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ケヴィンの回想録(書籍未収録部分の再投稿です)
2 鳥籠に舞い降りるもう一羽の鳥
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「長期休暇はどうだったか?」
この声に、ケヴィンははっと我に返った。
ここは王城本館三階国王の執務室。
仕事に集中しなくては。
止まっていた手を動かし始めると、シグルドは執務机の上に行儀悪く頬杖をついた。
「何だ? 休みボケか?」
にやにやとからかう様子を見せるシグルドを、ケヴィンは見なかったフリした。反応がないと、シグルドはつまらなそうに手元の書類に目を落とす。
「おまえが長期休暇を取るとは思わなかった」
「申し訳ありません」
「いや、かまわない。それで有意義な休暇になったか?」
「はい。──多分」
「は?」
シグルドはケヴィンを見て、心底驚いたような声を上げた。ケヴィンも書類をめくる手を止めてシグルドに目を向けた。
「何か?」
「いや、おまえの口からそんな自信のない言葉を聞いたのは初めてのような気がして……」
シグルドが驚くのはもっともだ。
ケヴィン自身がそんな自分に困惑している。
この娘こそはと王都に連れてきた伯爵令嬢は、令嬢らしからぬ一面をいろいろと見せてくれた。
風呂に入れようとした使用人から人前で服を脱ぐのは嫌だと言って逃げようとし、手入れが行き届いて見れるようになってきた自分の肌や髪を見て、信じられないものを見たように感激する。
そのあたりはつましい生活をしてきた事情を察するに、仕方のないことだと思われた。
心配であった行儀作法は、基本が身についているらしくほんのちょっと注意するだけですぐに直してくる。
かと思えば下々のすることにやたらと興味を持って、質問しては相手を困らせていた。
ケヴィンも、そんな伯爵令嬢に振り回されている。
──……何をなさってるんです?
──あ……えーと、この庭を整えるのに幾らくらいかかってるのかと思いまして。
──そういうことに興味を持たないでください。それと、庭師の隣にしゃがみこむのもやめてください。
──……申し訳ありません。
素直なところが救いと言える。
どこに出しても恥ずかしくない淑女に教育するつもりだったが、言葉遣いも作法も所作も一通りできる令嬢にこれ以上教えられることもなく、若干の不安を覚えたものの早々に城に上げることにした。
が、あれにシグルドの気を惹くことができるのかどうか。
「そろそろ午後の謁見の時間です。お支度を」
昼食後の空き時間を利用した作業に切りをつけて、ケヴィンは席を立った。
「陛下」
語調を強めて呼びかけると、シグルドはしぶしぶと立ち上がる。
「気が進まん」
「謁見は陛下の義務とお心得ください」
「わかっている。だが、本日はその内容が気に食わんのだ」
理由はわかっているので、ケヴィンはそれ以上物言うのを控えた。
今からトマス・クリフォード公爵が一人の女性を連れて謁見に訪れる。シグルドが味方だと思っている数少ない人物に女を連れてこられて、シグルドとしては裏切られた気分なのだろう。
シグルドは愛妾を持たないと心に決めている。それがどれだけ自らの首を絞めることになるかわかっていながら。
先だっても会議のさなか、ラダム公爵イドリックが発言した。
──そろそろお世継ぎの件、お考えいただきたく存じます。
ぬけぬけとよく言ったものだ。自分の孫を王位に据えたいだけのくせに。
王妃エミリアがシグルドを拒絶したことをきっかけに、ラダムは自らが後見している王妃にお世継ぎを産ませ発言力を高める計略を大きく転換させた。すなわち、自分の直系の孫を国王に。そのために王妃の信奉者で周囲を固め、シグルドを王妃から遠ざけたのだ。
それを王城で働く者たちは、何を勘違いしてか美談として語っている。
『愛する婚約者を亡くし、失意の中、婚約者の弟と結婚させられた悲劇の王妃』
だからシグルドが他の女性に心を移すのが、彼らは許せないらしいのだ。
他人の色恋にくちばしをはさむ神経が、ケヴィンには理解できない。
──お城勤めする人たちにとっても、国王様や王妃様といったら雲の上の存在のような遠い方々だから、きっと物語を聞いて語り継いでいってるような気分なんじゃない?
