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第三章 ディオファーン王侯貴族の複雑な事情
26、陛下の悲哀
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「座ってくれ」
あたしはうながされるまま、陛下の隣に腰かけた。
「事情についてはモリブデンが話しているだろうから、余から説明することは何もない。だから今から話すのは、そう、昔話のようなものだな。──二十二年前、余の父と祖父の間で取り決め交わされた。余は当事者の一人であったのに、その取り決めに関与できなかったばかりか、本当のことさえも教えてもらえなかった。ある日突然祖父に呼び出され、『お前の両親は死んだ』と告げられた。余が五歳のときのことだ」
ここで陛下は一息つく。あたしが何も言えずにいると、陛下はゆっくりと続きを話し始めた。
「祖父からは、『おまえのために余の息子夫婦は死んだのだ。だからおまえは立派な国王になるため励まなければならない』と告げられた。幼心に、両親が死んだのは余のせいだと思い、罪の意識にさいなまれた。……罪悪感に耐えがたくなって、両親のあとを追おうと考えたこともある。だが、死ぬわけにはいかなかった。余が死んだら、両親の死は無駄になってしまう。余のために二人は死んだのだから、二人の死を無駄にしないためにも、余は立派な国王にならなければならないと考え、そのために必死に勉学に励んだ」
ひどい話だ。両親の死の責任を子どもに負わせるなんて。死んだ両親のためにと思いながら頑張って勉強していた陛下のことを思うと、目頭が熱くなる。しかも、本当に死んだわけじゃなかった。それを思い出すとふつふつと怒りがわいてくる。
それは陛下も同じだったようだ。
「だが、祖父が身罷り、余が即位したあと、前宰相から両親が生きていることを教えられた。これまでは祖父が両親の住まう〝奥〟を管理し人の立ち入りを制限してきたが、これからは余がその役目を引き継がなければならないからと。それだけでなく、両親に会いに行ってもいいとまで言われた。余が管理者なのだから、余の権限で〝奥〟に入ることができるという理屈はわかる。だが、余は多忙を理由に両親に会いに行かず、管理もそれまで任せられていた者たちに丸投げした。多忙だったのは本当だ。だが、本当の理由は両親に腹を立てていたからだった。両親の死を悼み流した涙は何だったのか、二人の死に責任を感じて背負い続けていた罪悪感は何だったのかと。そして何より、余に黙ってそのように重大な決断をした父と母を許せなかった。余のためと言えば聞こえはいいが、要するに父は余を置いて逃げたのだ。王統を継ぐ責務から。母は幼子であった余を捨てて父を選んだ。十八歳のときの余は思ったものだ。『やはり両親は死んだも同然だ。余が五歳であったあのときに』と」
あたしはこれまで、意外と陛下の王様然としたところしか見てこなかったみたいだ。公人としての表の顔ではない、人間らしい感情を目の当たりにして、あたしは胸を突かれるような衝撃を覚えた。
それに気付いたのか、陛下はあたしを見て弱々しく笑う。
「余に幻滅したか?」
あたしはフォージみたいにふるふると首を振ることしかできなかった。
衝撃が過ぎ去ったあと、胸を締め付けられるのとともに、陛下を抱きしめたくなった。なぐさめたいだけなんだけど、ダメだ、そんなことしたら誤解される。
そんなあたしの葛藤を誤解して、陛下は目をそらし自嘲的に笑った。
「いや、幻滅も何も、舞花の中の余の評価は元々低いのであったな。話を続けよう。──余が即位して半年が過ぎたころ、前宰相が引退して新しくモリブデンが宰相になった。モリブデンには、余は両親に会うことを禁じられていると伝えた。前宰相から引き継ぎがあったであろうから、余の虚偽に気付いていると思うのだが、モリブデンは何も言わずに余の説明を受け入れた」
四角四面な性格したモリブデンサマにも、他人の気持ちを慮って嘘を受け入れることもできたのね、意外。
