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第一話
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結婚式と戴冠式が終わると、謁見の間に近い控室でシュエラの衣装替えが始まる。
支度が済み次第、シュエラは国王であり今日より正式な夫となったシグルドと一緒に馬車に乗って、王都を一周してくることになっている。
シュエラがこの控室に入った途端、戦場のような慌ただしさになる。シュエラの式典用のわさわさとしたドレスを脱がせ、馬車に乗り込みやすい、シンプルだけど豪華なドレスを着せる。ドレスに合わせて髪を結い直す。
「ない! 口紅がないわ!」
化粧直しを担当するマチルダがいきなり悲鳴を上げた。役目を終えたドレスを抱え部屋の隅に持っていく途中のカチュアがすぐさま反応する。
「何で!? 使った後ちゃんと箱の中にしまったんでしょ!?」
「そうよ! なのにないの! ……あ! そういえば、お部屋を出られる直前に塗り直したのよ!」
「あ……っ」
そうだった。ちょっと顔を見に来ただけと言った国王は、部屋を出る前に人目もはばからずチュッと……おかげで口紅がとれて塗り直すことになったのだ。
『式典ではフリしかできないからな』なんて言ってあのエロ陛下は──という言葉はさすがに飲み込んで、カチュアはドレスをソファの上に放りながら叫ぶ。
「どこに置いたか、覚えある!?」
「多分……えーっと、そう! テーブルの上に!」
「わかった! あたし取ってくる!」
「ごめんね! ありがとう!」
衝立に隠された扉を勢いよく開けて、カチュアは控室から飛び出した。
そこが廊下で、人目があることも構わず、全速力で走り出す。
「どいてどいてー!」
カチュアの叫び声に驚いた人たちは、慌てて道を開けてくれる。
「ありがとー!」
礼を叫びながら、カチュアは本館を出て、北館に続く長い連絡通路を駆け上がる。
「どうしたんだ? カチュア」
息を切らして王妃の間にたどりつくと、扉を守っているなじみの衛兵が目を丸くして声をかけてくる。
「忘れ物!」
この一言で察してくれた彼は、扉を大きく開いてくれた。カチュアは勢いを殺さないまま部屋の中に駆け込む。
カチュアはシュエラ付きの侍女だから開けてもらえたが、警備上の関係から、この部屋に入ることを許された人物以外は決して入れてもらえない。そのため外に待機していた近衛隊士や侍従たちに頼むこともできず、カチュアが走ってきたのだ。
それに中の勝手を知らない人が目的のものをすぐに見つけられるとは限らない。
カチュアは部屋を出る直前、シュエラの口紅が塗り直された時のことを思い出し、ソファのほうのローテーブルの上に、口紅と紅筆をみつけた。紅筆を一緒に置かれていた白い布で包み、手のひらにおさまる蓋付きの丸いケースと一緒に持って、カチュアは再び走り出す。
「みつかったわ! ありがとう!」
「大変そうだな。頑張れ!」
「ありがとー!」
戻りは下りだから楽だ。転ばないようにひょいひょいと階段を飛ばして駆け降りる。
戻ってきたカチュアに気付いて、シュエラの控室の扉を守っていた衛兵がノックをして扉を開けた。
「ありがとう!」
礼を叫んで、カチュアは中に飛び込む。
「おまたせ!」
「早かったのね! ありがとう!」
カチュアから口紅を受け取ったマチルダは、急いでシュエラの口紅を塗り直す。
口紅以外の支度はすでに整っていたようで、シュエラはすぐに立ち上がった。
「ありがとう、カチュア。……大丈夫?」
肩で息をするカチュアを心配そうな顔をするシュエラに、カチュアは笑顔で首を横に振る。
「全然平気です! さ、急がないと国王陛下がお待ちかねですよ」
姿は見ていないが、男性の支度のほうが女性の支度より早く済むのが世の習いだ。
シュエラが通るために、扉の前の衝立が片付けられ、女官のマントノンと女官見習いになったばかりのセシールが、シュエラに付き添うため脇につく。
カチュアは、侍女仲間のカレン、マチルダ、フィーナと並んで一緒に頭を下げた。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