今のところその存在を秘密にしているケヴィンの内縁の妻が、何故か楽しげに語る。妻は物事の本質を見抜く能力に長けていると思うが、今回ばかりは納得がいかなかった。
架空のことならば好きにすればいい。だが、シグルドと王妃の関係は現実であり、世継ぎにも関わる重大な問題であるというのに、何という心得違いをしているのか。
この話にもラダムが絡んでいると、手の者から報告を受けている。
が、一番の問題は、シグルドがそれを真実にしてしまいかねない行動を取っていることだった。
王妃に気を遣い居室を本館に移し、たまに機嫌うかがいに足を運ぶだけ。
着衣を謁見用のものに改めるため、シグルドは席を立つ。
ふと窓の外の青空を見上げてつぶやいた。
「おまえはいいな。取ろうと思えば長期休暇も取れて」
「休暇をお取りになられたいのでしたら、そのようにスケジュール調節いたしますが?」
シグルドにだって休暇を取る権利はある。
ケヴィンをやや振り返って、シグルドは苦笑した。
「どうせ“二十分のお時間をお取りしてあります。どうぞ存分に剣の訓練をなさいませ”だろ? そんな短い時間剣を振ったところで体も温まりやしない」
即位からしばらく、スケジュールをぎちぎちに詰めたことを未だ根にもたれているようだ。
「お望みとあらば一週間でもお取りいたします」
ケヴィンの返答にわずか目を見開いたシグルドは、すぐに寂しそうな笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、いい。どうせおまえらだの侍従だのぞろぞろつきまとって、王城の外にも出られないのだろう?」
ケヴィンは返答を控えた。不確かな返答はシグルドを傷つける。
王太子の死去にともなって衰えたとはいえ、ラダムの権勢は未だ健在だ。そんな中での外出は、刺客を送りこんでくる機会を与えることになり危険すぎる。
「あー……草原がなつかしいな」
草原? 何をおっしゃっているのか。
しばし考え、ケヴィンは思い出した。父クリフォード公爵は、王子であった頃のシグルドを王都郊外の草原にお連れした。
公爵邸は大きいが、王都中央に建っているためせせこましい印象がある。馬車に乗り込み、ごみごみした王都を抜けた瞬間、当時七つだったシグルドは「わあっ」と歓声を上げた。目を輝かせて広々とした草原を走り回るシグルドは、年齢を考えても子供っぽ過ぎて苦笑いを禁じ得なかったものだ。
あの日の、伸び伸びとしたシグルドの様子を思い出して気付いた。
シグルドに王城は窮屈すぎるのだ。
シグルドが見上げる空の手前、ガラスをはめ込むための細い窓枠が、まるで鳥籠の柵のように見えた。
予想通り、シグルドは令嬢をまともに取り合わなかった。会いに行こうとしないシグルドを説き伏せ、何とかお茶の時間の同席だけは了承を取り付ける。
令嬢にその話と同時に愛妾になる努力を促したら、勢いよく立ち上がり顔を真っ赤にして力説した。
──美人や結婚経験のある方たちができなかったことを、み、見栄えのする顔でもなく恋愛経験さえないわたしにできるわけないじゃないですか!