「それからさらに半年が過ぎたころのことだった。余に弟ができたと知ったのは。それと同時に、両親が弟を自分たちの手元で育てたいと言っていることも知らされた。余はまた捨てられた気分になった。余のことは捨てたのに、弟のことは手放そうとしないのか、と。怒りに駆られた余は許可を出してしまった。両親の手元で育つことで、弟の将来が閉ざされてしまうであろうことを承知の上で。モリブデンにも、両親の世話をしている者たちからも反対されたが、それらを余は撥ね付けた。そのせいで弟は──ラジアルは今現在危うい立場に立っている。両親の生存を公にさらしかねない危険人物に」
重々しく告げられ、あたしは血が引く思いがした。ラジアル君がしていることは、子どものイタズラとして片付けられるものじゃない。秘密を守るため、場合によってはラジアル君に対して何らかの措置が取られるかもしれないのだ。
陛下は腿にひじをついて頭を抱えた。
「ラジアルが悪いのではない。余の両親への恨みや、両親から求められたラジアルへの嫉妬が、何の罪もない彼を巻き込んでしまった。──年齢を重ね、恋を知った今ならわかるのだ。両親の余への深い愛情も、それゆえに二人そろって死んだことにしなければならなかった理由も。だが、九年前に会いに行くことを拒んだ余が、どんな顔をして両親に会いに行けると思う? 会いに行ったところで両親を外へ出してやれるわけではない。ラジアルがいる今、余が会いに行っても迷惑がられるだけかもしれない。それどころか、ラジアルを奪っていく余を、両親は恨むに違いないのだ」
両手のひらに顔を埋めて黙り込んでしまった陛下に、あたしはできるだけ優しく問いかけた。
「奪っていくなんて、そんなふうにしなくてもいいんじゃない?」
「……ラジアルの将来を思えば、両親から引き離すしかない。ラジアルの存在が知られつつある今となっては、他国に預け新たな身分を与え、両親とも余とも関りのない人生を歩ませてやるしか」
「ねえ、ラジアル君の意見を聞いてあげることはできない?」
顔を上げた陛下は、力なく首を横に振った。
「それはできない。聞いてやったところで、ラジアルの望む通りの人生を歩ませてやることは不可能に違いないのだ。ラジアルは両親と一緒に暮らすことを望んでいる。だが、外の世界への好奇心を捨てきれない。年齢が上がれば上がるほどラジアルが新しい人生に適応するのが難しくなるし、ラジアルの存在が王家の秘密を白日にさらす危険は増していく。決断するのは、もう今しかないのだ。今であれば、日々忙しく行き来する友好国の者たちにまぎれ、人知れず国外に出るのもたやすいだろう。──だが、それもラジアルが自身の出自を黙秘し、持って生まれた【救世の力】を一切使わないと約束できればの話だ。それができなければ、国外で新たな人生を歩むことはもちろん、国内にとどまってもいずれ処断しなければならない日が来るだろう。余はそんなことをしたくない。だからラジアルには聞き分けてもらい、国外で新たな人生を歩んでほしいと思うのだ」
腹の底から、自嘲的な声が出た。
「……あたしがしてることと同じじゃない」
「舞花?」
不思議そうに問いかけてくる陛下に、あたしはやけくそぎみに言った。
「陛下がラジアル君にしようとしてることと、あたしが陛下にしてることって、同じだと思わない? 陛下はラジアル君の話も聞かずに、彼が幸せになれる道はこれしかないって決めつけてる。あたしは陛下を苦しませたくなくて、嫌ってもらおうと努力してる。陛下の意見も聞かずに」
「余を苦しませたくなくて嫌われようとする? どういうことだ?」
口から、乾いた笑い声がこぼれた。
「ラジアル君に言われたんだ。勝手に決めないで陛下の考えを聞いてあげてほしいって。それって、きっとラジアル君がしてほしくて、でもしてもらえないことなんだよね。ねえ、それって幸せなことなのかな? あたしはそうだと決めつけてきちゃってたけど、ラジアル君見てたらわかんなくなっちゃった。だから、ラジアル君のアドバイスに従って陛下の意見を聞くよ。──陛下も知ってる通り、あたしはある日突然、前触れもなくこの世界に来たでしょ? ということは、いつまた突然この世界から別の世界に飛ばされるかわからないと思わない?」
