時、“おまえは俺と結婚しなくちゃいけないんだ”とおっしゃったのですか? わたしが目ざわりなら“おまえなんかいなくなってしまえ”と言うところじゃありませんか?」
フィリップは、とうとう言葉を失う。
そうだ。その通りだ。
用意してきた暴言を吐き、胸の高鳴りに気が動転しながらも、何故か最後の言葉だけは言い換えてしまっていた。
その時の自分の計算の早さが、フィリップはいまだに信じられない。
こんなかわいい子を誰も放っておくわけがない。今にたくさんの求婚者が彼女に群がるようになる。その前に彼女を自分に縛り付けておかなければ。
その時出した計算結果はほめられたものではなかったが、どうやら正解を導き出して、現在フィリップはこのような状況に置かれている。
「わたしのことを認めていないと言いながら、頻繁に尋ねてきてくださいましたよね? オリバーに会いにきていると言い訳なさってましたが、わたしの出自が気に入らないのなら、オリバーも気に入らないのではありませんか? それに、さっさとオリバーのところに行くこともできましたのに、必ずわたしのもてなしを受けてくださいましたよね?」
照れ隠しを次々に暴露され、口をぱくぱくさせていたフィリップは、酸欠で倒れそうになる。
くらっとしかけたところ、背後からがっしり肩を掴まれた。
「整ったな」
「そうですわね」
肩越しに振り返れば、いつの間にか側に来ていたハンフリーとイリーナが、顔を見合わせてほくそ笑んでいる。
“整った”? 何が?
呆然としていると、ハンフリーがフィリップの耳に近い位置で声を張り上げた。
「お集まりの諸君、聞いていただきたい! この場で我が娘の婚約を発表します。相手はここにいるグロスタ侯爵子息フィリップです。今の二人の会話を聞いていた皆様には、証人になっていただきたい!」
「聞いていたって、え!?」
鼓膜がやぶれんばかりの大声より、話の内容のが大問題だ。
慌てふためくフィリップに、ハンフリーはにやっと笑う。
「気付いてなかったのか? 途中から皆ダンスをやめて、おまえたちの会話に耳をすましてたんだぞ?」
今度こそ卒倒したい──!
卒倒できなければ逃げ出したい。しかし、肩をぎっちりと掴まれ拘束されているフィリップは逃げられない。
めまいがして頭をぐらぐらさせていると、エイミーが頭一つ分背の高いフィリップを見上げて言った。
「わたし、あなたをその他大勢だと思ったことは一度もありません。……あの時一目ぼれをしたのは、わたしも同じなんです」
そう言って、彼女はぎこちなくも笑みをつくる。
その笑顔にうっかり見とれてしまったフィリップは、一目ぼれを否定する機会を逸してしまう。
こうしてエイミーとの婚約が成立した。
──・──・──
笑わない女だと言われてきたエイミーの初々しい笑顔は、彼女に求婚していた男どもを一瞬にして魅了した。
フィリップとの婚約が成立したあとも、彼らはあきらめきれずに、エイミーに猛アタックを繰り返すことになる。
「あれだけ暴言を吐いておいて、おまえが彼女を好きなわけがないだろう? 好きじゃないなら彼女を俺に譲れ!」
「婚約が成立しちまったのに、今更解消できるわけがないだろ!?」
「決闘しろ! そんな態度を取り続けるおまえが、彼女をしあわせにできるとは思えん!」
「エイミーを賭けに決闘する気にはならんが、腕試しに受けてやる」
「まだそのようなことを言うか! きさまー!」
人々にエイミーへの恋心がバレてしまったあともなかなか素直になれなかったフィリップは、こうして結婚するまで、いや、結婚した後も苦労を続けることになるのだった。
公爵令嬢の婚約者 完
これにて らっきー♪ 完結です。お読みくださりありがとうございました!
それはつまり、エイミー本人が俺のエスコートを望んだってことか?
別の意味にも取れないことはない。
父親のエスコートは嫌だったとか。だとしたら、別に自分でなくてもよかったことになる。
けれど彼女の実父の、含みのあるあの言い方。
何故だ? 何故なんだ……!?
何故おまえは、俺なんかをエスコート役に選んだ?
