国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

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第三章 ディオファーン王侯貴族の複雑な事情

28、問題山積 中編

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 フラックスさんの訪問を受けた日の午後、あたしは懲りずにラジアル君のところへ行くことにした。
 フォージの瞬間移動で、〝奥〟の庭の片隅へ。

「戻ってくれてていいんだよ?」

 隣を見て声をかけたけど、フォージはふるふると首を横に振る。
 一昨日みたいな言い争いになってしまうかもしれない。事前にそう説明しておいたんだけど。フォージの同席の意思は固いようだ。
 そんなやりとりをしている間に、木陰からラジアル君がちらりと顔を覗かせた。

「ラジアル君、こんにちは。陛下の意見、ちゃんと聞いたよ」

 ラジアル君は遠慮がちに近付いてくる。あたしは彼が近くまで来るのを待った。こっちから近付いたら、逃げちゃうかもしれないもんね。警戒する動物を手なずけようとしてるみたいな気分。
 少し離れたところで立ち止まったラジアル君に、あたしは屈んで極力優しく話しかけた。

「陛下とは一応話がついたよ。悪口言っても意味ないみたいだから、陛下の悪口はもう言わない。そういうことでよかったかな?」

「……ごめん」

「え?」

「兄上とおまえの問題なのに、よけいな口出しした。だからごめん」

 あたしは目をぱちくりさせながら訊ねた。

「誰かにそう言えって言われたの?」

「違う! オレがそう思ったんだ。他人から口出しされたらやだなって……」

 威勢のよさは最初だけで、語尾は消え入りそうなくらい小さくなる。ってそれはかまわなくて! ええっと、この子多分八歳くらいだよね? このくらいの年齢の子って、こういう配慮ができるものだっけ?

「ううん、気にしないで。言ってもらえてよかったよ。ありがとう」

「とっ、とにかく謝ったからな!」

 ラジアル君は照れくさそうにそっぽを向く。

「今日はフォージの手作りじゃないけど、軽食持ってきたんだ。一緒に食べよう」

 開けた場所に布を敷いて、前と同じように軽食の準備をする。果実水の入ったコップを片手に軽食をつまみ始めると、ラジアル君はそっぽを向きながらもちらちらあたしに目を向けながら訊いてきた。

「あ、あのさ。兄上とその……オレの話した?」

 一番気になってるのは、やっぱりそこだよね。でも、内容が内容なだけに、下手に伝えるのはマズい。あたしはよく考えながら言った。

「話したよ。ラジアル君の将来をすごく心配してた。それ以上は話せないな。それこそラジアル君と陛下の問題だもの。二人が直接話をしなきゃ」

「いつ話せるかな?」

「それはちょっとわからないな。陛下はお忙しいし」

 ラジアル君は悲しそうに微笑んでうつむいた。

「オレ、兄上に嫌われてるんじゃないかって思うことあるんだ。季節ごとにプレゼントをくれるけど、会いに来てくれたことはないし手紙をもらったこともないんだ。オレから手紙を出したいって言っても、父上や母上にやんわり止められてさ。オレが父上と母上を独り占めしてるから、兄上はオレのことが気にくわないんじゃないかなぁって」

 うっっ、鋭い。でも陛下の心の中には、嫉妬だけじゃなくて、ラジアル君への罪悪感や負い目もある。そういうのを陛下本人に代わってあたしが説明するのはよくないと思うし、聞いてないと嘘をつくのはマズいと思う。よし、ここは大人らしく。

「陛下に聞くまでは、そういうこと考えても仕方ないんじゃない? いつか直接会える日が来るわ」

 ……はぐらかしました。ははは……。



 それからというもの、あたしとラジアル君の関係は急速に改善していった。三日も経つころには、懐かれてるって感じるほど。
 そんなラジアル君から、こんな話を聞かされた。

「オレ、できたら兄上の力になりたいんだ。でも、無理なんだろうな。──知ってるよ。兄上のためになろうとするなら、オレはここにいないほうがいいんだ。だから兄上に国を出て出自を黙っておくよう言われたら、それに従うつもりだよ」

 妙に大人びたラジアル君の顔を見たら、あたしは何も言えなくなった。
 国を出るってことは、ご両親やお兄さんとの縁が切れるだけじゃなくて、見知らぬ土地で見知らぬ人たちと暮らさなければならないってこと。ラジアル君はわかった上でそう言ってるんだって感じた。小さな子がこんな決断をしたってことにやるせなさを感じるし、そういう決断をさせた状況に憤りを覚える。

 でも、よそ者のあたしには何もできない。

 ラジアル君は言わなかったけど、きっとあたしから陛下に伝えてほしいって思ってるんだろうな。けど、人の人生を大きく左右する伝言なんて、荷が重すぎるよ。



 別の日に、フラックスさんが数人の若い人と一緒に歩いているところに行き合った。

「舞花、フォージ、紹介するよ。僕の研究室の研究員たちだ」

 怖気づいた様子のフォージに、フラックスさんは明るく笑いかける。

「大丈夫。みんな〝変わり者〟だから」

 それを聞いて、フォージは少し緊張を解く。
 紹介された研究員さんたちはみんな友好的で、可愛らしいと言ってほめられたからか、紹介が終わるころまでにはフォージははにかんでみせられるくらいリラックスした。
 でもそんな和気あいあいとした雰囲気をぶち壊す人たちもいて。

「いやだ。〝変わり者〟たちよ」

「宰相様のご令嬢までいるわ。急ぎましょ」

 感じ悪―い!

 遠ざかっていくご婦人たちをにらみつけていると、研究員さんたちがこんなことを言った。

「気にしないでください。僕ら慣れっこですから」

「そうそう。気にするだけ無駄ってものですよ」

 そう言って嫌な気分を呑み込み続けるのも辛いと思うけど、ここは彼らの意思を尊重すべきだろう。そうは思っても、納得できかねない思いは残るものだ。研究員さんたちもわかっているのだろう。こんな話をしてくれる。

「僕らが【救世の力】を研究しているのは、〝変わり者〟の存在意義を確かめるためなんです。特殊な【救世の力】は忌み嫌われるのに、何故そうした能力を持つ血族が生まれるのか。その理由がわかれば、僕らの存在意義もきっと見つかるはずだから」

「そんな大事な研究のさなかに、あたしのことで時間を割いてもらっちゃってごめんなさい」

「いえ、大変有意義な時間を過ごさせてもらってますよ」

「【救世の力】の調査は行き詰まってるんです。ですから、別の調査をすることで新たな発見があって興味深いです」

「それに、舞花様がこの世界にきた原因を突き止めることは、僕らの能力と何か関係があるような気がするんです」

 話が一段落して、あたしとフォージはフラックスさんたちと別れた。
 自分たちのことでも大変だろうに、あたしのことまで気遣ってくれてありがたい。いい人たちだったな。自分から怪我しに行く困った癖があるけどフラックスさんもいい人だし、フォージは文句なしのいい子だ。なのに何で差別する人たちがいるのか。その人たちが何を考えてるか教えてもらったけど、あたしは納得したくない。
 あたしは願う。研究員さんたちの求める答えが一日も早く見つかりますようにと。
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