ケヴィン自身も無理を言っている気がしないでもなかった。
しかし令嬢は見事シグルドの心をとらえてみせる。
たった一杯の、奇妙な紅茶で。
それが何なのか、ケヴィンの前でははぐらかして答えなかったものを、シグルドがちょっと不機嫌を見せただけで、令嬢はあっさりと答えた。
──ただの紅茶ですけど、言うなれば風邪薬です。
そういった療法があることはケヴィンも知っていた。だが、本当に風邪薬として出したとは思ってもみなかった。
風邪薬として出した紅茶を語る令嬢の言葉は、シグルドへのいたわりがあふれていて、かたくなに令嬢を拒絶していたシグルドの心を一気に溶かした。
令嬢の存在が、シグルドの胸の内で日に日に大きくなっていく様子は手に取るようにわかった。
お茶の時間を心待ちにし、くつろいだ様子で令嬢との会話を楽しむ。
けれど一向にシグルドの口から令嬢を愛妾にするという話は出てこなかった。
ケヴィンは、何気なく会話に混ぜて決断を促してみた。
しかし返ってきたのは思わぬ言葉だった。
──愛妾にはしない。実家へ帰す。
そうだった。シグルドは知りすぎている。自らの側が決して安寧の地にはならないことを。
令嬢を大事に思うがゆえに、遠ざけようとする。
その思いは、説得したところで覆ることないだろう。
説得をするつもりはなかったが、ただ一言だけシグルドに伝えた。
──シュエラ嬢は陛下が思っているより強いと存じます。
彼女の決意の強さを、シグルドはまだ知らない。そしてそれは他者が口にしていいものではなかった。
告げるタイミングを間違えればたちまち色あせてしまうその繊細な志を、彼女がどのように告げるのか、そもそも告げられることがあるのかどうか。
ただ待つ身としてはつらいものがあった。
期日もあと四日というところで事件は起こる。
薬を盛られ伏せった令嬢を、シグルドは深夜に見舞った。
そして朝まで出てこなかった。
愛妾にはしないと一度は断言した手前、口にしにくかったのだろう。
「……よいように計らえ」
顔を隠しながら、扉から扉へまっすぐ向かうシグルドに、ケヴィンは顔がほころんでくるのを感じていた。
大手を振って小道を走り、庭師の隣にしゃがみこんで庭をすみずみまで堪能する。
そんな令嬢にも、ここは窮屈な場所となるだろう。
それでも彼女は、自ら選んで王城に上がった。
こうしてシグルドのとらわれる鳥籠の中に、もう一羽の鳥が舞い降りたのだ。
この声に、ケヴィンははっと我に返った。
ここは王城本館三階国王の執務室。
仕事に集中しなくては。
止まっていた手を動かし始めると、シグルドは執務机の上に行儀悪く頬杖をついた。
「何だ? 休みボケか?」
にやにやとからかう様子を見せるシグルドを、ケヴィンは見なかったフリした。反応がないと、シグルドはつまらなそうに手元の書類に目を落とす。
「おまえが長期休暇を取るとは思わなかった」
「申し訳ありません」
「いや、かまわない。それで有意義な休暇になったか?」
「はい。──多分」
「は?」
シグルドはケヴィンを見て、心底驚いたような声を上げた。ケヴィンも書類をめくる手を止めてシグルドに目を向けた。
「何か?」
「いや、おまえの口からそんな自信のない言葉を聞いたのは初めてのような気がして……」
シグルドが驚くのはもっともだ。
ケヴィン自身がそんな自分に困惑している。
この娘こそはと王都に連れてきた伯爵令嬢は、令嬢らしからぬ一面をいろいろと見せてくれた。
風呂に入れようとした使用人から人前で服を脱ぐのは嫌だと言って逃げようとし、手入れが行き届いて見れるようになってきた自分の肌や髪を見て、信じられないものを見たように感激する。
そのあたりはつましい生活をしてきた事情を察するに、仕方のないことだと思われた。
心配であった行儀作法は、基本が身についているらしくほんのちょっと注意するだけですぐに直してくる。
かと思えば下々のすることにやたらと興味を持って、質問しては相手を困らせていた。
ケヴィンも、そんな伯爵令嬢に振り回されている。
──……何をなさってるんです?
