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1、ある夜ヘンなものが現れて、
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ある夜、寝る前にゲームを楽しんでいた時のことだった。
「もし」
ヘッドホンの内側で鳴る盛大なゲーム音に紛れて、小さな声が聞こえてきた。
最初は気のせいだと思って、聞き流した。
だが、声はまた聞こえてきた。
「もし。もしもし」
今度は聞き間違いではないとわかるくらいにはっきりしていた。
だが、その時の俺はそれどころじゃなかった。ようやくたどり着いた中ボス戦。ここで負けるわけにはいかない。
「今取り込み中! ちょっと待ってて」
誰とも知れない相手にそう言うと、俺は完全にゲームに没頭した。
中ボス戦には思っていた以上に手こずった。
ヘッドホンの中に勝利の音楽が聞こえてきて、俺は詰めていた息を吐きながら、背もたれ代わりにしているベッドの縁にもたれかかった。
その時、すっかり忘れ去っていた声がまた聞こえてきた。
「お取り込みはもう終わりましたか?」
今の声は、明らかに女の声だった。
俺はぎょっとして部屋の中を見回したけれど、人なんかいるわけがない。
一人暮らしのワンルームアパート。玄関には鍵をかけているし、母親や妹が来てるわけでもない。夜更けに訪ねてくるような女友達も、恋人ももちろんなし。
だいたい、外から人が訪ねてくるならチャイムくらい鳴らすだろうし、ドア越しではなくもっと近くで聞こえたような……。
気味悪く思いながらさまよわせていた視線が、俺の正面にあるちゃぶ台の上でふと止まった。
置いた覚えのないものがある。
高さは二十センチくらいだろうか。
フリルたっぷりのお姫様ドレスを着た、かわいい顔立ちの人形が立っていた。
誰だ、一人暮らしの男の部屋に少女趣味な人形を置いたのは。少なくとも俺じゃない。合い鍵を持ってる妹が、いたずらのつもりで置いたのか? ──それも違う。仕事から帰った時にはなかった。それから来客はない。いくらゲームに熱中してたって、妹が合い鍵を使って部屋に入ってきた気配には、さすがに気付くはず。
だったら、何故この人形はここに?
気味悪く思いながら頭の先からドレスの裾まで眺め回していると、その人形が不意に動いた。
どう動いたかというと、正確に言えばしゃべったのである。
「勇者様、どうかわたくしたちの世界を救ってください」
「うわぁ!?」
俺はびっくりして、背もたれにしていたベッドにしたたかに背中を打つ。
俺の動揺に気付いていない様子で、人形はべらべらとしゃべり始めた。
「わたくしは(ここに異世界的な説明が長々と入ったとお考えください)ですので、魔王を倒せるのは神様に選ばれた勇者様、あなた様だけなんです! どうかお願いします! わたくしたちの世界に来てわたくしたちを救ってください!」
現実的にあり得ない話を聞いているうちに、俺は次第に落ち着いていった。
これはあれか? 異世界トリップ的なあれか?
……何だか化かされてるような気がしてきた。
俺は手を伸ばしてむんずと人形を掴んだ。
むに
人形にしてはリアルな肉感を手のひらに感じるのと同時に、甲高い悲鳴が起こる。
「きゃああああ! いや! そんなところ触らないで!」
俺は真っ赤になって、人形をぼとっと落とす。
人形はちゃぶ台の上で、両胸を腕で隠してうずくまった。
「も……申し訳、ありません。取り乱して、しまい、ました……。その……初めてだったもので。と、殿方に胸を触られるなんて……」
親指の付け根辺りが特に柔らかく感じたのはそのせいだったのか!
いや、違うだろ! 本物? 生きてる? こんなちんまい人間が? ──わざとを装ってもっと柔らかい感触を味わっておけばよかった──って違う!
再び混乱する俺とは逆に、ちんまいのが先に平常心を取り戻した。立ち上がって姿勢を正す。
「悲鳴など上げて失礼しました。わたくしは勇者様に我が世界にお越しいただくため、この身も捧げる覚悟で参りましたのに」
身を捧げるってあれか? 生け贄とか、それともムフフな……こんなちんまいの相手に?