見送りが済むと、今行われた衣装替えの片付けと、次の衣装替えの準備にさっそく取り掛かる。その合間に交代で食事。パレードが終わればすぐに晩さん会だ。昼過ぎから夕方にかけて、行われる晩さん会では、人手が足りないのでカチュアたちも給仕に駆り出される。晩さん会が終わったら、急いで広間を片付け、同じ場所で舞踏会が行われるのだ。この次に食事ができるのは舞踏会も終了した深夜過ぎになってしまうし、空腹のままごちそうを給仕するのはつらい。
あの四人の侍女たちとは食事の時には行き合わなかったけれど、晩さん会の最中にすれ違って、突き飛ばされそうになったり足を引っ掛けられそうになったりした。カチュアはそれを難なくかわして、給仕をこなした。
主役の席に座るシュエラは、緊張からあまり食べていないようだった。今日から正式な夫となったシグルドが心配してあれこれ勧めるのだが、それをシュエラが頬を染めて遠慮する。そんな初々しい花嫁を招待客たちはほほえましく見つめていた。
シュエラが元は愛妾だったことから、ここまでの道のりは紆余曲折あって。だからこそ、カチュアはシュエラにしあわせになってもらいたいと心から願う。……頬がゆるみっぱなししあわせいっぱいといった様子のシグルドは、これまでシュエラを苦しめていた罰として、少しくらい不幸になってもいいと思うけど。
夕方になって晩さん会が終了すると、三度目の衣装替えのため一度北館に戻ることになる。お風呂にも入ることになるから、普段はシュエラの身支度に手を貸さない決まりになっている女官のマントノンとセシールも手伝うことになる。
お風呂から上がりガウンを着たシュエラを、マントノンとセシールが鏡台の前へ案内し、濡れた髪を布で挟んで叩く。その間にカチュアたち四人の侍女で簡単に浴室を片付けてから支度の分担に散らばる。カレンとマチルダはマントノンとセシールと交代し、カチュアとフィーナは衣裳の再確認へ。
「肌着、ズロース、コルセット、ペチコート、……」
タンスの上に身に付ける順に並べた衣服を、名前をつぶやきながら指差し確認。マントノンとセシールはアクセサリーの点検に余念がない。
「カチュア、フィーナ! 出番よ!」
マチルダに声をかけられて、繰り返していた点検をやめ、カチュアはズロースを手にしてシュエラに駆け寄る。
まだ湿っている髪をマチルダが布でくるんで持ち上げ、カレンがシュエラのガウンを脱がせる。フィーナが肌着を着せかけ、カチュアは肩に手を置いて支えにしてもらいながら、ズロースを穿かせる。肌着の上からカレンとフィーナが協力してコルセットを締める。
「そういえばシュエラ様、お腹が空きませんか?」
「え?」
身動きの取れないシュエラが驚いた声を上げて、目だけをカチュアに向ける。
「晩さん会でほとんど食べてなかったじゃないですか」
「見てたの?」
「一番目立つ所に座ってらしたから、給仕しながらでもばっちりと。国王陛下がやたらと勧めるから、そのせいで余計食べられなかったんじゃないかと思いまして」
さらっと言うと、シュエラはかーっと真っ赤になる。でれでれだったシグルドを思い出して照れたのか、招待客からの生ぬるい視線を思い出して恥ずかしくなったのか。……前者だろうなと思いながら、カチュアはてきぱきとペチコートを穿かせながら言う。
「今は緊張が続いてて空腹を感じられないと思いますけど、舞踏会が終わった後、絶対お腹空きます。夜食を用意しておきますね。──国王陛下の分も」
どうせ一人で食べるのに気が引けて、自分の食べる分が足らなくなってしまってもシグルドに分けてしまうに決まってる。シュエラがお腹を空かせて眠らなくて済むように、二人分用意しておいたほうがいい。
その読みが当たったのか、シュエラは嬉しそうに顔をほころばせる。
「ありがとう。カチュアはいつも気が利くわね」
ほめられて、ちょっと照れてしまう。
「こ、これくらいのこと、シュエラ様の行動パターンを見てればわかりますよ。それじゃあ二人分、国王陛下の分は多めに頼んでおきますね」
「カチュアはわたくしだけでなく、陛下の行動パターンも読んでくれているのね」
くすっと笑うシュエラの言葉に、からかいが混じるのを感じて、カチュアはあきれて肩をすくめる。
「シュエラ様の行動パターンは、国王陛下の行動パターンに左右されますからね。国王陛下の行動を読んでおかないと、シュエラ様の行動は読めません」
