玉の輿にもほどがある!

市尾彩佳

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閑話2 フィーナのお嫁入り

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 カチュアがフィーナに連れられて衛兵の練兵場に連れられていたのは、翌日の昼休みだった。
 昨日の結婚式は紙吹雪一つの余韻も残っておらず、衛兵たちは何事もなかったかのように訓練に励んでいる。
 その一角に、他より際立って剣の訓練に励んでいる一団がいた。
 木刀を激しくすばやく打ち合っているが、何かの型が決まっているらしく、いつまで経ってもどちらかがどちらかを打ち負かすということがない。
 そんな中に、デインとジェイクがいた。
 彼らの中でも、さらに素早い剣さばきを見せている。
 四度目の告白を断られた時、ジェイクはフィーナにこう言っていた。

 ──俺もまだやらなくちゃならないことがあるし、また改めるよ。

 ジェイクがやらなければならないこととは、これだったのだという。
 衛兵の中から志願者を募り、合格した者だけが参加を認められる“近衛候補生”。仕事が深夜に集中する代わりに、近衛隊士になるための特別な訓練を受けられる。
 ジェイクがフィーナの周囲の仕事から姿を消したのは、“近衛候補生”に志願したからだった。

 フィーナの父親だけでなく、ジェイクの親も二人の結婚には反対していた。フィーナは子爵家の血をひくとはいえ庶民。ジェイクは男爵とはいえ貴族のはしくれなのだから、男爵家の矜持として嫡男の嫁が庶民なのは認められなかったのだろう。
 そのため、ジェイクは自らの親に条件を出した。近衛隊士になれたら、フィーナとの結婚を許してくれるようにと。男爵家の嫡男が近衛隊士になるというのは、とても名誉なことだ。その栄誉を勝ち取る条件としてフィーナとの結婚を願い出て、ジェイクは親から承諾を得ていた。

 男爵家の嫡男でありフィーナと結婚したいがために近衛隊士にもなったということになれば、フィーナの父親の矜持もなぐさめられて、結婚を認めてくれるだろうということまで、ジェイクは考えていたようだ。
 “仕方ないね”などとフィーナに返事してカチュアやデインを心配させたのは、近衛になれなかった場合フィーナをがっかりさせてしまうから、内緒にしておきたかったからだという。

 結局のところ、カチュアやデインがやっていたことは、彼らにとってまさに余計なことだったのだ。

「お、頑張ってるな」

 みんなが「ヘリオット様」と呼ぶ中で、デイン一人だけ「ヘリオット」と呼び捨てにする。そのことにもう慣れっこのようで、ヘリオットはデインを無視して全員を見回した。

「これから近衛隊入隊試験までの一カ月間、特別指南役として俺が直接訓練に当たる。数ヶ月前に数人除隊処分となって近衛隊は人手不足だが、生半可な者は入隊させられないからな。近衛隊に入隊してすぐ任務に就けるようとことんしごいてやるから、最後までついてこい!」

「は!」

 デインも一緒になって返事をするが、ヘリオットは意地悪い目を向けて彼に言う。

「デイン、おまえは次の試験を受けられない。それが昨日の騒ぎを起こしたことへの罰だ」

「えー? そしたら次の試験は半年後じゃん。カチュアと結婚するのがその分遅れるじゃないか」

「どっちにしろ、おまえは試験を受けてもすぐに失格だ。上官に対する態度がなってない。国王陛下のみならず、身分の高い貴族や諸外国の高官と接することのある近衛隊士には、厳正な身分の分別や高度な礼儀作法が必要とされる。近衛隊の中で叩き込んでやろうと思ってたけど、おまえが自分から勉強の場をこっちに移してくれてよかったよ。半年とは言わず、一年でも二年でも、完璧に身につけるまで勉強してくれ」

「ひでえ!」

「あ、そうそう。これからの一カ月間、俺の補佐として候補生たちを鍛えるのを手伝え。礼儀作法はなってないが、剣の腕だけは近衛隊士並だからな、おまえは。これも陛下からのお達しだ。こき使うから覚悟しておけ」

「えぇー!?」

 デインは思いっきり嫌そうに声を上げる。
 カチュアは頭痛を覚えて額を押さえた。
 こいつ、やっぱり馬鹿だ……。
 礼儀作法がなってないから合格はさせられないと言われたばかりなのに、それを正そうとしない。
 デインが近衛隊士になれるのはいつになることやら……。
 そう思ったところでカチュアははたとした。デインが近衛隊士になれなければ、追いかけ回されずに済むというのに、何でがっかりしたため息をつくんだか。
 自分の反応に、カチュアは内心戸惑ったのだった。



 それから一カ月後、ジェイクは見事試験に合格した。
 ヘリオットやシグルドが根回しをしてくれていたらしく、ジェイクとフィーナの結婚は両家にあっさり認められて、あっという間に結婚の準備が整う。
 それは、カチュアとフィーナの別れの時でもあった。
 結婚するとなると妻としての役目が生じるため、普通職を辞して王城から下がることになる。セシールが結婚しても女官として城に留まったのは、極めて例外的なことだ。妻の務めより女官の務めを優先させることをヘリオットとセシールが希望したから認められた。
 しかしフィーナは男爵家嫡男の妻として、義理の母親からいろんなことを教わり、将来男爵夫人として邸を立派に切り盛りしていかなければならない。

 結婚を目前に控えた日、フィーナは侍女の職を辞し、迎えの馬車に乗って実家に帰ることになった。実家で数日過ごした後、結婚式当日に実家から男爵家に嫁いでいくことになる。
 休憩をもらって西門まで見送りに出たカチュアは、馬車に乗り込む直前のフィーナと固く抱き合った。
 侍女になってから二年近く、同室だったということもあって、ほとんどの時間を一緒に過ごした。二度と会えなくなるわけではないけれど、貴族の家に嫁いだフィーナとは滅多に会う機会は得られないだろう。それを思うと名残惜しくて離れ難い。
 でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。
 カチュアは腕をほどき、涙をこらえながらフィーナの顔をのぞきこんだ。

「しあわせにね」

 フィーナの目にも涙がにじむ。

「ありがとう。カチュアもデインとしあわせになって」

 その言葉に、カチュアの泣きたい気持ちは吹き飛んだ。顔をしかめ、抗議する。

「ちょっと! あたしはあいつとは何の関係も……!」

 フィーナにしては珍しく、悪戯っぽくくすりと笑う。

「ホント素直じゃないんだから。嫌だ嫌だって言ってても、カチュアはホントはデインのことが好きなの。親友のわたしが言うんだから間違いないわよ」

 言うだけ言って、フィーナは馬車に乗りこんでしまう。
 馬車はすぐに走り出した。

「ホントに違うんだったらー!」

 馬車の窓からひらひら手を振るフィーナに、カチュアは大声で叫ぶ。
 離れたところで見送っていたデインが近寄ってきた。

「何が違うって?」

 デインがいることをすっかり忘れていたカチュアは、うっかり顔を赤くした。

「何でもない!」

 何で赤くなったりするの、あたし!

 赤らんだ顔をごまかすため、カチュアは怒ったフリをしながらその場をさっさと離れる。
 デインと結婚なんてありえない。
 カチュアの好みはずっと年上で背が高くって、紳士的で頼りがいのある人だ。
 デインはカチュアより年下で、背もそんなに高くなく、紳士的でも頼りがいがあるわけでもない。
 なのに気付けば一緒にいて、デインとのことをちょっとつつかれただけで顔を赤くしてしまう。
 そんな自分の反応に、カチュアは戸惑いを覚えるのだった。
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