俺はじとっとちんまいのを見た。
恥じらっている様子からして、どうやら後者のようだが、人形サイズの人間相手に何をしろと? 俺には人形遊びの趣味はない。……あの柔らかかったのはどうなってるんだろう。脱がせて確認してみた──いやいやいや! 小さくったってこれは生身の人間だろう! そっちは禁断の世界だ、戻ってこい、俺!
好奇心と動揺を押さえ込み、冷静なふりをして俺は言った。
「で、俺なら魔王を倒せるってこと? 命の危険があるんじゃないのか?」
「そうですね。魔王は勇者様しか倒せないですが、勇者様なら必ず倒せるわけじゃありません。もちろん命の危険は伴います。ですから、神様から力を預かってきました。勇者様の望みを叶えるための力です! 勇者様は何がお望みですか? 我が世界に来て勇者になってくださる報酬に、一つだけ何でも叶えて差し上げます!」
ちんまいのは目をきらきらさせ、勢い込んで言う。断られるなんて思っていないのだろう。
げんなり疲れた俺は、しらけた目で見ながらばっさり言った。
「俺の望みは、勇者にならなくてすむことだよ」
望みを叶えてもらうために、見知らぬ世界に行って命を懸けて魔王とやらを倒してくれって? 冗談じゃない。俺はしがないサラリーマンだ。営業周りで脚力は鍛えられているが、運動神経には自信がない。そんな奴が戦ったって、すぐおだぶつがオチだ。何でも願いを叶えるという言葉に釣られて命を落としてたら話にならない。
話は終わったとばかりに立ち上がると、ちんまいのが足にしがみついてきた。正確には、だぶだぶのジャージ生地を両手でぐっと握ってきたのだが。
「待ってください! 勇者様に魔王を倒していただかかなくては、わたくしたちの世界は滅亡してしまいます。勇者様だけがわたくしたちの希望なんです!」
希望とか言われて悪い気はしないが、命を懸けるなんてまっぴらごめんだ。下手すれば無駄死に、自分が死んでちんまいのの世界も救えないなんてことになったら目も当てられない。その可能性が非情に高い。
そもそも、俺に関わりのない世界のために、命を懸ける義理はない。たとえ、どんな願いを叶えてもらってもだ。
──と、ふといたずら心が湧いた。
「そうだな……」
俺はそう言って歩き出す。ちんまいのは、俺が譲歩してくれると思っているのだろう。ジャージから手を離し、ちゃぶ台の縁に立って、俺をすがるような目で見つめてくる。
俺はにやりと、思わせぶりな笑みを浮かべて、クローゼットから一揃えの服を取り出した。
「俺を今すぐこの服が着られるようにしてくれたら、異世界に行って勇者になってやるよ。おっと、服を大きくするっていうのはナシだ」
取り出した服は、先月妹に渡された長袖ニットにチノパンと、それらに合わせたジャケットだった。
──カレシに会わせたいけど、お兄はダサいからあたしが服を選んであげる。
高校生の妹は甚だしく失礼なことを言ったが、両親より先に兄貴にカレシを会わせたいなんてかわいいことを言うじゃないか。
それで俺は自分のサイズを正直に伝えた。俺は忙しくて、一日中でも買い物してられる妹に付き合っていられないのだ。……余暇はすべてゲームに費やしたいという理由では決してない。
だが、妹が買ってきた服は俺には小さすぎて着られなかった。
妹は非難がましい目をして俺に言った。
──お兄、また太ったの?