陛下が鋭く息を呑む。今まで考えたこともなかったのか、それとも考えないようにしてきたことをあたしがずばり言ってしまったのか。わからないけれど、ともかく話を続けた。
「だから、この世界で大切な人を作りたくないの。この世界に来たとき、大好きな家族と二度と会えないかもしれないって思ったらすごく辛かった。そんな思い、あたしは二度とごめんだって思ったし、同じような思いを他の人にしてほしくないって思うの。そんなわけで、陛下にはあたしのことを好きでなくなってもらいたいのよ。あたしのことを何とも思わなくなれば、あたしが突然いなくなったって陛下は平気でいられるでしょ? だから嫌われようと思って努力してたんだけど、あたし、余計なことしてたかな?」
最後まで真面目でいることができず、冗談口調がまじってしまう。不真面目だったかなとちょっと反省していると、いきなりぎゅうぎゅう抱き締められた。
「ちょ……!」
抗議の声を上げながら、あたしはもがきかける。そのとき、陛下の呟きを耳が捉えた。
「──嫌だ。舞花がいなくなるなんて耐えられない」
ずきん、と胸が痛んだ。
「嫌とか言われたってどうしようもないの。別の世界に飛ばされるときは、あたしの意思とは関係なく飛ばされるんだから」
そう言いながら、あたしはすでに泣きそうになっていた。
傷付きたくないから、陛下のことを好きになりたくなかった。
でももうすでに手遅れだ。あたしはとっくに陛下のことを好きになってる。特別な意味で。
だからこそ、好きな人には傷付いてほしくないと思うし、苦しんでほしくもない。
意見を聞くということは、問題を突きつけることに他ならない。
思ってた通り、陛下は問題を突きつけられて傷付き悲しんでる。
嗚咽を押し殺して震えたりしないでよ。余計に悲しくなるじゃない。
「他の世界に行かせるものか。それが無理ならついていきたい。どこへでも、どこまででも……──」
気付けば、あたしはベッドに押し倒され、組み敷かれていた。陛下の柔らかくて熱い唇が、口付けを求めてあたしの顔をさまよう。
あたしは目尻に涙を浮かべながら、陛下のすることを受け入れていた。
あたしはうながされるまま、陛下の隣に腰かけた。
「事情についてはモリブデンが話しているだろうから、余から説明することは何もない。だから今から話すのは、そう、昔話のようなものだな。──二十二年前、余の父と祖父の間で取り決め交わされた。余は当事者の一人であったのに、その取り決めに関与できなかったばかりか、本当のことさえも教えてもらえなかった。ある日突然祖父に呼び出され、『お前の両親は死んだ』と告げられた。余が五歳のときのことだ」
ここで陛下は一息つく。あたしが何も言えずにいると、陛下はゆっくりと続きを話し始めた。
「祖父からは、『おまえのために余の息子夫婦は死んだのだ。だからおまえは立派な国王になるため励まなければならない』と告げられた。幼心に、両親が死んだのは余のせいだと思い、罪の意識にさいなまれた。……罪悪感に耐えがたくなって、両親のあとを追おうと考えたこともある。だが、死ぬわけにはいかなかった。余が死んだら、両親の死は無駄になってしまう。余のために二人は死んだのだから、二人の死を無駄にしないためにも、余は立派な国王にならなければならないと考え、そのために必死に勉学に励んだ」
ひどい話だ。両親の死の責任を子どもに負わせるなんて。死んだ両親のためにと思いながら頑張って勉強していた陛下のことを思うと、目頭が熱くなる。しかも、本当に死んだわけじゃなかった。それを思い出すとふつふつと怒りがわいてくる。
それは陛下も同じだったようだ。