──あ……えーと、この庭を整えるのに幾らくらいかかってるのかと思いまして。
──そういうことに興味を持たないでください。それと、庭師の隣にしゃがみこむのもやめてください。
──……申し訳ありません。
素直なところが救いと言える。
どこに出しても恥ずかしくない淑女に教育するつもりだったが、言葉遣いも作法も所作も一通りできる令嬢にこれ以上教えられることもなく、若干の不安を覚えたものの早々に城に上げることにした。
が、あれにシグルドの気を惹くことができるのかどうか。
「そろそろ午後の謁見の時間です。お支度を」
昼食後の空き時間を利用した作業に切りをつけて、ケヴィンは席を立った。
「陛下」
語調を強めて呼びかけると、シグルドはしぶしぶと立ち上がる。
「気が進まん」
「謁見は陛下の義務とお心得ください」
「わかっている。だが、本日はその内容が気に食わんのだ」
理由はわかっているので、ケヴィンはそれ以上物言うのを控えた。
今からトマス・クリフォード公爵が一人の女性を連れて謁見に訪れる。シグルドが味方だと思っている数少ない人物に女を連れてこられて、シグルドとしては裏切られた気分なのだろう。
シグルドは愛妾を持たないと心に決めている。それがどれだけ自らの首を絞めることになるかわかっていながら。
先だっても会議のさなか、ラダム公爵イドリックが発言した。
──そろそろお世継ぎの件、お考えいただきたく存じます。
ぬけぬけとよく言ったものだ。自分の孫を王位に据えたいだけのくせに。
王妃エミリアがシグルドを拒絶したことをきっかけに、ラダムは自らが後見している王妃にお世継ぎを産ませ発言力を高める計略を大きく転換させた。すなわち、自分の直系の孫を国王に。そのために王妃の信奉者で周囲を固め、シグルドを王妃から遠ざけたのだ。
それを王城で働く者たちは、何を勘違いしてか美談として語っている。
『愛する婚約者を亡くし、失意の中、婚約者の弟と結婚させられた悲劇の王妃』
だからシグルドが他の女性に心を移すのが、彼らは許せないらしいのだ。
他人の色恋にくちばしをはさむ神経が、ケヴィンには理解できない。
──お城勤めする人たちにとっても、国王様や王妃様といったら雲の上の存在のような遠い方々だから、きっと物語を聞いて語り継いでいってるような気分なんじゃない?
今のところその存在を秘密にしているケヴィンの内縁の妻が、何故か楽しげに語る。妻は物事の本質を見抜く能力に長けていると思うが、今回ばかりは納得がいかなかった。
架空のことならば好きにすればいい。だが、シグルドと王妃の関係は現実であり、世継ぎにも関わる重大な問題であるというのに、何という心得違いをしているのか。
この話にもラダムが絡んでいると、手の者から報告を受けている。
が、一番の問題は、シグルドがそれを真実にしてしまいかねない行動を取っていることだった。
王妃に気を遣い居室を本館に移し、たまに機嫌うかがいに足を運ぶだけ。
着衣を謁見用のものに改めるため、シグルドは席を立つ。
ふと窓の外の青空を見上げてつぶやいた。
「おまえはいいな。取ろうと思えば長期休暇も取れて」
「休暇をお取りになられたいのでしたら、そのようにスケジュール調節いたしますが?」
シグルドにだって休暇を取る権利はある。
ケヴィンをやや振り返って、シグルドは苦笑した。
「どうせ“二十分のお時間をお取りしてあります。どうぞ存分に剣の訓練をなさいませ”だろ? そんな短い時間剣を振ったところで体も温まりやしない」
即位からしばらく、スケジュールをぎちぎちに詰めたことを未だ根にもたれているようだ。
「お望みとあらば一週間でもお取りいたします」
ケヴィンの返答にわずか目を見開いたシグルドは、すぐに寂しそうな笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、いい。どうせおまえらだの侍従だのぞろぞろつきまとって、王城の外にも出られないのだろう?」
