玉の輿にもほどがある!

市尾彩佳

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第一話

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 北館西側にある近衛隊訓練場。試合をするための場所が空けられている他は、すべて人で埋め尽くされていた。見学できる近衛隊士を集める際に、侍従や官司、衛兵までも集めてきてしまったらしく、いろいろな服装をした人々が、試合が始まるのを今か今かと待っている。
 上着を脱いで皮の簡易防具を身に付けたヘリオットが試合場に現れると、観衆のあちこちから歓声が上がった。子爵の出でありながら国王側近にまで昇りつめたヘリオットに、あこがれを抱く者は多い。それがまた、デインのしゃくに障る。
 こんな奴のどこがいいんだよ。
 デインはそう思わずにいられない。
 ヘリオットは元近衛隊士で、国で一、二を争う剣の腕前を持っていて、貴族の中では身分が低いながらも、国王の側近になるほど有能な人物だ。
 だが、人間的に好きになれない。どうしても許せないのだ。

「さ、始めようか」

 ヘリオットが訓練用の刃をつぶしてある剣を片手で構えるのを合図に、デインは両手で剣を構える。それを見てふっと笑うヘリオットに、また腹が立つ。同じ訓練用の剣。ヘリオットは片手で軽々と持てるのに、腕の筋肉が足らないデインにはそれができない。ヘリオットにはそれがわかっていて、また、虚勢を張ることなく自分の力量に合わせて構えたデインを、子どもをほめるがごとく優しげに笑って見せたのだ。
 まるっきり相手にされてない。
 そのことが、デインの闘志に火をつける。

「でやー!!!」

 掛け声とともに切り込んでいく。力いっぱい振り下ろした剣は、刃こそ合わせてもらえたものの、力を横に流されてしまう。ヘリオットの脇に前のめりに倒れそうになってしまったというのに、ヘリオットはその隙に攻撃してくることなく、間合いをとってデインが体勢を整えるのを待っている。それにますます腹が立って、デインはがむしゃらに打ち込んでいった。

「えいっ! やぁ! とりゃあ!」

 キンキン鳴り響く剣戟の音。休む暇もなく繰り出すデインの剣は、ヘリオットに難なく受け止められてしまう。下から切り上げたり、テンポをずらしてみたりしても、危なげなく受け流される。
 もっと隙を突かなきゃダメだ……っ!
 剣を振り続け息が上がる中、ヘリオットの動きを窺い懸命に隙を探す。

 その途中で気付いてしまった。
 ヘリオットの動きは、デインのよく知っている動きばかり。
 訓練で何度もやらされた基本の型。
 切り降ろされた剣を両手で持った剣を斜めに構えて受け。
 横から攻撃すれば剣先を地面に向ける形で構えて防ぎ。
 斜めから切りつけられる剣に対しても、ヘリオットなら片手でしのげそうなところを、基本に忠実に、柄に両手を添えて受け止める。
 それらの動きを、デインの動きに合わせて流れるように形作っていく。
 こうして実戦に用いられると、何の役に立つのかさっぱりわからなかった基本の型も、どれだけ実戦に即したものなのかよく理解できた。最小限の動きで最大限の効果を発揮する。無駄がなく、確実。自分の間違いを認めることになって悔しいけど、確かに基本の型を体に叩き込むのは重要だ。

 気付いた途端、デインは剣の持ち方を変えた。簡単に持ち替えしやすい軽い握りから、両手で柄をしっかりつかむ、基本の剣の構え方へ。
 そして基本の型を繰り出す。

 ギィン!

 一番最初の渾身の一撃より手ごたえを感じる。そのことに感心して手を休めてしまうことなく、順番通り打ち込んでいく。それに対するのは、やはり基本の防御の型。
 上手く打ち込めなかった型はやり方を正しつつ、やがて順番を崩していく。
 ヘリオットがにやり笑った。
 隙を突いて攻撃を仕掛けてくる。デインはとっさに基本の防御の姿勢を取る。しぶしぶながらも二週間繰り返してきた動作はすんなりと体を動かし、ヘリオットの攻撃をきちんと防いだ。

 このあとは試合らしい試合にならなかった。お互いに基本の攻撃と防御を繰り返す様子は、あらかじめ手順の定められた演武のように観衆の目を惹きつけ、そして基本の型の重要性を知らしめる。

 どのくらい打ち合っていたのか。
 実力が圧倒的に劣り、最初に無茶な戦い方をしたデインは、すでに息が切れてへとへとになっていた。意識がもうろうとしてきて、一度は基本を忠実になぞっていた剣筋も、集中力を欠き崩れていく。
 見切りをつけたのか、ヘリオットは今までのゆるい攻撃から一転、刃と刃が合わさったかと思うと、体重をかけて押し込み、デインを地面に転がしてしまう。

「ここまでだな」

 ヘリオットが仰向けに転がったデインの顔に切っ先を向けて言うと、固唾を飲んで見守っていた観衆はわっと歓声を上げた。
 ヘリオットを讃える掛け声の中に、デインをほめる声も聞こえる。

「デインもよく頑張ったぞ!」

「やるなぁ! さすが王妃陛下の弟!」

 ほめられても嬉しくない。
 歴然とした差を見せつけられる試合となってしまった。指導官でさえ相手にならないと感じるほどの強さ。これでもかというくらい手加減されていてもこのザマだ。本気を出したらどれほど強いのか、底知れない。
 強さは認める。でもこんな奴にまけるなんて。
 悔しかった。十五年生きてきた人生の中で、一番悔しかった。

 疲労もあって立ち上がれないデインを尻目に、ヘリオットは指導官に話しかける。

「これからは初心者にも剣の打ち合いをさせてみるといいよ。型を覚えきってないのに全部やるのは危なっかしいから、一つか二つでいい。自分が何のために基本の型を覚えさせられてるのか理解できてないと、訓練にも身が入らないからね。あと腕の立つ者たちに、さっきみたいな基本の型だけで打ち合う試合をさせて、それを他の奴らに見学させて。双方のいい勉強になるから」

「は! 了解しました!」

 興奮冷めやらぬ、未だ解散しようとしない観衆の中、剣を鞘におさめたヘリオットが、にっと笑ってデインを見下ろした。

「基本がいかに大事か、身を以ってわかっただろ? これからはもっと真面目に励むんだね。それと、俺が勝ったから言うことを聞いてもらう約束だけど」

 そこで言葉を切り、日頃へらへらした表情をヘリオットは引き締める。

「カチュアちゃんへのプロポーズを撤回して、二度と彼女を煩わせないでくれ」

 デインは目がくらむほどの怒りを覚えた。

 勢いよく立ち上がり、ヘリオットの顔にこぶしを振り上げる。
 他の者から話しかけられてデインから注意をそらしていたヘリオットだったが、かろうじてのところでそのこぶしをかわした。

「おわっと!」

 かわされてもなお、デインはヘリオットに殴りかかっていく。

「何が“煩わせないでくれ”だ! カチュアを一番煩わせてるのはあんたじゃないか!」

「何をしている!」

「やめろ、デイン!」

 こぶしは一発もヘリオットに当たらないまま、デインは周囲の人間に取り押さえられた。
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