「カチュア、気が利くのはいいですが、手もちゃんと動かしなさい」
「は、はい!」
マントノンに叱られて、カチュアは慌ててシュエラにドレスをかぶせる。
フィーナと、髪を持ち上げる係をカレンに交代してもらったマチルダとでドレスを調えると、すぐに鏡台へと移動する。髪を結い、化粧をほどこしてアクセサリーを身につければ出来上がりだ。
途中で、先に支度の済んだシグルドが入ってこようとしたけれど、邪魔になることが容易に予測ついたため丁重にお断りしてあった。そのためか、応接室に続く扉を開くと、椅子に座っていたシグルドは待ちかねたように立ち上がって、扉の前までシュエラを迎えにくる。
「そのドレスも似合っているな。花の模様が織り込まれたそのドレスを身にまとうそなたも、咲き誇る大輪の花のようだ」
臆面もないほめ言葉に、シュエラは照れてどもりながら礼を返す。
「あ、ありがとうございます。その……陛下もお衣裳が、とてもよく似合ってらっしゃいます」
シグルドは身を屈めてシュエラに顔を近付ける。そしてにやっと笑った。
「惚れ直してくれるか?」
「えっ! あの、その……」
うろたえて後退るシュエラに苦笑して、シグルドは体を起こす。
「続きは舞踏会の後でな」
シュエラは言葉もないまま、廊下に続く扉に向かうシグルドについていく。
……晴れて両想いになってくれたのはいいけれど、所構わずいちゃついてくれるのだけは困る。特にシグルドは公の場ではエラそうにしてるのに(いや、実際この国で一番偉いんだけど……)、周囲が気の置けない人たちだけになったとたん、シュエラの手を握ったり肩を抱いたりして甘い言葉を連発する。カチュアは勘弁してと思う反面、国王にそれだけ気を許してもらっていることは喜ぶべきことなのかとも悩んでいる。
今回も、カチュアたち侍女はここでお見送りだ。
「行ってらっしゃいませ」
扉がパタンと閉まった瞬間、全員ぱっと顔を上げてぱたぱたと受け持ちの場所へ急いだ。カチュアとフィーナは浴室の片付けの続き、カレンとマチルダは鏡台周りの片付け。最後に浴室を拭いた布とシュエラの髪を拭いた大量の布を洗濯かごに放り込み、四人揃って本館に向かった。
支度が済み次第、シュエラは国王であり今日より正式な夫となったシグルドと一緒に馬車に乗って、王都を一周してくることになっている。
シュエラがこの控室に入った途端、戦場のような慌ただしさになる。シュエラの式典用のわさわさとしたドレスを脱がせ、馬車に乗り込みやすい、シンプルだけど豪華なドレスを着せる。ドレスに合わせて髪を結い直す。
「ない! 口紅がないわ!」
化粧直しを担当するマチルダがいきなり悲鳴を上げた。役目を終えたドレスを抱え部屋の隅に持っていく途中のカチュアがすぐさま反応する。
「何で!? 使った後ちゃんと箱の中にしまったんでしょ!?」
「そうよ! なのにないの! ……あ! そういえば、お部屋を出られる直前に塗り直したのよ!」
「あ……っ」
そうだった。ちょっと顔を見に来ただけと言った国王は、部屋を出る前に人目もはばからずチュッと……おかげで口紅がとれて塗り直すことになったのだ。
『式典ではフリしかできないからな』なんて言ってあのエロ陛下は──という言葉はさすがに飲み込んで、カチュアはドレスをソファの上に放りながら叫ぶ。
「どこに置いたか、覚えある!?」
「多分……えーっと、そう! テーブルの上に!」
「わかった! あたし取ってくる!」
「ごめんね! ありがとう!」
衝立に隠された扉を勢いよく開けて、カチュアは控室から飛び出した。
そこが廊下で、人目があることも構わず、全速力で走り出す。
「どいてどいてー!」
カチュアの叫び声に驚いた人たちは、慌てて道を開けてくれる。
「ありがとー!」
礼を叫びながら、カチュアは本館を出て、北館に続く長い連絡通路を駆け上がる。
「どうしたんだ? カチュア」
息を切らして王妃の間にたどりつくと、扉を守っているなじみの衛兵が目を丸くして声をかけてくる。
「忘れ物!」
この一言で察してくれた彼は、扉を大きく開いてくれた。カチュアは勢いを殺さないまま部屋の中に駆け込む。
