玉の輿にもほどがある!

市尾彩佳

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第一話

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 ここまで噂が広まっているとしたら、下手をすると城下にまで伝わってしまっているかもしれない。
 と思っていたら、その日の夜侍女棟に戻ったら、侍女頭から届いた手紙を渡された。
 差出人は長兄。

「誰から?」

 一緒に戻ってきたフィーナに聞かれる。

「兄貴からよ」

「カチュアのことが心配なのね」

 フィーナはくすくす笑う。お見通しのようだ。カチュアには兄が5人いるが、手紙を出してくる兄貴はたいてい長兄だと知っているし、城下に噂が届いているかもと思っていたのはフィーナも同じだったのだろう。



 食堂に行き、ポケットの入らない分厚い手紙をテーブルの上に置いて遅い夕食をとると、同室のフィーナと一緒に三階にある部屋に向かう。
 フィーナが寝支度をしている最中に、カチュアは部屋に一つだけの机に座って、ランプの明かりを頼りにペーパーナイフで封を切って、七枚ほどに渡る手紙を読み始めた。
 予想通り、内容はしつこくプロポーズされていたカチュアのことを心配したものだった。
 父親に結婚相手を見つけて来いと言われて王城に放り込まれたけど、そのこと自体、カチュアにベタ甘な長兄は大反対だった。“紙がもったいないからしょっちゅう手紙を出させないで”と家族に頼んだことで、毎日のように送られてきていた手紙はかなり減ったが、たまの便りはその反動のように分厚い。同じことが繰り返し書かれていてうんざりするが、自分を案じてのことと知ってるから許すしかない。カチュアは紙と封筒、インクとペンを引き出しから出し、手紙を書き始めた。

『 手紙読んだわ。心配無用。ちゃんと撃退できてます。 』

 それだけ書いて、封筒には長兄の名前と自分の名前を入れ、机の上に広げたままにして乾かす。
 夜着に着替え、ベッドに腰掛けて髪を梳いていたフィーナが、手を止めて声をかけてきた。

「もう書き終わったの?」

「うん」

「たまにはもっと長い手紙を書いてあげればいいのに」

「帰ろうと思えばすぐに家に帰れるのに、手紙を出してまで話すことなんてないわ。あー眠い! さっさと寝よう」

 勢いよく侍女のワンピースを脱いで、ハンガーにかける。ベッドの上にたたんで置いた夜着を着こんで、頭の後ろでまとめていた髪をほどくと手櫛で軽くほぐしてやってベッドにもぐりこむ。

「カチュア、ちゃんと髪梳かないと」

「どーせ朝には爆発してるんだもん。朝、時間をかけて梳くことにするわ。おやすみっ!」

 カチュアの癖っ毛はすぐほつれて、手入れをするのがすごく面倒だ。フィーナもカチュアがめんどくさがっているのを知っているので、強く言ったりしない。
 カチュアが頭から毛布をかぶって丸まると、小さく「おやすみ」という声が聞こえてきて、しばらく物音が聞こえていたと思うと、部屋の中がふっと暗くなって静かになった。


  ──・──・──


 近衛隊に入隊してかれこれ二週間、デインは朝から晩まで、ひたすら素振りをすることを命じられていた。
 近衛隊に入隊して一番最初に指導官と試合をして、こてんぱんにされてしまったのだ。その際に基本がなってないからだと散々言われ、多少はあった剣の腕前の自信はこなごなに砕かれて、仕方なく命じられた通り訓練している。だが、延々同じ動作を繰り返すこの訓練が上達に役立つとはどうしても思えず、すぐに気が抜けてだらけてしまう。他の隊士も指導しているのに、指導官は何故か目ざとくそれを見つけて、その度に説教されている毎日だ。

 自己流であっても今まで自分は強かった。だから間違ってはいなかったと思うのに、指導官は間違ってるとしか言わない。基本に忠実にと心がけている時でも、違うと怒鳴られる。どこがどう違うのかさっぱりわからない。そんな状況に腹が立っても黙々と従っているのは、指導官からこんなことを言われたからだ。

『素振りもまともにできん奴が、プロポーズなんぞ十年早いわ!』

 個人的なことを持ちだされて腹が立ったが、確かに指導官の言う通りだ。カチュアに結婚を申し込んでおきながら、デインはこれといった職を手にしていなかった。所領にいる時は、いくらでもすることがあったので考えもしなかったが、生活していくためには仕事をしてお金を稼がなければならない。家族を養っていけるだけの職を持っていないのでは、カチュアがプロポーズを受けてくれないわけだ。
 せっかくもらった、職を得るためのチャンスだ。ここで一人前になってから、もう一度カチュアにプロポーズしよう。
 そう思って日々励んでいるところに、ヘリオットが現れた。



 ちょっと時間ができたからと言ってやってきたヘリオットは、見習いの最後尾に並ばされたデインに気付いて、何か悪だくみでも考えているような笑みを浮かべて近づいてきた。

「よう。しっかり頑張ってるか? 聞いたけど、基本がなかなかできないって?」

 ヘリオットとは姉のいる場所で顔を合わせているから知らない間柄ではないが、なれなれしいのを通り越して馬鹿にした言い方に、デインはむっとする。

「ちゃんとやっています。でもどんなにちゃんとやっても、違うとしか言われないんです」

 不機嫌に答えると、ヘリオットは肩をすくめて苦笑する。

「そりゃあちゃんとできてないからだろ? 指揮官はできてるのにできてないって言うような、つまらないいじわるはしない」

「……」

 デインが黙り込んでヘリオットから視線をそらすと、ヘリオットはため息をついた。

「そんなに納得できないなら、俺が特別に相手してやるよ」

 その言葉に、指導官が慌てる。

「え!? ヘリオット様が入隊したての見習いを相手になさるのですか?」

「俺と試合したいっていう正隊士を差し置くのは悪いと思うけど、こいつが王妃陛下の弟だってことに免じて、一回だけ許してよ。基本がいかに大事かってわかるような試合にするから、見学できる奴全員に声かけて」

 軽い物言いだけど強制力のあるその言葉に、指導官が慌てて周囲の近衛隊士たちに指示を飛ばす。
 そんな様子を、デインはいまいましく見つめていた。自分に条件を課しても、デイン相手なら簡単に勝てると言わんばかりの言いよう。頼んでもないのに勝手に試合の話を進めていく。
 デインの不機嫌に気付いたヘリオットが、不意に振り返って言った。

「今からの試合、俺に勝てたらおまえの言い分を多少は聞いてやるよ。だが、俺に勝てなかったら、俺の言うことを聞いてもらう。いいな?」

「“いいな?”も何も、オレに選択権なんかねぇじゃん……」

 デインは近衛隊士見習い、ヘリオットは国王側近。出自からくる身分ではデインのほうが多少上だが、地位は圧倒的にヘリオットのほうが高い。嫌だと言っても聞き入れられるわけがないことは、デインにだってわかる。そのことを考えると、ヘリオットの言い出した賭けは、勝ってもデインに得がないようにさえ思う。

「ん? 何だって?」

「何でもありませーん」

 わざとらしく尋ねてくるヘリオットに、デインもわざとらしく答えた。
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