言いがかりだ。ちょっとだけだちょっとだけ。だいたい、LLサイズって書いてあるけど、俺の手持ちのLLサイズと比べて明らかに小さいぞ。
そんな話は妹にはどうでもよかったらしく、「その服が着られるようになったら、カレシに紹介する」と言われてしまった。
着られない服を押しつけられた上に、代金も回収されてしまった。
金を出したからには一度も着ずに捨てるのはもったいなくて、クローゼットの隅に掛けたままにしてあった三点セットだった。
これが着られる体型に今すぐしてくれるなら、異世界にでも行ってやろうじゃないか。ま、無理だろうがな。どんなダイエットを試してみても痩せなかった俺だ。それをたった今痩せさせるなんて、魔法でも使わない限りできっこない。
──この時の俺は、正直今起こっている出来事が現実のものとは思えずにいた。いつものようにゲームをしてる最中に寝落ちて、夢でも見ているのだと。
だから、無理な要求を突きつけられて「できません」と答えたちんまいのが、ぼわんと消えてそれで終わると思ってた。
「もし」
ヘッドホンの内側で鳴る盛大なゲーム音に紛れて、小さな声が聞こえてきた。
最初は気のせいだと思って、聞き流した。
だが、声はまた聞こえてきた。
「もし。もしもし」
今度は聞き間違いではないとわかるくらいにはっきりしていた。
だが、その時の俺はそれどころじゃなかった。ようやくたどり着いた中ボス戦。ここで負けるわけにはいかない。
「今取り込み中! ちょっと待ってて」
誰とも知れない相手にそう言うと、俺は完全にゲームに没頭した。
中ボス戦には思っていた以上に手こずった。
ヘッドホンの中に勝利の音楽が聞こえてきて、俺は詰めていた息を吐きながら、背もたれ代わりにしているベッドの縁にもたれかかった。
その時、すっかり忘れ去っていた声がまた聞こえてきた。
「お取り込みはもう終わりましたか?」
今の声は、明らかに女の声だった。
俺はぎょっとして部屋の中を見回したけれど、人なんかいるわけがない。
一人暮らしのワンルームアパート。玄関には鍵をかけているし、母親や妹が来てるわけでもない。夜更けに訪ねてくるような女友達も、恋人ももちろんなし。
だいたい、外から人が訪ねてくるならチャイムくらい鳴らすだろうし、ドア越しではなくもっと近くで聞こえたような……。
気味悪く思いながらさまよわせていた視線が、俺の正面にあるちゃぶ台の上でふと止まった。
置いた覚えのないものがある。
高さは二十センチくらいだろうか。
フリルたっぷりのお姫様ドレスを着た、かわいい顔立ちの人形が立っていた。
誰だ、一人暮らしの男の部屋に少女趣味な人形を置いたのは。少なくとも俺じゃない。合い鍵を持ってる妹が、いたずらのつもりで置いたのか? ──それも違う。仕事から帰った時にはなかった。それから来客はない。いくらゲームに熱中してたって、妹が合い鍵を使って部屋に入ってきた気配には、さすがに気付くはず。
だったら、何故この人形はここに?
気味悪く思いながら頭の先からドレスの裾まで眺め回していると、その人形が不意に動いた。
どう動いたかというと、正確に言えばしゃべったのである。
「勇者様、どうかわたくしたちの世界を救ってください」
「うわぁ!?」
俺はびっくりして、背もたれにしていたベッドにしたたかに背中を打つ。
俺の動揺に気付いていない様子で、人形はべらべらとしゃべり始めた。
「わたくしは(ここに異世界的な説明が長々と入ったとお考えください)ですので、魔王を倒せるのは神様に選ばれた勇者様、あなた様だけなんです! どうかお願いします! わたくしたちの世界に来てわたくしたちを救ってください!」
現実的にあり得ない話を聞いているうちに、俺は次第に落ち着いていった。
これはあれか? 異世界トリップ的なあれか?
……何だか化かされてるような気がしてきた。
俺は手を伸ばしてむんずと人形を掴んだ。
むに
人形にしてはリアルな肉感を手のひらに感じるのと同時に、甲高い悲鳴が起こる。
「きゃああああ! いや! そんなところ触らないで!」
俺は真っ赤になって、人形をぼとっと落とす。
人形はちゃぶ台の上で、両胸を腕で隠してうずくまった。
「も……申し訳、ありません。取り乱して、しまい、ました……。その……初めてだったもので。と、殿方に胸を触られるなんて……」
親指の付け根辺りが特に柔らかく感じたのはそのせいだったのか!
いや、違うだろ! 本物? 生きてる? こんなちんまい人間が? ──わざとを装ってもっと柔らかい感触を味わっておけばよかった──って違う!
再び混乱する俺とは逆に、ちんまいのが先に平常心を取り戻した。立ち上がって姿勢を正す。
「悲鳴など上げて失礼しました。わたくしは勇者様に我が世界にお越しいただくため、この身も捧げる覚悟で参りましたのに」
身を捧げるってあれか? 生け贄とか、それともムフフな……こんなちんまいの相手に?
俺はじとっとちんまいのを見た。
恥じらっている様子からして、どうやら後者のようだが、人形サイズの人間相手に何をしろと? 俺には人形遊びの趣味はない。……あの柔らかかったのはどうなってるんだろう。脱がせて確認してみた──いやいやいや! 小さくったってこれは生身の人間だろう! そっちは禁断の世界だ、戻ってこい、俺!