カチュアはシュエラ付きの侍女だから開けてもらえたが、警備上の関係から、この部屋に入ることを許された人物以外は決して入れてもらえない。そのため外に待機していた近衛隊士や侍従たちに頼むこともできず、カチュアが走ってきたのだ。
それに中の勝手を知らない人が目的のものをすぐに見つけられるとは限らない。
カチュアは部屋を出る直前、シュエラの口紅が塗り直された時のことを思い出し、ソファのほうのローテーブルの上に、口紅と紅筆をみつけた。紅筆を一緒に置かれていた白い布で包み、手のひらにおさまる蓋付きの丸いケースと一緒に持って、カチュアは再び走り出す。
「みつかったわ! ありがとう!」
「大変そうだな。頑張れ!」
「ありがとー!」
戻りは下りだから楽だ。転ばないようにひょいひょいと階段を飛ばして駆け降りる。
戻ってきたカチュアに気付いて、シュエラの控室の扉を守っていた衛兵がノックをして扉を開けた。
「ありがとう!」
礼を叫んで、カチュアは中に飛び込む。
「おまたせ!」
「早かったのね! ありがとう!」
カチュアから口紅を受け取ったマチルダは、急いでシュエラの口紅を塗り直す。
口紅以外の支度はすでに整っていたようで、シュエラはすぐに立ち上がった。
「ありがとう、カチュア。……大丈夫?」
肩で息をするカチュアを心配そうな顔をするシュエラに、カチュアは笑顔で首を横に振る。
「全然平気です! さ、急がないと国王陛下がお待ちかねですよ」
姿は見ていないが、男性の支度のほうが女性の支度より早く済むのが世の習いだ。
シュエラが通るために、扉の前の衝立が片付けられ、女官のマントノンと女官見習いになったばかりのセシールが、シュエラに付き添うため脇につく。
カチュアは、侍女仲間のカレン、マチルダ、フィーナと並んで一緒に頭を下げた。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
見送りが済むと、今行われた衣装替えの片付けと、次の衣装替えの準備にさっそく取り掛かる。その合間に交代で食事。パレードが終わればすぐに晩さん会だ。昼過ぎから夕方にかけて、行われる晩さん会では、人手が足りないのでカチュアたちも給仕に駆り出される。晩さん会が終わったら、急いで広間を片付け、同じ場所で舞踏会が行われるのだ。この次に食事ができるのは舞踏会も終了した深夜過ぎになってしまうし、空腹のままごちそうを給仕するのはつらい。
あの四人の侍女たちとは食事の時には行き合わなかったけれど、晩さん会の最中にすれ違って、突き飛ばされそうになったり足を引っ掛けられそうになったりした。カチュアはそれを難なくかわして、給仕をこなした。
主役の席に座るシュエラは、緊張からあまり食べていないようだった。今日から正式な夫となったシグルドが心配してあれこれ勧めるのだが、それをシュエラが頬を染めて遠慮する。そんな初々しい花嫁を招待客たちはほほえましく見つめていた。
シュエラが元は愛妾だったことから、ここまでの道のりは紆余曲折あって。だからこそ、カチュアはシュエラにしあわせになってもらいたいと心から願う。……頬がゆるみっぱなししあわせいっぱいといった様子のシグルドは、これまでシュエラを苦しめていた罰として、少しくらい不幸になってもいいと思うけど。
夕方になって晩さん会が終了すると、三度目の衣装替えのため一度北館に戻ることになる。お風呂にも入ることになるから、普段はシュエラの身支度に手を貸さない決まりになっている女官のマントノンとセシールも手伝うことになる。
お風呂から上がりガウンを着たシュエラを、マントノンとセシールが鏡台の前へ案内し、濡れた髪を布で挟んで叩く。その間にカチュアたち四人の侍女で簡単に浴室を片付けてから支度の分担に散らばる。カレンとマチルダはマントノンとセシールと交代し、カチュアとフィーナは衣裳の再確認へ。
「肌着、ズロース、コルセット、ペチコート、……」
タンスの上に身に付ける順に並べた衣服を、名前をつぶやきながら指差し確認。マントノンとセシールはアクセサリーの点検に余念がない。
「カチュア、フィーナ! 出番よ!」
マチルダに声をかけられて、繰り返していた点検をやめ、カチュアはズロースを手にしてシュエラに駆け寄る。