「だが、祖父が身罷り、余が即位したあと、前宰相から両親が生きていることを教えられた。これまでは祖父が両親の住まう〝奥〟を管理し人の立ち入りを制限してきたが、これからは余がその役目を引き継がなければならないからと。それだけでなく、両親に会いに行ってもいいとまで言われた。余が管理者なのだから、余の権限で〝奥〟に入ることができるという理屈はわかる。だが、余は多忙を理由に両親に会いに行かず、管理もそれまで任せられていた者たちに丸投げした。多忙だったのは本当だ。だが、本当の理由は両親に腹を立てていたからだった。両親の死を悼み流した涙は何だったのか、二人の死に責任を感じて背負い続けていた罪悪感は何だったのかと。そして何より、余に黙ってそのように重大な決断をした父と母を許せなかった。余のためと言えば聞こえはいいが、要するに父は余を置いて逃げたのだ。王統を継ぐ責務から。母は幼子であった余を捨てて父を選んだ。十八歳のときの余は思ったものだ。『やはり両親は死んだも同然だ。余が五歳であったあのときに』と」
あたしはこれまで、意外と陛下の王様然としたところしか見てこなかったみたいだ。公人としての表の顔ではない、人間らしい感情を目の当たりにして、あたしは胸を突かれるような衝撃を覚えた。
それに気付いたのか、陛下はあたしを見て弱々しく笑う。
「余に幻滅したか?」
あたしはフォージみたいにふるふると首を振ることしかできなかった。
衝撃が過ぎ去ったあと、胸を締め付けられるのとともに、陛下を抱きしめたくなった。なぐさめたいだけなんだけど、ダメだ、そんなことしたら誤解される。
そんなあたしの葛藤を誤解して、陛下は目をそらし自嘲的に笑った。
「いや、幻滅も何も、舞花の中の余の評価は元々低いのであったな。話を続けよう。──余が即位して半年が過ぎたころ、前宰相が引退して新しくモリブデンが宰相になった。モリブデンには、余は両親に会うことを禁じられていると伝えた。前宰相から引き継ぎがあったであろうから、余の虚偽に気付いていると思うのだが、モリブデンは何も言わずに余の説明を受け入れた」
四角四面な性格したモリブデンサマにも、他人の気持ちを慮って嘘を受け入れることもできたのね、意外。
「それからさらに半年が過ぎたころのことだった。余に弟ができたと知ったのは。それと同時に、両親が弟を自分たちの手元で育てたいと言っていることも知らされた。余はまた捨てられた気分になった。余のことは捨てたのに、弟のことは手放そうとしないのか、と。怒りに駆られた余は許可を出してしまった。両親の手元で育つことで、弟の将来が閉ざされてしまうであろうことを承知の上で。モリブデンにも、両親の世話をしている者たちからも反対されたが、それらを余は撥ね付けた。そのせいで弟は──ラジアルは今現在危うい立場に立っている。両親の生存を公にさらしかねない危険人物に」
重々しく告げられ、あたしは血が引く思いがした。ラジアル君がしていることは、子どものイタズラとして片付けられるものじゃない。秘密を守るため、場合によってはラジアル君に対して何らかの措置が取られるかもしれないのだ。
陛下は腿にひじをついて頭を抱えた。
「ラジアルが悪いのではない。余の両親への恨みや、両親から求められたラジアルへの嫉妬が、何の罪もない彼を巻き込んでしまった。──年齢を重ね、恋を知った今ならわかるのだ。両親の余への深い愛情も、それゆえに二人そろって死んだことにしなければならなかった理由も。だが、九年前に会いに行くことを拒んだ余が、どんな顔をして両親に会いに行けると思う? 会いに行ったところで両親を外へ出してやれるわけではない。ラジアルがいる今、余が会いに行っても迷惑がられるだけかもしれない。それどころか、ラジアルを奪っていく余を、両親は恨むに違いないのだ」
両手のひらに顔を埋めて黙り込んでしまった陛下に、あたしはできるだけ優しく問いかけた。
「奪っていくなんて、そんなふうにしなくてもいいんじゃない?」
「……ラジアルの将来を思えば、両親から引き離すしかない。ラジアルの存在が知られつつある今となっては、他国に預け新たな身分を与え、両親とも余とも関りのない人生を歩ませてやるしか」
「ねえ、ラジアル君の意見を聞いてあげることはできない?」
顔を上げた陛下は、力なく首を横に振った。