大股に近付いていくと、エイミーが気付いて伏せていた目を上げフィリップをまっすぐ見る。
父親に似た、黒にも見える藍色の瞳。
無表情ながらも、宝石のような輝きを放つその瞳に見つめられ、フィリップの心臓は跳ねる。
見つめ合っていたのは一瞬。
フィリップはみっともなく急ぐ自分を恥じ、歩く速度を落とし、けれど大股にエイミーへと近づいた。
「……主役は会場の中心に戻れ、だとさ」
ぶっきらぼうに言って手を差し出すと、エイミーはそっと手を重ねてくる。その手に不自然なこわばりはない。フィリップを信頼して、自身を預けてくるかのようだ。
こんな風に、エイミーが無防備な様子を見せるから、フィリップの心は落ち着かなくなる。心を許してくれているのではと思いドキドキし、自分以外の誰かにも同じようにしているのではないかと考えいらだちを覚える。
曲の途中だったがダンスフロアに入り、ホールドの姿勢を取って踊りはじめた。
ダンスフロアは、特殊な密室だ。
誰もがダンスとダンスパートナーとの会話に集中するため、他人の会話が耳に入ってこなくて、内緒話をするのに適している。
そうした場所ではあるが、フィリップは人に聞かれることをはばかって声をひそめた。
「ケヴィン様に、エスコート役を俺に譲ったって言われたんだけど、どういうことだ?」
フィリップは緊張しながら問いかけたというのに、エイミーはあっさりと返事を返す。
「言葉の通りだと思います。父はわたしのエスコート役に名乗りを上げてくれましたが、わたしが断りましたので」
曲に合わせてターンをすると、リードに遅れることなくエイミーはついてくる。
「どうして断ったんだ?」
令嬢は少し沈黙したあと、聞きとりにくいほど小さな声で言った。
「他にエスコートしてほしい人がいたからです」
フィリップは聞き逃さなかった。
それは俺のことか……?
顔が上気するのが、自分でもわかる。声がうわずった。
「じゃあ何で俺なんだ? 俺が初対面でおまえを罵ったこと、忘れてなんかないだろ?」
エイミーがふと足を止めた。それにつられ、フィリップは無意識に立ち止る。
「……あれは、忘れようにも忘れられません」
「だったら何故俺を選んだんだ? あんだけ嫌味を言ったのに選ぶなんて、おかしいだろ!?」
エイミーの煮え切らない言葉に腹が立って、フィリップはつい声を荒げた。
この会場に入った時から、いや、彼女の養父からエスコート役を頼まれた時からすっきりしなかった。
どうして俺なんだ?
からかわれているのか、これまでの暴言に対するいやがらせなのか。
──もしかして、結婚することで俺に爵位を与えようとしているのか?
公爵位の相続権を、エイミーは自ら望んだのだという。
彼女は身分に執着するような女じゃない。だからこそその話を聞いてにわかに信じがたかった。
だが、自分のためではなく“誰かのため”ということであれば納得できる。
俺が初対面の時にあんなことを言ったからか?
だとしたら、そんな爵位は絶対に受け取らない。
見くびるな。おまえを不幸にしてまで欲しい地位なんてねーんだよ!
フィリップが鼻息荒く返答を待っていると、エイミーはためらいがちに口を開いた。
「だって……初対面の時、あなたはわたしを罵りながらも照れて真っ赤になってたじゃありませんか」
「な……っ!」
フィリップは絶句する。
十一年前。
養子の話はなかったことにと言われ、家族どころか邸中が困惑していた時のこと。
自分の身にいきなり振りかかってきた不運に、フィリップは身の置き場をなくしいたたまれない思いをしていた。
“どうする?”“どうなる?” そうした言葉と共に向けられる、どう扱ったらいいかと惑い同情する視線。今までもグロスタ公爵家の子どもとしてではなく客人のような扱いを受けて居心地が悪かったというのに、状況はさらに悪化する。
こうなったのも、隠し子のせいだ!
会うことがあったら、思い付く限りの暴言を吐いてやろう。そう考えて、フィリップは何と言ってやろうかと考えることで、いたたまれなさを紛らした。
機会はすぐに巡ってくる。
フィリップに直接謝りたいからと呼びだされ、約束の時間まで暇つぶしをしていようと散策していた庭で、件の隠し子と出会った。
幼い少女であることと、髪の色がブルネットだったことから、すぐにそうだとわかった。
チャンスだ。
そう思って近づいたフィリップは、少女が奇妙なことをしているのに気付く。
片手に手鏡を持って、もう一方の手で頬を引っ張ったりしている。熱心に鏡をのぞき込んでいるから、フィリップが近づくのにも気付かない。
少女の口の端がつり上がり、かろうじて笑みのようなものができる。鏡の中にそれを見たからか、少女は目を細め、固いつぼみがようやくほころんできたような、本当の笑顔を見せる。
その笑顔に、フィリップは心奪われたのだ。
ドギマギする自分に気付いてフィリップはうろたえた。そしてようやく気付いて顔を上げたエイミーに、ここ数日間考えに考えた暴言をうっかり吐き出してしまった。
あの時、とっくに気付かれてたのか!?