まだ湿っている髪をマチルダが布でくるんで持ち上げ、カレンがシュエラのガウンを脱がせる。フィーナが肌着を着せかけ、カチュアは肩に手を置いて支えにしてもらいながら、ズロースを穿かせる。肌着の上からカレンとフィーナが協力してコルセットを締める。
「そういえばシュエラ様、お腹が空きませんか?」
「え?」
身動きの取れないシュエラが驚いた声を上げて、目だけをカチュアに向ける。
「晩さん会でほとんど食べてなかったじゃないですか」
「見てたの?」
「一番目立つ所に座ってらしたから、給仕しながらでもばっちりと。国王陛下がやたらと勧めるから、そのせいで余計食べられなかったんじゃないかと思いまして」
さらっと言うと、シュエラはかーっと真っ赤になる。でれでれだったシグルドを思い出して照れたのか、招待客からの生ぬるい視線を思い出して恥ずかしくなったのか。……前者だろうなと思いながら、カチュアはてきぱきとペチコートを穿かせながら言う。
「今は緊張が続いてて空腹を感じられないと思いますけど、舞踏会が終わった後、絶対お腹空きます。夜食を用意しておきますね。──国王陛下の分も」
どうせ一人で食べるのに気が引けて、自分の食べる分が足らなくなってしまってもシグルドに分けてしまうに決まってる。シュエラがお腹を空かせて眠らなくて済むように、二人分用意しておいたほうがいい。
その読みが当たったのか、シュエラは嬉しそうに顔をほころばせる。
「ありがとう。カチュアはいつも気が利くわね」
ほめられて、ちょっと照れてしまう。
「こ、これくらいのこと、シュエラ様の行動パターンを見てればわかりますよ。それじゃあ二人分、国王陛下の分は多めに頼んでおきますね」
「カチュアはわたくしだけでなく、陛下の行動パターンも読んでくれているのね」
くすっと笑うシュエラの言葉に、からかいが混じるのを感じて、カチュアはあきれて肩をすくめる。
「シュエラ様の行動パターンは、国王陛下の行動パターンに左右されますからね。国王陛下の行動を読んでおかないと、シュエラ様の行動は読めません」
「カチュア、気が利くのはいいですが、手もちゃんと動かしなさい」
「は、はい!」
マントノンに叱られて、カチュアは慌ててシュエラにドレスをかぶせる。
フィーナと、髪を持ち上げる係をカレンに交代してもらったマチルダとでドレスを調えると、すぐに鏡台へと移動する。髪を結い、化粧をほどこしてアクセサリーを身につければ出来上がりだ。
途中で、先に支度の済んだシグルドが入ってこようとしたけれど、邪魔になることが容易に予測ついたため丁重にお断りしてあった。そのためか、応接室に続く扉を開くと、椅子に座っていたシグルドは待ちかねたように立ち上がって、扉の前までシュエラを迎えにくる。
「そのドレスも似合っているな。花の模様が織り込まれたそのドレスを身にまとうそなたも、咲き誇る大輪の花のようだ」
臆面もないほめ言葉に、シュエラは照れてどもりながら礼を返す。
「あ、ありがとうございます。その……陛下もお衣裳が、とてもよく似合ってらっしゃいます」
シグルドは身を屈めてシュエラに顔を近付ける。そしてにやっと笑った。
「惚れ直してくれるか?」
「えっ! あの、その……」
うろたえて後退るシュエラに苦笑して、シグルドは体を起こす。
「続きは舞踏会の後でな」
シュエラは言葉もないまま、廊下に続く扉に向かうシグルドについていく。
……晴れて両想いになってくれたのはいいけれど、所構わずいちゃついてくれるのだけは困る。特にシグルドは公の場ではエラそうにしてるのに(いや、実際この国で一番偉いんだけど……)、周囲が気の置けない人たちだけになったとたん、シュエラの手を握ったり肩を抱いたりして甘い言葉を連発する。カチュアは勘弁してと思う反面、国王にそれだけ気を許してもらっていることは喜ぶべきことなのかとも悩んでいる。
今回も、カチュアたち侍女はここでお見送りだ。
「行ってらっしゃいませ」
扉がパタンと閉まった瞬間、全員ぱっと顔を上げてぱたぱたと受け持ちの場所へ急いだ。カチュアとフィーナは浴室の片付けの続き、カレンとマチルダは鏡台周りの片付け。最後に浴室を拭いた布とシュエラの髪を拭いた大量の布を洗濯かごに放り込み、四人揃って本館に向かった。
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