好奇心と動揺を押さえ込み、冷静なふりをして俺は言った。
「で、俺なら魔王を倒せるってこと? 命の危険があるんじゃないのか?」
「そうですね。魔王は勇者様しか倒せないですが、勇者様なら必ず倒せるわけじゃありません。もちろん命の危険は伴います。ですから、神様から力を預かってきました。勇者様の望みを叶えるための力です! 勇者様は何がお望みですか? 我が世界に来て勇者になってくださる報酬に、一つだけ何でも叶えて差し上げます!」
ちんまいのは目をきらきらさせ、勢い込んで言う。断られるなんて思っていないのだろう。
げんなり疲れた俺は、しらけた目で見ながらばっさり言った。
「俺の望みは、勇者にならなくてすむことだよ」
望みを叶えてもらうために、見知らぬ世界に行って命を懸けて魔王とやらを倒してくれって? 冗談じゃない。俺はしがないサラリーマンだ。営業周りで脚力は鍛えられているが、運動神経には自信がない。そんな奴が戦ったって、すぐおだぶつがオチだ。何でも願いを叶えるという言葉に釣られて命を落としてたら話にならない。
話は終わったとばかりに立ち上がると、ちんまいのが足にしがみついてきた。正確には、だぶだぶのジャージ生地を両手でぐっと握ってきたのだが。
「待ってください! 勇者様に魔王を倒していただかかなくては、わたくしたちの世界は滅亡してしまいます。勇者様だけがわたくしたちの希望なんです!」
希望とか言われて悪い気はしないが、命を懸けるなんてまっぴらごめんだ。下手すれば無駄死に、自分が死んでちんまいのの世界も救えないなんてことになったら目も当てられない。その可能性が非情に高い。
そもそも、俺に関わりのない世界のために、命を懸ける義理はない。たとえ、どんな願いを叶えてもらってもだ。
──と、ふといたずら心が湧いた。
「そうだな……」
俺はそう言って歩き出す。ちんまいのは、俺が譲歩してくれると思っているのだろう。ジャージから手を離し、ちゃぶ台の縁に立って、俺をすがるような目で見つめてくる。
俺はにやりと、思わせぶりな笑みを浮かべて、クローゼットから一揃えの服を取り出した。
「俺を今すぐこの服が着られるようにしてくれたら、異世界に行って勇者になってやるよ。おっと、服を大きくするっていうのはナシだ」
取り出した服は、先月妹に渡された長袖ニットにチノパンと、それらに合わせたジャケットだった。
──カレシに会わせたいけど、お兄はダサいからあたしが服を選んであげる。
高校生の妹は甚だしく失礼なことを言ったが、両親より先に兄貴にカレシを会わせたいなんてかわいいことを言うじゃないか。
それで俺は自分のサイズを正直に伝えた。俺は忙しくて、一日中でも買い物してられる妹に付き合っていられないのだ。……余暇はすべてゲームに費やしたいという理由では決してない。
だが、妹が買ってきた服は俺には小さすぎて着られなかった。
妹は非難がましい目をして俺に言った。
──お兄、また太ったの?
言いがかりだ。ちょっとだけだちょっとだけ。だいたい、LLサイズって書いてあるけど、俺の手持ちのLLサイズと比べて明らかに小さいぞ。
そんな話は妹にはどうでもよかったらしく、「その服が着られるようになったら、カレシに紹介する」と言われてしまった。
着られない服を押しつけられた上に、代金も回収されてしまった。
金を出したからには一度も着ずに捨てるのはもったいなくて、クローゼットの隅に掛けたままにしてあった三点セットだった。
これが着られる体型に今すぐしてくれるなら、異世界にでも行ってやろうじゃないか。ま、無理だろうがな。どんなダイエットを試してみても痩せなかった俺だ。それをたった今痩せさせるなんて、魔法でも使わない限りできっこない。
──この時の俺は、正直今起こっている出来事が現実のものとは思えずにいた。いつものようにゲームをしてる最中に寝落ちて、夢でも見ているのだと。
だから、無理な要求を突きつけられて「できません」と答えたちんまいのが、ぼわんと消えてそれで終わると思ってた。
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