呆然として、フィリップはまじまじとエイミーを見る。エイミーはまっすぐフィリップを見返して、感情のほとんど読みとれない無表情のまま言った。
「一目ぼれされてびっくりしましたけど、あの時からわたしの夫はあなたしかいないと思い続けていたんです」
「だ、誰が一目ぼれなんか!」
真っ赤になって、フィリップは否定する。これまでエイミーなんか好きじゃないという態度を取り続けてきたのに、今更その事実を肯定できるわけがない。
赤くなりながらも冷汗をかくフィリップの気持ちを、エイミーは解さなかった。
「ですから、あなたが」
「してない!」
エイミーはフィリップの叫びを無視して話し始める。
「他の方たちは社交辞令でわたしをほめそやしてくれましたけど、あなただけは最初から違いました。わたしを罵りながらも表情は好きだと言ってくれていて、嬉しかったんです」
「ば、ばかやろう! 何勘違いしてるんだよ!」
「じゃあお聞きしますけど、どうして初めて会った時、“おまえは俺と結婚しなくちゃいけないんだ”とおっしゃったのですか? わたしが目ざわりなら“おまえなんかいなくなってしまえ”と言うところじゃありませんか?」
フィリップは、とうとう言葉を失う。
そうだ。その通りだ。
用意してきた暴言を吐き、胸の高鳴りに気が動転しながらも、何故か最後の言葉だけは言い換えてしまっていた。
その時の自分の計算の早さが、フィリップはいまだに信じられない。
こんなかわいい子を誰も放っておくわけがない。今にたくさんの求婚者が彼女に群がるようになる。その前に彼女を自分に縛り付けておかなければ。
その時出した計算結果はほめられたものではなかったが、どうやら正解を導き出して、現在フィリップはこのような状況に置かれている。
「わたしのことを認めていないと言いながら、頻繁に尋ねてきてくださいましたよね? オリバーに会いにきていると言い訳なさってましたが、わたしの出自が気に入らないのなら、オリバーも気に入らないのではありませんか? それに、さっさとオリバーのところに行くこともできましたのに、必ずわたしのもてなしを受けてくださいましたよね?」
照れ隠しを次々に暴露され、口をぱくぱくさせていたフィリップは、酸欠で倒れそうになる。
くらっとしかけたところ、背後からがっしり肩を掴まれた。
「整ったな」
「そうですわね」
肩越しに振り返れば、いつの間にか側に来ていたハンフリーとイリーナが、顔を見合わせてほくそ笑んでいる。
“整った”? 何が?
呆然としていると、ハンフリーがフィリップの耳に近い位置で声を張り上げた。
「お集まりの諸君、聞いていただきたい! この場で我が娘の婚約を発表します。相手はここにいるグロスタ侯爵子息フィリップです。今の二人の会話を聞いていた皆様には、証人になっていただきたい!」
「聞いていたって、え!?」
鼓膜がやぶれんばかりの大声より、話の内容のが大問題だ。
慌てふためくフィリップに、ハンフリーはにやっと笑う。
「気付いてなかったのか? 途中から皆ダンスをやめて、おまえたちの会話に耳をすましてたんだぞ?」
今度こそ卒倒したい──!
卒倒できなければ逃げ出したい。しかし、肩をぎっちりと掴まれ拘束されているフィリップは逃げられない。
めまいがして頭をぐらぐらさせていると、エイミーが頭一つ分背の高いフィリップを見上げて言った。
「わたし、あなたをその他大勢だと思ったことは一度もありません。……あの時一目ぼれをしたのは、わたしも同じなんです」
そう言って、彼女はぎこちなくも笑みをつくる。
その笑顔にうっかり見とれてしまったフィリップは、一目ぼれを否定する機会を逸してしまう。
こうしてエイミーとの婚約が成立した。
──・──・──
笑わない女だと言われてきたエイミーの初々しい笑顔は、彼女に求婚していた男どもを一瞬にして魅了した。
フィリップとの婚約が成立したあとも、彼らはあきらめきれずに、エイミーに猛アタックを繰り返すことになる。
「あれだけ暴言を吐いておいて、おまえが彼女を好きなわけがないだろう? 好きじゃないなら彼女を俺に譲れ!」
「婚約が成立しちまったのに、今更解消できるわけがないだろ!?」
「決闘しろ! そんな態度を取り続けるおまえが、彼女をしあわせにできるとは思えん!」
「エイミーを賭けに決闘する気にはならんが、腕試しに受けてやる」
「まだそのようなことを言うか! きさまー!」
人々にエイミーへの恋心がバレてしまったあともなかなか素直になれなかったフィリップは、こうして結婚するまで、いや、結婚した後も苦労を続けることになるのだった。
公爵令嬢の婚約者 完
これにて らっきー♪ 完結です。お読みくださりありがとうございました!
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