ケヴィンは返答を控えた。不確かな返答はシグルドを傷つける。
王太子の死去にともなって衰えたとはいえ、ラダムの権勢は未だ健在だ。そんな中での外出は、刺客を送りこんでくる機会を与えることになり危険すぎる。
「あー……草原がなつかしいな」
草原? 何をおっしゃっているのか。
しばし考え、ケヴィンは思い出した。父クリフォード公爵は、王子であった頃のシグルドを王都郊外の草原にお連れした。
公爵邸は大きいが、王都中央に建っているためせせこましい印象がある。馬車に乗り込み、ごみごみした王都を抜けた瞬間、当時七つだったシグルドは「わあっ」と歓声を上げた。目を輝かせて広々とした草原を走り回るシグルドは、年齢を考えても子供っぽ過ぎて苦笑いを禁じ得なかったものだ。
あの日の、伸び伸びとしたシグルドの様子を思い出して気付いた。
シグルドに王城は窮屈すぎるのだ。
シグルドが見上げる空の手前、ガラスをはめ込むための細い窓枠が、まるで鳥籠の柵のように見えた。
予想通り、シグルドは令嬢をまともに取り合わなかった。会いに行こうとしないシグルドを説き伏せ、何とかお茶の時間の同席だけは了承を取り付ける。
令嬢にその話と同時に愛妾になる努力を促したら、勢いよく立ち上がり顔を真っ赤にして力説した。
──美人や結婚経験のある方たちができなかったことを、み、見栄えのする顔でもなく恋愛経験さえないわたしにできるわけないじゃないですか!
ケヴィン自身も無理を言っている気がしないでもなかった。
しかし令嬢は見事シグルドの心をとらえてみせる。
たった一杯の、奇妙な紅茶で。
それが何なのか、ケヴィンの前でははぐらかして答えなかったものを、シグルドがちょっと不機嫌を見せただけで、令嬢はあっさりと答えた。
──ただの紅茶ですけど、言うなれば風邪薬です。
そういった療法があることはケヴィンも知っていた。だが、本当に風邪薬として出したとは思ってもみなかった。
風邪薬として出した紅茶を語る令嬢の言葉は、シグルドへのいたわりがあふれていて、かたくなに令嬢を拒絶していたシグルドの心を一気に溶かした。
令嬢の存在が、シグルドの胸の内で日に日に大きくなっていく様子は手に取るようにわかった。
お茶の時間を心待ちにし、くつろいだ様子で令嬢との会話を楽しむ。
けれど一向にシグルドの口から令嬢を愛妾にするという話は出てこなかった。
ケヴィンは、何気なく会話に混ぜて決断を促してみた。
しかし返ってきたのは思わぬ言葉だった。
──愛妾にはしない。実家へ帰す。
そうだった。シグルドは知りすぎている。自らの側が決して安寧の地にはならないことを。
令嬢を大事に思うがゆえに、遠ざけようとする。
その思いは、説得したところで覆ることないだろう。
説得をするつもりはなかったが、ただ一言だけシグルドに伝えた。
──シュエラ嬢は陛下が思っているより強いと存じます。
彼女の決意の強さを、シグルドはまだ知らない。そしてそれは他者が口にしていいものではなかった。
告げるタイミングを間違えればたちまち色あせてしまうその繊細な志を、彼女がどのように告げるのか、そもそも告げられることがあるのかどうか。
ただ待つ身としてはつらいものがあった。
期日もあと四日というところで事件は起こる。
薬を盛られ伏せった令嬢を、シグルドは深夜に見舞った。
そして朝まで出てこなかった。
愛妾にはしないと一度は断言した手前、口にしにくかったのだろう。
「……よいように計らえ」
顔を隠しながら、扉から扉へまっすぐ向かうシグルドに、ケヴィンは顔がほころんでくるのを感じていた。
大手を振って小道を走り、庭師の隣にしゃがみこんで庭をすみずみまで堪能する。
そんな令嬢にも、ここは窮屈な場所となるだろう。
それでも彼女は、自ら選んで王城に上がった。
こうしてシグルドのとらわれる鳥籠の中に、もう一羽の鳥が舞い降りたのだ。
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