「それはできない。聞いてやったところで、ラジアルの望む通りの人生を歩ませてやることは不可能に違いないのだ。ラジアルは両親と一緒に暮らすことを望んでいる。だが、外の世界への好奇心を捨てきれない。年齢が上がれば上がるほどラジアルが新しい人生に適応するのが難しくなるし、ラジアルの存在が王家の秘密を白日にさらす危険は増していく。決断するのは、もう今しかないのだ。今であれば、日々忙しく行き来する友好国の者たちにまぎれ、人知れず国外に出るのもたやすいだろう。──だが、それもラジアルが自身の出自を黙秘し、持って生まれた【救世の力】を一切使わないと約束できればの話だ。それができなければ、国外で新たな人生を歩むことはもちろん、国内にとどまってもいずれ処断しなければならない日が来るだろう。余はそんなことをしたくない。だからラジアルには聞き分けてもらい、国外で新たな人生を歩んでほしいと思うのだ」
腹の底から、自嘲的な声が出た。
「……あたしがしてることと同じじゃない」
「舞花?」
不思議そうに問いかけてくる陛下に、あたしはやけくそぎみに言った。
「陛下がラジアル君にしようとしてることと、あたしが陛下にしてることって、同じだと思わない? 陛下はラジアル君の話も聞かずに、彼が幸せになれる道はこれしかないって決めつけてる。あたしは陛下を苦しませたくなくて、嫌ってもらおうと努力してる。陛下の意見も聞かずに」
「余を苦しませたくなくて嫌われようとする? どういうことだ?」
口から、乾いた笑い声がこぼれた。
「ラジアル君に言われたんだ。勝手に決めないで陛下の考えを聞いてあげてほしいって。それって、きっとラジアル君がしてほしくて、でもしてもらえないことなんだよね。ねえ、それって幸せなことなのかな? あたしはそうだと決めつけてきちゃってたけど、ラジアル君見てたらわかんなくなっちゃった。だから、ラジアル君のアドバイスに従って陛下の意見を聞くよ。──陛下も知ってる通り、あたしはある日突然、前触れもなくこの世界に来たでしょ? ということは、いつまた突然この世界から別の世界に飛ばされるかわからないと思わない?」
陛下が鋭く息を呑む。今まで考えたこともなかったのか、それとも考えないようにしてきたことをあたしがずばり言ってしまったのか。わからないけれど、ともかく話を続けた。
「だから、この世界で大切な人を作りたくないの。この世界に来たとき、大好きな家族と二度と会えないかもしれないって思ったらすごく辛かった。そんな思い、あたしは二度とごめんだって思ったし、同じような思いを他の人にしてほしくないって思うの。そんなわけで、陛下にはあたしのことを好きでなくなってもらいたいのよ。あたしのことを何とも思わなくなれば、あたしが突然いなくなったって陛下は平気でいられるでしょ? だから嫌われようと思って努力してたんだけど、あたし、余計なことしてたかな?」
最後まで真面目でいることができず、冗談口調がまじってしまう。不真面目だったかなとちょっと反省していると、いきなりぎゅうぎゅう抱き締められた。
「ちょ……!」
抗議の声を上げながら、あたしはもがきかける。そのとき、陛下の呟きを耳が捉えた。
「──嫌だ。舞花がいなくなるなんて耐えられない」
ずきん、と胸が痛んだ。
「嫌とか言われたってどうしようもないの。別の世界に飛ばされるときは、あたしの意思とは関係なく飛ばされるんだから」
そう言いながら、あたしはすでに泣きそうになっていた。
傷付きたくないから、陛下のことを好きになりたくなかった。
でももうすでに手遅れだ。あたしはとっくに陛下のことを好きになってる。特別な意味で。
だからこそ、好きな人には傷付いてほしくないと思うし、苦しんでほしくもない。
意見を聞くということは、問題を突きつけることに他ならない。
思ってた通り、陛下は問題を突きつけられて傷付き悲しんでる。
嗚咽を押し殺して震えたりしないでよ。余計に悲しくなるじゃない。
「他の世界に行かせるものか。それが無理ならついていきたい。どこへでも、どこまででも……──」
気付けば、あたしはベッドに押し倒され、組み敷かれていた。陛下の柔らかくて熱い唇が、口付けを求めてあたしの顔をさまよう。
あたしは目尻に涙を浮かべながら、陛下のすることを受け入れていた。
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